7.爆誕シマヤバット号
へとへとになった俺は、2人と共に門から引き上げることにした。車に乗り込み、エンジンをかける。
「どうじゃ?ダイコウとやらは」
「ええと……」
ナビを操作して代行操縦モードを確認してみる。選択画面のリストに「スカルウォリアー」と「キラーバット」が追加されていた。
キラーバットの文字をポチリ。
条件「相手からの視認」:達成
条件「運転手レベル5以上」:未
固有タスク「20匹同時討伐」:達成
車体「キラーバット」を取得しました。
「あっ、やった!なんか使えるようになってる…」
「本当か」
「おお。わしの指導のおかげではないか?」
うん?そういやこの固有タスクって何だ。
それに、レベルが足りてない。俺は今2のはずだけど、必要条件には5とあるぞ。なのに解禁されている。
この固有タスクをこなしたからだろうか。
「おそらくそうだ………。うん。モンスターによってタスクの内容が決まっているらしい。他のも確認してみよう。物によっては、レベル上げせずに済むんじゃないか?」
そう言われ喜んだのも束の間、期待はすぐに裏切られた。
ダスターウルフの固有タスクは「一群れを全滅させる」。リビングメイルは「剣士・弓師・魔術師・ライダー種をそれぞれ討伐する」。ジズは「討伐後に羽根を入手する」。…つまり、レベル上げよりはるかに物騒で難易度が高かった。ダメや。
キラーバットのはかなりラッキーな内容だったのだな。強くない魔物だと、タスクも相応だったりするのだろうか。
俺はガソリンメーターを確認する。身も心もへとへとだが、MPは減っていない。メンタル関係ないんだな。
キラーバットを選択して、初めての代行モードに切り替えた。
「代行操縦運転モードへ移行します。車体のHPに注意し、安全を確認して走行してください」
ぐにゃ、と窓の外の景色が歪む。
全ての窓ガラスが、まるですりガラスになったかのようだ。
それと同時に、運転席のメーター表示があちこち変化していく。時速の最大が140キロから50キロへ下がってしまった。おっそ!ギアのPの上によく分からんAという謎ギアが現れ、ガソリンメーターの上にHPバーが表示された。
そうこうしている内にグニャグニャがおさまり、視界が戻る。その途端、ひどい違和感を覚えた。
目線が低い。それに石壁や道路、石畳の一つ一つさえもが大きくなっているのだった。
「コレは……もしや、わしらは縮んでおるのか?」
「も、もう俺の知ってる車じゃなさすぎる…」
ラスタさんの鑑定タイム。お頼み申す。
時速が下がったのは、キラーバットの出せる速度に準じた為。
謎ギアは「あくしょん」の意味で(Actionってことだろう)、キラーバットの場合は飛行する時…つまり上昇するのに使うギア。
HPバーは、これもキラーバットに準じたHPで0になると代行モードが自動解除される。状況によってはめちゃくちゃ危険だ。空中で自動解除なんてされたら、そのまま地面に激突だもんな…。うん。それにしても…
「ほんとに飛ぶんだな…車が…」
「キラーバットだからな。ちょっと外に出てみていいか」
代行中は、ドアロックがかかり出られないようだ。1度モードを解除し、ラスタさんと少女ボスが降りてから再びキラーバットへ車体を変える。外へ出た2人は、数歩離れてこちらを眺めていた。
「キラーバットだの」
「キラーバットだ」
窓の外には、風景と同じく巨大になった2人がこちらを見下ろしている。どうやら俺や車の姿は見えなくなっているようだが、違う何かーー口ぶりからキラーバットに見えているようだ。俺の方からは、ボンネットもワイパーもいつも通り見えているのに。
「では早速、HPを0にしたらどうなるか試してみようか?」
ニヤリと物騒な笑顔を浮かべて、少女ボスが歩み寄る。俺は大慌てで抗議したが、ステルスモード同様こちらの声が外に出ていないのか、聞こえている様子はなかった。
このままでは、サッカーボールの様に蹴り飛ばされてしまう。
一瞬迷った後、ギアをAに入れてアクセルを踏んだ。
ぐん、と軽く体が持ち上がる感覚。フロントガラスの向こうの視界が、一息に上がっていく。
「うわっ浮いた!飛んだ!」
道も坂もない空中を、ぐんぐんと浮かび上がっていく。流石に大はしゃぎである。
魔法学校がテーマの某有名映画で観たことある光景を実際に体験しているのだ。少女ボスやラスタさんの事も忘れて、夢中でハンドルを回した。
方向転換は通常通りだが、アクセルを踏むと急上昇する。ひたすら上に登るばかりで、前進は殆どしない。そうこうしている内に、建物の屋根と目線が合う所まで上がってしまう。どうしよう。
恐る恐るDに入れてみる。
AからDへ変えた車は、前進しながらゆるゆると高度を下げていく。こうやって降りるのか。
長い下り坂は確か、このD2ってやつ使うんじゃなかったっけ。D3か?もう覚えてないよ。
「おーい、シマヤバット。今のお前はキラーバットと同じ強さだ。危険だから、1人で遠くに行くな」
「シマヤバット?!」
下からの呼びかけに思わずツッコむも、当然誰も聞いていない。俺のことかよ?
気を取り直し、こちらがキラーバットに見えているらしいラスタさんたちの元へ着地を試みる。峠道のように右へ左へを繰り返し、旋回しながら何とか元の場所へ戻った。
「ふうー、本当に飛べましたよ、ラスタさん。ありがとうございます!あ、ボスさんもありがとうございます」
俺はモードを解除してドアを開ける。代行モード中の車の様子を確認したくて声をかけたら、2人はそそくさと車に乗り込んできた。
「早く早く!わしも飛んでみたいぞ、さっさと始めんか!」
「駄目だ。周りの魔物に見つかったら反撃しようがない。魔物が湧かない拠点に戻ってからにしよう。大体お前は自力で飛べるだろ」
「うるせーわい!わしは今乗りたいのだ。お主が外に出てわしらを守れば良かろう」
「嫌だ。俺も乗りたい」
俺はしばらく2人の言い合いを聞いていたが、早く帰りたかったので放置してナビをぽちぽちと設定した。ステルスで安全に帰りましょう。
あー、疲れた……。
ーーー
青い空の中を、車は走る。
道路も白線も、それどころか地面もない広大な空中は寒々しかったが、車内はポカポカと心地よい温かさだった。気分は春のドライブだ。
俺は気の赴くままにハンドルを動かす。雲海の向こうに浮かぶ雲の塊を発見して、そこへ向かう。道がないので、行きたい場所へは一直線だ。あっという間に辿り着くと、雲に沿って大きくカーブしてみる。
俺はすっかり楽しくなって、鼻歌を唄っていた。こりゃあいい。ここには物陰からフラーッと現れる人や自転車なんかいない。一方通行の標識やら停止線やらに煩わされる事もない。それどころか、100キロだそうが140キロ出そうがお咎め無しだ。
なんて自由なんだ!
「トマレ!トマレ!」
解放感に浸ってドライブしている俺の耳に、声が届いた。ギィギィと甲高く不快な声は窓のすぐ外からで、思わずギョッとする。
「ソコノクルマ!」「トマリナサイ!」「ソクドイハン!」「トリシマル!」「メンキョハクダツダ!」
それは無数のキラーバットだった。車の周りを団子のように一塊になって付き纏い、口々に鳴きわめく。俺は振り切ろうと慌ててアクセルを踏むが、キラーバット達も負けじとついてきた。
後ろを気にしすぎていた俺が前を向くと、驚くことにさっきまで無かった信号機がポツンと浮かんでいるではないか。
雲と太陽、そして青空しかなかった場所に、突然現れた信号機。遥か下からずっーと伸びていて、根本が全く見えない。
信号は赤だ。
「やっべ!」
勢いよくブレーキを踏みつける。何処でどうなっているのか、キキーーーッとタイヤが大きな音を立てた。
「あーっ、ダメダメ。ダメですよ。常識の範囲でって言ったでしょー」
突然、ハンドル横のナビから人の声がした。聞き覚えのあるおっさんの声だ。
「うわっ!?何だあんたは!」
「ルールの守れない人は免停ですよー。と言うわけで、あなたのスキルは直ちに取り消しましょう」
「ちょ、ちょっ、ちょっと!」
「メンテイダ!」「ザマーミロ!」「キケンウンテンハンタイ!」「イハンシャハシケイダ!」「オリロ!オリロ!」
キラーバット達から恨みと嘲笑のこもった野次が飛ぶ。浮かれたドライブから一転、俺は深い絶望に落とされた。免停くらった……そんな嘘だ…せっかく車買ったのに、これからどうすんだよ!?
ガクンッ、と俺の乗ってる車が大きく傾いた。
あ、落ちる。
そう理解したのと、重力が一気に消え去るのとが同時だった。恐怖の悲鳴を上げる。キラーバット達のギィギィという喚き声がそれを掻き消していった。
ーーー
ガバッと飛び起きると、そこは狭い軽の中だった。
冷や汗が未だに吹き出している。窓の外は空中などではなく、ラスタさんの家のある通りだ。昨日と同じ街の風景だった。
「………夢だ」
良かった。本当に。
シートを倒しても、軽の中は寝床にするには窮屈だ。早くベッドで寝たいな……そんな日が無事にくるかも分からないのが辛いとこだ。
ノソノソと起き上がり、ガソリンメーターをチェック。半分ほどしか回復していない。いつまでも続く昼日中に、慣れない車中泊を何日もしているのだ。充分に休めていない。
昨日は帰ってきてから、MPがすっからかんになるまで代行モード運転を試していた。2人曰く代行モード中は俺の姿も車も何処にもなく、生気のないキラーバットがちょこんと佇んでいるらしい。俺からはモード中の自分の様子が分からないので何とも実感しようがない。
生気があろうと無かろうと、空中を降りる手段は手に入った。問題は燃費だ。
試しにラスタさんの知っている町の名前をナビに設定してみた。ドルトナという街が、ここから一番近い人里らしかった。
代行車体が必要です。
代行操縦運転モードより、車体を選択してください。
そう表示が出て、例の魔物リスト画面に変わる。唯一選べるキラーバットを選択すると、ついにナビが地上までのルートを示した。
「おー、ほぼ一直線で………所要時間12時間47分!?」
代行より燃費の良いステルスモードですら、6時間しか保たないのに。MPスッカスカにしても無理じゃねーか!
いや、待てよ。
いくら天空に浮いているとはいえ、空から地上までそんなにかかるとは思えない。
そうだ、あくまでこのドルトナという町に到着するのにおよそ13時間掛かるという意味のはず。キラーバット状態で地上に降りたらモードを解除して、通常の軽で走れば不可能でない…のか?地上にさえ降りれれば、休息を取るなりしてMPを回復しながら進めばいいのか。時間はかかっても、MP切れの心配はなくなる。
あれこれ考え込みながら、画面の中の地図を食い入るように見つめる。危険地帯を意味する赤い色の現在地。そこからまっすぐ南西に伸びるルートのラインが、「ドルトナ市街」という1箇所に繋がっている。
これを見てると、ここからの脱出が「絶対に無理」から「理論的にはできる」になった気がした。とはいえ不安は尽きない。やはり空中でガス欠になってしまうのでは?無事に降り立てたとして、そこも凶暴な魔物の巣窟だったら?道中に休息をうまく取れずMPが枯渇したら?
「……もう少しレベル上げは続けた方がいいかもなぁ」
俺は助手席に転がったナイフに視線を移す。ラスタさんから借りっぱなしのナイフだ。途端に昨日のキラーバットの断末魔が思い出され、身震いした。
そんな昨日の有様で、ラスタさんも流石に協力する気が失せたかもしれない。一応目的は達成したのだし。
そんな風に考えながら、エンジンを切って伸びをする。悪夢のせいで休んだ気がしない。もう一眠りしたいなと思ってると、家からラスタさんが出てきた。
「おはようございます。鍛錬ですか?」
「おはよう。今日からは鍛錬代わりにシマヤと探索しようと思う。レベル上げがまだ必要だろう」
「え?」
鍛錬代わりに探索とは一体ナニ?昨日そんな話あったか?いや。昨日ひたすらキラーバット号で屋根の上を飛んでみせた時、そんな話は出てこなかったはず。「すごいな。もっと高く飛べるのか?」と窓に張り付いて後部座席ではしゃいでたくらいだよな。
「シマヤバットに変身できたし、いよいよ帰るんだろう?長旅になる」
シマヤバットって……そういう魔物がいるみたいになっとる。なんでや。
「レベル上げも兼ねてドロップアイテムや宝箱で物資を整えよう。そのための探索だ。勿論、無理しない程度にな」
休めたか?と聞いてくれるので、俺は正直に首を振った。
「まだ休みきれてないなら、これをつけておけ。遠慮はいらない。起きて調子が良いようだったら、出発しよう」
そうして何時ぞや見た魔力回復の指輪を手渡される。どうもこれ、消費アイテムらしい。
指輪とラスタさんの顔を交互に見やる俺は困惑しつつも、結局その後「お願いします…」と頭を下げた。
「いや。シマヤには無事に地上へ着いてほしいんだ。俺の為にも」
ぽつりと独り言のように呟いて、彼は畑の方へ向かってしまった。
そうだった、彼は訳ありなのだ。しかし、深く聞くような間柄でもないしそっとしておこう。俺は良識のあるファンだ。彼には感謝しないと。
でもやはり、ほんのちょっと……スパルタ気味なんだな。
チラッと頭の隅でそう思いながら、再び車のシートを倒して横になった。