47.大蜘蛛お姉さんVS魔族男子ズ
イエローオーガとレッドオーガのドロップアイテムを忘れず入手し(ツノが2本と、大粒の魔石2個だった)、車のガソリンが満タンになるまでここで休憩をとる。7階からは、安全地帯がない。最悪ノンストップで10階に辿り着かないといけないのだ。
「ブルーオーガのドロップアイテム?運が良ければ拾えるけど……アラクネに辿り着くまでにどれくらいガワの状態が保ってるかによるかな」
穏やかな調子で冷酷なことをいうイアニスは、もともとロレッタちゃんの入っていたネズミの死骸をアイテムボックスにしまい込んだ。帰りの際はそのネズミにロレッタちゃん本体を回収するのだ。
早朝から開始したダンジョン攻略は、今ちょうどお昼に差し掛かろうとしている。二人は順調だと上機嫌だが、色々と見聞きして食欲の失せた俺は濃厚ソースの豪華なミートパイを完食できなかった。
一方で人目を気にする必要のない二人は堂々とアイテムボックスを駆使し、熱湯入りポットでお茶を淹れている…。貴族ムーブしとるわ、トイレどうすんだ。
「レッドオーガの図体なら厳しかったけど、ブルーオーガは何とかクルマに入れそうだね」
「えーっ!?」
俺はもらったお茶を早々に噴き出してしまった。
「ゲホッ、まさかアラクネのとこまで乗せてく気かっ!?」
「え?うん。折角の戦力だし。エリアボスの一角だけあって、道中にいるミノタウロスなんかより頑丈だから盾にはもってこいなんだ」
そう言ってすぐそばに腰を下ろすロレッタちゃんに笑いかけるイアニス。「頑張ろうね」と声をかけると、無言のピースが返ってきた。ビシッ。
「おい、グダグダ抜かすな。それは貴様の役割だろうが」
「ロレッタを降ろすなら、当然僕も降りなくてはならないからね…そうなると10階までの走破は不可能だ。頼むよシマヤさん」
「そ、そりゃ分かってんだけどさ…」
確かに俺の仕事はそれだからやるしかない。乗せますとも。
だが、少なくとも2メートル半はあろうかという人外を乗せるのに、怖がるなっちゅー方が無理な話だ。おはぎも警戒しているのか決して近寄らず、俺の肩の上で毛を逆立てている。
お茶と一緒に魔力回復のポーションもチビチビ舐めたおかげか、1時間半ほどで車のガソリンはほぼ満タンとなった。指輪も大活躍だ。
いよいよ7階への階段へ出発する。ドシンズシンと付いてくるブルーオーガはさぞ目立つだろうと身構えたが、登った先のフロアは一転して人気がない。シーンとした有様だ。
「今日ダンジョン入りした者の中では僕らが1番乗りだろうね」
ちょっと嬉しそうにイアニスがそう言う。
そうでない冒険者さんたちはどうしているのかというと、おそらく17階付近を一目散に目指していてこの辺には残っていないのだそう。
俺たちくらいしかアラクネを狙っていないのだな。
早速車に乗り込む。ロレッタちゃんはイアニスと後部座席に収まったが、窮屈そうに首を折り曲げ後頭部が車の天井にくっついてる。ギッチギチだ。
「ちょっと後ろが見えにくいかもしれないけど、ゴメンね」
「ま、まぁ…見えないことはないから大丈夫」
7階から魔物の顔ぶれが変わり、リザードマンと呼ばれる二足歩行のトカゲやスカルウォリアーが彷徨いだした。お久しぶりの剣持ち骸骨だ。
「スカルウォリアーは炎属性に弱いが、それ以外の攻撃には耐性を持つ。忌々しい連中だ」
ボーっと佇む剣持ち骸骨を睨みながら、助手席でアンデットの特徴を述べるリヒャルト。ラスタさんにクソデカハンマーで粉々にされていたイメージが強いが、本来は物理攻撃があまり効かない相手のようだ。
人間サイズで歩き廻るトカゲをあまり視界に入れないよう気をつけつつ、右へ左へ通路を進む。流石に狭い通路の運転にも慣れてきた。
しかし隣でリヒャルトがナビ画面を勝手にいじり出した挙句「運転中は操作できません」の注意文に対して怒ったり、車のドア一枚を隔ててすぐ側にいるリザードマンに飛び掛かろうとするロレッタちゃんを慌てて止めたりと、全く気が抜けない。やかましいドライブとなった。
「ロレッタ、今は大丈夫だ。クルマが壊れてしまうからじっとしていなさい」
「キィキィ!」(どうどう!)
「……」
残った方の拳を振り上げるロレッタちゃんを、おはぎとイアニスが一緒に宥めている。いつの間に警戒を解いたのか、おはぎは窮屈そうにシートへ収まるロレッタちゃんの顎にぶら下がっていた。お前そんな米粒サイズの警戒心でよく今まで生きてこれたな。
無事に7階も突破し8階へ。この階にも冒険者さんには会わなかった。
道中、やけにまっすぐな通路が現れたと思ったら、どうもトラップの作動する仕掛け通路らしい。恐る恐るアクセルを踏むが、ステルス車はブロロロと何事もなく通過した。
「僕もリヒャルトも罠避けの知識は殆どないからね。このクルマは本当に助かるよ」
「フン…」
斥候要らずのステルスモードに二人はご満悦のようだ。それはようございました。
トラップというとやはり、トゲの床とか油で火だるまとか大岩がゴロゴロ転がってきたりとかするんだろうか。少し気になるが、聞かない方がいいものとして忘れることにした。
そんな風にして進み、冒険者さんとはまたしても会うことのないまま次の階段を見つける。
9階からは厳つい顔をした牛の魔物が新たに出現した。鎧を身にまとい大斧を持っている。
「あれってミノタウロスか?」
「そうだ。……貴様、異世界から来たくせに、ちょくちょく魔物を知っているな」
「あれはたまたまね。近所の焼肉屋の看板に乗ってて」
「やきにく屋…?」
「ひょっとして、食事処のこと?王都にも美味しい肉料理を出す店で『ミノタウロス』という名前の所が……こらこら、ロレッタ。頼もしいけど、飛び出しちゃダメだよ」
牙を剥き出してズシンズシンと通り過ぎるミノタウロスへ、ロレッタちゃんが臨戦体制をとり車が大きくグラついた。こりゃいかんと慌てて発進する。
「ミノタウロスの肉はぜひ欲しいけど、レアドロップなんだよね。今回は見送ろう」
「うえ、アイツ食えるのか…」
「嘘みたいに柔らかくて、塩をかけて焼くだけで美味いんだ。高級品さ」
「オークも食用肉だぞ」
「うぅええええ」
異世界の肉事情を呑気に話しながら車を走らせ、とうとう最終目的地の10階へ。6階からここまででガソリンのメーターは半分近く減っている。帰りのことを考えると魔石での補充が要りそうだ。
10階には蜘蛛のボスがいるせいか、通路のあちこちにぶっとい蜘蛛の巣が張られていた。こんなのに捕まってる内にリザードマンやミノタウロスに襲われたら……怖い怖い。
蜘蛛の巣のカーテンやブモブモ言っているミノタウロスをスィーッと通り抜け、行ったり来たりを繰り返すこと数十分。エリアボスの部屋へと続くドアを発見する。
いよいよ着いてしまった。
車から出た二人はアイテムボックスから街で購入した松明を取り出し、準備し始める。
どうやらこの松明は灯り用というより、炎や光に弱い魔物を狩るために作られたものらしい。どこぞに生えている木の樹液が材料に含まれていて、ツンとする匂いにおはぎが釣られている。
「キィキィ!」(いい匂い!)
「あはは。これは蜘蛛をやっつける道具だから食べられないよ」
「キ…」(なんだ…)
「コウモリの丸焼きになりたくなきゃ向こうへ行け」
しっしっと追い払われたおはぎは諦めて俺の裾へ飛んできた。そんなもんまで食おうとすんじゃないよ。
「なぁ…アラクネってかなりでかい蜘蛛なんだよな?」
「大体コイツと同じくらいだ」
俺が恐る恐る尋ねると、リヒャルトが松明の先をロレッタちゃん・オーガのすがたへ向けてそう答えた。
あのでかさのバケモノ蜘蛛……心の準備をしないとな…。
「さぁさぁ、落ち着いて。シマヤさんが冷静でいてくれると、僕たちだって安心して挑めるよ」
「この私が虫けらごときに遅れをとるものか。馬鹿にするなよ」
俺の顔色を見た二人がそれぞれに激励してくれる。これから戦うのはあんた方だろうに、そんな余裕あるのか。
いいや。これまでしっかり話し合って準備をしてきた。イアニスは無理をしないと言っていたし、二人が相手どる事のできる魔物だからこうして挑んでいるのだ。今さらどうこう言っても始まらない。
腹を決めて、ドアを開け放つリヒャルトの後に続いた。
暗闇だった部屋が見渡せる。オーガ三兄弟の時と同じ広さの部屋は、壁が見えないほどの蜘蛛の巣で覆われていた。
松明を手にしたリヒャルトとイアニス、そしてロレッタちゃんが足を進める中、俺は真っ先に車を出して避難した。ステルスモードで雲隠れして、やっと部屋の奥に鎮座する怪物に目を向ける。
メラメラと燃えたぎる松明を掲げ突進していくロレッタちゃんを待ち構えているのは、熊のように巨大な蜘蛛だった。硬そうな毛に覆われた真っ黒な胴体に、8本の脚。特に巨大な2対の脚先には、鎌のような爪が光っている。
身の毛もよだつようなその姿から、人間の上半身がにょっきりと生えていた。毛むくじゃらが段々と白い肌へ変わっていき、一糸纏わぬ妖艶な女がロレッタちゃんを悠然と睨みつけている。
き、際どいッ!
バキッ
ブルーオーガの腕力で振るわれた松明はアラクネの頭ーーではなく、その前に庇うように現れた別の大蜘蛛にめり込んだ。
アラクネと並ぶと小さく感じるが、大型犬ほどはあるだろうか。ギィギィと悲鳴を上げてのたうち回る姿は正真正銘の蜘蛛で、人型はくっついていない。
「来た、眷属だ。まずは形成を覆すぞ」
「ああ。気を抜くなよ」
「はーい、リーダー」
イアニスが鞄を開けると2匹のネズミが素早く這い上がり、彼の両肩で待機した。
その間にも、あちこちの巣の奥からワサワサと大小様々な蜘蛛が姿を現してくる。俺は車内で一人悲鳴を上げ、おはぎに(うるさっ)と言われた。
「5……7…8匹かな?」
「8だ。新手がいたら請け負う」
「任せた。ロレッタ!その強い奴はいい。弱いやつから倒すんだ」
イアニスに指示されたロレッタちゃんは、3匹の蜘蛛に守られたアラクネから距離を取る。
しかし3匹蜘蛛から発射された糸がそれを追った。糸はロレッタちゃんの胴体や片足にへばり付き、身動きを封じる。動けなくなった獲物を狙い2匹の大蜘蛛が這い寄っていくがその脚をリヒャルトが氷漬けにし、すんでのところで食い止めた。
そうやってロレッタちゃんが大蜘蛛5匹の注意を引いている間、二人は並んでアラクネ以外の蜘蛛たちを観察している。
「決めた。あいつが大きくて強そうだ」
やがてイアニスが指針を決めたようで、肩のりネズミたちに優しく話しかけた。
「サマンサ、行ってらっしゃい。パメラはその奥にいるやつを捕まえてごらん。頑張ってね」
「しくじるなよ」
リヒャルトはアラクネの操る糸を氷で撃ち落としたり大蜘蛛たちの脚を氷漬けにしたりと、守りに徹している。注意深く全体を見渡してひっきりなしに氷を放っているので、いつもの氷柱攻撃をする余裕が無さそうだった。
アラクネは周囲にある巣の糸を操り、二人と一体へ向けて攻撃している。その度にリヒャルトが氷の幕で相殺して防いだ。糸はとんでもなく粘着質で厄介なので、その場に残さないよう松明で焼き払うのが必須らしい。そうしないと周囲が糸まみれになり、いずれ捕まってしまうからだ。
イアニスたちが狙いを定めたらしい大蜘蛛は一際大きく、鎌のような爪を振りかざしてくる。イアニスはリヒャルトの前に躍り出ると、松明を剣のように振って蜘蛛の脚を振り払った。松明は脆い小枝の如くへし折れたが、すかさず新しい物をアイテムボックスから取り出して、次の一撃も受け止めた。
ヒヤヒヤと見守っていると、その大蜘蛛の動きがピタリと止んだ。そしていつぞやのように痙攣しだす。
「サマンサ、よくやったね。ハイターッチ」
どうやらサマンサちゃんが乗っ取りに成功したようだ。イアニスが2本指を合図のように掲げると、大蜘蛛・大ことサマンサちゃんはギラリと光る鋭い爪でそこにソフトタッチをした。水族館のアザラシと飼育員さんみたいな事してる…。
「ホラ見てご覧!パメラが初めて成功させたよ。よくやったねぇ」
イアニスは足元でじっとしている大蜘蛛ーー蜘蛛たちの中では一番小さく、小型犬ほどだーーに向かって嬉しそうに声をかけた。いつの間にそんな所へいたのか、パメラと呼ばれた大蜘蛛はイアニスに寄り添うように大人しくしている。
イアニスは大蜘蛛・小ことパメラちゃんにも屈んで指を掲げ、ちょこんとハイタッチした。
「おい!やってる場合か!」
「ごめんごめん。そろそろロレッタのガワが限界かな。よーし。パメラはアラクネの右にいる蜘蛛をお願いね。サマンサはロレッタを回収してから、左側の方を襲うんだ」
見るとロレッタちゃんは4匹の大蜘蛛を相手どっているが、リヒャルトの援護を受けているとはいえ多勢に無勢で苦戦していた。松明の火が追いつかずに殆どぐるぐる巻きにされている。そのそばで大蜘蛛がひっくり返って燃えているので、1匹は倒したようだ。
「頃合いだな」
「ああ。新手の眷属を呼ばれる前に仕留めてしまおう」
二人がそう声を掛け合うのが聞こえた。リヒャルトは襲いくる糸攻撃を面倒くさそうに氷でいなし、イアニスは「ロレッタ、お疲れ様!迎えの体が来るからお入り」とボロボロのロレッタちゃんに叫ぶ。
一方、勇敢なパメラちゃんが己より大きな蜘蛛に向かって爪で切り掛かっていた。アラクネは自身を守る大蜘蛛同士が突然争い合うを目の当たりにし、驚愕している。
ビキビキビキビキッ
追い討ちをかけるように、アラクネの攻撃手段である壁全体の蜘蛛の巣が轟音を上げて凍りついていく。壁を覆うカーテンのような大量のそれらは、半分以上がカチカチに固まってしまった。
アラクネは怒りの形相で新たな糸を腹から飛ばした。広範囲に網状の糸が降りかかってくるが、イアニスが松明と風の魔法で燃やす。
「アヂヂヂッ!頭こげた!」
「クソッ、この下手くそめ!やはり炎は好かん。臭いし熱いし…!」
イアニスはリヒャルトほどスマートに防げず、文句を言われている。そんな中、ズシンズシンとブルーオーガがイアニスの元へ戻ってきた。巻きついたままの糸が所々燃えていて凄い有様だが、慌てた様子もないのがまた不気味だ。
「ん、ロレッタ。まだ行けそうかい?」
「……」(こくり)
「よしよし、頑張り屋さんだね。ならアラクネを倒してくれ。他の蜘蛛たちは狙わないでね、サマンサとパメラがいるから」
もう一度頷きイアニスへネズミの体を返すと、ロレッタちゃんはズシンズシンとアラクネへ突進していった。己に絡まった糸へ更に火をつけてその身を火だるまにしながら、アラクネへ一目散にボディーブローを仕掛ける。
「ぎいいぃぃっ!!」
ロレッタちゃんからの体当たり(炎属性)をくらい、悍ましくも悲痛な声を上げるアラクネ。もじゃもじゃの胴体は燃えやすいのか、あっという間に炎が燃え移っていく。パメラちゃんとサマンサちゃんはアラクネを守ろうとする大蜘蛛と戦い、足止めをしている。
「しまった、指示をミスったな。このままじゃロレッタが燃えちゃう!」
「フン。後先考えられんとは、所詮は虫ケラの脳みそだ」
「こ、この子達の知性は宿主の脳みそによりけりなんで!つまり、ブルーオーガが脳筋なせいだ」
「ああそうかよ」
イアニスの擁護にリヒャルトがおざなりな返事をしつつ、燃え盛る2体の魔物へ向けて氷柱をお見舞いする。人型の胸を貫かれたアラクネは長い黒髪を振り乱し、燃える腕で氷柱を引き抜こうともがくも、氷柱の表面が溶けてツルツルになるだけだった。
なんて光景だ…。
イアニスは大急ぎで駆け寄っていくと、ロレッタちゃんの本体を回収した。メラメラ上がる炎に炙られ熱そうにしながら、その頭部に向かってネズミを掲げる。途中、やたらめたらに振り回されるアラクネの爪を受けそうになったが、サマンサちゃんが糸を放ってギリギリ防いだ。
「ふぅ、あっぶねー。ありがとねサマンサ」
早足で戻ってきたイアニスはいつもらしからぬ口調で胸を撫で下ろし、サマンサちゃんにお礼を言った。その手には鼻先をモゾモゾと動かしたロレッタちゃん・ネズミのすがたが収まっている。無事に回収できたみたいだ。
ブルーオーガの抜け殻と共にアラクネは炎に包まれていく。
「ひとまず終わったね」
「まだ帰りがあるだろうが。気を抜くな……よッ!」
掛け声に合わせてリヒャルトが手を振り上げると、アラクネの胸に2本目の氷柱が深々と突き刺さる。もがき苦しんでいたアラクネはとどめの一撃を受け断末魔もなく動かなくなった。炎だけがメラメラと盛んに燃えている。
残された大蜘蛛もリヒャルトがブスブス仕留めていき、サマンサちゃんとパメラちゃん以外は全滅。するとゴゴンと音が上がり、次の階層へ続くドアが出現した。
俺は思わず息を吐く。見ていた限りでは二人に負傷もなく、あとは帰るだけだ。無事に討伐が終えられて良かった。
ステルスを解いてドアを開ける。
「お、お疲れさんでした……」
うわ、焦げ臭っ。糸を焼いた匂いだろうか、部屋中に従満している。
俺が車から出てくるや否や、サマンサちゃんとパメラちゃんが爪を掲げて威嚇してくる。ギョッと立ち竦むも、すぐに「サマンサ、パメラ、止まって。あの人間は敵じゃないよ」とイアニスが声をかけ大人しくさせた。大奮闘してくれた味方だが、恐ろしい八つの目と目が合って背筋が凍る。
気を取り直して静かに近寄ると、二人へ声をかけた。
「怪我はしてなさそうだな」
「フン、無傷だ。たかが虫にあれだけ慎重に挑んだのだから、当然だろう」
リヒャルトがしかめ面で強気に言った。発言はいつも通りだが、流石に疲労が色濃い様子だ。
「いやいや、こんなおっかない蜘蛛がゾロゾロ出てくるとは思わんかったよ。よく普通に相手できるな…」
俺は大人しくしてるサマンサちゃんたちをチラッと見上げそう言った。パメラちゃんがカササ…と遠慮がちにこちらへ寄ってきたが、俺も遠慮がちに同じぶんの距離を置く。
「確かに、初めて見るシマヤさんには刺激が強いかもね。アラクネの厄介なところは、この眷属を呼び出す戦い方だよ」
顔にちょっと煤をつけたイアニスが説明してくれる。
10階エリアボス・アラクネは敵と相対すると、手始めにグレートタランチュラなる眷属を召喚する。眷属に自分を守らせながら相手を追い詰めていくのだ。1回目は数匹、2回目はその倍と、回数を追うごとに数は増えていき、それを全て許すと取り返しのつかない群となってしまう。ちょっと想像したくないな。
「だから、眷属呼びを1回に留まらせる必要があったんだ。特にリヒャルトの実力を悟られれば、初手で蜘蛛地獄にされかねない。そこで、この子たちの出番さ」
そう言って、手のひらでぐったり休んでいるロレッタちゃん・ネズミのすがたを見やる。
おお、そうか。大蜘蛛を乗っ取って味方へつければ、増援を呼ばれる前に形勢逆転できるという事ね。アラクネからすれば、何が起きたかをすぐには理解できないだろうし。
「私が最初からフルパワーでアラクネを仕留めれば、それで済む話だがな」
「そんな無茶できんだろ」
「ハイリスク過ぎるからやめて欲しいところだ」
「できるの!?」
「それよりほら、休もうか。パメラ、初仕事が成功して嬉しいのはわかるけど、ちょっかいかけちゃダメ」
ふと気がつけば、パメラちゃんが足元に忍び寄って俺の靴をツンツンしていた。一番小さいとはいえ、小型犬サイズの大蜘蛛である。俺はすんでのところで大声を上げるのを抑え込む。
「その人は僕らを無事に家まで送ってくれる味方だよ。載せてくださいって可愛くご挨拶してね」
せっかく抑えた矢先、イアニスが要らん事を言って台無しにした。
「ひっ!?ストップ、近い近い!うわーっ!」
「ギィー!」(来ないでー!)
遠慮なくやってきたパメラちゃんと恐れ慄いて部屋の隅へ逃げ出す俺を他所に、魔族二人は一休みの準備をさっさと進めだした。




