悪魔と神様と、意地悪な農夫の話
ある晴れた、秋の日のことでした。ひとりの農夫は来年の春食べるためのえんどう豆を畑に蒔いています。
そこへひとりの悪魔が近付きました。悪魔は凍った地獄の底にいた悪魔の中の大王様なのですが、今日は人間と話して、叶うことなら自分のしもべにしてしまおうと思ったのでした。
「ご苦労なことだな、人間」
「あら、これは、悪魔の大王様」
悪魔が声をかけると、たいがいの人間ははびっくり仰天して腰を抜かすものですが、農夫はそうではありませんでした。良く話してくれる人間は悪魔が好きな人間です。
「人間よ、ひとつ話をしようか。そうして地道な仕事を嫌がらずにしているのに、来年その豆が食べられると、まだ決まっているわけではないのだな」
悪魔がそうきくと、農夫は頷きます。
「はい、もちろんですとも。えんどう豆は蒔いた後、ちゃんと芽が出る前に鳥に食われることがあります。芽が出た後も獣にうっかり踏みつぶされることもあります。冬があまりにも厳しいときは雪の下で腐ってしまいますし、春の花の頃に降る雨がないときは、やはりえんどう豆を食べることはできません」
悪魔はそうかそうかと満足そうに相槌を打って、それからまた話し始めます。
「お前の仕事は一生懸命やっても報われぬこともあるわけだ。空の上にいる神様は、真面目に畑を耕すお前を助けてなんかくれなかったのだ。だから、どうだろう。悪魔の大王の私に仕えないか。私の用意する仕事は、こなせばこなすほどにお前にたくさんの富をもたらすだろう。この国一番の金持ちになることもできるぞ」
農夫は静かに話を聞いていました。そうして少し考えてから、悪魔に答えます。
「それは少し不思議ですな。えんどう豆を食べられなかった年の春、なぜ貴方様は来てくださらなかったのですかな。あの年、私の大切な友だちは好きだったえんどう豆を食べられぬままに病気で死にました。たいていのことはできる悪魔の大王様なら、私を金持ちにする前に、私の友にえんどう豆をひと皿、食べさせてやって欲しかったのですが」
悪魔の大王は黙り込んでしまいました。どんなにたくさんのお金でも、この農夫にとっては、いつかの日照りの春のえんどう豆にも及ばない値打ちしかないのです。
「農夫、やはりお前を私に仕えさせてなどやらぬ。お前は私の用意するものでは決して満足しない、欲張り者だからだ」
怒ったように言う悪魔の大王に農夫は言い返します。
「私もあなたのもとで働きたくなどありませんな。私が何を望むのかも分からぬ、ひとりよがりな悪魔の大王様など、税の取り立てに来る役人どもとたいして違いがございませんでな。お帰り願いましょう」
悪魔の大王はぶつぶつと文句を言いながら、地の底へと帰っていきました。
次の日のことです。悪魔の大王と言い合いをして勝ったと言う噂を天使から聞きつけ、神様が農夫のもとに訪れました。そのとき農夫はこの秋採れたぶどうを干して、上等な干しぶどうにしたのを、市場へ売りに行こうとするところでした。
「人間よ。昨日は悪魔の大王相手に、その誘惑に決して負けなかったな。この私から褒美をとらせたい。お前の死した後には必ずや天の国に迎え入れよう。そうしてお前は、永遠の名誉をあずかることになるのだ」
農夫はまた静かにその話を聞いて、神様に問いかけました。
「私のことは、ありがたいことです。でも、神様。天の国に行けるのは、私だけですかな」
神様は答えます。
「うむ、天の国は善き人しか入れぬ。誰かとともに行きたいのなら、その者も善人でなくてはならない」
それを聞いて、農夫は残念そうに答えます。
「では、私も天の国へは行きませぬ。今から私は、この干しぶどうを売りに行き、そのお金で、街でひと晩の妻を得るつもりです。その女は、畑以外に何も財のない私にも優しかった。寂しい若くもない農夫を相手にして、嫌な顔ひとつしませんでした。その者は天の国には行かれないでしょう。彼女をさし置いて、ただの一度だけ悪魔をはねつけただけの私が天の国へいくことはできませぬ。」
神様はみるみる怒り、農夫を叱りつけました。
「ばかなことを!そんなけがらわしい女など、この世の果てで魂の最後のかけらまで焼かれてしまえばよいのだ!」
農夫は神様にも言い返します。
「誰がけがらわしいものですか!悪魔の大王に勝たずとも、そのひと晩のお金しか持たずとも、友を亡くした私の、ひどい擦り切れた手を握って、生きることはそう悪いものでないと言ってくれた彼女を罵倒するおつもりか!」
神様は呆れ果てて最後に言い残します。
「お前はやはり、天の国になど入れてやらぬ。私が線を引いた善悪の軛を分からぬ愚か者には、天の国の扉は開くことがない」
農夫も神様相手にも負けず続けます。
「貴方様の望む、物わかりの良い者がたとえ何万と集まったところで、天の国は生きていく苦しみを堪えうる強い人間しか迎えないのでしょう。であれば結構。私はこの世界の最後の日に、焼かれる苦しみさえも分かち合って弱いものたちで滅びを迎えましょう。」
神様が天に去ったあと、農夫は街に向かって歩き出しました。意地悪な農夫は、悪魔にも神様にも嫌われて、ひとりで生きていかねばなりません。背中も曲がり始めた歳で、それでも、街へ向かう足取りは、実に確かなものでした。
多分就職してしばらくの頃に書いたもの。クリスチャン系のおとぎ話を書くつもりだったが農夫が勝手に動き出してこうなった。今これを読み返して、さまざまなことを考え直すきっかけになったたので投稿する。




