第32話 帰省と男爵家のあれこれ。
村に着いたのは夕方遅くだ。
以前馬車で一日半かかってたものが、徒歩一日で着けるようになっちゃったんだ、俺たち。
成程、最初にポデントスに行った時の御者役のおっちゃんの言ってたこと、今ならよく理解できるわ……鍛えた人間の徒歩最強だわ……いや、流石に馬には負けますがね!
フィリスねーさんは馬相手でも多分楽勝だけど。
実際、夕食のために居酒屋に行ったら、街で見送りしてくれてたはずのフィリスねーさんが普通にウェイトレスしてた。よくあることだ、もう慣れた。
「カークくぅん、なんでパーティ解散しちゃったのぉ」
ミーちゃんの後釜狙ってたのにぃ、と、飲んでもいないのに絡みに来るフィリスねーさん。
「エランも抜けるんだよ、サスキア姉さんに見初められちゃって。本人も乗り気だし」
「身分がやや違うとはいえ、僕もAランクには上がれましたので、問題ないかなと。
サスキアさんはいろんな話を聞かせてくださる、一緒にいて楽しい方なので、僕にとっても良いお話だなと思いまして」
先日遭った時には様呼びだったサスキア姉さんをもうさん付けだものな、エラン。
余程気が合うんだろう。
「そっか、それにカーク君まで戻ってきたのって、呼び出し、あったのよね?」
そう聞かれたので、頷く。
フィリスねーさんはAAなので、男爵家程度だと本来なら呼び出しを掛けるの自体が無理なんだよね。それこそ、公爵家か王族あたりでないとだ。
以前の襲撃の折などに割とマメに参加してたのは、家族の住む地元だからだ。
実のところ、Aランクの俺も、男爵家格からの呼び出しには応答義務がもうない。
実家だからちゃんと帰るけどな!!
そう、モードゥナやアル兄が一緒に来てくれたのは、純粋に好意による付き合いだ。
まあアル兄の方は嫁がクレトス村出身のミーティスだからってのもあるだろうけど。
そんな他愛のない話なんかもしつつ、今日は村で泊まりだ。
ミーティスとアル兄はミーティスの実家、村長家。
元々子だくさんな家で、更には兄一人と姉一人、弟二人がそれぞれ独立したので、部屋には余裕があるということで、モードゥナもそっちに預かってもらった。
かーさんが居なくなった俺の家には、トーテルとエランだ。
トーテルの家は兄貴が子だくさんで、部屋に余裕がもうなかったのでね。
「そういやじいちゃんたちの部屋、物置にしてたんだっけ」
じいちゃんばあちゃんが居なくなったのは俺が子供の頃だもんな。
かーさんが出ていくときも、荷物はあまり持って行かなかったようだし。
そんなわけで、一旦じいちゃんの部屋を少し片づけてベッドを使えるようにし、俺の部屋の方は前回帰省時にも使ったんでそこはちょっと掃除すればよし。
「うーん、俺がかーさんの部屋使うか。ベッド以外なんもねーから、誰でもいいような気はするが」
もともとこの家、物は少ない。
各部屋ベッドとクロゼットが一つずつ、かーさんの部屋には化粧机すらない。
物置にしてた部屋に柳行李がいくつかあるくらいだ。
これは、この村だと普通の間取りと荷物量だ。
寝室が二つ三つあって、台所とリビングがあって、風呂はない、トイレは屋外。
なおトイレは汲み取り式のぼっとんだよ。
紙は勿体ないから、草の葉を加工したものを使います。
家系的に子だくさんなのが判ってると、大きな家にするけどね、村長さんちがそうだ。
あの家、トイレも二つある。
風呂はというと、広場に面した場所に公衆浴場があって、開業時間内なら好きに利用できる。
維持費および運用費は税金同様に徴収されるんで、村民が利用するのは無料だ。
モードゥナみたいに外部から来た人間だと、金を払うか、薪を持ってくるかだけどね。
今日は公衆浴場で集合して、ちょっと騒いで叱られた。子供か、俺ら。
「すんません!掃除するんで許して!」
これで済むからチョロいといえばチョロいけど。
「子供か、俺ら」
「気にしたら負け」
アル兄のぼやきに、トーテルがすぱっと答えている。
郷に入れば郷に従えとも言いますし?
翌日は、朝からコルマックに向かう。
ミーティスの母さんも、臨月近くになったらコルマックに来てくれることになったそうで、まずは一安心だ。
一緒に来ないのは、臨月とやらが、まだ半年よりずっと先の話だからだな。
ミーティス、まだ見た目では妊婦さんだなんて判らんもん。
でも、前世の知識でも、今の知識でも、こういう時期に無理をしてはいけない、って俺は知っているし、みんなもそれは判ってる。
それでも最適解が相変わらず徒歩なのは、もうこれはしょうがないよね。
コルマックの町に到着したら、早速サスキア姉さんが待ち構えていて、挨拶もそこそこに、エランだけ連れてさっさと先に行ってしまった。
「予想通りなんで問題ない。メシ出るそうだし俺らも行こうぜ」
流石の短気な姉さんも、最低限の挨拶と、必要最小限の連絡事項はきちんと伝えてくれたので、問題ない。
「……なんか割と注目浴びてない?俺ら」
トーテルが歩きながら、周囲の様子に首を傾げる。
確かに前回来た時より、こちらを注目する視線が多い気がする。
この町には冒険者組合の支部もないはずだから、Aランクの話はまだ届いてないのでは?
いや、サスキア姉さんが自分の再婚の根回しで触れ回った可能性は充分あるな?
とか考えていたら、城の門前に前男爵と現男爵が、二人揃って待ち構えていた。
城といっても、物見の塔がやたらごつくて立派な奴が三つも聳えている以外は、割とちんまりした、但しかなり重厚な建築物ではあるんだが。
「おお、カーク、それに皆さんも、Aランク昇格おめでとう。今日はよく来てくれた」
「Aランクといえば既に我が家とは同格以上、今後は無理であれば招集には応じずとも問題ないぞ」
まず前男爵が昇格祝いを述べ、現男爵が実務的な話を少しだけする。
「どうにか昇格できましたが、招集拒否なんてとんでもない。俺は傘下のクレトスが故郷なんですから」
敢えて前男爵との血縁関係は持ち出さないで話を進める。
どうもなんだか、妙なトラップが待ってる気がするんだよなあ。
荷物が少ない理由:使わなくなったものは速やかに売るか第三者に譲ってしまうため。
カークは男爵とはいえ貴族の庶子なので、村の物流では村長家と並ぶ上流側でもあるのだ。
行李の中身は客用の毛布とか季節の品。




