50.ザクンダ商会
「いよいよか。緊張するな」
「キィー」
「ヂヂッ」
面接(?)当日の朝。
手のひらで丸くなるおはぎにブラシを通しながら呟く。足元ではパメラちゃん・イタチのすがたも日向で丸まっている。
王都観光の末、ついにおはぎ用にぴったりなブラシを見つける事ができた。嫌がるかと思ったら意外にも気に入ったらしく、毎朝大人しく毛繕いを受けている。
俺が主人の内は、ノミなんか付けさせんからな。頼むで。
一方、ギドーホッグ勢は宿主が猫の親子からイタチへと代わっていた。イタチとなってもパチパチとウィンクをかましてくるお茶目なロレッタちゃんに、クールな仕事人のサマンサちゃん。そしてお転婆なパメラちゃんは、相変わらず俺やおはぎへちょっかいをかけに来くる。いい遊び相手とでも思われているようだ。
支度を済ませて邸を後にする。パメラちゃんと残されるのを嫌がったおはぎが付いてきてしまったが、仕方がない。
「ちゃんと外の入り口で待ってるんだぞ」
「キィキィ」
「はは。もうすっかり絆されてるじゃないの」
イアニスはいつもの冒険者装束ではなく、畏まった貴族らしい服装だ。見慣れないせいか、糸目顔と相待ってますます胡散臭さが増した気がする。…勿論そんな事を本人には言わないが。
元の世界でいうスーツ的な服はこちらには無い。取り敢えず清潔感のある出立ちで今日を迎える事にした。クリーンのスクロールは、やはり素晴らしい。
ステルス車で辿り着いたのは、平民街の大通りに面する建物。その名もザクンダ商会だ。
こそこそと近場の裏通りで車を降りて、商会の扉を叩く。
「ご無沙汰いたしております、レダート様」
「アドリーさん。突然の無理な申し入れに応じてくださり、感謝しますよ」
アドリーさんはこれまたカチッとした服装の、ふくよかなおじさんだ。ハシバミ色の目がこちらを捉え、パチパチと瞬きをする。あれ、なんだか訝しげにしてないか…?
「いいえ。そちらがお便りの…?」
「そうです。今回我が領の品を運搬する際に使って頂ければと」
「初めまして。シマヤと申します」
イアニスからの声かけがあったので、気を取り直してご挨拶。
ザクンダ商会はモストルデン、ミスラー、そしてキーストリアにそれぞれ支部を置く受注業者だ。各国の様々な品(多くは農作物だという)を国から国へ、店から店へと移送する。元々はミスラーの領の品を売り買いするため立ち上げられたそうだが、徐々に他領や国を超え手広くなっていったそうだ。
「いつだって、運び手は人材不足です。此方としてもありがたい申し出なのですが……」
言い淀むアドリーさん。何だろうと思っていると、イアニスが穏やかな笑顔で言った。
「ええ、ええ。分かります。本当にこんな頼りないナリの若造で無事に商品を運べるのかとお思いでしょう」
あー、この人の不安そうな顔って、そういうこと!?すいませんね、頼りないナリのどう見ても非力な一般人で。
「い、いえ。そこまでは…」
アドリーさんは少々引き気味にかぶりを振る。いい人や。
「ただ、そうですね。意外ではあります。レダート様のおっしゃりようから、冒険者の方とばかり思っておりましたので。シマヤさんはどのように積荷を守るのでしょう?」
ハシバミ色の目にキラリと抜け目ない光を宿して、アドリーさんは尋ねた。
「彼は冒険者ですよ。それも、二週間と経たずにEランクからCランクに上がったチームの一員です」
「登録して日は浅いですが……自衛はそれなりに心得があります」
イアニスからヨイショしてもらって、俺もそう答える。勿論俺には腕っぷしのうの字もないが、手っ取り早く納得して貰うためそういう事にしとこう。
なんせ、魔物にも追い剥ぎにも見つからない自信ならあるからね!
それからアドリーさんとの話を進める。詳細は明かせないが独自の移動ルートを持っていること。その為積載量がそう多くないこと(200キログラムまでと言っといた)。現金や貴金属は運べないこと。
商会側としては、俺が携わるのはレダート領の品に限定されること、届け先各所から忘れずに受け取りサインを貰うこと、そして商会が信用に値しないと判断したらそこで解雇となること。
それらを受け入れるのが条件で、俺のお試し採用は決定した。
やはり貴族様から身元を保障されているのがでかいのだろう。通常なら、引き継ぎと監督を兼ねて先輩が付き添うものらしいが、それをお断りすることができた。
…とはいえ、突然「こいつ使って」と連れてこられた新人に全部任せるなんて嫌だろう。「レダート領の品だけ」という条件が付いたのにも頷ける。俺を雇い入れるのだって、勇気が必要だったろうな…。
「精一杯務めさせて頂きますので、これから宜しくお願いします」
思わず頭を下げる俺に、アドリーさんは目を丸くして「ほほう。シマヤさんは遠国出の方でしょうか?」と珍しがった。お辞儀は日本人の性でありまして。
恐縮しつつ適当に誤魔化していると、「そこまで言葉が堪能でらっしゃるなら、文字も読めそうですね」と書類を渡される。大事な留意事項をまとめたものだ。
「此方こそ、今後とも末長くと期待しておりますよ。それにしても本当にこの価格で宜しいのでしょうか…?」
アドリーさんは俺とイアニスが設定した輸送費を気にしている。
ふふん。明かすことはできないが、そこが俺の強みだ。ステルスモードで安全安心な移動が可能な俺に、護衛費も案内人も必要なし。よってその分のコストを抑えた価格設定ができたのだ。
だって商会の運び屋なのにギルドへ依頼するのと同じ賃金かけてたら、俺を雇う意味ないもんな。俺は俺で、本来ならCランクの冒険者しか受けられないようなお仕事にありつける。
因みにチーム・サンカヨウはCランクに上がったが、俺自身はEランクのままだ。今のところランクアップの手続きを受ける予定はない。要らん要らん。
「では。今回シマヤさんに運んで貰う届け先は6カ所です。キーストリアへ向かわれるのでしたね?」
「はい」
「道中は国内が3カ所、ミスラー皇国が1カ所、キーストリアが2カ所です。受け取りサインはキーストリア王都にある支部へまとめて提出願います」
ふむふむ。荷下ろしポイントの終着点は、キーストリアの王都か。
留意事項の書類に、支部にいる駐在員さんの名前がきちんと書かれている。その人へサインを預けて、仕事は達成だ。
「積荷はここにはありませんので、裏通りの倉庫で受け取ってください。こちら、お預けしますね。うちの商会における身分証です」
手渡されたハガキくらいのカードには、ザクンダ商会の名前とマーク。ギルドカード以外にも身分証をゲットしたぞ。
アドリーさんとの顔合わせを終えて、通りを一つ越えた所にある倉庫へ向かう。そこも大通りに面していて、幌の張られた荷馬車が何台も駐車スペースに停まっている。受付らしき所では、アドリーさんとは一転してガタイのいい男があれこれ忙しそうに指示を飛ばしていた。
「あぁ?アンタ新入りかよ」
「はい。お世話になります」
「アンタの積荷は……まだ揃ってないぜ!明日だ明日!」
腕っぷしの強そうなそのおっさんは鋭い目で俺が渡した商会の身分証を確認して、大声かつキビキビと言い渡した。
揃っていないのは手紙の類で、それ以外は蓋の固定された木箱ばかり。中身はクラーテルジンジャーがほとんどだという。例の特産品のショウガか。
それにしても、こんな人目ばかりの駐車スペースで車を出すわけにもいかない。積荷を運ぶ荷車を調達しなければ。
「どうせなら、魔物だけでなく荷馬車にも変身できれば良かったのにねぇ」
「変身てか、代行ね」
訂正しつつも、イアニスの言葉には全くもって同意見だ。大体、代行車が魔物ってのがおかしい。この世界で代行車両に相当するのは馬車しかないだろうに、それをすっ飛ばして魔物だもんなぁ、リストにあるのは…。
仮に荷馬車の姿を取れたとしても、その姿のまま荷物を出し入れする事はできない。代行モード中は車を降りれないのだ。つまり、受け取った積荷は荷車か何かで運んで、人目を忍んで車に積むしかない……便利なんだか不便なんだか。
面接?を無事に終えて、商会を後にする。
お次は冒険者ギルドへ向かおうとした矢先、なんと軒先にぶら下がっていた筈のおはぎがいないことに気がついた。
大慌てで探せば、通りを挟んだ向かい側の市場で野菜に釣られているのだった。
「キィキィー」
「このバカ!勝手にあちこち行くな!」
「キッ!?」
幸い周囲の通行人たちには見つかっていない。それほど離れていない場所にいたからいいものの、でなければ完全にはぐれていた。
おはぎはカンカンになっている俺に気がつくと、ようやく市場に並んだカブから目を離す。
「ギィ…」(我慢したもん…)
「その前に、動くなっての!黙っていなくなられたら探すの大変だろうが。置いてっちまうぞ!」
「ギーッ!」(いやだっ!)
おはぎはパタパタと俺の頭上をまとわりつくように飛び回る。まったく、仕方のない毛玉め…。いつだったか付けていた、魔繋ぎの紐とかいうやつはどこぞで買えるのだろうか。後でリヒャルトに尋ねてみないと。
「なんというか…思った以上の可愛がりようだねぇ…」
「はぁ?そんなんじゃないだろ。元はといやイアニスが軽率に契約してみろなんて言ったせいぞ、こうなってるのは」
「うん、まぁそうだけど」
「放り出すのは無責任なんて言われりゃ面倒見るしかないじゃん。ていうかもう、コイツの為にクリーンのスクロールもごっそり用意して、お手入れのブラシまで買ったんだぞ?」
「お手入れのブラシ」
「トイレも覚えさしたし。ここまで手間かけさせといて今さらほっぽり出したら、全部骨折り損だろうがよ」
何故か呆れ顔のイアニスを無視して、俺はおはぎに上着の裾へ入るよう促す。大人しくしているのを確認して、先ほどおはぎが熱心に見つめていたツヤピカのカブを数個買い上げた。
「キィー!」(やったー!)
「車に戻ったらな。いいか、次からはきちんと待ってるんだぞ」
「キ!」(うん!)
いっぺんに食うなよと注意すれば、裾の下でソワソワとみじろぎしている。
「これが嫌われからの溺愛かぁ…」とよく分からん台詞を背中に受けつつ、俺は車を出せそうな裏通りへ向かうのだった。
ゴタゴタしたものの、気を取り直して移動。冒険者ギルドへ辿り着く。
ここへ来たのは、チーム・サンカヨウが稼いだお金をダンジョンアタックに協力した報酬として俺のギルド口座へ動かしてもらう為だ。その額なんと、きっちり100万G。
「本当にそんな貰っていいのか…?温泉の工事費なんだろ」
「はは。そっちから差し引くのは30くらいで、後は僕個人からの報酬金だよ。心配無用」
持ち歩きたくないでしょ、と軽い調子でイアニスは言う。貴族令息はお金持ち。
ギルドの口座はギルドで換金した場合でしか使えないが、その中で各口座へ金を動かす事は可能だ。冒険者チームの山分けは、大体そうやってるみたい。
「ドロップアイテムもクズ魔石だけでいいと言うので助かったよ。おかげで残らず資金にできる」
「そりゃ、俺が持ってても仕方ないものばかりだし」
ダンジョンで得たドロップアイテムは、小粒の魔石たちだけそのまま譲って貰った。それも報酬だ。その他の素材アイテムーー糸だの角だのは、こちらとしては全く使い道がない。
受付で手続きを済ませる。少々時間がかかったのは、本来ならチームのリーダーが立ち会って行うものだからだ。リーダーリヒャルトは「面倒だ」の一言でまたもや拒否し、自分のギルドカードをポイッとイアニスに渡してしまった。なんでリーダーになったの?
「前から思ってたんだけど、あいつってギルドに寄り付きたくないのか?」
「…だろうね。完全に自業自得だけど風当たり良くないから」
「そーそー!」
「ハッキリ言って、嫌われ者」
突然、後ろの方から会話に加わる声がした。
よっ、と気さくに話しかけてきたのは、ダンジョンで顔馴染みとなった冒険者チームの人たちだ。
「あ、どうも」
「やぁ。無事に戻ったんだね」
「うんっ、一昨日やっとねー!」
「あん時は助かった」
にこにこと朗らかに笑うツインテールの少女と、同じく爽やかスマイルのイケメン青年。残りのメンバーは、向こうで食堂のテーブルについて歓談中のようだ。モリモリマッチョのヒーラーもいた。
彼らは、ダンジョンで重傷を負い身動きが取れなくなった別の冒険者チームの救助をしていた。ステルス車で通りかかった俺たちもそれに加わり、持っていたポーションを譲って事なきを得たのだった。
「旦那も見たでしょ?助けに来たのがリヒャルトだって分かった時の、あの人たちの顔」
ツインテールをふりふりと揺らして、彼女は呆れたように首を振った。
確かに。そのBランク冒険者たちはリヒャルトを前にすると一様に顔を歪めていたし、怪我人はポーションで癒えていく傷を見ながら「助かったけど終わった…」と弱々しく呟いていた。
「んでもって、今言わなくてもいいだろって程の罵倒の嵐。どんなに実力があろうと、あんな奴が認められないのは当然さ」
イケメン殿の言う通り、危うく一命を取り止めようとしている人の前でリヒャルトはいつもの主張を炸裂させたのだ。『実力不足が来るところではない』『敗れた者は本来ダンジョンに身を捧げるべき』だのなんだの。
思いやりのかけらもない。せめて黙ってろよと呆れたが、そこで黙らないのがあの男だ。場の空気は最悪だった。
この二人もリヒャルトの悪評を知っている様子だし、イアニスは以前「ただでさえ問題ばかり起こして」みたいな事を言っていた。冒険者界隈では、かなり悪名高いんだな。
「ましてやチーム組むなんてムリ!…ってのに、そんな奴とダンジョン潜ってやっていけてる旦那がたが不思議なのよねー」
「脅されたのか?それとも、本当に仲が良いん?」
じろじろじろーっ、と好奇心に満ちた若者の目が俺たちに向けられる。
「少しの間だけだから…」
「そう。本日で解散さ」
「へ?そーなんだ」
「もうやめちまうんか?…まぁ、いくら魔族っつっても魔法使い3人ぽっちじゃ、長期は厳しいか」
「ん?いや!?俺は魔族じゃ…」
「そうなんだよ。元々王都へは、短期の出稼ぎで来たからね。君たちは王都は長いのかい?」
しどろもどろな俺とは違い、イアニスは穏やかに受け答えをしている。若干菩薩の笑みが出ているから、「かわいいなぁ」とでも思っているのかもしれない。これがジジイの貫禄か。
にしても今、ややこしい誤解されてなかった?訂正しといた方が良いんだろうか……。いや、もう会うことも無いだろうからいいや。




