59.アラスター治療院
「おい、ニコラ!」
くさくさと路地を歩いていると、大声で呼び止められる。チームメイトの少年3人が人の波をぬってニコラの元へやってきた。
「どうだった?」
「村を見に行けそう?」
「…いんや」
「そうか……」
浮かない返事に、3人は一様に顔を曇らせる。やがてそのうちの一人が、重々しい空気を払拭するように明るい声を出して言った。
「まぁさ!ナダが村のヤツに巻き込まれたって決まったわけじゃないだろ?」
「…だよな。明日にでもひょっこり顔出したりして」
そうそう、と頷き合う二人に続いて真ん中の少年が口を開く。チームのキャプテンだ。
「どっちにしても今後の練習をどうするか、はっきり決めなきゃならない。一度みんなで集まるつもりだ」
ニコラが短く「そうか、分かった」と返すと、キャプテンたちはぽん、とニコラの肩に手を置いてから去っていった。
ナダの詳しい生い立ちを、ニコラは知らない。興味もなかった。温厚で誠実な人柄。プレーもそんな感じ。同じ冒険者同士だが、どうにも気に入らないやつだ。そんな間柄であるのをメンバーは知っているので、彼らはニコラの素っ気ない態度に何とも思っていない。
まさか単身ででも、街を飛び出して消息を追おうとしているなんて思ってもいないだろう。
そこにあるのは友情でも、同情でも、仲間意識でもない。とあるひとつの口約束だ。
『なー、おい。レイクブルーベルの群生地見つけたって本当かよ』
『うん、本当だ。道に迷った時、まぐれで』
『ずるいぞ、おれにも場所教えろ!』
『それが人にものを頼む態度かよ。…ま、まぁいいか。わかった。今度一緒に行くか』
『よし!二言は無いな?今度ってのはいつだ?明確な日時はお前が決めろ。配分は6:4?5:5?おれも採取するんだから5:5でいいよな?間違っても7:3じゃないよな?おれたちチームメイトだもんな』
『ひいぃ』
ニコラは、まぁまぁ銭ゲバであった。
レイクブルーベルとは、水の魔力を蓄えた薬草であり、そこそこ上質なポーションにも、水の回復魔法の補助にも使える優れた素材だ。
Dランク冒険者としては絵に描いたような超優良案件。労力に見合いすぎる稼ぎが期待できると、ニコラは大喜びだった。それなのに。
「あの野郎。間違っても巻き込まれてんじゃねーぞ…」
足を進めながらひとりごちる。兎にも角にも、あいつの所在を確かめない事には始まらない。
向かう先は、ちょくちょく日銭稼ぎを融通してもらっている人物のもとだった。仕事柄ナダとも面識がある男で、街外れの一角にて寂れた治療院をひらいている。確か、ナダの祖父が腰を思いっきりやった時にあの村を訪れている筈なのだ。
生まれ育った街の通りを、右へ左へ突き進む。甘い匂いがする菓子屋の裏路地へ侵入し、ショートカット。階段を二段飛ばしで駆け降りて、しけた教会広場へあっという間に辿り着いた。
やってるのか閉まってるのかも分からない目当ての建物に、ニコラは構わずノックと同時にドアを開け放った。
「旦那ーっ、こんちわー」
ボロく寂れた外観に反し、中は意外と整頓されて清潔だった。窓が小さいせいでやや薄暗い。その薄暗いカウンターの向こう側から、くぐもった「誰だ?」という老人の声が上がる。
「ニコラだ。ちょっと聞きたい事があって」
「なんだあ?またお前か」
「おう、悪いね」
奥の部屋からのっそりと主人が出てくる。小柄で白髪のアラスターという老人だ。どうせ暇だろ、という本音をおくびにも出さずニコラはヘラヘラと謝る。
話を聞くと、確かにアラスターは数年前マホチェク村へ行っていた。冒険者の護衛付きでだ。その時の人数や何処で休息をとったかなどを細かく尋ねて、己の持つ情報と照らし合わせる。
「ダチの弔いなぞ殊勝なこって。お前がそんなタイプだったとはなぁ」
アラスターは皮肉げに唸った。彼もナダの行方不明については知っているので、村へ向かうというニコラの意図を察したようだ。
「違うよ。てかダチじゃねぇし。おれの食いぶちに関わる、ビジネス的な事情なのだ」
「何がビジネスだ……。にしても、お前みたいな駆け出しがよく調査依頼に参加できたじゃねぇか」
「いんや、バッサリ拒否られた。だから一人で行くことにしたよ」
「なにぃ?阿呆ぬかすな!」
この辺りに広がる森や丘は恵み豊かで、その分魔物も多い。半日やそこらで行って帰ってくるならともかく、新米の冒険者が単身で一晩過ごすのがどんなに危険な行為か…。そんな事は冒険者でなくとも、この土地に生活している者なら誰もが得ている常識であった。
「そもそも、今は人手をかき集められてんだろうが。それにくっついてきゃいい話じゃねぇか。何のためのギルドだ?」
「だよな!今のを受付のおばはんに言ってやってよ、旦那」
「どういうこった?」
ニコラはけんもほろろに断られた時の受付嬢の対応を話して聞かせた。そこからうっすらと感じとれるのは、この件に対するギルドの消極的な姿勢。
Dランク一人では無茶でも、CやBランクの者が同伴すれば外での活動は制限されない。むしろそうやって一人前になっていくのが望ましいとされている。
「本当に人手がいるんなら、おれみたいにクソ真面目で意欲満点の人材はむしろ引き入れるべきだろ。低ランクを数合わせに使うなんて、いつもやってんだからさ。なのに今回は…」
「単にお前じゃ役不足って話でねぇかそりゃ。…要は、ギルドの連中も本腰入れる気はないって言いてえのか」
カウンターの椅子によっこいしょと座りながら、アラスターは眉間に皺を寄せた。
「困ったもんだ。いずれにせよ、ギルドがそう言うんならお前の出る幕はないってこった。無茶はやめときな。行って戻るほどの仕度ができるってのか?」
「分かってるけど……」
冒険者となって2年目。己で稼ぎ、自由にできる金を得ることができたが、懐は常に寂しい。冒険者として最低限の装備はあっても、マホチェク村へ向かうとなるとそれなりの準備が要る。何とかなるが、数日は食い詰めざるをえない大打撃だ。
おのれじいさん。んなこた言われずとも身にしみてますがな…。反論の術がなく黙るしかないニコラへじいさんは追い討ちをかけた。
「どうにも抜けてやがるからなぁ、お前は。同じDランクでもそれこそナダみたいなしっかり者なら、付き添い許可もでたかもしれんが」
「何だと!そのしっかりもんの誰かさんは、行方知れずなんですが!?」
愛想笑いをかなぐり捨ていきりたつニコラに、アラスターはやれやれと白髪頭をかいた。
殆ど同じ時期に冒険者登録をしたニコラにとって、ナダと比べられるのは煩わしい事この上なかった。実直で気持ちのいい人となりをしたナダの評価は、たいていニコラよりも高い。
…おまけにギルドで受けた適性検査では、ニコラの第一志望であった「剣士」認定を受けたり(自分は斥候だった。おれだってロングソードで訓練したかった、くそう)、アイテムボックスという優秀なスキルを持っていたり(容量は少ないから大したものじゃない、とかぬかしやがる。おれは少ないどころか皆無じゃい)、まさに目の上のたんこぶみたいな野郎である。
まったく忌々しい。レイクブルーベルだって本当は、アイテムボックスがあるなら他人の手を借りずとも独り占めできるものを。それをあいつは…。
いらいらと顔を顰めていると、店の外から「ごめんください!」と男の声が上がる。客人…いや、患者か?
「あん?何だってんだ今日は」
「何って、旦那の仕事でしょうや。開けてきてやるよ」
「めんどくせぇな」
アラスターはぼやきつつも止めないので、ニコラはドアに歩み寄って開けた。軽装の旅人らしき若い男が、困りきった表情で立っている。
「やってるよ。どうぞ」
ニコラが声をかけるも、男はますます困ったように踏みとどまって治療院内を見回した。
「ええと…診察をお願いしたくて。すみません、他の患者さんの事もあるので、ここで失礼します」
「は?」
勢い良く門を叩いてたくせに、どうした事か。子供相手へやたらと腰の低い男を妙に思っていると、そいつの手もとで灰色の物体がモゾモゾしているのが目に入った。
うわ、なんだそいつ。ニコラが何かを口にする前に、背後からアラスターの声が飛んできた。
「診察されたいのか、されたくないのか?そんなとこで何を診ろってんだ。用があるなら、さっさと入ってこい」
「はいっ!」
男はアラスターの乱暴な声かけにすっかり恐縮して、慌てたように中へ入る。
「あの、診てほしいのは自分じゃなくてコイツなんです」
「それなに?ネズミ?」
「ネズミだあ!?」
ニコラが思わず覗き込み尋ねると、それを聞いたアラスターは一転して怒声を上げた。ポヤポヤ毛玉の影から見える黒い小さな羽。どうやらコウモリのようだ。
「プラムバットです…ネズミじゃなくて」
「んなっ!!この阿呆、なんてもん持ち込みやがる!ここは治療院だぞ!」
「す、すみません!非常識とは分かってるんですが、俺ではどうにもできなくて!」
男は入ってきたばかりの戸口へすっ飛んでいき、元の位置に戻って必死に謝りだした。確かに治療院にコウモリってのはまずいけど…そんなにペコペコしなくて大丈夫だぜコウモリマン。見ての通り、患者なんてゼロだから。
「俺の従魔で、昨日から調子が悪いんです!診察が無理なら、せめて症状を聞いてもらえないでしょうか」
「はぁ…悪いがね、管轄外だ。俺がどうにかできんのはちょっとした貧血だのムチウチだので、しかも人相手だ」
プラムバットって、スライムにも引けを取らない弱小魔物の一つだよな…。そんなものを従魔にするとは、ずいぶん物好きな魔族である。それともニコラが知らないだけで、魔族ならではの使い道があるのだろうか。いや、どんなだよ。
段々興味の薄れてきたニコラだが、その場を後にしようにもコウモリ男は出入り口でアラスターと粘っている。そこ通りたいんだけどな、と思ったその時、男が空いてる手で懐から包みを取り出した。ジャラッと硬質な音がする。
「こいつは外で待たせられますから、問診だけでも。先にこれ、お支払いします。お願いします!」
「分からんやっちゃな…。症状を聞いたところで、コウモリ相手に何をどう判断しろってんだ」
ニコラの目線は包みに釘付けになった。包みの隙間からきらめく黄金色…おそらく貴金属だ。必死だ、この男。コウモリ1匹に、金に糸目はつけないというのか。
にしても、このじいさんときたら。話を聞くだけ聞いて頂いちまえば良かろうに!くれるってんだから。
「別にいいじゃないですか、旦那。相談くらい受けてやったら?」
「口を挟むな、阿呆め。俺ァ治療師だ。素人診断を下すくらいなら何もしねぇぞ!」
「そんなこと言って、こないだ泣きつかれてバリードバードの雛を診にいったんだろ」
「バリードバードとプラムバットを一緒にすんじゃねぇよ」
「そっちのあんた、そいつはどっか怪我でもしたの?」
ニコラが尋ねながら目線を向ける。プラムバットはさっきからぐったりと丸まっているが、息はしてるようだ。
無理やり話を進めようとする構えにアラスターは怒りを向けたが、ニコラは素知らぬふりをした。ほれほれ。善良な町医者が、困ってる人を無碍にしなさんな。困ってる金持ちなんて、尚更ですよ。薬が必要なら、ここに素材採取の人員がおりますよー。
「怪我はないんだ。ただ、昨日の夜から様子がおかしくて」
コウモリ男(暫定金持ち)は心配そうに手のひらのモコモコに視線を落として口を開いた。
昨日の朝方までは元気に森を飛び回っていた事。いつもは食い意地を張っているのに食欲もなく、「力が入らない」と言っている事。
なるほど。
「寿命?」
「いやそれは……昨日までキレキレに滑空してたんで」
「だったら食い過ぎじゃねぇか?」
「確かによく食ってはいました。りんごにトマト、杏にカブ、ズッキーニ、梨、焼き魚、クッキー…は持ってるだけか」
いいもん食ってる…可愛がり過ぎだろ。
「プラムバットに焼き魚だと?奴らが食うのはせいぜい虫や果物だろう。そんなもん食わせたのか」
「食べた後は不調もなくて。その日の夜にまた杏を食ってたんで何ともなかったはずです…」
「血は?」
アラスターは億劫そうにしながらもそう尋ねる。結局問診しているのだ、治療師の鏡。
「血…」
「プラムバットの主食は果物と生き血じゃねぇのか。俺ァ良く知らんが」
「………」
コウモリ男は突如、石像のように固まった。
「どした?」
「………」
「覚えがあるのか?何だよ。まさか食い物ばかり与えて、血は一滴も飲んでないってんじゃねぇだろうな?」
「…………」
アラスターの呆れ返った声にそいつは見る見る青ざめて、ひどく落ち込みはじめるのだった。
ーーー
治療院の医師の呆れたような顔を凝視して、俺は言葉を失くしていた。
『キィー?』(血はー?)
『ち、血はまた今度な』
『キィッ』(血が飲みたいな)
『俺も腹減った』
出会ってからこれまでの一月近く、おはぎから幾度となく要望の挙げられたそれを、俺は全部スルーしてきた。今更になって、己のしてしまった事に愕然とする。
「……おはぎ、最後に血を飲んだのって何時だ?」
「キー…」(おぼえてない)
「俺と会ってから、どこかで飲んだか?」
「……キキ」(ううん)
しょぼしょぼと元気なく答えるおはぎの姿に、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
なんて間抜けなんだ……こいつはただの小さなペットではなく、魔物だと分かっていた筈なのに。心のどこかで「吸血は何となく嫌」という人間寄りの感覚が働き、避けてしまっていたのかもしれない。しかしそれは血液が主食のプラムバットにとって、迂闊だったでは済まされない行為だ。
飼い主ーーいや、主人失格だ。
「めちゃくちゃ落ち込んでるなぁ」「何なんだコイツ…」とヒソヒソ囁き合う医師と助手くんの傍らで、俺は上着の袖を捲った。
一瞬躊躇ったが、他に手はないのは明らかだ。
「気づかなくて悪かった。ホラ」
「キ…?」(血、飲んでいいの?)
「お、俺が干からびない程度に頼む」
肘の下部を差し出すと、おはぎはノソノソとそこへよじ登る。健康診断の採血みたいだもんだ。大丈夫大丈夫。己にそう言い聞かせながら身構えていると、鋭い痛みが走った。
「いででで…」
「うわぁ、やりおった」
「麗しき愛情だな…」
滲み出た血を必死に啜るおはぎを、3人で暫し眺める。やがて医師は「倒れられちゃ迷惑だ」と唸ってベンチに座るよう言ってくれた。ペロペロおはぎを腕にくっつけながら、俺はありがたく座らせてもらう。
これで元気になればいいが…。不安は残ってるが、少しだけ肩の力が抜けた。
そうして冷静になる事で、自分のしでかした現状をはっきり自覚してくる。元の世界で置き換えれば、一般の病院にペットを連れて行って「診察して下さい!」と喚くようなものだ。完全にやばい奴。
なんつー迷惑な真似を……噛みつかれた腕より、医者と少年の視線の方が痛かった。




