45.わくわくダンジョン探索
王都の西門から外へ出ると森へと続く道が引かれている。ほどよく整備されたその道を歩くこと数分、巨大な灰色の塔が全貌を現した。
窓がなくのっぺりとした、円形の塔だ。規模は都心で目にした複合型タワーマンション並だろうか。わさわさと繁る緑が所々から垂れ下がり、何とも壮大な景観を醸し出していた。
塔の麓にはわりと立派な建物がデデンと建っており、側に幌屋根を広げた長い受付スペースが設置されている。中々の人の列だ。大声で談笑してる威勢のいい者もいれば、ガチガチに緊張し悲壮な顔色となっている者もいる。…実は俺もその一人だった。
「ジェットコースターの列に並んでる気分だ」
「じぇっと、何?」
「今更になってその様か。本当に情けない男だ」
爽やかな朝の空気の中、行列に並んで受付を済ませる。チームのリーダーである証の紫のラインが入ったギルドカードをリヒャルトが提示し、必要事項を記入して、いよいよだ。
リヒャルトはいつもの冒険者装束に素手。魔法の杖は持ってない。イアニスも山荷葉に入った時と同じく盾を片腕に装着して、やはり素手。あの時と違うのは、彼の「相棒」が入った肩掛けカバンがある点だ。
そして俺も勿論、素手。ポーションやスクロール、魔石の入ったリュック(王都で新たに購入した)を引っ提げて、さらにそのリュックにはおはぎがぶら下がっている。
そんなチーム・サンカヨウ、出陣である。
真っ黒で重厚な金属の扉をくぐると、薄暗い石壁の通路が奥へ続く。先行する知らない冒険者たちの靴音に混じって、俺たち3人の歩く音も虚ろに響き渡った。
「暗い…」
「足元、気を付けて」
「落とし穴とかあるんだよな…?」
「グズグズするな。4階までの罠は位置も種類も知れている。少なくとも、見えている穴に落下するのはただの間抜けだ」
リヒャルトの言葉通りで、少し進むと通路の床がぽっかりと無くなっている地点があった。ロープでご丁寧に仕切られて、罠というよりただの行き止まりとなっている。
先人たちによりトラップは攻略されているのだろう。なるべく危険を排除しようとする様子がこのロープから伺える。ただ、ダンジョンの方もそれで黙ってはいない。古い罠はいつしか消えて、新たな物が生み出されるのだという。
1階から4階までの罠はそのサイクルが数年単位と遅いので、こうして安全対策が長続きしているのだ。
「上階には、こういう落とし穴でしか入れない隠し部屋があるらしいね。でも大抵は落ちたらお陀仏だ」
「隠し部屋?」
「そう。大当たりだと宝箱にありつけるけど、はずれだと魔物に囲まれて絶体絶命」
「さ、最悪だな…」
そんな話をしていると、足音が近づいてきて別の冒険者さんたちが通りかかった。光魔法の明かりをふよふよ浮かべて歩く様は、なんとも小慣れている。目が合うと軽く会釈をして行ってしまった。
彼らが立ち去って、人の気配が途切れた。チャンスである。
俺はキーで車を出し、エンジンをかける。イアニスが助手席側からドアを開けて覗き込み、リヒャルトとおはぎには辺りを警戒してもらう。
「うーん。やはりシマヤさんの言うとおりだね…マップは出ないか…」
起動したナビ画面を確認して、イアニスは残念そうにため息をつく。
そうなのだ。実は前日になって、とても大事なことが判明していた。
そもそもこれは、建物の中を案内してくれるものじゃない。むしろ途中で「目的地付近です。ルート案内を終了します」といきなりほっぽりだしてくるのがカーナビというものだ。ベラトリアのような街並みや複雑な道順なんかは教えてくれても、建築物はただの四角で表示される。
つまり、内部のマップにはありつけないのだった。…なぜこんな事に気づけなかったのか。
というわけで、今画面に映っているのは塔の丸い外郭のみだ。赤く表示されているのは、危険地帯の証。「モストルデンのダンジョン」「4階大階段」とダメ元で目的地の検索をしてみるが、現在地が表示されるだけなのだった。
「遭難・死亡事故多発区域です。ステルス運転モードへ移行します。車外へ出るときは安全を確認しましょう」
「俺ができるのは移動するセーフティエリアになるだけだわ…」
「こそこそ進むのが関の山ってわけだ。フン。当てが外れたな」
「まぁまぁ、それだって凄いことだから。さぁ、行こう」
「キィキィー」
Uターンはできないが、道幅は十分だ。埃っぽく薄暗いダンジョンの通路を、見えざる車はブロロロと走行した。
道中は何度もゴブリンの姿を見かけ、そのどれからも気づかれることなく素通りできた。
「敵がいない間は、あんな風に棒立ちなんだね。地味に知らなかった」
「まるでカカシだな」
天井を見上げてたり、耳を掻いたりしているゴブリンたちの間をス~ッとすり抜けながら、イアニスとリヒャルトがそうこぼした。
ゴブリンは5.6匹の集団でヒマそうに突っ立っているか、別の冒険者さんたちと戦っているかのどちらかだった。いずれもきちんと武装した冒険者さんには敵わずギタギタにされていた。南無。
ゴブリンの他には、顔のない泥人形のようなゴーレムが一体で徘徊しているくらいだ。
およそ10分後。あっさりと2階へ続く大階段の元へたどり着いた。最初のセーフティエリアだ。一旦車を降りて階段をてくてくと登り2階へ突入。そこでも人目をさけて車を出す。
2階へ上がるとゴブリンとゴーレムの他に、オークという魔物が出はじめた。ゴブリンが子供のような背丈なのに対し、オークは見上げるようにでかい。牙の生えたブタ顔の巨漢だ。
「オークを見かけたら停めろ。腕鳴らしする」
リヒャルトがそう言うので、ちょっと心配しつつも死角に車を止めて彼を送り出す。
手ぶらでやってくるリヒャルトを見つけるや否や、オークは棍棒を振り回してドスドスと突撃してきた。
「うわわ…!」
「大丈夫だよ」
後ろで見守る俺とイアニス。俺は思わず焦ったが、すぐにイアニスの言う通りとなった。
リヒャルトがひらりと片手を上げると、空中に巨大な氷柱が生み出されていく。いつかみた光景だ。それは矢のように飛んでいき、オークの片足にブスリと突き刺さる。そこからたちまち氷がピキピキと広がって、両足を氷漬けにしてしまった。
「グォォォォーーッ!…グガッ!」
足を捕らわれ怒りの雄叫びを上げるオークに対し、リヒャルトは再び片手を上げる。次の瞬間、オークのムキムキな胸部を別の氷柱が串刺しにしていた。
容赦なく心臓を一突きされたオークは、声もなくズシンと倒れ伏し動かなくなる。
「お見事。調子は良さそう?」
「問題ない」
ケロっとした顔で、消えていくオークの死体を見下ろすリヒャルト。ドロップしたピーナッツほどの魔石をめんどくさそうに拾い上げていた。
すげー…本当に強かったんだな。
それから車に乗り直し、何度かオークの相手をしながら無事に3階への大階段へ到着。こちらではちらほらと休息をとっている人たちを見かけた。
大階段は塔の内周に沿っているらしく、ものすごく緩いカーブの階段だ。その名の通り広くて開放感があり、要所要所にある踊り場には冒険者さんたちが身体を休めている。壁も階段も白い石でできておりとても明るい。それまでの薄暗い階層から階段が見えてくるとホッとするのだった。
ガソリンはまだ大丈夫だ。この調子だと次のセーフティまでぶっ続けで行けそうだが、乗り降りの際にいちいち人目を気にしないといけないのが地味に面倒である。
3階へ上がるとゴブリンが姿を消し、オークの集団やゴーレムの大集団が数で襲ってくるようになった。流石に3体もいるオークは相手にできないだろう…と思いきや、リヒャルトは同じ調子であっさり倒してしまう。
一方イアニスは全くの不参加で、俺と一緒にその様子を眺めているだけだ。
「6階のボスエリアまで僕らの出番はないよ。悪しからず」
とのこと。リヒャルトは嫌味を言うものの、責める様子はない。スズメバチは温存しているようだ。
順調に進んでいく中、とある冒険者さんたちが動く宝箱と対峙しているのを見かけた。剣山のような牙がびっしり生えた、人喰い宝箱だ。
「わぁ、いいなぁ。ここらの階層では1番の当たりだよ」
イアニスは後部座席で羨ましそうに言った。倒すとお宝の入った宝箱がドロップされるそうだ。
ああして他の冒険者さんが戦闘をしている場合、助けを求められない限り助太刀に入るのはルール違反になるらしい。もっとも、ステルス車内にいる俺たちは彼らに全く気づかれていなかった。「俺が前に出る、回り込め!」「ボーナス!ボーナス!」「今夜はステーキじゃぁ!」「集中してバカッ!」と上がる弾んだ怒鳴り声を尻目に、人知れずブロロロと走り去るのだった。
「何が出るんだろうな。宝石とか?」
「それもあるし、特大サイズの魔石やエリアボスの落とす素材、ちょっとしたマジックアイテムなんて場合もあるよ」
ただしそれは大当たりの場合。ハズレだと砂金一粒だったりポーション1個だったりと、しょっぱい思いをするそうだ。
「僕たちが学生の頃、まさにその大はずれを引いたことがあってね」
「何だった?」
「下級ポーション2本だ」
「おおぅ」
二人の苦い失敗談を聞きながら、変わり映えのしない通路を右へ左へ徐行する。車一台が通れる幅にギュウギュウと屯するオークやゴーレムも、問題なくスルーできた。これらをいちいち相手にしていては、時間も労力も一層かかったことだろう。
その代わり小回りはきかず、道を間違えると延々バックをする羽目になる。時には道幅がギリギリ過ぎるため曲がれないこともあった。そんな時はやむを得ず降りるしかない。
こうしてもたつきながら、無事に3階も突破。大階段をひいこらと登って、4階へ突入だ。
4階はそれまでの魔物が徒党を組んで待ち構えていた。ゴブリン4匹に、オーク2匹。オーク3匹に、でかいゴーレムが1体。そんな組み合わせの集団をいくつも通り過ぎる。
「ここが本当に厄介でね。通路で魔物にバッタリ出くわす、てのはなくなるのだけど…」
「一丁前に連携をとってくる」
どうやら、4階から少し趣向が変わるらしい。それまでは通路を曲がると魔物とコンニチワしていたが、4階ではちょっと広めの部屋で魔物が待ち構えている、という構造になっていた。そうなると自然に、魔物との戦闘は激しさを増す。
しかし、ステルス車からしたら広いスペースは大変ありがたかった。スルーも楽々だ。
進んでいくと、とある部屋からガキンガキンと金属の立てる音が聞こえてくる。そこには5人の冒険者さんがゴーレム4体ゴブリン4匹と戦っていた。
「あの通り、人数のいるパーティで挑まないと危険な階だよ。消耗が段違いだ」
バリバリ武装したツインテールの女の子がナイフを持ったゴブリンと戦い(あんな可憐な子が前衛で殴るのか)、それを遠くから別のゴブリンが弓で狙っている。弓ゴブリンは金髪イケメンの剣士が阻止したが、そこへゴーレムが勢いよく飛びかかってきた。
なるほど、すごい混戦だ。眺めてるのがおっかないくらいだったが、やがて冒険者さんたちが1体また1匹と倒していき勝利した。筋肉モリモリのオッサンが怪我をしたイケメン剣士に回復魔法をかけている(そのガタイでヒーラーなのか)ものの、みんな無事なようだ。良かった。
「上へ進むには、あれを何度もこなすしかない」
「しかもあのメンツだから、落とすアイテムはゴーレムコアや魔石くらいときた」
「嫌われ階層なんだ」
「そう。全ての部屋を回って全滅させると、レアな宝箱が出現するなんて噂があるけど……眉唾だよ」
そういった真贋定かでない噂はごまんとある。歴史の長いダンジョンだが、未だに色々と解明されていないようだ。
部屋でボーッとする魔物たちを通り過ぎること数回。迷路の割合が減ったおかげで、運転する側からは楽にゴールへ辿り着けた。最後の大階段だ。ここから先6階のエリアボスを倒すまで安全地帯は無いので、しばし休憩をとる。
ちょうど誰もいない踊り場があったので、そこで水分補給をした。魔力回復の指輪もしっかりはめる。エスカレーターでもない階段を4階も登ったせいか、心なしか両足がワナワナしていた。悲しい。
「明日は筋肉痛だ、こりゃ…」
「なんでだよ。貴様は何もしてないだろうが」
「いや、なるって。普段運動しない奴がこんだけ階段登ったんだぞ」
「は?階段だけで?」
「素でびっくりすんなや…」
目を丸くするリヒャルトに少々気落ちした俺は、菩薩の笑みを浮かべたイアニスに「まるで病人だね」と追い討ちをかけられるのだった。
3体のオークをちょいなちょいなと相手するリヒャルトに呆れられるならまだしも…イアニスだって今のところ解説くらいしかしてないのに。
そう恨みがましく睨んでいると、イアニスのカバンがモゾッと動くのが見えた。
…俺は気にしないことにした。




