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「君を愛するつもりはない」と言った伯爵様の胃袋をつかんだら溺愛されました  作者: あいら


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 アーデルハイト伯爵家の応接室には、午前の日差しが柔らかく差し込んでいた。

 クラウディオは珍しく落ち着きなく椅子に腰かけ、深い呼吸を何度も繰り返している。


 向かいに座るのは、王都で名高い宝石職人、ルチアーノ・フィオレンティーナ。

 黒髪を後ろでひとつに束ね、指先には細かな傷があり、それが職人としての誇りを語っていた。


「バルツァーリ伯爵」


「クラウディオでいい」


その言葉を聞いて、ルチアーノは人好きのする笑顔を見せる、

名前で呼んでもいいということは、信頼の証だからだ。


「……ではクラウディオ様。今日は“ただの装飾品”ではないのですね?」


 ルチアーノの柔らかな声に、クラウディオはわずかに肩を震わせた。

 

 ルチアーノはクラウディオの表情に、おやと思う。


「……指輪だ。」

「指輪?」

「結婚指輪ではない。……いや、結果として、そうなるのだろうが……」


 言葉が歯切れ悪く途切れ、クラウディオの視線が宙を彷徨う。

 いつもはどんな商売の決断でも迷いを見せない男が、今はただの “恋する青年” のようだった。


「エレナに贈る。私の……大切な妻に、だ」


 その名前を口にした瞬間、彼の表情は驚くほど穏やかになった。


 ルチアーノは微笑む。


「ようやく本気になられたのですね。奥様を、大切に想っておられるのが伝わります」


 クラウディオは目を伏せ、低く囁く。


「……私はずいぶんと、遠回りをした。彼女には苦しい思いもさせた。

 それでも……今、心の底から思うのだ。 “エレナなしでは生きられない” と」


 その真っ直ぐな言葉に、ルチアーノは静かに頷く。


「では、その想いを“形”にしましょう。クラウディオ様。

 この世界で、たったひとつだけの指輪を」


 クラウディオは息を詰めた。


「……頼む」






「まず、石を選びませんか?」


 ルチアーノが布の上に並べると、光を受けた宝石が虹のように輝いた。


 深紅のルビー

 蒼を湛えたサファイア

 清らかなダイヤモンド

 柔らかなピンクトルマリン

 月光のようなアクアマリン


 クラウディオはひとつひとつを丁寧に見つめた。


「エレナの瞳は……朝の光のように優しくて、時折、強い意志を宿す。

 彼女の魂は、どんな闇よりも美しい」


 真剣な声に、ルチアーノは思わず息を呑む。


「クラウディオ様……詩人のようですね」

「……煽るな」


 ルチアーノは笑ったが、クラウディオの目は真剣そのものだった。


「この石は?」

「アクアマリン……“幸福な結婚”“穏やかな愛”を意味します」

「……それだ」


 即答だった。


「色が……エレナの雰囲気に合う。水のように透明で穏やかで、それでいて芯がある。

 彼女そのものだ」


 ルチアーノは嬉しそうに頷く。


「では、石はアクアマリンで決まりですね。次はデザインを」


「シンプルでいい。だが、軽すぎず……彼女が守られていると感じられるような、そんな形に」


「なるほど。では、ここを少し立体的にして……。

 この部分に細い金のラインを入れると“あなたがそばにいる” という象徴になります」


 クラウディオは、その案に胸を打たれた。


「……それは、いい。本当にいい。

 エレナには、私がそばにいると、何度でも伝えたい」


 ルチアーノは細い工具を指に絡めながら、静かに言った。


「クラウディオ様。奥様は、きっと喜ばれます」


 クラウディオの耳がわずかに赤く染まった。


「……完成には、どれほどかかる?」

「三日。全力で仕上げます」

「頼んだ。報酬は—」

「料金はそうですね、これぐらいで」


そうして紙に書かれたのは思いのほか安い。

本来の料金の7割程ではないだろうか。


「奥様を守ろうとしている。その仕事を任せてもらえる分のサービスです」


 その真心に、クラウディオは深く頭を下げた。





 指輪が完成するまでの三日間。

 クラウディオは、エレナとの何気ない日常を大切に噛み締めていた。


 朝、二人で紅茶を淹れる。

 エレナは前世の知識で、茶葉の温度を少し変え、香りを引き出す。


「すごい……美味しい」

「良かった。クラウディオ様に合う味を探してみたの」


 クラウディオは胸が熱くなる。


 昼、庭を散歩する。

 風が吹き、エレナの淡金の髪が揺れ、クラウディオはその美しさに言葉を失う。


「そんなに見つめられると、恥ずかしいわ」

「……見ていたいんだ」


 エレナは頬を染めて微笑んだ。


 夜、食堂で食事をする。

 エレナが作ってくれた味噌汁に、クラウディオは深い安心を覚えた。


「これを飲むと……心が落ち着く」

「ふふ、日本ではね、“家庭の味”と呼ばれているの」


 家庭。

 その言葉が、クラウディオの胸を強く締めつけた。


(エレナと “家庭” を築きたい。彼女を永遠に守りたい)


 指輪への想いが、ますます強くなる。





 三日後の早朝。

 ルチアーノが指輪を持ってきた。


「クラウディオ様……完成しました」


 クラウディオが箱を開けると、そこには朝露のように澄んだアクアマリンが静かに輝いていた。

 金の細いラインが光を集め、まるでエレナの笑顔のように優しい光を放つ。


 クラウディオの手が震える。


「……完璧だ」

「ええ。クラウディオ様の想いをすべて込めましたよ」


 クラウディオは深く息を吸い、拳を握る。


「……今から、渡しに行く」


 緊張で胸が苦しい。

 だが、それ以上に、伝えたい想いがあった。





 庭園の中庭。

 夕陽が差し、まるで金色の花びらが舞うような光景の中で、エレナが振り返った。


「クラウディオ様? お呼びでしょうか?」


 彼女は淡い青いドレスを身にまとい、笑顔はいつもより柔らかい。


 クラウディオは歩み寄り、しばらく言葉を探し続けた。


「エレナ……少し、話したいことがある」


「はい?」


 クラウディオは胸の奥の震えを抑えながら、小さな箱を取り出した。

 エレナの瞳が、大きく見開かれる。


「これを……受け取ってほしい」


 箱を開けると、アクアマリンが夕陽を浴びて輝いた。


「クラウディオ様……これ……」


 クラウディオは跪き、エレナの手をそっと取る。


「エレナ。

 私は、かつてひどいことを言った。

 “君を愛することはない” と……。

 あの言葉を、私は一生悔やみ続ける」


 エレナの瞳が揺れる。


「でも今は……違う。君を愛している。

 どんな宝石よりも、どんな光よりも……君を愛している。世界で一番、大切だ」


 エレナの唇が震えた。


「だから……受け取ってほしい。私の“本当の想い” の証として。

 君の夫として、君の唯一の男として、これからもそばにいたい」


 エレナの頬を、涙が伝った。


「……そんな……幸せすぎて……胸が苦しい……」


 クラウディオは優しく微笑む。


「エレナ。私の妻でいてくれるか?」


 エレナは嗚咽しながらクラウディオの胸に飛び込んだ。


「はい……!私は……私はクラウディオ様の妻でいられて……幸せです……!

 本当に……本当に幸せ……!」


 クラウディオは彼女を力強く抱き締め、指輪をそっとその薬指に滑らせた。


 アクアマリンが夕陽に溶け込み、まるで小さな奇跡の光のように輝く。


「これからは、ずっと一緒だ」

「はい……ずっと……」


 中庭には静かな風が吹き、二人を祝福するかのように花びらを揺らした。

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