48.ノルマ300万への日々
焦げ臭くも安全な部屋の中で、帰りに備えての休憩だ。結局このダンジョン、迷路を進む時間と同じくらい休憩している気がするな。体感だけど。
流石のリヒャルトもあれだけ絶え間なく魔法を放っては疲れるだろう。俺と一緒に魔力回復のポーションをあおった。
「この私がこれしきで疲れるものか。たわけが」
アラクネとの激闘を労わると、このお返事。
流石のリヒャルト節だが、あの活躍を目の当たりにしたので言葉に説得力はなかった。
「多分、普通に疲れてるよ。要らんところでムキになるんだから…困ったもんだ」
イアニスがこっそりと聞こえないようにそう言った。バラされてやんの。
「実際、彼の役割りは大きいからね。気を張らせてしまうのは申し訳ないよ」
気を張る……そうか。確かにリヒャルトの氷魔法が無ければどうにもならない場面ばかりだ。攻撃も防御も担っていたもんな。普段あんだけふんぞり返って偉そうなのは、これほどの実力があったからなのか。…だからって見栄張るなよとは思うが。
アラクネの消えた後に残されたのは、ご丁寧に折り畳まれた糸が4束。紫っぽい色を帯びた大粒の魔石が1個。そして茶色いゴワゴワした塊が1つだった。眷属の大蜘蛛は何匹もいたのに、ドロップしたのは毒の牙が計3本だけ。
ゴワゴワ塊は糸袋と言って、アラクネの糸の元になる成分が詰まっているらしい。気持ち悪いが、これが今回入手したドロップアイテムの中で一番高価なものだという。
「ブルーオーガのドロップは取りっぱぐれちゃったね。残念」
「エリアボスを乗っ取るのは得策ではないな」
「そうだね。次からはその場で置いていくとしよう」
今後の方針を二人が話し合う。どうやらオーガたちを使役するのはやめて、乗っ取った後はロレッタちゃんたちを戻しドロップアイテムを確実に回収していくようだ。
ギドーホッグに一度頭を乗っ取られた者は、もう元には戻らない。生命活動を担う本体が離れれば、後はゆるゆると死体になっていくのみだという。
「直後に強力な治癒魔法をかけられれば、何とかなるかもしれないけど…頭の中だからねぇ」
ロレッタちゃんはネズミの中でお休み。サマンサちゃんとパメラちゃんはこの姿でミノタウロス狩りを手伝ってもらうが、帰りの際はネズミへ撤収だ。
これまでに倣い、休憩と魔力回復の指輪でガソリンを貯めていく。まっすぐ帰るかと思いきや、ミノタウロスやグールのドロップ品も狙うらしい。リヒャルトは「どうせならまだ上階へ行ける」とゴネだしたが、俺は猛反対しイアニスも味方してくれて事なきを得た。まったく!
「オーガたちの相手だってしないといけないんだからな。万一があるだろ」
「オーガ?えっ、エリアボスって帰りも戦うのか?さっき倒したのに…」
「いつの話だ。今頃はとっくに復活している」
「本当はあそこの魔法陣で一気に帰れるんだけど、まだ余力があるからね。このまま帰るのは勿体ないから、折り返してくつもりさ。ほら、今回は様子見も兼ねているし」
衝撃の事実だった。イアニスが指差す方を見ると、隅っこの床に光る円陣がある。何でも10階と20階、そして最上階にはダンジョンの入り口に一瞬で戻れる転移の魔法陣があるらしい。
そんな便利なもんあったのか。まぁエリアボスを倒さないと出現しない所は、ダンジョン側の悪意を感じるが。
休憩を終えた後、来た道を戻る長いドライブが始まった。
10、9階は時折降りて、ミノタウロスとリザードマンの集団をドロップアイテムにすべく戦闘した。サマンサちゃんとパメラちゃんが糸で動きを封じ、リヒャルトが氷柱でちょいなちょいな。糸に絡められた獲物はとても刺しやすいとご満悦だ。
リザードマンからは尻尾やウロコ、ミノタウロスからは角や何故か鉄塊のような斧がドロップされた。レアで落とされる高級肉には結局ありつけなかった。ホッとしたような残念なような。
「お。この道は何となく覚えてる」
「帰りは流石に少し早いね」
「確か迷路の内装が変わるのは20階からだったっけ?」
「そうだよ」
それなら、今後通っていく内に道順は覚えて行けそうだ。ガソリン消費はマシになるかな…。
因みにダンジョンの地図はあるにはあるものの、高価な上にあまり出回っていないらしい。古い地図だとトラップの位置だとかも古いままで、大枚叩いて手に入れた所で当てにはならないのだという。
「ふむ。しかしこのクルマで進む場合トラップはあまり関係なさそうだから、入手してもいいかもしれないね」
「そんなものに金貨を使う気か?何のための金稼ぎだ。こいつが道順を頭に叩き込めば良い話だろう」
「げっ。……まぁ、努力します」
俺はそう聞き流して、地図の話をやめた。
7階から6階へ降りると、本当にオーガが3体復活していた。赤、青、黄色が勢揃いで何事も無かったように待ち構えている。ただ同一個体が復活するわけではないらしく、リヒャルトたちを覚えてる様子はない。
つまり、何度やっても同じ戦法が通じるという事だ。
オーガ三兄弟はサマンサちゃんたちの糸で絡め取られ、リヒャルトの必殺技っぽい青い氷柱でブスリブスリと倒されていった。
ただ、途中で糸から逃れたレッドオーガがパメラちゃんを攻撃。脚をもがれてショックを受けたパメラちゃんはここでリタイアし、ネズミの中へ戻っていった。
「よしよし!怖かったね。でもこれでパメラも一人前だ。今日はゆっくりお休み」
イアニスは己の手のひらで丸まっているパメラちゃん・ネズミのすがたを労っている。ロレッタちゃんとサマンサちゃんは歴戦のギドーホッグだが、パメラちゃんは今日が初陣だったらしい。
今度は3体分の魔石と角をきっちり入手し、6階を進む。リヒャルトが最初にオークから入手したピーナッツサイズの魔石をハニワに食べさせたので、休憩は無しだ。途中、見覚えのある冒険者さんたちがチラホラと見かけられた。
サマンサちゃん・大蜘蛛のすがたは他の冒険者さんを混乱させてしまうので、なるべく人目を避けながらグールを狩っていく。ドロップされた血液は、やはりご丁寧に小瓶に入れられていた。
程なくして4階まで降りてくると、ドロップアイテム収集はお終い。サマンサちゃんもネズミの中へ戻っていった。ふぅ、車内が広く感じるぜ。
冒険者さんたちに目撃されないよう車を出し入れするのに難儀しつつも、3階…2階…そして1階へと戻ってきた。ナビの時計では、もう夕方をとっくに過ぎた頃だ。
「あっ、出口だ…!」
そして通路の先に見えてくる、ダンジョン突入時に目にした金属の扉。やったぞ、無事に帰ってこられた。
「閉門に間に合うだろうか」
「確かに日帰りで10階まで行って戻れたが、かなり強行だったな」
「うーん。今後は下層で一泊すべきかね?」
一人感動している俺を放置して、リヒャルトたちは平静に話し合っている。そうか、あまり遅いと街に入れないんだ。
運よく人気が払われたのを見計らって、車を降りる。黒々とした金属の扉から外に出ると、すっかり日が落ち辺りは暗くなっていた。
「キィー!」(気持ちいーい!)
「あー、外の空気だぁ…」
夜とはいえすっきりとした外気にあたってホッとする。同じ気持ちなのか、おはぎもスイスイと忙しなく飛び回った。
受付へ帰還の報告をササッと済ませ(時間帯のせいか、人数がめっきり減っていた)、街へと向かう。閉門には間に合いそうだというので一安心だ。
来た時は爽やかな日差しの中進んだ森の小道も、今はすっかり真っ暗で不気味だ。これからギルドに行ってドロップアイテムを売り払うんだろうか。そう考えていると、リヒャルトが疲れた顔を俺に向けた。
「おい。迎えを待つのも面倒だ。さっさと例のすてるすもーどで屋敷まで乗せていけ」
「は?いや、検問どうするんだよ」
「そんなの、コウモリにでも何でもなって飛び越えればいいだろうが」
「ダメだっつーの!」
どうやらギルドへは寄らず、まっすぐ帰るようだ。
リヒャルトが疲れているのもわかる。というか正直、大賛成なのだが(俺もはやく帰りてーよ)、流石に街への不法侵入は憚られた。
「ほら、こっち側はあんまり人いないじゃん。大人しく並ぼうぜ」
「チッ」
ダンジョンを行き来する人しか来ないせいか、幸い検問の列はまばらだ。
無事に通過して街へと入ると、今度はイアニスにちょいちょいと手招きされる。糸目顔もお疲れ気味だ。
「シマヤさん、こっちこっち。向こうの通りを抜けた区間は人気がないよ」
そう言ってあまり治安のよろしくなさそうな暗い路地へ案内される。お巡りさん(こちらでは検兵さんが警察に当たるらしい)に思いっきり怪しまれるムーブだが、俺たちは車に乗りたいだけなので今は見逃して欲しい所。それはそれでよろしくないけどね!
使われていない納屋のはずれで、人が来ないかを見張ってもらいながら車を出す。
「ステルス運転モードへ移行します。車外へ出るときは安全を確認しましょう」
「寝る。着いたら起こせ」
「ハイハイ」
「ねぇ、そのかーなびの操作、ちょっとやってみてもいいかい?」
「ハイハイどうぞ」
たどたどしく画面を操作するイアニスの横で、リヒャルトが秒で夢の中に入っていった。はやい。まるで部活終わりの高校生である。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
「おっ、できた。本当に簡単なんだね…」
「なぁ。お屋敷に着いてもさ、その後どうやって降りればいいんだ?」
「あー…」
ブロロロとアイドリング音が流れる中、俺とイアニスはどうやって人目につかないよう降りるかを考えていない事に気がついた。
「帰ったら話をつけて、今後は馬車どめを開けといて貰おうか。そうすればクルマでまっすぐ帰ってこられるね」
「き、今日は?」
「うーん今日は……一緒に御者に怒られようね」
その後。敷地内の馬車どめで突然沸いて出た車に、レダート家の御者さんと馬が仰天して騒ぎになってしまった。
最後の最後にそんな大迷惑をかけつつ、チーム・サンカヨウは無事レダート邸へ帰還するのだった。
ーーー
朝、目覚めるとレダート邸のベッドの中。
宿屋の物より上質で清潔な寝床をぬくぬくと堪能しながら、王都の街の音をきく。どこか遠くで鐘の音がなっており、カッポカッポと石畳を打つ蹄の音が通り過ぎていく。
「にゃーーぉ…」
「ギギーッ!」(あっちいけー!)
そして同じ部屋の窓辺では、パメラちゃん・野良猫のすがたとおはぎの上げる声が。
見ると、1匹の茶斑ニャンコが尻をフリフリして、窓枠にぶら下がるおはぎにロックオンしている。それにおはぎがギーギーと抗議し、やかましいモーニングコールと化していた。
「あー…、おはよう、パメラちゃん。やめてくださいね…」
「ン~」
俺は心地よいベッドから出て窓辺に近寄り、パメラちゃんをよしよしする。正確には近所の道端で死んでいた野良猫なので複雑だが、目を細めて満足気にゴロゴロする様はとてもそうとは思えない。
パメラちゃんは挨拶ができて気が済んだのか、トコトコとドアの隙間から出て行った。
「おはぎも、おはよう」
「キィッ、ギィー!」(あいつコワイよ!)
「耳の穴を守っとけば大丈夫だろ」
多分…と心の中で付け足して、身支度にとりかかる。
ギドーホッグ達は、イアニス曰く「動かせる状態の日が経っていない死体」なら生きていない宿主でも操る事ができるそうだ。パメラちゃん達の普段の宿主は現在ネズミではなく、路上で事切れていた猫の親子になっている。ボロボロで汚れていた身体をイアニスが綺麗に整え傷を癒やしたので、見た目はただの不健康そうな猫ちゃんだ。
今日はダンジョンアタックを始めて8日目。折り返し地点だ。
様子見の初回アタックを経てペースを決めた結果、ダンジョン内で一泊してオーガを3回、アラクネを2回倒して帰還するという方針になった。
一度10階まで行って、アラクネを倒す
↓
4階セーフティエリアまで戻り一泊
道中はミノタウロスやグールを中心にドロップアイテム集め
↓
再び10階までの攻略後、魔法陣で帰還
…という流れだ。
一見こんな事して大丈夫かと心配になるペース配分だが、何とかなった。初めよりも行き帰りに時間がかからなくなったのと、リヒャルトが魔法をセーブせずにぶっ放すようになったからだ。
初回の様子見でさえ圧倒的な活躍を見せたリヒャルトだったが、彼はあれでも力を温存していたのだった。今や愛用の魔法の杖を手に遠慮無しの本気モードで、オーガやアラクネを氷漬けにしている。
「そんな杖持ってたんだな」
「そうだ。私の実力を思い知ったか」
「私の実力、なんで出し惜しみしてた?」
「貴様は馬鹿か。最初から捨て身の全力など出すわけないだろう」
そう言ってふんぞり返るリヒャルトは、出し切る戦闘をするせいか帰る頃には決まってフラフラだ。特にアラクネは一撃で仕留めないとまずい相手なので、氷柱攻撃の威力も凄まじくなる。
その結果まともに歩けなくなる程に消耗するのだが(魔力切れという状態らしい)、車や魔法陣で安全に帰れるので問題ないと。…そう考えると、1日目はその為の様子見でもあったのか。
「こんなヘロヘロになって…… まさか寿命削れたりしてないだろうな?」
「安心して。ただ魔力が空になっているだけだよ。きちんと元どおり回復すれば、身体に害は出ないからね」
イアニスがそう言うので、そんなものかと納得しておいた。確かにレダート邸で一晩明かすとケロッとしている。
「ところでシマヤさんはずっとスキルを使い続けているのに、魔力切れを起こさないね」
「そうだなぁ。俺にはこれがあるから…」
助手席の前でカタカタしているハニワを指差す。こいつが無ければ、俺もリヒャルトのように重い二日酔い状態に陥っていたかもしれないのか。感謝だ。ハニワは今日もニカニカ笑ってる。
「魔石を元に魔力を回復させるマジックアイテムか。しかも無制限に繰り返し使えると。世に出たらとんでもない事に……」
「いやいや、この車限定の機能だから!」
「貴様以外には役に立たんというわけだ。…ところでこのふざけた顔は何だ。貴様の趣味か?」
「違うわ」
全く失礼な。あえていや、面白半分に送りつけてきた弟の趣味だ。
そんな訳でお疲れのリヒャルトたちに代わり、帰還後にギルドでアイテムを換金するのは俺の役目となった。本来ならチームのリーダーが行うらしいが、リーダーリヒャルトは「貴様がやれ」の一言で拒否した。何でもありじゃん。
ともあれ、この世界の物価を知れるいい機会なので引き受ける。イアニスも慣れるまで付いてきてくれた。
一度のアタックで手に入るドロップアイテムの合計換金額は、35万G前後。
アラクネの糸袋は70000と一番高く、売値も安定している。更にその糸は6000前後で魔石は20000。オーガの魔石が15000でその角が8000前後。ミノタウロスの角が2000で、グールの血液は3000。小粒の魔石は10個単位での買取だが、1個に換算すると30~50だ。
「1泊2日だから……日給にすると6万弱か」
なるほど。車を運転して後は見てるだけの立場にしては、間違いなく破格の手取りだろうな。まぁ半分以上は温泉開発費用だけど。
因みに大体20万くらいあれば、王都に住む平均的な一世帯が一ヶ月暮らせるという。ただし、この世界のひと月は40日で、一年は10ヶ月だと聞いて驚いた。感覚ついて行けるかな…。
目標金額の300万には、16日だと届かないペースだ。しかし、イアニスは自信たっぷりに「ちょっと頑張ればいける」と豪語した。
「これだけ回数を重ねれば、アラクネやオーガのレアドロップにありつけるだろうよ。様子を見て、10階以上へ挑んでもいいかもしれないし」
「みぃ、みぃ」
「にぃー」
子猫姿のロレッタちゃんとサマンサちゃんを宥めてカバンへ納めながら、イアニスがそう言った。2匹はカバンの口から頭を出して今にも飛び出しそうだ。その下には親猫姿のパメラちゃんがウロウロ。
こんなに可愛いのに数時間後には巨大な二足歩行の牛やグロテスクな大蜘蛛に代わると思うと、やはり複雑だった。
レアドロップはその名の通りレアなので、売値がオイシイ。オーガからは物理攻撃力上昇のスクロールが、アラクネからは大粒のアメシストが得られた。深い紫色の宝石だ。
例のミノタウロスの肉にも、ついにお目にかかった。意外なことに見た目は色鮮やかな霜降り肉で、かなり美味そうなのだった。最終日にみんなで食べよう、とイアニスはその肉塊を2つほど売らずに残している。
果たして、見た目通りのお味だろうか…。




