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「君を愛するつもりはない」と言った伯爵様の胃袋をつかんだら溺愛されました  作者: あいら


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クラウディオの誕生日が一週間後に迫ったある朝。

 エレナは屋敷の大きな厨房にいた。早朝の澄んだ空気の中、使用人たちが慌ただしく動く中で、エレナは一人、腕を組んで悩んでいた。


「……クラウディオ様が喜ぶ料理って、何かしら……」


 彼は何を食べても「美味しい」と言ってくれる。

 だが、それは「誰が作っても同じ」という意味ではないと、エレナは最近気づいた。

 彼がふと漏らす「懐かしい」という言葉。その裏に、料理を通して“家族”を感じたいという願いが隠れていることを。


(誕生日くらい……家族の温かさを感じてほしい)


 そう決めて、エレナはある料理を考え始めた。


「エレナ様、朝食の準備が整いました」

「ありがとう。でももう少しここで考えていくわ」


 そう言いながら、エレナはメモを取り始めた。

 メインは肉料理か? それとも、彼の好きな魚料理を活かすべきか?

 そして最後には、最近輸入できたばかりのマヨネーズと味噌を合わせたヨーロッパには珍しい風味の料理を添えようか――。


「皆さん、お願いがあります!」


 エレナが顔を上げると、厨房の料理人たちが驚いたように振り返った。


「クラウディオ様の誕生日を……皆でお祝いしたいのです。協力してくれますか?」


 最初は、料理長が目を丸くし、それから急に柔らかく笑った。


「もちろんでございます、奥様。あのお方に“誕生日祝い”など……いつ以来のことでしょうな」


 その言葉に、エレナは胸を痛めた。


(やっぱり……あの人は“祝われる側”じゃなかったのね)


 幼い頃から伯爵家の跡取りとして、

 成人してからは商人として成功する為に、ずっと働いてきたのだ。


(だからこそ……今回だけは、温かい誕生日にしたい)


 エレナは決意を固めた。





「……で、サプライズとは?」


 使用人の一人が恐る恐る尋ねると、エレナは声を潜めて答えた。


「当日はクラウディオ様を、絶対に屋敷に戻さないようにしたいの。理由を聞かれても誤魔化して……どうにか、夕方まで時間を稼いでほしいの」


「……承知いたしました!」


 皆が一斉に頷くと、エレナは次の指示を出した。


「料理は私が中心で作ります。でも品数が多いから、準備は分担しましょう。

 ケーキは……王都のケーキ職人のパオロさんに頼んであります」


 その名を聞いた瞬間、厨房がざわついた。


「パ、パオロといえば、王宮菓子御用達の……!」

「え……あのお方、引退なさったはずでは」

「なぜ呼べたんです?」


 エレナは少し誇らしげに微笑む。


「以前、マヨネーズと味噌のお礼にと、クラウディオ様が手紙を書いていたの。そのついでにお願いしたら、

“伯爵殿の奥方が頼むのなら、最後の仕事をしよう”

と言ってくださったの」


「なんと……!」


 その瞬間、 “クラウディオ様のために最高の誕生日を”という空気が、厨房全体に満ちた。







 誕生日の朝、クラウディオは妙な違和感を覚えていた。


 朝の食堂。

 いつもは丁寧に挨拶してくれる使用人たちが、今日は妙に落ち着かない。


「おはよう……?」

「お、おはようございます! 本日もどうぞお気をつけて!」


 やけに声が大きい。

 クラウディオが視線を向けると、突然全員が別の方向を向いて仕事を始める。


(……何だ? 今日は何か特別な日だったか……?)


 彼は考えた。

 だが何も思いつかない。自分が生まれた日など、これまで誰も祝ってくれなかったせいで、意識したことが無かったのだ。


(まあ……仕事を早く終わらせて、エレナの顔でも見に帰るか)


 それが、彼の今日の唯一の楽しみだった。






 しかし――

 その“楽しみ”すら、今日は阻止される。


「クラウディオ殿、急な会議が……!」

「こちらの資料にも目を通していただきたい!」

「報告が山積みで……!」


 部下たちが次々と押し寄せ、彼の足止めをする。


「……なぜ今日に限ってそんなに用事が増える?」


 クラウディオは眉をひそめた。

 彼は元軍務卿で、政治の裏を読むのが得意だ。この不自然な動きに気づかないわけがない。


(……何か、隠しているな)


 ただ、それが悪いことではないと、直感した。

 部下たちの目がどこか浮き立っている。嘘をついているようで、悪意はない。


(……エレナが絡んでいるのか?)


 胸の奥が、不意に熱くなる。






「エレナ様、クラウディオ様がお帰りになりそうとの連絡です!」

「まだケーキが来ていないのよ! とにかく時間を稼いで!」


 屋敷はてんてこ舞いだった。

 エレナはドレスのまま厨房を駆け回り、料理の最終仕上げをしている。


・前菜:白身魚のカルパッチョ

・スープ:野菜のブイヨンスープ

・メイン:肉のロースト、味噌マヨとハーブのソース

・サイド:サラダ、バゲット

・デザート:特製ケーキ(未着)


(……クラウディオ様、喜んでくれるかな)


 ふと、心が締めつけられた。


(あなたは、これまで……いつも孤独だったのでしょう?)


 そう思うと、胸が痛い。

 エレナは両手をぎゅっと握った。


(だからこそ……今日だけは、絶対に笑ってほしいの)







「クラウディオ様がお戻りです!」


 玄関の扉が開く音が聞こえ、屋敷の灯りが一斉に暗くなる。

 クラウディオは立ち止まり、周囲に視線を向けた。


「……暗いな。停電か?」


 その瞬間――


「「「お誕生日おめでとうございます、クラウディオ様!!!」」」


 パッと灯りがつき、屋敷中の使用人が笑顔で並んでいた。

 中心に立つのは、エレナ。


 深紅のリボンを結んだ可憐なドレス姿で、心からの笑顔を向けてくる。


「クラウディオ様……お誕生日、おめでとうございます!」


 クラウディオの表情が、完全に固まった。


「……え?」


 驚きすぎて声が出ない。

 何が起きているのか理解できず、ただエレナを見つめる。


「……このために、一日中……?」


「ええ。皆で準備しました」


 エレナが胸に手をあてて笑う。


「クラウディオ様が生まれた日を……

 “祝いたい”と、心から思ったから」


 その瞬間、クラウディオの胸の奥で何かが崩れ落ちた。

 彼は大きく息を吸い、喉が震えた。


「……誰かが……私のために……こんな……」


 言い切れない。

 彼の声は、微かに震えていた。


(クラウディオ様……涙をこらえてる?)


 エレナは胸を打たれた。

 彼の大きな手が、わずかに震えている。


 食堂へ案内され、料理の香りが漂うと、クラウディオはさらに目を見開いた。


「全部……君が?」


「はい。もちろん、一人じゃ無理なので皆に協力してもらいました」


 彼は皿に視線を落とし、そして小さく笑った。


「……私の誕生日のために、こんなに多くの人が……?」


「クラウディオ様は皆に慕われていますから」


 その一言に、クラウディオの表情が少しだけ崩れた。


 ずっと、孤独だった。

 人に期待され、利用され、求められ、責任を背負わされ続け――

 けれど「祝われた」記憶は一度も無かった。


 今、彼は人生で初めて“自分のための温かさ”に触れていた。


 使用人たちが気を利かせて下がると、広い食堂に残ったのは二人だけ。


「……エレナ」


「はい?」


「この日が……良い日だと思える。

 私は……多分、生まれて初めてだ」


 エレナは思わず目を潤ませた。


「そんな……私こそ、嬉しいです。クラウディオ様が喜んでくれて……」


 テーブル越しに、クラウディオがエレナの手をそっと取った。


 優しく、けれど揺るぎない力で。


「ありがとう。……本当に、ありがとう。

 君のおかげで……私は今日、生まれ直した気分だ」


 その言葉に、エレナの胸は熱くなり、頬が赤く染まった。


 食事が終わり、クラウディオは静かにワイングラスを置いた。


「エレナ」


「はい?」


「君が……私の妻で良かった」


 今度こそ、エレナは涙を堪えきれなかった。


「クラウディオ様……」


 彼は席を立ち、エレナのもとへ歩み寄る。

 椅子の横に膝をつき、彼女の手の甲にそっと口づけた。


「今日の幸せを……私は一生忘れない」


 優しい声。

 エレナの胸の奥で、何かが確実に変わった。


(好き……本当に、好き)


 それは確かな、恋の実感だった。

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