53.ゾナドフで魚をかっ食らう
カーナビの導線だと2時間程で辿り着くゾナドフの街だが、着くのが大幅に早すぎてしまう。なので今回は、ナビを無視して街道に沿って移動する事にした。
地図を注意深く確認したところ、街道もナビも大きな違いがない。街道は川沿いの途中に広がる丘陵を大きく避けるのだが、ナビは真っ直ぐに突っ切っている。違いといえばそれくらいだった。遠回りには丁度いい。
ステルスで安全といっても、人も馬車もいないような場所をぽつんと進むのは心細い事だしな。
俺は道ゆく旅人たちの様子を観察しながら、のんびりと車を走らせていた。
「真っ直ぐの道は気持ちいいなー」
開けた道を走るのは随分久しぶりだ。近頃は王都の雑踏の中だったり、ダンジョンの迷路だったりと閉塞感の強い場所だったから、尚更そう感じる。
…そういやあいつら、あれだけ右に左に揺られてたのにダンジョンの中では酔ってなかった。いつの間にか車に慣れていたんだな。
今ごろ王都でレダートへ帰る準備でもしているだろう二人の魔族男子ズに思いを馳せていると、道の向こうに目を引く荷台が現れた。
「お、魚だ」
一頭の馬がのんびりと引いているのは、どっさり積まれた魚の小山だった。数人の男たちが同じペースで周りを歩き、談笑したり馬を励ましたりして移動している。
彼らが手にしているのは、魚獲りの道具だろうか。釣竿ではなさそうだ。
「大漁だなぁ」
「ギギィ?」(なにあの死体?)
「死体呼ばわりかよ……。あっちの道は川に出れるみたいだな。折角だから、見ていこうか」
荷馬車がやって来たのは進行方向とは別の分かれ道で、川辺へと繋がっている。俺はハンドルをきって、その分かれ道の方へ車を走らせた。
程なくして雑木林の先に、湖と見紛う長閑な水辺の風景が現れた。
川の対岸は遥か遠く、流れも緩やかで空や辺りの木立ちを鏡のように映し出している。風光明媚な場所に思わず感嘆の声が出た。
こんなにいい景色だし道も通っているのだから、もっと釣り人とかがいるのかと思いきや、周囲にいる人影はまばらだ。ベンチやテントの張れるスペースでもあれば、素晴らしい休憩スポットになるだろうに。
「釣りの名所かな」
周りにいる人たちは荷物を広げたり、弓や剣などを点検したりとまるでダンジョンのボスに挑もうとしているかのようだ。こんなのんびりした場所でも油断せず気を張っている旅人たちに感心した。
ここは是非、彼らの目の届かない所で降りてこの自然を堪能したい。ちょっと早いが休憩にして、おはぎのブラッシングでもするか。
そう思った矢先、俄かに怒号が上がった。
「魚影だっ!2撃目行くぞ!」
なんだなんだ?声につられて川の水面に目を凝らすと、巨大な水道管のような影がそこに現れる。
影は川面を突き破り、派手な水飛沫と共に長い何かが鎌首をもたげて現れた。
「うわああ何じゃありゃ!?」
「キィーーッ!」
海蛇…いや、川蛇!?
ともかく、鋭利そうな鱗に覆われた巨大な蛇が、陸地の旅人たちへ向けてシャーッと獰猛に威嚇していた。大人2人を一気に丸呑みしそうな、恐ろしいほどの大きさだ。
辺りは阿鼻叫喚…とはならず、しっかりと得物や装備を整えた人々が、気合いの入った声で川蛇と対峙しているのだった。
「援護開始!」
「目を狙え!」
「毒液と水魔法に注意しろ!」
ダンジョンでよく見た光景である。
一人状況に付いていけず固まる俺が見守る中、川蛇は魔法で押さえ込まれてから矢の雨をくらい、旅人たちに倒された。
ウオーッと歓声が上がり、先ほど魚の山を積んだのより遥かに大きい荷台が用意される。今から引き上げてあれに載せるのだろうか。
水辺のピクニック気分を綺麗さっぱり拭い去られた俺は、大物だと湧く人々を尻目に人知れず立ち去った。
「キィ…」(びっくりした)
「まさに大物だけど…流石にアレを魚なんて言わないよな」
異世界の川ってこんなに危険地帯なのか。近づかんとこ。
元の道に戻って、街道沿いを進み直す。先ほどすれ違った魚の荷馬車を追い抜かし、ぐんぐんと変わらない景色の中を運転していった。
「どれくらいかかるかね」
理想は昼過ぎから夕方に到着したい。車中泊は嫌なので、検問には間に合うようにしないと。
ダンジョンアタックのおかげである程度小粒の魔石が補充できたとはいえ、無駄遣いできる物ではないからな。ハニワも「そうだぞ」とニカニカ笑っている。
川蛇ショックから以降の道では魔物に出くわすこともなかった。ぽつぽつとすれ違う人々の身なりをチェックしながら進む。
隊列を組んだ立派な馬車が一度だけ、パカパカと通り過ぎていったが、あとは徒歩が多い。幌馬車も何度か見かけられた。
小さな集落を通り過ぎてから、人の数が減った気がする。それほど広くない林道を抜けたり入ったりしながら、なだらかな登り下りを延々と繰り返す。
時々小休止して目的地と現在地の位置を確認するのを忘れない。「この先しばらく道なりです」と言うナビだが、真っ直ぐな導線を無視し街道沿いに右へ左へと曲がる為、さっきから無言だ。
そうしてブロロロとハンドルを握る事しばらく。王都を出発してから、4時間弱が経った頃。
「およそ1キロメートル先、検問所です」
フロントガラスの向こうに、ゾナドフの検問が現れた。王都の聳えるような街壁とは違い、白い石造りの垣根に覆われた簡素なゲートだ。
俺は今、身分証を2つ持っている。冒険者ギルドのギルドカードと、ザクンダ商会の証明書だ。
色々と考えた結果、検問にはギルドカードの方を使う事にする。商会の者であると明かして「積荷を見せろ」と言われれば、アウトだからだ。
そんなわけで、俺はゾナドフの門兵に首から下げたギルドカードを提示した。
「うむ。通れ」
「従魔が1匹います」
「キッ」(よっ)
「……」
門兵のおっちゃんは「従魔のトラブルは主人のうんぬんかんぬん」というお決まりの注意事項を述べてから、俺の通行を許可した。前回もだが、おはぎを紹介するとかなり微妙な空気になる。
恐らくラフィードでも、その次のリモダでもなるのだろう。
まあ仕方ない。もし言うことを聞かなくて小さい子に噛み付いたりしたら、大変だもんな。
……。
「キィッ!」(なんかキタ!)
「この街でもお利口にな。勝手に飛んでくなよ」
「キィ~」(はいはい)
思わず魔繋ぎの紐に魔力を込めて注意を促しつつ、俺はおはぎと共にゾナドフの街に入った。
街の規模は、ドルトナより一回り大きい、といった所だろうか。目につく宿屋は多く、行き交う人々でワイワイしている。旅人が多い街なのだろう。
そして、検問から続く大通りを進むと川に行き当たった。
おお、広い。素晴らしい開放感だ。
川幅いっぱいに湛えた水が、傾き始めた陽の光でキラキラと輝いている。流れは先ほど見た川蛇ショックの川よりだいぶ急だ。
川上から川下までぐるりと見回す。堤防は川向こうへ続く橋のかかった一部にだけ設置されていて、その他は芝生や街樹、石畳の小道、花壇が広がっている。近寄って見てみると、芝生と水辺の間には柵すらない。
見慣れない河川敷だ。景観はパーフェクトだけど、増水したらどうするんだろう。
妙な心配が頭をよぎるが、余りにも長閑な空間にどうでも良くなった。
これだよ、これ。先ほどの川辺ではおっかない川蛇くんのお陰で満喫できなかったが、ここなら気兼ねなくピクニックができてしまうぞ!
辺りにはそこそこ人がいて、談笑したり花壇に腰掛けたりしている。武装していないので、普通の街人だろう。魔物が飛び出してくる心配は無さそうだ。
俺は街樹の木陰に腰を下ろし、飲み水とミートパイを取り出してやや遅いランチを満喫した。レダート家から貰った昼食だ。
「う~ん、気持ちいいなぁ」
「シャリシャリ」
長時間運転で強張った身体を伸ばしながら、冷めたミートパイに舌鼓。おはぎも青リンゴに齧り付いてご満悦である。
宿屋探ししないとだけど、着いたばかりだし……もうちょいゆっくり休憩してもいいよな。
「魚の食える宿にしたいな」
「キィ?」(あの死体おいしいの?)
「死体って言うなや」
サワサワと水辺に吹く風を浴び、のんびりした時間を過ごす。
おはぎのブラッシングをしながら、遠くに掛かる橋に目をやる。向こうからやってくる馬車と、こちら側から渡っていく馬車がパカパカと優雅にすれ違っていった。石造りの立派な橋だ。
ザクンダ商会があるのは川の向こう側なので、自分もあの橋を渡る事になる。しかし次の目的地・ラフィードはこの先ではない。入ってきた方の門へ戻って、さらに南東方面へ向かうのだ。
ひとしきり休憩した後、今日泊まる宿屋を求めて街の散策にでた。
川沿いの小道をしばらく歩いてから、目についた広場と屋台に足が吸い寄せられる。ヤマメよりも一回り大きい魚が串焼きで売られていて、早速購入した。味は良くも悪くも裏切らない、ヤマメの味だ。もうちょい塩が欲しい。強欲を承知で言えば、七味マヨが欲しい。
目についた店やマーケットを軽く物色するも、王都で買い物は済ませているので特に買うものは無し。おはぎの野菜を買ったくらいだ。
途中、もはや見慣れた竜と曲剣のマークが掲げられた看板を発見。ゾナドフの冒険者ギルドだ。
といっても、ギルドカードの有効期限までまだ一月近くあるので用は無い。二階建ての立派な建物をスルーした。
この国にいる間は、まだ考えなくても良いだろう。
ミスラー皇国はきな臭い国らしいのでなるべく長居はしたくない。キーストリア王国に入ったら、ギルドで依頼を探すとしよう。
少し行くと、宿や装備屋が軒を連ねる通りに出た。どの宿屋も活気があり、やはり旅人の人口が高いのだと感じる。そして看板に掲げられた名前が皆ヘンテコだ。どの街でもそうなんだな。
従魔OKの宿屋を尋ねると教えてもらえたので、そこにする。
その名も「キマイラのたんこぶ亭」。
室内におはぎを入れるのは、やはり断られてしまった。外の従魔を繋ぐ厩へ、との事。宿屋の多くは飯屋も兼任している。ここも例に漏れずそうだったから、これは仕方ない。
「野良猫に気をつけろよ」
「ギッ」
駄々をこねるかと思ったおはぎだが、不満そうながらも受け入れた。ドルトナで一度経験したからだろうか。
この調子で、魔物除けの野宿も許してもらいたいが…。
「ギィギィ、ギィッ!」
…どうやら、魔物除けでむりやり追い払われるのが気に食わないらしい。
魔物だもんな。
キマイラたんこぶに料金を払い、結構お高めな一人部屋を確保。夕飯代も渡しながら尋ねてみると、魚料理が出るようだ。よしよし。
すぐ裏手にある厩は従魔用であるためか中々立派で頑丈な屋根があり、土の床には水飲み桶が幾つも置かれている。他に生き物の姿はなく、おはぎの貸し切りだ。
「キィ…」(もう行くの…?)
「仕方ないだろ。しっかり休まないと、車を動かせないんだからな」
「キィーィ」(おはぎも死体食べたい)
逆さにぶら下がったおはぎが恨めしそうに言うが、俺は呆れ返った。
さっき屋台で買った俺の焼き魚をつまみ食いしてたくせに、まだ食うのかね君は。しかもアイテムボックスにトマトがまるまる残ってるの、知ってんぞ。
「死体って言うな!いいじゃん、他に誰もいないし。お前ものんびりしろって」
「キィ~」(ちぇ~)
「また明日な」
ドルトナの時と違ってポツンと1匹きりだから、寂しいのだろう。
だがあいつもこれまで野生で生きてきたのだ、それくらい辛抱してもらわんとな。
宿に戻って、がやがやと賑わう食堂へ。
お待ちかねの夕飯は、魚の香草焼きと山盛りベイクドポテトだった。ライムの輪切りが添えられた魚はホクホクで香ばしく、脂身の薄いサーモンといった味がする。ハーブの味付けも相性バッチリで、屋台の魚より美味かった。
ドカ盛りのポテトをスープで流し込んで、ご馳走様でした。
食事が終わったので、部屋へと戻る。
一息ついた事だし、イアニスから受け取ったスクロールを確認しよう。ベッド脇の机にガサガサと並べていく。
入っていたのは「身体強化」「認識阻害」「麻痺」「魔物除け」「火魔法攻撃」「雷魔法攻撃」「風魔法防御」「土魔法防御」「水魔法回復」が3枚。そして「クリーン」「火おこし」「目眩し」が5枚だ。
かなり用意してくれていた。…けれど、認識阻害とクリーン以外はあまりピンとこないな。
身体強化…確か、歩くのが楽になったやつだ。副作用が怖いな。
魔物除け。おはぎが不機嫌になるな。
目眩し。聞くところによるとこれは閃光弾のようなもので、こっそり逃げるには向かないらしい。ドルトナでも購入したが、未だに使ったことがない。
クリーン。神。なんぼあっても助かる。
火おこしと麻痺。これは何度か使った。
王都をウロついて探したが、マッチのような手軽な着火剤は見つけられなかった。このスクロールが普及しているようだ。
麻痺はラスタさんからも貰ったが、横に並べて見ると描かれてる魔法陣も紙質も全く別物だった。方や魔境のドロップアイテム、方やお店の市販品。
効果の違いがありそうだな。
そして、認識阻害。これは目眩しの上位互換だ。範囲は狭いが、見えないし聴こえなくなるという優れもの。王都で使ったので、もう2枚しかない。
ところがこのスクロール、犯罪防止のために購入者・枚数に制限があるらしい。イアニスが持っていたのは貴族様だからだ。
こんな風に、他人に渡しちゃって良かったのか…?
最後に、属性魔法。
攻撃とか回復とかあるから、ファイアーボールがドーン!と出たりするのだろうか。火事になりそう。
勿体ないが一度使ってみないと、どういう威力と効果なのか分からないな。
満足したのでスクロールたちを元の包みへしまい込み、寝支度に取り掛かる。宿屋のベッドは久しぶりだ。
ぬくぬくと就寝。
ーーー
王都からゾナドフまでかかるとされる日数は2日。
一泊して1日経った今だとちょっと早いが、思い切って昼に商会へ行ってみる事にした。観光してもいいのだが…滞在費をかけてダラダラするよりは、今日中に出発したいと思ったからだ。
「おはようさん。大丈夫だったか?」
「キィー」(ヒマだった)
退屈そうなおはぎを迎えに行き、誰もいない厩でいそいそとブラッシングしてご機嫌とり。
宿屋の通りを後にする。
早朝は人がいないかと思いきや、昨日の夕方におとらず賑やかだ。
なるべく人通りの少ない方へと足を進めてしばらく、やっとこさ車の出せそうな路地裏にありつく。
「ちょっと待ってろよ」
「キィッ」(がってん)
路地の壁におはぎを残し、俺はステルスモードで姿をくらます。ナビでじっくりザクンダ商会の位置を確認してから、ゾナドフの分の積荷を下ろす準備。
手紙等の郵便物が一包みと、クラーテルジンジャー箱が2箱だ。
魔繋ぎの紐で合図を送る。
「キィー!」(こっちは誰も来ない!)
「こっちもクリア、と」
おはぎは片側の路地を、俺が反対の路地をチェックしてステルスを解除。
慌ただしく荷台にジンジャーの箱を積んだら、車をロック。ロープで固定して移動の準備完了だ。
「よーし。何とかなったな」
「キキィ」
コソコソとクルマに乗り降りするのも板についてきたようだ。
しかし、そこからが大変だった。
「荷物降ろす位置、完全に失敗した…」
進み始めて数分、俺は荷台の不安定さに打ちのめされていた。
荷台といっても滑車のついたソリをロープで引っ張るものなので、何度もひっくり返しそうになる。箱には蓋が打ち付けられているので中身が溢れることはないのが幸いだ。
万が一にも破損させないように、牛歩の速さで慎重に運ぶしかない。昨日の川沿いに辿り着き、立派な橋を渡り切るまでに一苦労だった。
もう一息、と大通りをそれて曲がった俺の前に立ちはだかったのは、そこそこ長い階段。
「嘘やろ…」
もっと近場で積荷を下ろしていればこんな苦労はなかっただろう。…というか、それくらい前もって気づけよ、俺。
次の街からは必ず、商会周りの荷下ろしポイントを前もって探し出しておこう。魚の屋台に飛びついてる場合じゃなかった。
ひいこら、ひいこら。
担いだり引いたりして根気よく進み、ようやくザクンダ商会へ到着した。こちらは事務所と倉庫が一つになっているようだ。
二、三台の馬車が停まっていて、荷物を搬入している。「そいつはこっちへ」と指示を出している女の人を発見したので、俺は声をかけた。
「おはようございます。王都からレダート領の荷物と郵便をお届けです」
「ん?」
いかにも姐さん、といった大柄な女性は俺が差し出したザクンダ商会の身分証と受取証明書を手に取り、じっくり目を通した。
「へぇ、新入りか。荷物はそれだけかい?」
「はい。宜しくお願いします」
「はいはい、こりゃご丁寧に。随分急いで…と思ったら、キーストリアまで行くのか。やるね」
姐さんは何故か品定めするような目つきで俺を見る。おっかないが、受け取りを渋ったり怪しまれたりしている訳ではなさそうだ。良かった。
姐さんが声を張り上げると、商会から別の男性がやってきて対応してくれた。指示された倉庫の片隅にジンジャー箱を納め、男性がリストを片手にチェック。郵便物は、そのまま彼が受け取った。
「見慣れない顔だけど、この辺りは初めてか?いい街だろう」
「ええ。川が綺麗だし、魚が美味いし、坂道も階段もほとんどなくて助かりました。平地最高…!」
「そ、そうか」
受取証明書に名前を貰い、任務完了だ。




