49.異世界の交通事情、緩かった。
そして魔物の落とすアイテム以外でも、思わぬ収穫があった。8階の迷路を進み、道を間違えてモタモタしていた時のことだ。
「おい、止まれ」
突然リヒャルトがそう言ったので、その場にブレーキ。何事かと振り返れば、通路の一角をじっと見ている。
「トラップだ。ついさっきは無かったが、床が抜けている」
ソロソロとバックして分岐路を覗き込むと、本当だ。まっすぐ向こうへ続く通路の床が一部、ぽっかり開いている。壁の縁から縁まで2メートル四方程だろうか。飛び越えられそうではあるが、めちゃくちゃ危ない。よく見つけたな。
道中に落とし穴は何度も見かけたが、ついさっきまで無かったというのは気になる。降りて声をかけてみるも、返事は無かった。
「お前ちょっと見てこい。音を立てずにだ」
「キィー」(いいよー)
「は?あっコラ!危ないだろ!」
待てと止めるのも聞かず、リヒャルトに促されたおはぎがあっという間に足元の暗闇へ落っこちていった。
「バカかおい、なんて事言うんだよ!」
「暗くて何も見えん。奴が適任だろう」
「何かあったらどうすんだ…!?」
「うるせー、ただの偵察だろうが」
なんて奴!つーか、おはぎもホイホイ言うこと聞くなや、俺が主人じゃないの!?
程なくしておはぎは無事に戻ってきた。呑気な調子で「キィキィ」(なんかあったよ)と報告してくる。なんかって何だよ。
よく聞いてみると、穴の下は狭い部屋となっており、人や魔物はいなかったようだ。部屋の中心には大きな四角い物がポツンと置かれていたと…。
「宝箱?もしそうなら…」
「当たりの隠し部屋か。おい、降りるぞ」
「ええ?入るのかよ…」
「キィッ」(怖くないって)
リーダー命令により、キラーバットとなって落とし穴へ入る。久々なキラーバット登場に歓喜するおはぎと一緒に下降して行くと、予想は的中。そこは隠し部屋だった。真ん中に鎮座しているのは開かれていない宝箱だ。
リヒャルトが氷魔法を浴びせて人喰い箱でないのを確かめてから、固唾を飲んで蓋を開ける。透き通った赤い石のペンダントが1個、寂しく入っていた。
「ありゃ、これだけ?」
「魔力が通ってる。マジックアイテムだ」
「そうみたいだね。さーて、おいくらかな?」
赤い石は魔石らしい。イアニスは値段を気にしていたが、俺はどんなマジックアイテムなのかが気になった。
無事に帰還しギルドで鑑定をした結果、炎魔法の威力を上げるアクセサリーだと判明。売値はなんと26万。たった一個で桁違いの金額だ……恐るべし宝箱。おかげで一気に目標金額の達成が見えてきたのではないか?
そんな風に思っていた矢先、リヒャルトとイアニスから急遽12階層までの攻略を進言された。何でもそこに出るドッペルグールとやらを狙うのだという……。10階までって話だったじゃん!
「何でまた?聞いてないよ…」
「今まさにドッペルグールの血液の相場が跳ね上がっているらしいんだ。シマヤさん。あなたのスキルがあれば、行かない手はない」
ドッペルグールはグールの上位種で、長時間相手をしていると仲間の姿に擬態して撹乱させてくる嫌な奴だ。顔や身体つきは勿論、身につけている装備に仕草まで精巧に擬態されてしまう。
しかし強さ自体はグールと同程度なので、擬態させる間を与えず倒せば問題ないという。そういうの多いな。
「欲かきおって!」
「つべこべ言わずに連れて行け。貴様は見ているだけでいいんだよ」
確かにダンジョン攻略も後半にさしかかり、10階へ到達する時間は当初の半分近くに縮んでいる。遥々王都までやって来て挑んだ、折角の金稼ぎだからってのは分からないでもないけどさ。見てるだけの身の上としては、欲をかいて痛い目に合わないか心配になってしまう。
そんな俺にしかし、魔族二人は押せ押せだ。リヒャルトなど杖先で背中をグリグリしてくる。ツボ押しマッサージやめろ。どうせなら肩にして、肩に。
「ボーナス出します。稼ぎによっては上乗せ10、いや20万は行けるはず…!」
「そんな頑張らんでいいから…!ああもう、分かったって」
というわけで、ドッペルグール狩りが追加となった。追加と言えどもちょっと寄り道とはいかない。帰りの魔法陣を使うには、10階に戻りせっかく倒したアラクネを三度しばき倒さなければならないからだ。
そこまでして稼げる物なんか?と疑問だったが、現在血液の相場はなんと1個12000前後。通常の3倍近いという。
「あと3日もすれば、人間どもが12階へウヨウヨと押し寄せる筈だ」
「そうなるとクルマで乗り降りするのが難しくなるだろう?今がチャンスだよ」
12階への到達は、通常の冒険者のペースでは数日かかる。よって車のある俺たちが一番乗りでターゲットにありつけるというわけだ。
可愛い猫の親子から化け物蜘蛛へと変貌したロレッタちゃんたちを引き連れてドッペルグール狩りに勤しんだ結果、稼ぎは1.5倍ほど増えた。
そんなこんな迎えた16日目。
チーム・サンカヨウが稼いだ総額は428万8300Gとなった。目標達成だ。
ーーー
レダート邸のゆったりしたダイニングにて。
食欲のそそるいい匂いを堪能しながら、俺は上品なステーキにソロソロとナイフを入れる。
「ひえー、柔らけぇ」
「無作法な。いいからはやく食え」
「食ってなくてもわかる、この肉の滑らかさよ!」
「あはは。どうぞ召し上がれ」
俺が中々食べ始めない中、リヒャルトとイアニスはミノタウロスのステーキを切り分けて口に運んだ。それに倣って、程よく赤みの残された分厚い肉をパクリ。
柔らかい…臭みゼロ…ミノタウロスさんは、さながら黒毛和牛であった。こりゃ美味い。
「どうかな?」
「高ぇ肉の味がする…っ」
「高い肉だぞ」
うまいうまい!と一口ずつ味わって舌鼓。ミノタウロスの塊肉は長男くんやレダート邸の者たちにも振る舞われるようで、おはぎやロレッタちゃんたちに顔を引き攣らせていた使用人さんたちもすっかり朗らかな表情だ。
ギドーホッグなんて恐ろしい魔物を連れているのに、レダート邸使用人たちとイアニスの関係は良好なのだった。ダムザさん(長男くんの執事)など偶に、怯えるどころか小言でイアニスを叱ってる。
「シマヤさん、ご協力ありがとうございました。おかげで我が領の開発に一歩踏み出せた」
「上手くいくと良いな」
山奥の温泉宿か。今から工事の準備をして、経営の体制を整えて……温泉に入れるようになるまで、何年掛かるだろう。
「先日連絡の手紙が届いてね。グウィストン様から紹介された者たちがレダーリア山に入ったようだよ。内風呂3箇所の改修は順調だって。源泉から湯を引けば、もう入れそうだ」
「早すぎない!?」
どんだけ仕事できんねん。欠陥工事になってない?
…というか絶対、俺たちが300万稼ぐ前に手をつけ始めてるだろ。そうでなければ、日数的にあり得ない。
「まあね。6日目くらいにダンジョン攻略の進歩を報告したら、父上も強気になったみたいだ」
あっさり白状する問題児次男坊である。
無論300万Gだけでは、山荷葉の開発費用はとうてい賄えない。しかし、足しにはなる。
レダート家の資産や領税を大きく切り崩す開発に不安を唱えていた子爵も、この短期間での稼ぎようを見て「まぁ、大丈夫っしょ」と安心できたらしい。
「その上、方々の国からひっきりなしに人員がやって来て大忙しだって。魔族の国からやってくる者も多くて、領民や冒険者たちとモメるのが目に見えてるよねー…あはは」
これから自領で起きるであろうトラブルを予期して、イアニスは遠い目になっている。しかしその顔つきはどこか楽しげだ。
「そんなんで本当にオープンできるのかよ…」
「知らんな。お祖母様が満足なさるなら、温泉宿などどうとでもなればよい」
「ふーん。どっちにしろ、キレイな温泉になったらタダで入らせてよ。楽しみにしてるから」
「だそうだよ、リヒー」
「図々しい事この上ないな……フン。それくらいなら、考えてやるとしよう」
それよりも、と手慣れた手つきで肉を切りながらリヒャルトは続ける。
「貴様はそのへっぴり腰をどうにかしておけ。次にダンジョンへ潜る時は、20階を目指すからな」
「おお~、言うねえ」
「ハァ!?」
何だよ次って、行かねーよ。
俺は運び屋商売で生きていくのだ。冒険者稼業なんてやりません。
「冗談じゃない、オーガもバケモノ蜘蛛ももう見たくないっつーの!」
「まぁそう言わずに。ある意味、貴方がお金に困る事はもうなくなったと考えられないか?」
拒絶の姿勢を見せる俺に、イアニスは悪戯げな笑みを浮かべて言った。
「懐が寂しくなったらまたおいでよ。チーム・サンカヨウもせっかくCランクに上がった事だしね」
「そんな気軽に誘われたって…」
この数日間、ダンジョンがどういう場所であるのかをこの目で見てきた。血だらけでぐったりする負傷者に、見るも恐ろしい魔物たち。余程の事がなければ「もうひと稼ぎしよう!」とはならん。
大体、俺はキーストリアへ向かうのだ。いくら車があろうと、国を超えるとなればそう気軽に来れやしないよ。
そう主張すれば、二人は不思議そうな顔をした。
「貴様はジズで空を飛べるのだろう。何の問題があるのだ」
「なんのって。国境無視して勝手にホイホイ飛び超えれないだろ。密入国者じゃん」
「何の問題もない…とは言えないけれど、咎められるような事ではないよ?」
え、密入国が?
そりゃないだろう。入国税だとか審査とか、色々あるのでは。
「貴方が既に犯罪者か、入った先の国で犯罪でもするというなら話は別だが、検問を通らない出入国は可能だよ」
通常の旅人が国を跨ぐ際に使われる街道。通行料等で整備、維持されるその安全な通り道以外の場所は、裏を返せば危険で通れない。地形上通行できなかったり、魔物の群生地だったりする。
人々が検問を受け入国税を払うのは、その安全な通り道を使う為だ。
「つまり魔物も地形も気にせず移動できる手段を持ったシマヤさんはその限りでない、てことだよ。身一つで安全な行き方を確立しているんだからね」
実際、独自で開拓したルートを使って国から国へ放浪する一族というのが存在するらしい。故郷の国を持たない流浪の民だ。現状彼らは多くの場合、黙認されている。
「黙認て……グレーではあるのか」
元の世界はやれ領空だ税関だと厳しいが、この世界には魔物がいて、整備された街道ですら危険を伴う。国同士の行き来が容易でないという大前提のもと、その辺の取り締まりがゆるゆるなのだろう。
その上、転移魔法なんていうものまである。取り締まるとしたら、そっちを厳格にするんだろうな。
「そんなに気になるかい?真面目だね」
「小心者め」
「なら、我が国へお越しの際はレダート領を玄関にしなよ。そのスキルが露見しても、うちならある程度知らぬ存ぜぬしてやれるから」
「そりゃあ、どうも」
俺はちょっと気落ちしながら目の前の皿を見つめた。改めて、バレるとやばいスキルなのだと思い知る。これからこの車で商売してくというのに、迂闊に構えすぎていたな。
気をつけなければ。知らない内に密輸の現行犯になんかなったら、商売どころじゃないよ…。
そう。2、3日後にイアニスから運送の仕事を紹介してもらう予定となっている。とある商会の王都支部に顔を出して打ち合わせ。
いわゆる面接だ。




