迷子の達人
どうしてこうなった?
「うん! これは俺たち迷子だな!」
両手を腰に当て、まるで威張るかのようにふんぞり返る僕の友人。彼が示す通り、今僕たちはどことも分からない、両側に畑がどこまでも続くあぜ道の真ん中に立っている。本当にここはどこなんだ!? ジュースの買い出しで友人と大学を出たら、何故か畑の中にいた。友人が美味しいジュースの自販機を知っていると言うから、友人に道順を任せたら、どうしてかこうなっていたのだ。
「ねえ、僕たち、先輩たちから、ジュース買ってくるように言われて、外に出たんだよね? それがどうしてこんなどことも知れない場所にいるのかなあ?」
僕の質問に、友人は腕を組んで肩を揺らしながら笑いつつ、質問に答えてくれた。
「フッフッフッ。それはな、俺が迷子の達人だからさ!」
言い切って己を両手の親指で差す友人。イラッとする。ハリセンがあったら叩いている。いや、今はここから大学に戻る事の方が先だ。僕は友人を無視して、スマホを取り出した。うん。当たり前のように圏外だ。先輩たちに連絡する事も、地図を確認する事も出来ない。
「本当にどうするの? さっきから歩けども歩けども畑が続いているばかりで、街道に出る気配もないんだけど?」
まあ、ここまで友人の行動にツッコミを入れなかった自分も悪いのだけど。それも仕方のない事だ。友人は良く口が回り、ここに来るまで間断なく話し続けていたものだから、僕が気付いた時にはここにいたのだ。
「フッフッフッ。問題ない。言ったろう? 俺は迷子の達人だと。この程度の迷子、幼少のみぎりより日常茶飯事だ。それに俺にはここがどこかの見当も付いている」
「え? ここがどこだか分かるの?」
「ああ。ここまで来る途中に、日本語の看板を目にした。つまり、ここは日本だ!」
おい! そんな事は誰にだって分かるんだよ! 逆にここが海外だったら、その方が驚きだわ!
「フッ。日本だからどうした? って顔だな。分かっていないな。ここが日本と言う事は日本語が通用するって事なのさ」
た、確かに! 日本語が通用するかどうかは大問題だ。日本人で英語が話せる人は、日本人全体でも10%を切るとも言われている。ここが日本でなかったら、絶望だった。
「…………いや、日本語が通用するって言っても、周囲は畑ばかりで、人っ子一人いないんだけど?」
しかし僕の不安に対しても、友人は自信満々だ。
「大丈夫だ。言ったろう? 俺は迷子の達人だと。周りに人がいないそれならば、人を呼べば良いのだ」
は? スマホも使えないこの場所で、どうやって人を呼ぶのか? と僕の頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされる横で、友人は両手を口元まで持ってくると、
「すみませーーーーーーんーーーーーー!! 迷子でーーーーーーす!! ここに迷子がいますよーーーーーー!!」
そのありったけの声量で、迷子(自分たち)がここにいる事を叫ぶ。その声はとんでもない大きさで、遠くの山で反響して木霊している。
「…………」
「…………」
「…………いや、誰も来な━━」
僕が、そんな大声を発したところで、周囲に人気がないのだから誰も来ない。と言おうとしたその時だった。車のエンジン音が聞こえてきたのだ。思わずそちらへと振り返ると、畑の横のあぜ道を、全速力でこちらへやってくるトラックの姿が見えた。
「……ウソ」
「ほらな!」
思わず本音が口を出る横で、友人が親指を立てて自分の功績を誇っている。いや、そもそも迷子になったのは君のせいなんだけど?
「おう! 迷子になったのはお前らか?」
トラックの運転席から、農作業着を着たおじさんが、窓を全開にして声を掛けていた。どうやら本当に友人の声を聞き付けてやって来てくれたらしい。
「ああ。その迷子は俺たちで間違いない。おやっさん。男2人、駅まで」
何でそんなちょっと格好付けてるの? そこは素直に「迷子なんです! 助けて下さい!」だろ。
「フッ。迷子を見過ごしたとあったら男が廃る。Okay! 乗っていきな」
いや、おじさんも何か格好付けているんですけど? しかも Okay の発音がネイティブだし。何? 流行っているの? 迷子界隈ではそれが流行っているの? 迷子界隈って何だよ!
「乗らないのか?」
僕がセルフツッコミを頭の中でしている間に、友人は既にトラックの後部座席に座っていた。
「あ、ああ、うん」
僕は状況に付いていけずにあわあわしながら
も、友人同様、おじさんのトラックの後部座席に乗り込む。
「飛ばすぜ? 舌噛むなよ?」
「フッ。誰にモノ言っているんだい。俺は迷子歴18年のベテランだぜ?」
僕がシートベルトを締めている横では、そんな会話がなされ、僕がシートベルトを締め終わった瞬間に、トラックが急発車して、あぜ道を爆進する。
◯◯◯◯.✕✕.△△
「じゃあな! 今度は迷子になるなよ?」
「フッ。俺の方向感覚を舐めるなよ? 次も頼むぜ、おやっさん」
殆ど使われていないであろう無人駅。その駅前で2人が良い顔してサムズアップしている横で、僕は車酔いでグロッキーとなっていた。
「大丈夫か?」
「……ああ、うん。あんな『凄い』運転は初めてだったから」
おじさんを見送り、僕の心配をする友人に、理由を説明する。
「まあ、世の中にはハンドル握ると性格変わる人はいるからな」
それで片付けられるレベルじゃなかったと思うんだけど? まあ、今はそんな事よりスマホで先輩たちに連絡入れないと。流石に無人駅と言っても、ここなら電波が繋がるだろう。
「ウソ? 充電切れている」
愕然とする僕は、しかし1人じゃない。と友人の方へ顔を向けると、友人は肩を竦める。
「すまない。スマホは大学に忘れてきたらしい」
友人の一言に崩れ落ちる。
「しかし、今はそんな事に囚われている場合じゃないぞ。時刻表によると、後5分で電車が来るらしい。これを逃すと1時間半は待たないといけないようだ」
マジか? こんな無人駅で、電車が来る5分前に駅到着とかある?
「スマホの充電が切れたって言っていたが、交通系ICカードは持っているか?」
「一応予備で」
「フッ。ICカードの残高が多い事を天に願っておくんだな」
それはつまり、ここは大学からそれだけ遠い場所って事かな? 身体から力が抜けていくのを感じながら、僕はそれでも立ち上がり、友人の後を付いていくのだった。後5分で電車が来てしまうのだ。遅れる訳にはいかない。
◯◯◯◯.✕✕.△△
「May I help you?」
ギラギラと太陽が照り付ける中、小麦色の肌をした女性が、ヤシの木の下で一休みしている僕たちに声を掛けてきた。
「No,Thanks」
友人がきっぱり断ると、これを聞いた女性は、それっきり僕たちに興味がなくなったように去っていってしまった。
「助けて貰った方が良かったんじゃないか?」
「普段ならな。だが、彼女の後ろで男たちが腕を組んでニヤニヤしていた。きっと俺たちをカモにしようと、彼女に声を掛けさせたんだろう」
どうやらこれも迷子界隈では良くある事のようだ。やれやれ。
「しかし、ここどこだろう。考えたくないけど……」
「日本じゃないだろうな」
「…………うん」
いや、おかしいでしょ!? 友人はどうか知らないけど、僕はパスポート持っていなかった。なのになんで海外にいるんだよ!
「良くある事さ。気付いたら赤道にいたり、氷河にいるなんて事は、日常茶飯事だ。な〜に、すぐに慣れるさ」
「慣れたくない! 迷子界隈なんかに慣れたくない! 助けて! Help me!!!!」
僕の叫びは雲一つない真っ青な空に溶けていき、反響する事も、誰か心優しい人の耳に届く事もなかった。