52.お騒がせ魔族、今日も騒ぐ
遡ること3日前。
チーム・サンカヨウが最後のダンジョンアタックを終え、晴れて目標を遂げた翌日の事だ。
「随分と稼いでるって聞いたぞ」
「少なくとも1日で8階まで行ったとか…」
「3人パーティだよな?一体どんな装備だよ」
「上級ポーションまで持ってやがったって話しだ」
「あのリヒャルトと、お貴族様と…?あと一人」
「誰アレ?」
「何だァあいつ?」
「見ない面だぜ」
ここは王都の冒険者ギルド。
買い出しのため口座から金を引き出す列に並んでいるシマヤの背中を眺めつつ、イアニスは周囲からの視線にすまし顔で応えていた。
ーーすっかり悪目立ちしてるや
無理もない。ぽっとやってきて結成したばかりのチームが忽ち荒稼ぎしだしたのだから。
その上、これまでリヒャルトが他の冒険者たち相手に起こしたトラブルは枚挙にいとまがない。そんな奴が筆頭となって立ち上げたチームの快進撃だ。面白くないと思う連中は大勢いるだろう。
半月近くに渡って勤しんだダンジョンアタック中、顔馴染みになるほど出くわした者たちもいる。ひょっとしたら、自分たちがクルマに乗り込む所を見られているかもしれない。何せダンジョンは見通しがいいとは言えない場所だ。気づかれない内に人目に触れていた可能性は十分ある。
そうなると、困った事になるのはあの苦労人の人間だ。
「フム……一人や二人に見られてた所で別に問題ないか。まずいのはギルドだな」
以前確認したところ、シマヤは冒険者登録の際自分の特殊スキルについては伏せていたという。
クルマという、異世界の技術で造られた乗り物を召喚するスキル。今ではそんなもんかと慣れてしまったけれど、初めて目の当たりにした時はあまりの特異さに開いた口が塞がらなかった。
特にあの常識はずれなマップ機能。あれはまずい。村や街までの正確な距離、森林の規模、水源の位置関係等々…領主ですら把握しきれていないだろう領土の全貌が、彼のスキルひとつで丸裸にされるのだ。実際、レダーリア山にひっそりと忘れ去られていたサンカヨウの廃墟など、誰も知りようのない存在である。
もし「鑑定」で詳細に調べられその能力が露見したなら、彼のよく口にする「地に足のついた穏やかな生活」は望むべくもないだろう。良くて激務なお役人辺りに。悪ければ、何者かに使い潰される身に落ちかねない。
「ある意味、望み通りの『運び屋』にはなるだろうけど…」
行きずりで出会った男だが、今や恩人とすら思っている。そしてそれ以上に、いい金ヅルだ。不幸な目にはあって欲しくない。
むしろ心身ともに健康でいて貰った方がこちらとしても好都合だ。また今回のように稼げるかもしれないし、いつか彼の仕事が成功して国跨ぎの運送屋になったなら、レダートとしてもお願いしたい仕事がある。
「フフ…夢があるなぁ」
こんなに胸の踊る気持ちは久しぶりだ。
ここ数年イアニスは、廃れる一方なレダートのいく先を思い暗澹としてばかりだった。温泉という全く新しい事業の可能性が、そんな気持ちを吹き飛ばした。
「待たせたな。何ニヤニヤしてんだ…?」
金をおろし終えたシマヤがやってくる。これから旅立ちに向けての調達や王都の観光に繰り出す予定らしい。呑気。
「何でもないよ。いつもこの顔さ」
「そうか?まぁ、そうかも」
この慎重なのか呑気なのかよく分からない男が、せめて無事に王都を出発できるようにしてやらなければ。
そう考える程に、シマヤには恩義を感じているのだった。
ーーー
そんな矢先、シマヤの様子を伺うようにしている不審な者たちがいる事に気がついた。
明日はザクンダ商会の「面接」だ!とシマヤが意気込んでいる一方、レダート邸の別室で魔族二人は顔を突き合わせてその話をしていた。
「ダンジョンで怪我を負って立ち往生していたチームがいただろ?君が散々煽り散らかしてた可哀想な人たち」
「貴様こそ、ポーション代を大分ふっかけてたろうが」
「あれは適正価格さ、ダンジョン内だし。…どうも彼らと馴染みのある別の冒険者たちが、こそこそ後をつけているようなんだ」
帰還した負傷冒険者たちからことの顛末を聞いたのだろう。ギルドの者や探索中の冒険者たちに声をかけ、チーム・サンカヨウについて嗅ぎ回っている素振りが見られたという。
「早速目をつけられているのか」
「君や僕よりは狙いやすそうだものね…」
そこらの与太者などリヒャルトなら返り討ちだし、イアニスは貴族だ。そうなると、迂闊そうで身元もよく分からない流れ者のシマヤは格好の餌食に映るのだろう。
「折角の旅立ちにあんまりだろ?追い払ってあげないと」
「フン、知った事か」
「そう言うなって。僕らは彼に貸しがあるんだから」
「僕『ら』だと?頼み事をしていたのは貴様だけだろうが。私に何の義理がある!」
「突然呼び止めて荷物を盗んだ挙句、脅して監禁しようとしたじゃないか。ここまで何だかんだ協力してくれたのが不思議なくらいだよ」
「それがどうした。大体、あんなスキルを隠し持っているくせに奴が弱すぎるし無警戒すぎるのだ。知らせてやれば十分だろうが」
「下手に教えてしまえば、そもそも僕らのせいでと恨まれるじゃないか。実際そうだしね」
こうして注目を浴び狙われる羽目になったのも、元を辿ればシマヤにダンジョン攻略を提案したことが発端といえる。彼は元々、キーストリア王国へ向かう旅の途中だったのだ。
彼にも得るものがあって同意してくれた上での事とはいえ、荒くれの標的にされたと知ったらまた一つしこりが生まれる。
「僕らが呼び寄せた連中なんだから、僕らで処理しよう。シマヤさんとは今後とも良い付き合いを続けたいもの」
「何を今更。どこまで面の皮が厚いんだ?」
「ごもっともだけど、君が言えたことかね」
関心が薄そうなリヒャルトに、イアニスは肩を落とした。まぁここで「よし、守ってやろう」と人間のため奔走するような奴ではない。自分で何とかするしかないか。
そう思って迎えたシマヤの旅立ちの日。
エントランスに突っ立っているリヒャルトの姿に、イアニスはおやと意表を突かれた。
「おはよう。散歩でも行くの?」
「フン」
リヒャルトはいつもの刺々しい不機嫌な表情で鼻を鳴らした。それだけだ。
いつもなら部屋でくつろいでいる時間なのに、顔を出したという事はシマヤを送る気ではいるようだ。なんて珍しい…。
「悪いんだけど、散歩は僕らの方が得意だから、リヒャルトはシマヤさんの側にいてくれないか?」
イアニスは足元に佇むイタチ2匹ーー従魔のロレッタとサマンサを示してそう申し出た。
相手は複数だ。シマヤの護衛はリヒャルトに任せ、自分たちが隠密行動で人数を把握しておくのが良いだろう。
「確かにコソコソした小狡い仕事は、貴様がおあつらえ向きか」
「君のような奴でも、褒められると照れるね」
「褒めてない」
いいだろう、街を出るまでだ。と引き受けたリヒャルトに頷くと、支度を終えたシマヤが降りてきた。オハギとパメラも一緒だ。
この2匹が特別人懐こいのもあるだろうが、プラムバットやギドーホッグに気に入られる人間など、聞いたこともない。
「行くぞ。クルマは無しだ」
「は!?な、なんで?」
こいつら今度は何を企んでやがる!と顔に書いてある。最後までわかりやすいシマヤの様子に、イアニスは苦笑した。
ーーー
はるか昔。人間の身でありながらドラゴンと心を通わせ、従魔の契約をした者がいたという。
しかし目の前の人間が契約を交わしたのは、無力でちっぽけなプラムバット。いない方がマシだろ、としか思えない雑魚魔物だ。
「キィッ」(おはぎは役に立つぞっ)
「嘘つけ。食ってるか寝てるかだろ」
「ギ!?」
いつの間にやら意気投合している男と魔物のやりとりを、リヒャルトは呆れつつも不思議な気持ちで眺めていた。
人間のくせに…しかもコウモリは大嫌いだと散々叫んでいたくせに甲斐甲斐しく世話を焼くシマヤ。そして魔物のくせに人間に世話を焼かれヘラヘラ喜んでいるオハギ。
気が向いたので、持ち合わせていた魔繋ぎの紐をくれてやる事にした。
いつ入れたのかも覚えていない、アイテムボックスの肥やしの内の一つだ。実家にいた時から持っていた物だろう。
『この技術は門外不出。いわば、我が家の強力な武器なのだ』
父はそう言って、グウィストンの地に人間の商人どもをどんどん呼び寄せた。
魔繋ぎの紐を編み出す繊細な技法は、一子相伝紡がれてきた我が家の歴史だ。リヒャルトの猛反対も虚しく、父はそれを人間相手の金儲けに利用すると決めた。
魔王が隠れてから途方もなく年月が流れ、魔族の暮らしは変わっていった。その変化がとうとう我が家にまで及んだのだ。
『魔王様が現れるまでに、我が家が干上がっていては意味がないでしょ。リルファも手伝って頂戴』
『ま、魔境って…いい歳してお前な。これお祖母様呼んだ方がいいんじゃないか?』
『ねーさまねーさま。「女子は如何なる時も家内を守るべし」だよ。グウィストン家がうんぬんて言うなら家訓は守らなきゃ』
人間相手に媚び商売を始めた親兄妹を見ていられず、リヒャルトは魔境を求めて家を飛び出した。魔王の栄えある臣下たるグウィストン家の者として。
ごちゃごちゃ抜かす家族や立ち塞がる家訓をどうにかすり抜けやって来た人間の王国で10年以上を過ごした挙句が、今この状況だ。
「ほらよ」
先日、ヴァレリアが言っていた。この魔繋ぎの紐は無事に量産体制が整い、じきに人間の国に広がっていくだろうと。
今のリヒャルトにできる事といえば、グウィストン家のため実家に戻りその事業を手伝う事。もしくは、お祖母様のためあのボロ温泉を復活させる事だ。
不本意だ。物凄く。
しかし、長年都合の悪い現実から目を逸らし続けてきた、これが報いなのかもしれない。
「ん?これ…」
「くれてやる。互いに魔力を込めてから結んでみろ」
そう伝えれば、シマヤは驚いた顔で無遠慮にこちらを見る。何も知らない男だ。その辺の店で買える物とでも思っているのだろう。しかし、訂正する気はなかった。近々そうなるのだから。
「おっ?いいの?ほんとさっきからどうした!?具合でも悪いのかよ」
「何だと!?」
「いやだって、あんなに横暴なくせに…。人間相手に親切過ぎやしないか?」
「フン!貴様がまともな人間な訳ないだろう」
「はぁ?人間だわ!」
シマヤはグチグチと怒りながらも魔繋ぎの紐を受け取った。物珍しそうに眺めてから、ぎこちなく魔力を流しオハギの後ろ脚へ結びつける。「キキィキィー?」(またこれ?邪魔だなぁ)「頂き物だぞ。そんなこと言うんじゃない」と仲良さげにしているのを尻目に、リヒャルトは街の通りに目を走らせた。
いつもの如く、うじゃうじゃと人間どもが犇めき合う。その中に、見慣れた茶色いイタチの姿を見つけた。
イタチは一人の冒険者らしき男の足元に、荷物や雑踏の影に潜むように佇んでいる。露店に足を止める人々に紛れるその男は、リヒャルト達が移動するとさりげなく後をつけて来た。
東門までの道中、3匹のイタチが代わるがわる人目を縫っては不審者の周辺にたち、目印となった。
イタチどもはたまに通行人に驚かれたり、子供に見つかって駆け寄られたりしていたが、機敏な動きで人の入り込めない路地へと逃げていく。そしてまた現れ、リヒャルトに標的を示すのだった。その数は4人だ。
東門へ着き、シマヤは「はいはいあばよ、クソ魔族」と吐き捨て街の外へ去っていった。その背中にはオハギがくっついて、まだこちらをじーっと見ている。何かと思えば、魔繋ぎの紐を結ばれた後ろ足を嬉しげに掲げているのだった。
「キィキィッ」(さよならーっ)
煽られてるようなその様子にいつもなら腹が立っていたかもしれないが、何故か怒りは湧いてこなかった。
「アホの主従め…」
構わず踵を返し、迷わぬ足取りで通りの一角に向かう。スタスタと近寄って行くのは、帯剣した冒険者風の二人組。
彼らは道中で合流すると街の外へ向かう人波に紛れ込み、シマヤの後に続こうとした。その行く手をリヒャルトは遮る。
「おい、そこの人間ども」
目の前に立ちはだかったリヒャルトに、男たちは険しい表情で足を止める。今いるのは二人だけで、残りの二人はいつの間にか周囲にいない。イアニスが足止めしているのだろう。
「面倒な真似をしやがって。ゴミ屑に煩わされるこちらの身にもなってみろ」
「何の話だい?」
「いきなりやって来て、随分じゃねぇか」
男たちはリヒャルトへ苦虫を噛み潰したような顔を向けつつも、すっとぼけ始めた。「どちらさんだろうね」「サァ?」とやりとりしている。
「汚い雑魚が間抜けな雑魚を狩ろうと、コソコソ後をつけていたろうが。言っておくが、あとの二人はもう来んぞ。今の貴様らと同じ状況だ」
「さっきから意味が分からんなぁ。俺たちは仕事に向かう途中なんだが」
「邪魔をしないでほしいね」
「まだしらを切るのか?カス人間の分際で、私の時間を割こうなど良い度胸だ」
益々剣呑な目つきとなっていく男たちへ向けて、リヒャルトはひょいと片手を振った。途端に襲いくる強い冷気に、二人は身を強張らせる。その腰に下がった得物はみるみる内に真っ白に霜付き、鞘口を氷で固く塞がれていた。
「なっ!?」
「テメェ、やりやがったな!」
途端にいきりたった男たちに吼えられるが、リヒャルトは歯牙にも掛けない。それどころか嘲笑を浮かべて話しかけるのだった。
「今までの私は、これでも気を使っていたのだぞ?忌々しい冒険者どもとて手を出せば、ギルドを追い出されるのだから。…だがそれも、どうでも良くなった」
「つまり」と、もう一度軽やかに手を掲げれば、男たちの靴裏を中心にして石畳が白く凍りついていく。彼らは己の足が縫い止められびくともしないのに気がついて戦慄した。
「ここで冒険者同士の私闘が勃発しようと、ギルド籍から抹消されようと、身の程知らずが治療院で何ヶ月過ごそうと、もはや私の知ったことではないのだ…!」
フハハハッと高笑いまでしだすリヒャルトや、突然街角に出現する氷魔法、そして「ひぃっ…!こんのバケモンが…!」「無茶苦茶だチクショウッ!」と悲鳴をあげる男たちの様子に気がつくと、周囲の人々はどよどよと遠巻きにした。
「な、何だ?」
「ママ~、なんか涼しいよ~」
「あらあら、もう秋も終わりかしら」
「赤い目だ…あれって、魔族じゃない?」
「やだぁ、怖い」
「ケンカか?やれやれ~ッ!」
「何考えてんだこんな路上で!」
一方、イアニスはロレッタたちと一芝居打って体良く別働の2名を追い払うことに成功し(男にぶつかったロレッタが命を落としたと衆目の前で泣き叫ぶと、男たちは真っ青になって走り去って行った。それを見ていた子供たちまで泣いてしまったので、誤解を解くのに手こずった)、駆けつけた途端目の当たりにしたのがその光景だった。
赤い目は、魔族に多く見られる特徴の一つだ。魔族と人間のいざこざを見守る野次馬の顔つきはすっかり厳しい物へとなっていた。
「うげぇ……。予想はしてたけど…予想通りが過ぎるよ」
さて、どうやって丸く収めよう。取り敢えず止めに入りながらイアニスは頭を回すのだった。
ーーー
その数年後。
モストルデン王国の北部、辺境も辺境に位置する山奥に温泉宿が開業した。
風変わりな名前の宿は、豊富な湧出量の温泉を売りにした他に類を見ない入浴施設で、訪れた者を一様に驚かせていく。
土地神たる精霊・シャムドフの導きを授かったゆかりある温泉だという怪しい噂が人から人へと上り、奥深い山の中腹にありながらも安全性の高い山道のおかげで、客足は上々であった。
ある日、噂を聞きつけ「精霊様の威光を客寄せに騙るとは何事か」といきりたった教会の者たちがやって来た。
「長旅の疲れがまるで溶けていくぞ」
「いい湯であった」
「これは心が洗われるようだ…!」
「ウムウム。我が名を謳うだけの事はあろう?」
「え、誰あんた…?」
そしてハマった。
ある日、事業の成功を逆恨みした意地悪な隣領の伯爵家一行が、ケチをつけようと鼻息荒くやって来た。
「なんてことっ、肌がスベスベだわ…っ!」
「お父様!我が家にも湯船を造ってくださいまし!」
「落ち着きなさい、お前達…」
そしてハマった。
温泉宿への山道を切り拓く為、年単位で土木工事にこき使われ…もとい従事した地元の冒険者たちが、好評を聞いてやって来た。
「あー…生き返るなぁ…」
「ここでキンキンに冷えた酒を一杯ッ!」
「「「ウメェ~…」」」
「なんつー贅沢な時間だぁ…」
そしてハマった。
開業から話題となった温泉宿は徐々にその評判を上げていき、後にレダートと言えば温泉と言われるほどの名物として定着していく事になる。
温泉宿の店主は若い魔族で、大変気難しい人物だったが、レダート家の者と懇意にしていたため、大きな角が立つ事はなかった。
店主とレダート家の意向により、その温泉宿は魔族も人間も分け隔てなくもてなした。遠方からやって来る貴族も少なくない中、珍しく従魔の立ち入りも許可されている。
「あー、サッパリした!今度コーヒー牛乳でも持って来るか」
「キィキィー」
「呑んだら運転できないしな…」
とはいえそれは、まだ少し先の話。
グウィストン一家
父→ヴァレリアの12番目の息子だが、魔繋ぎの紐造りを伝授されたのは彼のみ。人間は単なる金ヅルだと考えている。
母→研究者気質で魔繋ぎの紐の最適な原料素材を模索中。人間は単なる金ヅルだと考えている。
長兄→父の補佐。両親や一つ下の妹とは違い、人間にも理解を示す。金ヅルだとは思っている。
長女→魔族至上主義のくせに訳あって人間の国へ出奔中。
次女→糸造りの達人にして工場の主任。人間も魔族も等しく金ヅルだと考えている。




