56.さらばモストルデン
せっかく来たので、依頼の掲示板を覗いてみよう。
魔物討伐がそこそこあるが、それより薬草採取や石の採掘といった依頼が多い。この辺りにダンジョンはないようで、王都ギルドのような素材集めの依頼は殆ど見当たらなかった。
この付近では、ポーションの材料となるキノコがよく取れるらしい。
よく考えたら、上級ポーション数本しか持ってないのは心許ないよな。せっかく資金があるんだし、何本か普通のポーションを買っておこう。
俺はギルド併設の道具屋で手頃なポーションを5つ購入して、外に出る。
いよいよ国境だ。
南門に着くと、国境まで走る乗合馬車を見かけた。少し迷ったが、ちょっと窮屈そうな馬車だったのでやめておく。
ナビの地図で、リモダの南門から国境までは迷いようのない一本道なのを確認済みだ。わざわざ馬車に乗るまでもない。それにおはぎがいるから、乗客の目も気になる。
やっと苺を諦めたおはぎは、上着の裾の定位置に潜り込んでしょぼくれていた。門へと至るまでに見かけた店で木苺っぽいベリーを買ってやるも、コレジャナイと悲し気だ。しっかり受け取ってはいたが。
門の外から山麓へと続く道はよく整備されていて、馬車と歩道が分けられている。気持ちのいい一本道だ。
時々右側通行になるその道をてくてくと進みながら周囲を観察。歩いている人の数は多く、冒険者風の人もいれば子供連れの家族もいる。身なりも様々で、立派な鎧姿の者もいれば、ボロボロに汚れたマントを巻き道端に蹲っている者もいた。難民だろうか…。
山の景色を堪能する快適なハイキングコースは、10分もしないうちに終わった。国境の膝下へ辿り着く。そこに待ち構えていたのは、つづら折の長い階段だった。
「う…ガチのハイキングになった…」
石造りの堅牢な擁壁が、黒い山を這い上がるように続いている。まるで要塞のようなそれを無言で登り進んでいき、汗だくになった頃に巨大なブロンズの門が見えてきた。
「ひぃ……アレがそうか?……ハァ…」
「キィ」
ヨボヨボとたたらを踏んで息を整える俺へ、おはぎが「だらしない」と物申した。うっさいわ…。
一息いれてから、人混みの流れに身を任せ門を目指す。
そこでは、腰に剣を下げピシッとした揃いの軽装備に身を包んだ者たちが、数ヶ所で金貨を徴収していた。
身分証の提示を求められ、少々緊張しながらギルドカードを見せる。
「冒険者の入国料は2万Gだ。奥の緑色のゲートへ並ぶように」
ん?人によって料金が異なるのだろうか。
言われた通り金貨で支払って、巨大な門の中へ進む。
門の先は、先ほどまで自然豊かな山麓にいたとは思えない豪華な作りだった。床は滑らかなタイル張りで、色使い豊かな模様があしらわれている。壁は白を基調とした石造りで明るく、等間隔で光魔法の灯りが備え付けられていた。天井の低い、駅舎のような屋内だ。
一際目立つ壁には、物々しいエンブレムが飾られていた。片方は狼と麦。もう片方は交差する矢とスミレの花。
狼のエンブレムは以前、王都でよく目にしたモストルデンの国章だ。するとあのスミレと矢のエンブレムは、ミスラー皇国の国章だろう。
「おおっ、国の境目に来たって実感するな」
「キィ~?」
まさに映えスポットだ。もしこの世界にスマホとSNSがあったら、この一帯は自撮り勢でごった返していた事だろう。勿論そんなものは無いので、足を止めて眺めている者はごく僅かだった。
国章の映えスポットから離れて奥に目をやると、数十ヶ所ものゲートがずらりと並んでいた。待機列は全員がミスラー皇国への入国者たちだ。向こうからモストルデン王国へ来る人はどこにいるんだろう。
門兵の指示に従って、緑の旗が並ぶゲートへ向かう。他にも青やオレンジ、紫のゲートがあった。緑ゲートは圧倒的に人が多く、みな横並びの列を作って順番待ちしている。
長々と待たされた後、やっと列が進んでゲートの元へ向かう。
先ほどの門兵と揃いの服を着た男性が、ゲートの窓口から声をかけて来た。髭の似合うダンディなおじ様だ。
「これより先は、ミスラー皇国となる。入国の目的を聞かせてくれ」
「はい。キーストリア王国を目指してますので、その通り道として入国します」
宿で会ったテイマーさんの言っていた通りだ。事前に話を聞いてたおかげで、難なく対応する。
「経由予定の街は?」
「マドゴアとベインザイル。道中で必要になったら、近隣の街や集落にも入ると思います」
「ふむ。…Eランクとあるが、ソロなのか?」
「はい。あっ、でも相棒がいます」
「キッ」(いるぞっ)
「俺の従魔です」
「……そうか。その通り道に当たるフリツェラード領では現在、Cランク以上の冒険者へ討伐依頼の参加義務が課せられている」
「…!?」
さらりと恐ろしい事を言い出すイケおじ門兵に、俺は慄いてしまう。
参加「義務」?冒険者ギルドってそんなのあるのか?聞いてないよ!
「Cランクだ、C。お前は強制じゃない」
俺の形相を見て、イケおじがそう宥めてくれた。
「村一つが魔物どもにやられたんだ。力ある者は手を貸してくれと、ただそれだけの話さ」
何でも、魔物の群れにマホチェクという小さな村が襲われてしまったらしい。群れがまだ見つかっておらず、捜索と討伐が急がれていると。
マホチェク村があったのは、国の中央寄りにあるフリツェラード領。…あとでナビをチェックしないと。
魔物が群れて村を襲うとは……本当に恐ろしい。村や集落には、都市部のような立派な街壁も門兵もいない。死と隣り合わせな環境なのだな。
ご冥福を祈ろう。
「Eランクがしゃしゃり出ても迷惑になるのがオチだ。ただ、そういう事情があるのは留意すること。ベインザイルまでの長旅なら、道中のギルドでチームを組むのを薦める」
「…わかりました。情報ありがとうございます」
親切に注意してくれたイケおじに礼を言うと、彼はニヤッと笑って頷いた。
「ようこそ、ミスラー皇国へ」
評判の悪い国だとしても、そこにいる人が悪人ばかりという訳ではない。
気を引き締めつつ、色眼鏡で見ないように過ごさんとな。
ゲートを通過して暫く進むと、門の向こう側へ出る。相変わらずの高い峰々が青空を覆っていて、その山間に沿うように石造りの道が続いている。
「うわっ、高え」
馬車3台が余裕で並びそうなほど広い道は、高架橋のようになっていた。地面はかなり下だ。真下を覗こうとしたが、道のへりは分厚い石畳で囲われてて叶わない。まるで城壁のようだ。
何だか、高速道路を徒歩で歩いてるようだ。少し楽しい。
ワイワイといつの間にか人通りが増えていく。うず高く木箱が積まれた貨物馬車が頻繁に行き来し、小さな子連れの母親がピリピリしている。飛び出したら大変だもんな。
そんな光景があるかと思えば、ここでも貧しい身なりの難民らしき人たちが蹲っていた。その数はモストルデンより多く感じる。
再び長いウォーキングを経て、道の終わりに辿り着いた。
モストルデンと違い、ミスラー側には国境の街というのは存在しない。集落とも呼べないような、恐らく門兵の駐屯所なのだろう家や巨大な倉庫があちこちに点在しているのだった。
様々な出立ちの馬車がずらりと並び、辺りは各々の目的地へ向かう人でごった返している。乗合馬車の合間には門兵が立ち、行き先となる街の名前を大声で告げていた。その声に釣られ、人波が右に左に流れてく。
長居できない人混みだ。乗合馬車に用のない俺は、一目散にそこから抜け出した。
「やっと出られた…おい、くっついてるか?」
「ギィ…」(ニンゲンいすぎ…)
「そりゃ仕方ないよ」
上着の裾からちゃんとおはぎの返事がきたのを確認して、その場を離れる。大きな屋根付き厩で休んでる馬たちを横目に通り過ぎ、倉庫らしき建物も更に通り過ぎた。
ここいらでいいかな。
俺とおはぎの目で周囲に人がいないかをしっかり確認して、車のキーを開ける。バタバタ乗り込んでエンジンをかけ、何はともあれのステルスモードを選択。
「よーし…!無事に入国だ」
ふぃーっ、と安堵の息をつく。
これで重い荷物とも堅苦しい皮鎧ともおさらばだ。いそいそと身軽になる。おはぎも定位置のサンバイザーにぶら下がり、文字通り羽を伸ばした。ピコのぬいぐるみとハニワに向かって機嫌良く「よっ」と挨拶している。
さて。改めて目的地の確認をしよう。
ミスラー皇国での荷物の受け渡しは一箇所。マドゴアという街だ。そこでジンジャー3箱を納めたら、次に目指すのがベインザイル。キーストリア王国との国境に最も近い街だ。
そこからまた、入国手続きを受けキーストリアへ入る。…今後も律儀に国境越えの列に並ぶか、代行モードのジズでひとっ飛びするかはその時決めるとしよう。ひとまずは、通常の国境越えの仕方を体験しておく。
ポチポチと目的地を設定し、経路と所要時間が出る。現在地からマドゴアまでは8時間。なんとモストルデンの王都からゾナドフ、ラフィード、そしてリモダまでの合計所要時間より更に長い。
途中で何処かの街に寄らねばならない。弾丸なんて嫌よ。
「えーっと、それから…フリツェラード領だったよな」
件の村襲撃があった地点をナビで確認してみると、それはマドゴアを通過した先にある領だった。イケオジ門兵の言った通り、国の中寄りだ。
「本当に通り道にあるんだな…」
マドゴアからベインザイルまではおよそ6時間。その間の、ちょうど休憩に良さそうな一帯がフリツェラード領だった。小さな村が幾つもあって、危険地帯を示す赤い色は薄い。取り立てて危険となっている訳ではなさそうだぞ。
ステルスで通過するから大丈夫かな。それともいっそ、ベインザイルには行かず別の街で補給をするのもありだ。
…時間はたっぷりある。取り敢えずマドゴアに着いて荷物を納めてから決めればいいや。ウォーキングでやや疲労気味の俺は、考えるのを放棄した。
本日の宿を探す。が、従魔可の宿はヒットせず。
宿どころか、この辺りは小さな村や集落ばかりで街が無い。規模の大きな宿場町のような所はあるが…名前をよく見てみれば『グンシャドル第三採掘場』とある。これ街じゃないの?その辺の村よりデカいけど。
「1人部屋の宿にはありつけないかもなぁ」
やだなー、とブツブツ文句を垂れながら、マップを眺める。どうも規模の大きな街は国の中央に寄り集まっている感じだ。
マドゴアには従魔OKの宿があるので一安心だが、今日の寝床をどうしたもんか。
ピピピッと暫く目的地検索を繰り返すこと数分、ようやく目星をつけた俺はステルス車を発進させる。
そこで痛恨のミスに気がついた。
「ゲッ、飯買うの忘れてた!」
おはぎは逆さまにぶら下がってスヤスヤと就寝しており、俺の悲痛な叫びはただ虚しく消えていくのだった。
ーーー
切り拓かれた山道を、車はひたすら走る。
国境から出発してしばらくは、ほとんど馬車しか見なかった。ナビの導線に従い1時間以上走ると、ようやく黒い山岳の景色に変化が訪れる。
現れたのは、荒涼とした平野地帯だ。見渡す限りひろがるのは立ち枯れした草木と、黄土色の地面。
しかし、閑散としているわけではない。事あるごとに現れる集落や、度々行き合う馬車たち。景色はうら淋しくとも、交通量はモストルデンより遥かに多い気がする。ここまで来ると、冒険者らしき徒歩の旅人も散見されるのだった。
今回ナビで検索したのは宿でなく魔除けの休憩スポットで、旅人たちのためのそれがこの国は充実しているのがわかった。
今向かっているのは、この荒野を抜けた先の森にある魔除けスポットだ。あと2時間と少し。
一度休憩がてら適当な集落に立ち寄ってみたが、やはり今までのような贅沢な宿屋は無い。プライバシーのプの字もない、旅人を長屋に押し込めるような場所でどうしても泊まる気になれず、軟弱者な俺はすごすごと立ち去るのだった。
「余所者の隔離場所って感じだな。格安だったけど」
「キィキィー」
「こっちはやたら高ぇや」
宿付近の小さなショップ(というよりほぼ民家だ)で、おはぎのジャガイモと適当な葉野菜を購入した。荒地に育つ野菜は貴重なのかお値段割り増しだ。
旅人歓迎、という雰囲気ではなかったので、とっとと退散。
更にひたすら走ると、荒れた黄土色の大地が徐々に緑になってきた。眠気と空腹に耐えながら、草や低木が現れ始めた景色を横目にハンドルを握る。
「眠いのに腹減るとか最悪だな…」
視界良好でだだっ広いので、ウトウトしてしまう。しかし目的地は森の中だ。何としても日が沈む前に到着しないと。
そんな俺におはぎが「たべる?」とベリーを恵んでくれようとしたが、かえって空腹が増しそうなので遠慮した。気持ちはサンキュー。
「珍しいな、俺に食い物くれるなんて。…まさか、不味いのか?」
「ムシャムシャ」(うんまい)
「あっそう」
俺が断ったベリーを、おはぎは美味そうに食べだした。
食い意地のはったおはぎは、一度アイテムボックスにしまった食い物を出したがらない。まだ王都でダンジョンアタックをしていた頃、調子に乗って渡しすぎたフルーツたちを回収しようとしたら、ギィギィ怒られたものだ。
それ以降、肥満防止のため気をつけて与えているのだが…気が向けば分けてくれるんだな。
俺は機嫌良くベリーをムシャる毛玉へ打ち明けた。
「おはぎ、今日は野宿だ。悪いけど今夜は森の中で一晩凌いで貰うぞ」
「キッ?」
今向かっているのは、魔除けの休憩スポットだ。地図で見るとかなり広くて、森を切り開いたキャンプ場のようになっている。地図から見れば、だが。
つまり今夜、おはぎには一時的に野生へ返って頂く事になる。
「ギギーーーッ!」(えーーッ!いやだ!)
予想通り、大いにごねた。
許さんぞ!と怒って牙を剥くおはぎに、俺は前から密かに思い付いてた提案を持ちかけてみる。
「一晩我慢してくれたら、あのキラーバットと自由に遊べるぞ。どうだ?」
「!!」
元々こいつがくっついて来るようになったのは、車が快適なのと、代行モードのキラーバットの姿に一目惚れしたからだ。キラーバットで釣れば、ワンチャン言うことを聞くかもしれないと思い付いたのだ。
といっても会話ができる訳でもなく、せいぜい一緒に飛び回るのが関の山だが…。
「キキキキィーーィッ!」(わーいっ、いいよ!)
アッサリ意見を変えたおはぎは、全身で喜びを現し快諾した。目論見どおりで良かった良かった。
あとは無事に過ごせるよう準備しないと。




