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晴れ渡った昼下がり、バルツァーリ侯爵家の庭園は、白いテントと季節の花々で優雅に彩られていた。噴水の水音が静かに響き、陽光を受けた銀のティーセットがきらりと輝く。
庭園に設置されたテーブルには白いクロスがかけられ、庭の花が飾られ、焼き菓子の甘い香りが漂いはじめていた。
「……綺麗……!」
「奥様のアイデア、とても素敵です!」
メイドたちの歓声に、エレナの胸も躍る。
(こういうの……好きだったのよね、私……)
大学時代、友達の誕生日に飾りつけをしたときの感覚がよみがえる。
そこへ、最初の客人が到着した。
「お招きいただけるなんて……光栄です、奥様!」
「伯爵夫人の集まりに呼ばれるなんて……!」
エレナは柔らかな笑みで迎える。
「今日は堅苦しいものではありませんの。
どうか寛いで、楽しんでいってくださいませね」
緊張していた女性たちの顔が、一気にほころんだ。
「まあっ……なにかしら、この可愛らしい焼き菓子は!」
「ふわふわしていて……まるで雲のようですわ!」
エレナは嬉しそうに答えた。
「こちらは前世……いえ、故郷で作られていた、ハニーケーキの一種です。こちらはマドレーヌ風、そしてこの白いクリームを挟んだものは“シュークリーム”のようなものですわ」
「シュー……クリーム……?」
最初は怪訝そうだった夫人たちだが、ひと口かじると――
「……っ!? なに、この軽さ!」
「中のクリームが……溶けていく……!」
「甘さが上品で、香りも豊か……」
一瞬で表情がとろけた。
「エレナ様……どこのお店の品ですの?」
「ぜひ購入したいわ、これは貴族夫人の間で流行るわよ……!」
「ふふ、ありがとうございます。でも、これらは全部、私が作ったものですの」
その瞬間――
ガーデンの空気が止まった。
「……え? 奥様が……?」
「料理を……?」
「嘘でしょう……?」
誰もが驚きで目を見開いた。
エレナは照れたように微笑む。
「最近は、台所を借りて料理を学んでおりますの。使用人たちがとても協力的で……」
夫人のひとりが、ぽつりと呟いた。
「……あの“バルツァーリ伯爵夫人”が、そこまで気取らず努力をなさるなんて……」
その言葉に、周囲が頷き始める。
「まあ、嬉しいですわ。
皆さまが喜んでくださって、私も幸せです」
エレナはそう言いながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。
——これが、私の望んでいた“関係”なのだ。
人を見下して、恐れられて、距離を置かれるのではなく。
一緒に笑い合える関係を築きたい。
その願いを、今、確かに感じ取れた。
華やかなテント奥で展示された、バルツァーリ商会で扱う商品の中で、
主力商品である鞄と靴の高級貴族向けのラインがずらりと並び、
柔らかい革の香りと上品な色合いを放ちながら、来客の視線を集めていた。
「まあ……この鞄、刺繍が素敵ね」
「持ち手の革がしなやかで、ずっと触っていたくなるわ」
エレナはにこやかに説明する。
「こちらは最新作で、熟練の職人が一点一点手作業で仕上げていますの。軽くて丈夫で、長時間の外出でも負担になりませんわ」
「実用的……しかも美しいわね」
「もしよければ、お手に取ってみてくださいませ。私も愛用しておりますのよ」
夫人たちの目が輝いた。
帰宅した夫人たちは、興奮冷めやらぬ様子で夫へ声をかけていた。
「あなた! バルツァーリ商会の新作、絶対に契約すべきよ!」
「娘にも一足作らせたいわ。舞踏会で注目されるわよ」
「それに、エレナ様……とても素敵な方だったわ。あの家とは親しくしておくべきです!」
夫たちは驚きながらも、妻たちの勢いに押される。
「……そんなに良かったのか」
「バルツァーリ家の夫人が、そこまで?」
「ええ! 今まで少し警戒していたけれど、あれは誤解だったわ!
とても優しくて魅力的な方だったの。ぜひ関係を深めるべきよ!」
執務室で書類に目を通していたクラウディオの元に、家令が訪れる。
「旦那様。先日の奥様のお茶会に参加された各家の夫人たちから伝令が届いております」
「……伝令?」
クラウディオは眉をひそめた。
結婚式以来、エレナとは冷たい関係のまま。
彼女が何をしていようと、彼自身は興味を持たないつもりでいた。
しかし、届いた文を開くと――
「……“バルツァーリ商会の新作、大変良かったので至急契約を結びたい”?」
次の文も。
「“定期取引の再開を希望します”……?」
さらに別の家からは、
「“夫人様のご対応が見事で、当家でも取り扱いを増やしたい”」
クラウディオは目を細めた。
(……あのエレナが、何をした?)
疑問が浮かび上がる。
横に控える家令が、静かに説明した。
「奥様は先日のお茶会で、商会の靴と鞄を展示なさり……その非常に丁寧で気遣いに溢れたおもてなしが、皆さまの心をつかんだようです」
「……丁寧? 気遣い?」
クラウディオの脳裏に浮かぶのは、結婚式の日までのエレナ――
プライドが高く、周囲を見下し、自分が主役で当然という態度の少女。
(あの女性が……そんなことを?)
信じられなかった。
クラウディオはペンを置き、窓の外を見やった。
――エレナが動けば、周囲が動く。
その事実が、胸の奥に微かに刺さった。




