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6.運転に慣れる前にモンスターに慣れそうです

この世界にやって来てから、無事3日が経った。


少女ボスの幻影によって作られたピカピカの青空は、彼女の気が変わらなければずっとそのままで、「夜を明かす」という体感がまるで得られない。

ラスタさんも、もうとっくに以前の生活リズムは狂ってしまったらしく、疲労が溜まらないようルーチンを決めて起床就寝するらしい。なので俺は彼に合わせて、車のシートを倒し車中泊した。


何でも、少女ボスの機嫌がいい時にリクエストすると、夕暮れや星空にしてもらえるそうだ。

もうツッコミを入れる気も起きない。


俺が日数を数えていられるのは、カーナビに表示されてる時計のおかげだった。


そうして今日。レベル上げの助っ人を依頼した俺は、ラスタさんの案内の元、車を出した。

馴染みとなりつつある綺麗な街並みを離れ、元の陰惨としたゴーストタウンへ向かう。


「遭難・死亡事故多発区域です。ステルス運転モードへ移行します。車外へ出るときは安全を確認しましょう」

「ぬ、誰じゃおぬしは」

「喋った」

「いや、カーナビです。誰もいません。ただの音声ですよ」


気にしないでください、と受け流して進む。


俺がやって来た道とは別の場所へ向かっているみたいだ。何処へ行こうと、最悪カーナビで街の中心を目的地に設定すれば帰って来られるので、気楽ではある。


やがて、「ここだ」とラスタさんの声が掛かる。

車のライトが煌々と照らすのは、汚く朽ちかけた石壁の一部。街並みを囲うように、左右にずっと続いている。壁つたいに視線を移すと、大きなアーチ型の出入り口を見つけた。

ナビの地図を見る限り、石壁はこのゴーストタウンをぐるりと囲っている。

どうやら、街の外壁門のようだ。


「この中、キラーバットがいたはずだ。まずはコイツから始めてみようと思う。これ」


ラスタさんは腰のポーチ(マジックバックという便利なアイテムで、見た目以上の容量があるらしい)からナイフを出して、こちらに差し出した。使い古された感じのシンプルなナイフだ。


恐々と受け取って、「あの、キラーバットってどんなやつなんですか…?」とたずねる。


「ちょっと強いコウモリだ。見えない暗がりから飛びかかってくると思うから、離れないよう気をつけて」

「わ、わかりました」

「あと、アイツの悪ふざけにも注意しろ。…本当はアイツ抜きで来れれば良かったんだが、こっそりバレずに出かけるのはどうしても無理みたいだ」


ラスタさんは残念そうな口調で、少女ボスを指差す。

ふざけた態度をとっていても、彼女はここの主。魔境の中なら何処へいようと居場所が知られてしまうという。いわゆる特定厨だ。


「たわけめ、当前だ。わしは常に暇を持て余しとるのだ!抜け駆け厳禁!」


美しい黒髪をかき上げ、得意そうに少女ボスは言う。つまり、意地悪で邪魔されるのは避けられないと。

緊張でそれどころじゃない俺は、無言で頷いた。

車から降りロックをする。ラスタさんの後をついて、アーチの入り口から中へと踏み込んだ。


門の中は予想以上に奥行きがあった。どうやら、相当分厚い外壁らしい。トンネル並に長い通路が伸びており、突き当たりの空間には更に3つの分岐した通路がある。

まさに、ダンジョンといった雰囲気だ。


「この中はエリアとエリアを繋ぐ、いわば箸休めのような場所であまり凶悪な魔物がいないんだ。それにここにいるキラーバットは飛行できるし、ちょうどいいと思って」


ラスタさんはそう説明してくれたが、俺は半分も聞いちゃいなかった。門の奥からガシャンガシャンガシャン!と音を立てて、骸骨が2体突進してきていたからだ。

けたたましく向かってくる骸骨は革の鎧を身につけ、1体は剣を、もう1体は槍を振り回している。


恐怖で叫び出す間もなかった。

ラスタさんはウエストポーチから子供の背丈ほどもある大槌をスーッと取り出すと、先に突撃してきた剣持ち骸骨の頭へ叩きつけた。

粉々になった頭部が飛び散らかり、そいつは枯れ木のように倒れる。


後続の骸骨が槍を突き出すも、彼は小さく身体を傾け避けきった。間髪入れず、槌の先が吸い込まれるようにそいつの骸骨頭へ直撃。相手の動きを完全に先読みした、見事な動作だった。


恐怖も忘れて呆気に取られる俺の前で、骸骨たちは崩れて消えていく。

助かった。俺はラスタさんにぺこぺこと頭を下げる。


「あ、ありがとうございます……!」

いや、凄いな、プロのお手前。喋りながらしれーっとやっつけてるよ。


「おい、こやつのレベルアップをするという話ではなかったか?お主が倒してどうする」


少女ボスがいつもの調子で肩をすくめて言った。彼女もラスタさん同様、涼しい顔をしている。

さっきの説明通り、骸骨たちは彼らにとって低レベル扱いのようだ。俺だけが一人でビビり散らかしている。


「いきなり実戦なんてさせるわけ無いだろう。シマヤにはとどめだけ刺して貰うんだ」


とっさに倒しちまったけど…と答えるラスタさんの手には、立派な大槌。あんなのも入るなんて、嵩張らない所の話じゃないな。マジックバック、便利すぎる。

ていうか、あんな重そうな物どうやって振り回してるんだ…?


「うわっ、きったねー!そんな卑怯な手が許されると思うのか!プライドとかないのか?おぬしも汗水垂らして命を賭けんか」

「退屈しのぎがしたいだけのやつが何を言う」


ラスタさんは軽く手を振り、相手にしないの姿勢。俺もそれに倣った。


少女ボスの言い分もわかるけどさ。こっちはレベル最小値の実力なしで、賭ける命は一つしかない。ついでに言うと俺はラスタさんのファンだ。プライドなんて知るか。


門の中は真っ暗闇だが、ラスタさんが魔法で灯りを宙に飛ばしてくれた。光の塊が風船のように付いてくる。


「さっき、ここってエリアを繋ぐ箸休めみたいな場所って言ってましたよね。この門の向こうは、また違うエリアがあるんですか?」


足元に気をつけながらラスタさんに尋ねると、後ろから少女ボスの声があがった。


「寝ぼけたことを抜かしおるわ。最深部までやって来たくせに、自分が通って来た場所も覚えておらんのか?おぬし、やはり何かズルでもしたのではないか?」


暗闇の中で、吊り上がった紫の瞳がぎらりと光る。

あー、しまった。この人たちは、俺が車で遥々ここまで辿り着いたと思っているのか。正直に異世界から来たと話してもいいんだけど、信じてくれるだろうか。俺だったら信じないな。


「ええっと、なんかショックで忘れちゃいました」

「はあ?おい、馬鹿にしておるのか。このペテン師め!」

「いやいや!そんな事は全く……!あの、やっぱりいいです、気にしないでください」

「コイツは大概だが、シマヤも割と適当な奴なんだな…」


ラスタさんに呆れられつつ、門の向こうは奥側とは異なる都市が広がっていることを教わった。さらにその都市を出ると荒野のエリアがあり、本来この魔境に挑む者のスタート地点になるそうだ。


「他にも魔境やダンジョンにはセーフティエリアといって、一切魔物の沸かない場所がある。そういう所で休息を取りながら進むんだ」

「ラスタさんが暮らしてる所がそうなんですか?」

「いいや。あそこはボスのエリアだ。セーフティとは真逆なんだが、いかんせん肝心のボスがこの通りだから」

「わしのお情けで暮らせておるのだ」


ボスのエリアは本来、倒すか倒されるかの死闘必至な場所だという。ゲームで言えば、入ってすぐ画面下にボス名とHPバーが出て戦闘になるやつ、て所だろうか。


「あーっと…ダンジョンとかの魔物は、必ず襲いかかってくるって話でしたよね」

「うむ、わしとて違わぬぞ。ただ対話もなく攻撃するなど、品のない真似をしたくないだけよ」

「なんて言ってるけど、その辺適当なんだ、コイツは」

「失礼なことを言うでない。それがわしのやり方というだけだ。せっかくやってきた遊び相手を即座にプチッ、なんて勿体ないであろう」


その時、光魔法の灯りの向こうからまたもやガシャガシャと新手がやってきた。

身構えていると、反対側から「キィキィ」と甲高い鳴き声が聞こえてくる。コウモリの群れもこちらへ飛びかかってきていた。


「げっ」

「お目当てが出おったぞ」


あれがキラーバットだろう。海外のオバケコウモリみたいなサイズを覚悟していたが、以外に普通だ。棒のような胴体に不釣り合いな、大きく広がる羽。そんな奴らが何匹も、真っ黒な塊になって襲ってくる。


バキッガシャンッ


突然の轟音に飛び上がる。何事かと振り返れば、骸骨をなぎ倒したラスタさんがこちらへ魔法を放つ所だった。


目も眩むような炎の玉が、コウモリ団子に直撃した。恐ろしい悲鳴をいくつもあげて、キラーバットたちはポトポトと地に落ちる。

爆炎と熱が引く頃には、半分以上がすでに消えていっている。しかし5・6匹程が、羽を焼かれて飛べずにのたうち回っていた。


「う……これをやるのか…」

「くっ…こやつ、わしより悪魔じみた真似をッ」

「そんなもんに悔しがらないでくださいよ…」

「可哀想かもしれないが、シマヤは地上に行きたいんだろう?」


その言葉に、俺は頷いてナイフを握りしめた。もうここは日本じゃない…いずれやらねばならない事だ。

何より、そんな義理もないのにラスタさんは身体を張って俺に手を貸してくれているのだ。そんな手前「やっぱりやめた」などと簡単に言えるはずもなかった。


これはダンジョンの魔物。これはダンジョンの魔物。

動物虐待ではない。これは決して、動物虐待ではない。


「ギィギィーーーッ!!」


そう必死で唱えながら、憐れな断末魔をあげるキラーバット達に刃物を突き立てていく。

せめてもの救いは、俺の手によって事切れた死体がいつまでも残らずに消えて無くなることだ。いやそれも怖いんだけども。


まるで雪解けのように、最後の亡骸がスルスルと消え去った。その頃には、俺は汗だくで半ば放心状態だった。


「これしきで何をそんなブルブルと…今までどうやって生きておったのだ」

「……続けられそうか?」

「はい……今くらいのなら…何とか……」


少女ボスは納得いかないとでも言いたげに顔をしかめ、ラスタさんは無表情でじっと俺の様子を確認している。


そんなに異様な事だろうか。まぁ、そうなんだろうな。こればかりは取り繕いようもない。むしろ現代日本で暮らしていた人間にしては、順応早いんじゃないかな、うん。そんな事は、この世界の誰に言っても通じやしないが。

俺は慌てて話題を逸らす。気になっている事もあった。


「あ、あの……レベルが上がってるのかって…どうやったら……」

「俺が鑑定で調べてやれるよ。地上に降りたら、ギルドか教会に有料で頼めば鑑定をしてもらえる」

「有料かぁ…」


鑑定のスキルって、転生したやつは普通に備わっていそうだけど、俺には無しか。残念だ。

「レアケースですね」と笑うおっさんの顔をぼんやり思い出す。あいつの口ぶりからすると車ごと転移するのは特別措置っぽかった。そのせいで、普通の異世界チート的な恩恵が貰えなかったのかもしれない。


「おい、どこに行った」


ラスタさんが辺りに向かって声をかける。ん?見回して気がつく。少女ボスが忽然と姿を消していた。


「あれ、帰った?」

「いや…」


骸骨がノータイムで駆け寄ってきても平常だったラスタさんが、やや身構えている。何だろうと緊張していると、のんびりした少女の声が暗がりから聞こえてきた。


「ほーれ、おかわりが来たぞ」


いつの間にそんな場所へ移動したのか、離れた通路の向こうから手を振っている。その背後の暗がりには光る目がいくつも浮かび、キィキィと上がる鳴き声が連なっていた。


「ギャーーーッ!何してんのちょっと!?」


抗議の雄叫びも虚しく、その後もひたすらキラーバットが俺にけしかけられた。


その日、俺はレベルが2に上がった。





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