8.わくわくベラトリア探索
それから数日、俺はラスタさん引率のもと探索とレベル上げを繰り返した。
少女ボスは事あるごとに魔物をけしかけては面白がっていたが(そのせいでいちいち、少女ボスも含めた全員が追い回された。あんたも一緒に襲われるんかい)、後半は別の事に夢中になって居なくなっていた。何をしているのかと思えば、俺の日本での生活の記憶を覗いて大層興味が惹かれたらしく、街の一角に幻覚でコンビニを再現して遊んでいるのだった。
この人、本当にボスなのか?
「ああ見えても、確かにこの魔境で最強の悪魔だ。前にも言ったけど、ボスとしては本当に適当なやつなんだ。普通に暮らさせて老衰で死なせようなんて」
「ある意味、器がでかいというか…」
「どうだかな」
俺とラスタさんは食事の後、探索への準備に入る。といっても装備などの点検は彼任せで、俺は飯の後片付けと夕食の下拵えくらいだ。世話になりっぱなしなので、飯の支度や掃除などをせめて手伝わせて貰っていた。
ラスタさんは俺に飯まで分けてくれる。今日は野菜と魔物の肉スープだ。塩気は無いが旨みが出ていて、魔物の肉は意外に牛の味だ。
何の魔物かは、聞かない事にしている。
出発し、朽ち果てた街並みをステルス車で移動する。ガウガウ、グルルと獰猛な鳴き声を上げるダスターウルフたちの横を通り過ぎて、大きく傾いた尖塔に到着。
「じゃ、いつもの通りに」
「き、気をつけて」
「ありがとう」
ラスタさんは装備を軽く確認すると、ドアを開け車から飛び出した。俺はすかさずステルスモードにし直して、待機。
街中に、力強い怪鳥の咆哮がビリビリと響く。
ジズと呼ばれる、中ボスクラスのモンスターが曇天の空を旋回している。辺りは一気に乱れ吹く強風に見舞われた。車はなんともないが、石畳に転がる瓦礫や小石が宙を待っているのが見えた。
そんな中、旋回するジズの真下から白い閃光が迸った。夜の繁華街に見るサーチライトのように天高く伸び、曇天に差し込む。やがてそこから、ゴロゴロと雷鳴が響き始めた。
光の源は、ラスタさんが掲げる剣だ。
剣身が雷魔法に包まれたそれは天を割るような刃になって、暗雲から生まれる雷と混ざり合う。ラスタさんを含むそこら一帯が、強烈な稲光に飲み込まれていった。
ほぼ真っ白になったフロントガラスの向こうで、サーチライト状の剣身がジズに振り下ろされてくのが見える。思わず身を竦ませるようなゴロゴロ、バリバリいう轟音の中にジズの絶叫が重なった。
「うわー…」
初めて目の当たりにした時は気絶しそうになったが、かれこれ3回目の見物なので固唾を飲んで見守るのみだ。
雷の剣というより落雷をモロに浴びたジズは、ドシンと地響きをあげて落下した。視界がチカチカする中なんとか目をこらすと、その側でラスタさんが手招きしているのが見える。
俺たちは予め車の待機場所を決めており、戦闘の流れ弾に当たるのを防いでいた。高レベルの魔物であるジズには、ステルスがあまり効かない為だ。
「羽根が出るといいけど」
「じゃ、じゃあ失礼します」
そばへ寄って、焦げ臭いジズの巨体に武器を構える。キラーバットと同じ事を、ジズにもしているのだ。少女ボスには大顰蹙を買ったが(そりゃとんでもないズルだもんな)、今彼女はコンビニ作りに夢中でどうでも良いらしかった。
おかげで俺のレベルはいまや12にまで上がっている。ジズほど強い魔物だと、ラスタさんの戦闘のおこぼれでもこんなに上がってくれるのだった。
…因みに、おこぼれじゃないガチの戦闘で勝利すれば、一気に30以上は上がるらしい。
無理です。絶対無理。
ラスタさんから借りた業物っぽい槍で、思いきり首もとを突き刺す。既に殆ど息絶えていたジズは「ギュルォォッ!」と短く末期の叫びを上げ、雪溶けのように消えていく。ナンマイダブ。もう夢に出ないで。
「…それは弔ってるのか?」
軽く手を合わせてると、静かに尋ねられる。
「流石にかなり罪悪感が…」
「そうか…シマヤは魔境の魔物にも哀れみを持つんだな」
ラスタさんは砂埃を被っているが、傷一つ負っていない。手に持った両刃の剣へ視線を落としている。以前、人里に降りた雷竜を退治した時に手に入れた物らしい。
「あの時は住処を追われた雷竜が腹を空かせて里を襲ったんだ。雷竜にも生きるための事情があったが、ダンジョンや魔境の魔物にはそれが無い。部外者を倒して取り込む為の存在だから」
「そうだったんですね…」
まあ…憐れんでるってより、最後にだけノコノコ出て来てとどめを刺すのに後ろめたさがあるってだけなんだけどな。日本で生きてきた俺にとっては、ダンジョン魔物だろうがそれ以外だろうが同じとんでも生物だ。
「出た。羽根だ」
ラスタさんが指さす先に、青から黄色の美しいグラデーションが入った飾り羽根が落ちていた。ジズの頭部から長く垂れ下がっていたひとふさだ。
ジズの固有タスクは「羽根を入手する」だったはずだが、本当にこんな小狡いやり方で達成扱いになるんだろうか。なるなら助かるけど。
俺はしゃがみ込んで、キラキラ飾り羽根を拾った。
「貴重そうな羽根ですね」
「俺も詳しくはないけど、上位の魔道具や属性武器の材料になると思う」
そうかぁ。俺には無用の長物だ。
羽根の他にも、ジズの魔石もドロップしていた。魔石は魔力の結晶で、強い魔物から出る魔石は属性魔法が宿っていることが多いのだという。ラスタさん曰く、風属性の魔石だ。
せっせと拾い集めて、車に戻る。カーナビで代行の画面をチェック。
条件「相手からの視認」:未
条件「運転手レベル57以上」:未
固有タスク「討伐後に羽根を入手する」:達成
車体「ジズ」を取得しました。
本当にできてしまった…。少女ボスにひどくグチグチ言われるだろうな。
「帰りはジズに変身してみようか。このまま探索を続けよう」
言葉通り、ゴーストタウンの探索を始める。
この辺りに出現するダスターウルフやリビングメイルは、単体ではなく複数で連携をとってくるのが特徴だという。
ダスターウルフは10足らずの群れでいることが殆どで、牙には猛毒がある上、群れのリーダーは強力な魔法も使える。敵と見なされれば、一丸となって襲いかかってくる怖すぎる魔物だ。
たった一体でさえ熊のようにデカくて恐ろしいのに…群れで狙われるなんて想像しただけで足がすくんだ。
「リビングメイルと違ってこういうのが効くから、まだ助かる」
そう言ってラスタさんがマジックバックから取り出したのは、魔法陣が描かれた紙の巻物。スクロールというアイテムだ。
魔法陣と描いた者の魔力によって、魔法を自由に発動できる便利な代物で、一般的に流通している魔道具らしい。
ラスタさんは「麻痺」のスクロールをハラリと広げる。途端に、描かれていた魔法陣が輝き発動した。
「グルルルルッ……ギャウン!」
すぐ側に迫っていたダスターウルフたち…群れの半分ほどが、バタリバタリと倒れ込む。
痙攣して動けずにいる者達を素通りして、無事な方のダスターウルフへ斬り込んでいくラスタさん。1体、2体と鮮やかに仕留める。
「ううぅーっ!」
「ギャイインッ」
俺も麻痺している方の1体を何とか倒す。絶対に絶対に反撃されないポジションを探して、モタモタとそいつに槍を向けている間に、ラスタさんは残りを全て倒してしまった。
「……あまり腰が引けすぎると、怪我をするぞ」
身も蓋もないド正論で注意される。
ドロップした魔石や毒牙なんかのアイテムを回収した後、辺りを探索。
ダスターウルフの群れが屯していた一角には朽ちたお屋敷があり、彼らを倒したことで中に入ることができた。
お屋敷のホール、中央には宝箱が鎮座している。うーん、RPG。
中くらいの段ボールサイズの宝箱いっぱいに、目も眩むような金塊や宝飾品が詰まっていた。
「すげぇ…」
「ここらのエリアは貴金属や宝石が多い。逆に食べられる物は中々出ないんだ」
ラスタさんはやや残念そうだ。まるで食いしん坊だが、魔境生活で金目のものが役立つ機会はほぼ無いという。いつかの金ピカゴブレットの出どころはこれか。1個くれ。
「いいぞ」
「すいません。冗談です」
こともなげにあげると言われて、慌てて首を振った。無闇な事言えない人だ。
そこから車で移動して、別のエリアへ向かう。
以前キラーバットを倒しまくった街の外壁を通り抜ける。入り口は幅が狭く車体が入り込めないが、代行モードでキラーバットを車体にすると通行できた。
どうも分かりにくいが、ステルスモードは魔物や大岩なんかの遮蔽物は通り抜けられても、車幅より狭い道を通行する事はできないようだ。
「なんか見つかってませんね…暗いのによく見えるし」
「足音も明かりもないから、気づかれないのかもな」
剣持ち骸骨たちがぼーっと突っ立ってる通路を恐る恐る通過するが、反応なし。
だが今はステルスモードと違い、キラーバットとして認識される状態だから、見つかればまた追い回されてしまうだろう。
ステルスモードと代行モードのそういったややこしい違いはきちんと頭に入れておかないと、えらい事になりそうだ。ちょっとした間違いがとんでもない大惨事…てとこだけは、元の世界の運転と一緒だな。
入り組んだ外壁内部を無事に抜けると、高層ビルのように高い建物の街に出た。別エリアに到着だ。
居住区といった感じの街並みから一変、元は豪華絢爛であっただろう塔や屋敷がずっと向こうまで並んでいる。やはりゴーストタウンのようにボロボロだが、苔や蔦に覆われた塔が雲にまで達している光景は、神秘さすら覚えた。
このエリアに出現するのは一つ目の巨人や、石のゴーレム、首無し騎士なんかだった。街をウロウロと闊歩する様はこの世の終わり感がある。
が、ダスターウルフの様に徒党を組んで来るわけではないので対処は楽だった。勿論、ラスタさん基準だ。
「この先に庭園がある。そこで麻痺のスクロールを補充しよう。あれは便利だから、シマヤも持ってた方がいい」
「庭園?スクロールがあるんですか?」
「ヘルパピヨンが落とすんだ」
向かった先は、一際大きなお屋敷。錆まみれの門の向こうに、広大な庭園がある。生垣は伸び放題で、色とりどりの花が無秩序に咲き乱れていた。手入れされてないのが明らかだ。花は満開で綺麗だけど、あちこちにぐちゃぐちゃと生えてて不気味だった。
車を降り庭園に足を踏み入れて暫く、花の上を舞うように飛ぶ蝶々が目に入る。赤い蝶や青い蝶、緑に黄と色んな色の蝶たちが飛び交い、思わず感嘆の声が出た。
「綺麗ですね」
「ヘルパピヨンは鱗粉に麻痺毒がある。群れで得物を襲い、生きたまま体液を吸い尽くすんだ。気をつけろ」
「うおお…」
一気に感動が冷めてしまった。
恐怖の虹の群れはしかし、ラスタさんの炎の魔法で速やかに焼却されてしまった。一発でボカンである。
「急いで拾って離れよう。火喰い花が寄ってくる筈だ」
「え、あ、はい!」
ドロップしたスクロールや鱗粉(ご丁寧に瓶詰めされている)を拾って、その場を後にする。離れた場所で見つけた群れをまた燃やすを繰り返して、麻痺のスクロールは6枚手に入った。
結局俺が「火喰い花」とやらを見ることはなく、今日の探索はこれでおしまいとなった。
庭園を出て、ステルスモードにした車に乗り込む。デュラハンとその騎馬がカッポカッポと通り過ぎるのを尻目に、MP残の確認。魔力回復の指輪のおかげで、まだ半分残っていた。よしよし。
ナビ画面で代行モードのリストをチェック。
条件「相手からの視認」:達成
条件「運転手レベル3以上」:達成
固有タスク「特殊個体(銀色)を見つける」:未
車体「ヘルパピヨン」を取得しました。
「うーん、あんまり使えなそうだけど…」
「かもしれない。こいつ単体だと、魔物というよりただの虫だからな」
これで俺が使える車体は、キラーバットとジズとヘルパピヨンの3つとなった。
因みにこの条件にあるレベルというのは、「車両としてその生き物を扱うのに値するレベル」らしく…イマイチ何じゃそらだが、俺がレベル57になってもジズに勝てるって訳ではないらしい。
そのジズは大層珍しい魔物で、大人しい気性ながらもその強さゆえ、人からも魔物からも恐れられている。なので人里で使えば迷惑になるが、いざという時の魔物避けとして重宝できそうだ。
キラーバットとヘルパピヨンはどうだろう。見つかったら人にも魔物にも簡単にボコされてしまうから、ステルスモードの方がいいな。
使い道があるとしたら、俺や車が通れない狭い場所を通りたい時だろうか。それにしても危険だ。ただの虫って、小鳥やネズミにすらプチって潰されちまう。
「じゃあ、ジズってみますね」
「ああ、たのむ。ジズって帰ろう」
上空なら、エリアを隔てる街壁も越えられるだろう。
先ほどのデュラハンが完全に離れたのを確認する。リストをポチッとして、ジズを選択。
「代行操縦運転モードへ移行します。車体のHPに注意し、安全を確認して走行してください」
ぐにゃぐにゃ。外の景色が歪む。
HPバーやAのギアは同じ。しかし最大速度は200キロになっており、目線の高さも段違いになっていた。地面が遠く、車というより遊園地のアトラクションに乗ってる気分だ。
手早くナビを操作して、目的地を設定。デュラハンとかに見つかる前に上昇した。
高級車は振動や音がほとんど無いと聞いたことがあるが、きっとこんな感じなのだろう。アクセルを踏んだ時の発進力が、中古の軽とは遥かに違った。
あっという間に屋敷の高い屋根を飛び越え、塔たちの間を上っていく。
やったね。これならドルトナの街までの移動がだいぶ速くなりそうだ。
「ずいぶん速いな。クルマみたいなスピードだ」
「うっわ、こりゃすごい!ラスタさんのおかげですよ!」
「いや。羽根が出てラッキーだった」
「中古の軽とは思えないですよ!ベンツだベンツ!乗った事ないから知らんけど」
「…?」
誤字報告、恐れ入ります!
魔鏡がたくさんある・・・何の鏡やねん。