46.信号機カラーのオーガVS魔族男子ズ
小休止を終え、5階のフロアへと出発する。4階に引き続き、この階も魔物チームが待ち構えている造りだった。
魔物チームはいつものメンツにグールという魔物が加わった。黒ずんだ小柄なミイラで、目が赤く光った不気味なやつだ。
そんなグールくんだが、たまにゴブリンくんが拳でちょっかいをかけてくるのにも無反応で突っ立っている。どうもゴーレムくんとキャラが被っているように見受けられた。
「僕らが来ないと、こいつらも案外平和に過ごしているんだねぇ」
「平和かな…?」
枯れ木のように佇むグールを小突いてゲラゲラするゴブリンたちの間を通り過ぎながら、俺とイアニスはそんな感想を溢す。リヒャルトはどうでも良さそうに眺めている。
すると、それまで無反応だったグールが突然一番近くにいたゴブリンに勢いよく飛びかかった。床に押さえつけられ、なす術なくガツガツと食べられていくゴブリン。とても直視できない。側で見ていた別のゴブリンたちは一瞬唖然としたが、食われた仲間を見て再びゲラゲラ笑いだすのだった。
「ひぃっ!地獄か!?」
「……じっくり観察するもんじゃないね」
そそくさと魔物どもの団欒(?)を後にして、迷路を走行する。少々コミカルに見えたのは気のせいで、やはり相入れない存在のようだ。
厄介さの増す階層だが、冒険者さんたちの人数も減ってはいない。この階からやっと本格的に稼げるようになるという。
「オークがレアで大粒の魔石を落とすようになるし、なんと言ってもグールの血液が出る。魔物避けの原料としてよく売れるんだ」
「俺たちはいいのか?」
「3人じゃぁ、挑むには人数が足りないよ」
「フン。2人の間違いだろう。貴様などあっという間にさっきのゴブリンと同じ目に合う」
「あ、うん、そうね。俺は車に隠れる係だからな」
稼げるというのでつい尋ねてみたが、確かに2人ぽっちで挑んでは囲まれてしまうな。相手しないに限る。
俺は納得したが、リヒャルトは引っかかるようだ。
「コソコソせずとも、私一人で充分な相手だ」
「ダメだ。負担の割に見返りが少ない。オーガ三兄弟やアラクネにたどり着くまで、消耗は控えておこう」
「期日まで16日しかないのだろう。ちんたらしていて良いのか?」
「良い訳ではないけど、今回は初めての攻略だ。今はとにかく先に進もう」
チーム・サンカヨウとして初めてのアタックである今回。10階まで行って帰ってくるのにどれほど掛かるのか、今後のペース配分を測るための様子見が優先だという。
交通安全のお守りとぶら下がって昼寝中のおはぎが同じリズムで揺れるのを目にしながら、5階の迷路も低速制覇を果たす。大階段とは違って、ここの階段は通路と同様薄暗く埃っぽかった。
陰鬱になってしまった階段を急いで登り、エリアボスのオーガ三兄弟がいる6階へと向かう。
「別に兄弟というわけではないよ。いつも3体で出現するから、そう呼ばれているんだ」
オーガは知能も魔力も高い魔物で、それを同時に3体も相手取らなければならない。
いつも通り車でスルーできないのかと思ったが、それはできないらしい。エリアボスやラスボスのいる空間は特殊で、一度足を踏み入れると倒すまで出られないのだ。オーガ三兄弟を倒すことでその空間が一時的にセーフティエリアとなり、上へ続く階段が現れる。
入ったら最後、倒さなければ閉じ込められたまま…。リヒャルトとイアニスに何かあれば、勿論自分もお陀仏だ。事前に説明はされていたものの、緊張と不安が止めどなく押し寄せてきた。
魔物たちのメンツは5階から引き続きで、変わり映えは無し。冒険者さんたちは4、5人のパーティが殆どだったが、中には10人以上の大所帯の所もある。王都の兵士たちが訓練としてダンジョンを使っているそうだ。
オークたちがふんぞり返って屯する行き止まりをバックで延々と戻り、別の分かれ道へと前進する。すると、通路の向こうに見慣れないドアを発見した。
「お、いよいよ来たね。ちょうど人もいないし、降りようか」
「じゃあアレが、ボスのいるエリア?」
ドアの前まで来て、車を止める。二人がバタンと降りる中、俺は備品の最終チェックをした。これから謎の空間に閉じ込められるのだと思うと、恐ろしくて仕方ない。
ガソリンもとい魔石の小粒、よし。目くらまし・麻痺のスクロール、よし。ポーション類、よし。エリクサーも後ろのトランクからダッシュボードの中へ移動済みだ。万が一の時は二人をなんとか車内に引っ張り込んで、こいつを飲ませないと。
「いくぞ」
おはぎが裾にぶら下がっているのを確認してキーを閉めるや否や、リヒャルトは返事も聞かずに両開きの扉に手をかけた。中は不自然なほど真っ暗だ。
勇ましく入っていくリヒャルトは暗闇に消えてしまう。後ろからイアニスに励まされ、俺もえいやとドアの向こうへ飛び込んだ。
入った瞬間、まるで明かりがついたかのように部屋の様子がよく見えた。広い部屋に3体のオーガが並んでこちらを睨んでいる。真ん中には斧を持った赤い肌のマッチョ。右には長い鉈を手にした青いマッチョ。そして左には同じ鉈を持った黄色いマッチョだ。
中央の赤オーガは、3メートルはありそうだ。
手にした獲物を構え、ズシンズシンと距離を詰めてくるオーガたちに足がすくむ。一方、リヒャルトとイアニスはそんな俺の前に進み出ると、いつもの調子で声をかけてきた。
「シマヤさんはここから移動せずに車で待機していて。何かあったら逃げ込むから、宜しくね」
「居眠りしてたら殺すぞ」
気負いのない普段通りな彼らの様子に、少しだけ落ち着きを取り戻した俺は車を出して乗り込む。ただいま。エンジンをかけてステルスモードに移行させた。
「キィ~?」
「さぁ…。無理はしないって言ってたから、勝算はあるんだろうけど」
アイツら大丈夫?と心配しているおはぎに適当な返事しかできない。俺も知りたいよ、本当に大丈夫なのか。
「狙いは?」
「赤と青。足止めお願いするよ」
「フン」
そう短く応酬を交わすとリヒャルトは両手を前方へ向け、イアニスは静かにそこから離れた。
ビシビシビシビシッ
乾いた轟音と共に、リヒャルトの前方に大きく氷の塊が湧き出てきた。広範囲に渡って生み出された真っ白な氷は、薮のように3体のオーガを覆う。
すごい威力だ。見ているだけで寒そうな光景に目を見張っていると、黄色オーガが鉈で氷を派手に打ち砕いた。己の両足を覆っていた氷から解き放たれると、怒りの唸り声を上げリヒャルトへ襲いかかる。
リヒャルトは鉈の一撃を跳んで避けながら、瞬時に生み出した氷柱を放つ。それはオーガの肩に当たるも刺さらず、砕け散ってしまった。
「寒いけど、頼んだよ」
一方イアニスは肩掛けカバンを両手に抱え優しく話しかけると、未だに氷と格闘している青いオーガの後ろへ回り込んでいった。青オーガは足元の氷に気を取られているが、赤オーガはどっしりとその場に構えたままイアニスの動向を見張っている。あいつは一際賢くて強いのかもしれない。
そんな赤オーガと青オーガの頭に向けて、鋭い氷の棘が飛んでくる。青オーガは鉈を振って弾き、赤オーガは手のひらから火炎を放ち周囲の氷ごと焼き払った。
その向こう側で、イアニスが膝をついているのが見えた。
怪我したのか!?でも、オーガの魔法が当たりそうな距離ではない…。足元には口の開いたカバンが置かれ、真剣な表情で青色オーガを見上げている。
訝しく思って俺も青オーガを見れば、そいつの肩にちょこんと小さな動物が乗っているのに気がついた。あれは、ネズミ?
ネズミらしきものは青オーガの耳元までノソノソと這い寄ったが、振り払われるまでもなくポトリと落っこちてしまった。
「グ、ウォッ…!?」
突然、青オーガがピタリと動きを止める。大きな両手で頭を抱え、苦悶の表情でうめき声を上げた。
それを見届けたイアニスが、カバンを手にスッと立ち上がる。怪我はないみたいだ。
「ウグ、ガガガガガ……!」
奇声をあげてガクガクしだす青オーガの異様な様子に、赤オーガまでもが目を奪われている。その肩にもネズミが登っているが、気がついていなかった。
次の瞬間、青オーガはすぐ隣の赤オーガに向かって鉈を打ちつけた。
「えっ?何で…!?」
「キィーッ」(ケンカしてる!)
背中に鉈の一撃をくらい、よろめく赤オーガ。何が起こったのか、青オーガは締まりのない虚ろな表情のまま味方と敵対し始めた。
「グウォォッ!」
赤オーガは斧を一閃し、青オーガの片腕をドシュッと切り落としてしまった。敵認定するの素早いな、味方じゃないんかい。
片腕を吹っ飛ばされたというのに全く怯む様子もなく、そいつは無事な方の腕で鉈を拾い赤オーガをめった打ちにしだした。怖すぎる……一体どうなっているんだ?
それと同時に、ドシンと重々しい音がする。首から大きな氷柱を2本も生やした黄オーガが両膝をついて崩れ落ちる所だった。
リヒャルトが黄オーガを倒したのだ。
「レッドオーガは失敗か?」
「残念ながらそのようだ」
「ではもう用無しだな」
離れた所でそう声をかけ合う二人。その間にもオーガ2体の仲間割れは続いている。
リヒャルトは両手のひらを合わせてじっと集中しだした。それを見てイアニスが青オーガへ声をかける。
「ロレッタ、下がれ。サマンサを回収して!」
ロレッタ?サマンサ?
何故か青オーガを可愛らしい名前で呼び出したイアニスの指示に、青オーガはすぐに従った。ドシンドシンと歩いて氷の残骸が散らばる床へ屈むと、片腕で何かを拾い上げる。先ほどのネズミだった。
赤オーガはそれを追いかけるが、青オーガに代わって躍り出たリヒャルトを見て標的を変えた。斧を大きく振るって火炎魔法を放つ。それを俊敏な動作でかわしつつ、距離を詰めていくリヒャルト。見るとその片手は青い氷で覆われていて、ドライアイスのような煙が立ち昇っていた。
もう目前まで迫ったリヒャルトの頭へ赤オーガが斧を振り下ろした。対するリヒャルトは青く凍った自分の片手を盾のように掲げ、それを受け止める気のようだ。
無茶な、と思ったその時、青い氷が突然爆発したかのように膨れ上がり無数の巨大な棘と化した。
ビキビキ、バキバキと生み出されたいくつもの氷柱に一瞬で串刺しにされる赤オーガ。断末魔をあげる間もなく、そのまま棘を生やした不気味な氷像となってしまった。
ぽかんと眺めていると、部屋の奥で大きな轟音が上がる。さっきまで無かったドアが壁から現れ、先に進めるようになったのだ。
「ふぅー、冷えるね」
「なんだ、文句を言う気か?」
「まさか!久々に目にしたけど、相変わらずのお手前だ。素晴らしいよ」
イアニスの言う通り、確かに冷えそうだ。オーガの氷像からはまだ白い冷気が上がっている。リヒャルトに怪我は無さそうだが、先ほどの攻撃のせいか手先が赤い。
「シマヤさん、終わったよ」
イアニスが声をかけてくるので、青オーガを気にしながらも俺はステルスモードを解いた。
青オーガの肩にはネズミが1匹しがみついている。もう1匹のネズミは大きな手のひらに乗せられているが、ぴくりとも動かない。死んでいるのだろうか。
「お、お疲れ様でした…」
きょどりながらソロソロと降りる俺の様子に、イアニスは笑って隣の青オーガを見上げた。
「この青オーガは、僕の従魔が操っているんですよ。ロレッタ、シマヤさんに可愛くご挨拶してくれる?」
従魔?あのネズミが何かしたのだろうか。
不思議に思っていると、青オーガがズシンと一歩こちらに進み出た。残った方の腕を上げるとそいつは徐に、
バチーーン!
とウインクし、ピースした手を目元に当ててご機嫌なポーズを披露してくれた。
怖い。しかもちょっと古い。
「ロレッタとサマンサは、ギドーホッグという虫の魔物だよ。寄生に成功するとこの通りあっという間に宿主を乗っ取ることができるんだ。サマンサは今回、上手くいかなかったけど」
レッドオーガは上位種だから仕方ないね。とイアニスが肩に乗ったネズミに声をかけている。
サマンサと呼ばれたそのネズミをオーガから受け取って、イアニスはこちらに掲げた。覗いてみると、何の変哲もないフワフワのネズミだ。
このネズミも、イアニスの従魔である虫が頭の中にいる状態らしい。
「ひえ……」
「ギドーホッグ自体は儚い子たちでね。本来は、より強い宿主を乗っ取って守ってもらうんだ。寄生能力を持つのは雌体だけだよ」
この恐ろしい魔物はイアニスの従魔だが、レダート家当主の許可がないかぎり連れ出しが禁じられているそうだ。今回許可が降りたのはロレッタ、サマンサ、パメラの3匹。実家には雄が1匹、雌が2匹お留守番しているんだとか。
「気色わりいが、有能ではある」
「そんな言い様はないだろ。宿主をコントロールしつつ生命活動の維持まできちんとこなすんだぞ、その辺の人間よりずっと優秀な魔術師にして繊細な……」
「あー、ハイハイ」
先ほどロレッタちゃん・ネズミのすがたが青オーガの肩に乗っていたのは、どうやら耳の穴から侵入するためだったようだ……。
寄生虫の魔物、怖すぎる。サマンサちゃんも赤オーガを乗っ取ろうとしたが、失敗したのでネズミに入り直したらしい。
イアニスが促すと、ノソノソと鞄の中に戻っていった。
残されたロレッタちゃん・オーガのすがたはというと、このままダンジョン攻略へ連れていくそうだ。
この状態の青オーガは正確にはまだ生きているが、ロレッタちゃんが乗っ取った事で「倒された」判定であるようだ。その証拠に、上階へ続くドアが現れている。
こうして最初のエリアボスは、リヒャルトが少し霜焼けを負ったのと、イアニスがブルーオーガを乗っ取るという結果で勝利した。




