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「君を愛するつもりはない」と言った伯爵様の胃袋をつかんだら溺愛されました  作者: あいら


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8

エレナが作る料理は、屋敷の雰囲気を柔らかく変えていた。

使用人たちは口々に「奥様のお料理は温かい」「香りが心地よい」と話し、

クラウディオはそれを聞くと、胸の奥がくすぐったくなる。


「……俺の屋敷が、こんなに……」


ふとエレナの横顔を見ると、以前より表情が明るい。

体調も戻り、キッチンで少し楽しそうに笑っている。

その笑顔を見たクラウディオはなぜか視線を逸らしてしまう。


「(何なんだ、この感情は……)」


そんな時、使用人のひとりが言った。


「旦那様、奥様は……とても喜ぶと思いますよ。

プレゼントなど、贈られてはいかがでしょう?」


クラウディオは驚いた。

“プレゼント”など女性に贈ったことがない。

だが、エレナが喜ぶ顔を想像すると……胸が少し温かくなる。







夕食後、クラウディオはぎこちなくエレナに尋ねた。


「……欲しい物は、あるか?」


エレナは少し驚きつつも、控えめに答える。


「香水……自分に似合う香りを、いつか持ってみたくて。

前の人生では、仕事柄あまり使えなかったので……」


クラウディオは胸がドクンと鳴る。

“前の人生”という言葉は理解できないが、

エレナが初めて見せた「個人的な願い」に触れられた気がして、

不思議な嬉しさが湧いた。






翌日。

クラウディオは自ら馬車を準備し、街の香水専門店へ向かった。

店の装飾は華やかで、甘い花の香りが漂う。


不慣れな空間に、クラウディオはわずかに緊張する。


「(……こんなことで緊張している場合か、俺は伯爵だぞ)」


自分に苦笑しつつ店に入る。


店主であり調香師の老人が、にこやかに迎えた。


「本日はどなたへの香りをお探しですか?」


クラウディオは少し迷い、

しかし逃げるような気持ちになりたくなくて、真っ直ぐに答えた。


「――妻に。エレナに合う香りを探している」


その一言に、調香師は嬉しそうに目を細める。


「奥様を大切に思っていらっしゃるのですね」


胸を突かれたようにクラウディオは言葉を失う。


大切に――?


調香師は続けた。


「香りというのは、相手をよく観察しなければ選べません。

 仕草、声の柔らかさ、纏う空気……

 あなたは奥様をよく見ておられるのでしょう」


クラウディオの心臓が強く跳ねた。


自分はエレナを……よく見ていたのか?

表情、体調、声の調子、微笑むタイミング――

思い返せば、すべて覚えている。


どうして?


なぜ、そんなに気になる?


「(まさか……)」


混乱しながらも、調香師に勧められるまま香りを試す。


白い花の柔らかな香り。

柑橘の爽やかさ。

温かい石鹸の清らかさ。


その中で、ふと――エレナの笑顔と重なる香りがあった。


「……これだ」


調香師も深く頷く。


「優しく、気品があり、それでいてどこか芯の強さを感じさせる香り。

 奥様に、きっとお似合いでしょう」


香水を受け取った瞬間、

クラウディオの胸に熱が広がる。


「(……俺は、エレナのことを……)」


気づいてしまった。

自分はエレナを、ただの“義務で迎えた妻”とは思っていない。


もっと近づきたい。

笑顔が見たい。

喜んでほしい――


これは、まさか……恋だ。


馬車の中、クラウディオは一人、顔を覆う。


「どうすればいい……

俺は……エレナを好きになっている……?」


その告白の相手はまだいない。

だが、確かに彼の心は動き出していた。

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