43.王都モストルデン
「畑を抜けたら一度休憩したいんだけど、いいかな」
「そうだね。魔力は保ちそうかな?」
「うーん、ここを抜けるくらいならいけるだろ」
ガソリンメーターが半分を切っていてやや心許ないが、ナビを確認すればこの道から街道へ出られることが判明した。そこまでならまだ車で移動できそうだ。
「もうこんな所まで来たのか。という事は、ミッタラ村で宿をとれそうだね」
「あのしみったれた村へ行く気か?断る。魔除けの陣へ向かうぞ」
「またそんな…。まぁ確かに、村で一泊するよりは早く王都に着くけれど」
どうします?とイアニスがこちらを伺う。
魔除けの魔法陣へは夕暮れごろに着くらしい。そこから先は冒険者だけでなく商人達が行き交う整備された街道で、徒歩でも十分王都に近い。
「あそこはシケた宿だった。貴様らと狭い部屋につめ込まれるのはごめんだ」
「野宿にしろ俺らで固まって寝るんだから、あまり変わらなくないか?まぁ良いけども」
リヒャルトのリヒャルト節を流しつつ、俺も他人と鮨詰めは気が進まないので同意した。花売りコカトリス亭や虹色瓜亭のように個室ベッドではなく、どうやら雑魚寝形式の宿らしい。それなら、こいつらと野宿の方がましだ。王都への距離も稼げるようだし、せっかく買った快適な野宿セットがあるもんね。
リヒャルトと俺の様子を見てイアニスは「そんなに嫌かなあ」と苦笑した。
ステルスで農道を進むこと数十分。街道への合流地点で俺たちは車を降りた。
やっと休憩だ。魔力回復の指輪をはめ、食事や水の入った荷物を担ぐ。ロックをして車をしまいながら、俺は思い切り伸びをした。あー疲れた!街道沿いの木陰へ腰を下ろせば、その木の枝にパタパタとおはぎがぶら下がる。
「キィ」
「ちょっとだけ歩いて、MPが戻ってきたらまた車だからな」
「キキィ~」
そう話しかけると、おはぎは今が休憩だと分かったらしい。アイテムボックスから齧りかけの梨を取り出した。落とすなよ。
傍ではイアニスとリヒャルトがルートを話し合っている。少しそこでまったりと過ごしてから、土埃の多い街道を出発した。だいぶ移動したけど、こちらも晴れてるな。良かった良かった。
この街道は国の中央寄りのせいか、ドルトナ周辺のより広く人通りも多い。ガタンガタンと大きな音を立てて数台の馬車が通り過ぎた。簡素な荷車のような馬車もあれば、幌が貼られていたり豪華な貴族馬車だったりと様々だ。
集落の規模も大きく、屋台で賑わって活気があった。食料やスクロールといった旅に必要な店の他に、よく分からないお土産も売られている。何々……木彫りのお守りに、ミスラー皇国産オリハルコンのナイフ?マスキュリベアーの魔石のペンダント?怪しいな。物珍しさに繁々と眺めていたら強烈なキャッチにあい、リヒャルトに叱られるまでセールストークを聞かされる羽目になるのだった。
「ずーっと聞いてるから、まさか欲しいものでもあったのかと思ったよ」
「あんな物に時間を取られるんじゃねーよ、ガキじゃあるまいし」
集落から離れて再び車に乗り込みながら、二人からそう嗜められる。すんませんね、初めて目にするもんで。
街道に沿ってステルスで走行し、魔除けの休憩スポットへ到着する頃にはすっかり薄暗くなっていた。
まさに野営地だ。レダート領内で目にしたそれに比べると3倍はあるだろうか。冒険者のテントや商人の馬車がざっと8組ほど、夜を明かす準備をしている。
「うわ、広いな。人も大勢だ」
「前回僕が来た時より混んでいるね」
「キョロキョロするな。さっさと終わらせるぞ」
こちらも空いている魔法陣に寝床や火の準備をしつつ、ふと連れてきたおはぎの様子を伺う。魔法陣のスイッチである白い魔石を睨みつけているが、辛そうにはしていない。
「ギ…」
「お前、ここにいて大丈夫なのか?」
「まだ明るいから、誰も魔法陣を発動させてないのだろうよ」
イアニスの言葉に周囲の魔法陣を見回せば、確かにどこも光ってない。何でも、魔力の消費を抑える為に就寝時に陣を発動させるのが一般的なタイミングらしい。そうだったんか。
ということは、今は平気でも夜更けにはここから閉め出されてしまうのだ。哀れなプラムバット。
不機嫌なおはぎを尻目に、俺たちはそこで体を休めるべくせっせと荷物を広げた。
寝床を整えて火を囲み、少しだけ肌寒い夜の外気を感じながら食事を口に運ぶ。干し肉と硬いパンの味気ないメニューで美味くはないが、俺には新鮮だった。ぶら下がるランプや虫の声に、ここがキャンプ場であるかのような錯覚を覚える。
食べ終わって一息ついた後、俺はおはぎと共にその場を離れてポツンと生えている木へと向かった。寝床からは200メートルほど離れていて、ここなら魔法陣の効果を受けないだろう。
夜の間はここで過ごしててくれないかと頼むも、そんな俺に対しておはぎは怒る怒る。
「ギィーーッ!」
淋しいだろ、オマエもここにいろ!と主張されるが、そうすると一晩中ステルス車を出しっぱなしだ。途中でMPがすっからかんになってしまう。
「クルマに乗せたまま仕舞っておくことはできないのかい?」とイアニスには言われたが、キーをかけて姿が消えている間、車がどんな状態でいるのかも分からない。そんな車内におはぎを置き去りにするのは不安だった。
日本で毎年のように耳にした痛ましいニュースが思い出される。猛暑と保護者の不注意による、悲惨な事故だ。そんな状況になるとも限らない。
しかし、おはぎは納得しない。
「ギ~……」
ジブンは街でおりこうにしたのに、どうしてオマエはいうこと聞いてくれないの?とストレートな不満をぶつけられる。そんな風に詰られては言い返せない…困ったな。
ここでおはぎの言い分を無視すれば、今後街の中でトラブルを起こしてしまうかもしれない。それにやはり、おはぎを置いて自分だけ安全な結界内に留まるのは後ろめたかった。こいつが不満に思うのも無理はない。
「仕方ないな…」
俺はため息をつく。よく考えもせず従魔契約なんてした自業自得か。
「おーぅい。説得できたかい?」
「あ、イアニス。俺やっぱ離れてこいつと寝るわ」
「えっ、そっちが説得されちゃったの!?」
「しょーがないじゃん。1匹にできないだろ!」
イアニスは薄闇の中でさえ判別できるほどの呆れ顔だ。「いつの間にそんな可愛がっちゃって…」と呟かれるが無視する。
野宿セットを取りに戻り温かい飲み物を拵えると、俺は木の影に車を出しておはぎと乗り込んだ。ステルスモードへ移行している間、おはぎは満足そうにサンバイザーにぶら下がっている。
「キィー!」
オマエもおりこうさん!と一丁前に俺を褒めているらしい。全く嬉しくない。
これから先が思いやられるなぁ…。うっかり従魔連れになったばかりに、魔除けの休憩所が使えなくなってしまった。おいおい説得できればいいのだけど。
ハニワに魔石を補填しながら、その日は車中泊で夜を明かした。
ーーー
翌日は早朝に出発。ニッカニカのハニワへ再び魔石を食わせ、40分ほどステルス車を走らせる。そこから先は、徒歩での短い旅に切り替わった。目的地までもう目と鼻の先だ。
「でっか!」
遠目でもわかる王都の門の大きさに驚く。よく平された街道は緩く登り降りを繰り返して、まっすぐに検問の列へと続いている。その大きな門でさえ越すような高さの建物がいくつも、広大に伸びる門壁からはみ出ていた。とんがり屋根の先端だ。
「当然だろうが。国の中枢だぞ」
「いやぁ、着いた着いた。嘘みたいにあっという間だったや」
「魔物に出くわさないのも考えものだな。ちっとも腕鳴らしが出来んかったではないか」
「危険地帯は殆ど飛び越えてしまったからね」
当てが外れた、とリヒャルトは不満気に物申すが、そんな文句は知らん。安全第一だ。
「大都会だな…。街もでかけりゃ列も長い」
門の入り口から伸びたカラフルな人の列を眺めながら、思わずそうこぼす。ドルトナではイアニスの領主家権限で横入りできたが、流石にここでは無理だ。
列に並びながら、交代で用を済ませたり屋台を物色したりする。ここも検問待ちの人々目当ての屋台が軒を連ねていた。盾や籠手、矢といった装備品からヘンテコなお土産まで様々だ。変わった色の焼き魚やクリームケーキらしきものまである。
「さっすが王都、相変わらずトイレが清潔だ。うちも見習いたいんだけどね」
「あっちで生きた子ヤギが売られてた!なんで?!」
「知るか。はしゃぎやがって」
順番待ちタイムを満喫するイアニスと俺に、リヒャルトが仏頂面で返す。
長い長い行列を進んでやっと門へと辿り着く。門は馬車が3台は並べるほどの巨大な幅で、門兵や冒険者などが行き交っている。凄くでかい。ベラトリアの入り組んだ街壁より遥かに規模が大きかった。
俺の番が来た。ギルドカードを提示して、門兵さんに従魔がいることを申告する。「キ!」(よっ!)と挨拶するおはぎに、門兵さんは謎の薄ら笑いを返しながらも通してくれた。なに笑とんねん。
「レダート家のご子息でしたか、ご協力感謝します。使いの者をご用意しますか?」
「ああ。よろしく」
イアニスのギルドカードとレダート家の書き付け的なものを合わせて門兵さんに見せると、彼はそう言葉遣いを正した。
本来貴族なら貴族用の出入り口を使用できるが、手続きや先ぶれが面倒で用意しなかったという。イアニス曰くそういうのは「きちんとそれっぽい格好をして、偉そうに共をつけて入るもの」らしい。へぇー。
「王都邸の者には夜に着くと伝えていたから助かったよ。迎えが来るまでそこらを見て回るかい?」
貴族というのは領地にある実家とは別に、王都に別邸を構えているらしい。そのお屋敷が、ここでの俺たちの拠点となる。
ただ報告していた時間よりだいぶ早く到着したため、お迎えの馬車は来ていない。門兵さんは気を利かせて、別邸にイアニスの到着を知らせる使いの人を出してくれたのだった。
「俺らみたいな平民が泊まって本当に大丈夫なのか?」
「おい、私を貴様と同列にするな!」
「ああ、勿論。使用人もそんなにいないから、気楽に使ってね。ああでも、義兄上が帰ってくる際は勉強の邪魔にならないでほしいかな」
リヒャルトがキーキー怒るのを無視して、イアニスはそう言った。あの孫のように可愛がってる、16歳の義兄上か。なんでも、彼が通う学院には寮があり滅多に王都邸へは戻らないそうだ。
馬車止めに迎えが来るまで、近場を少し歩いて回る事にした。
王都はとにかく道が広い。数多くの露店が並んでもまだ余裕のある路地に、色んな身なりの人々がワイワイと行き来していた。花壇や看板で賑やかに彩られた建物がずっと続いて、開放感のある街並みを作り出している。
おはぎ用のブラシ、ないかな?ドルトナでは手頃な物が見つけられなかったが、こんなに大きな街ならどこかにありそうだぞ。
ウロウロと数十分辺りを散策してみたが、結局お目当てのものは発見できなかった。残念ながら、この辺りには無いようだ。
やって来たのは幌屋根の子綺麗な馬車。御者さんが帽子をとってお辞儀をしてくれる。お貴族様気分で少々浮かれたのも束の間、ドタガタと風を切る2頭の馬が迫力満点でおっかなかった。隣の二人は何ともない顔をしているので、これが普通なのだろう。
そういえば俺、馬車なんて初めて乗ったや。強いて言えば沖縄旅行で水牛車には乗ったことあるけど……いやあれは牛だ。
馬車が歩みを止めたのは、静かな街並みの一角だった。露店などは出ておらず、あれほどいた通行人もまばらだ。貴族街という地区らしい。
といっても到着した建物は貴族の御屋敷…というより綺麗なアパートの一棟といった感じだ。敷居が高すぎずにホッとした反面、そういうお屋敷も見てみたかったような気もした。もちろんそんな失礼なことは口にしないが。
「フンッ。相変わらずのしみったれた佇まいだ。これで貴族とは聞いて呆れる」
うん…そういうのはあんたの専売特許。もはや持ち芸だな。微塵も笑えないけど。
「そうか、リヒャルトは学生の頃来たっけ?何にせよ、長旅…でもないけど長旅ご苦労様。今日はここでゆっくりして行ってよ」
入り口前には黒い上品な制服姿の男性が一人、頭を下げて待っている。そんな彼へイアニスは親しげに声をかけた。
「ダムザ、出迎えご苦労。暫く厄介になるよ」
「お帰りなさいませ、イアニス様。お久しゅうございます」
ダムザさんは頭を上げて、さっと脇によける。玄関のドアを開けてくれるので、イアニスを先頭に中へ入った。
お邪魔します、と邸内を見回す。奥に長い造りの明るいエントランスに、ピカピカに磨かれた手すりが目を引く階段。立派なお家だ。これは貴族やってますわ…リヒャルトの暴言なんか気にしなくていいよ。
「ご無事で何よりです。ご同伴のお客様も、ようこそいらっしゃいました」
「ああ、紹介するね。今回冒険者チームを組む事になった、リヒャルトとシマヤさんだ。リヒャルトはこんなだけど腕が立つし、シマヤさんはこう見えて今回のダンジョンアタックの要だ。よろしくね」
「かしこまりました」
「あ、でもクレイグはそろそろ試験だったろう?勉強の妨げになるようだったら、僕も含めて適時放り出していいから」
「え?」「は?」
「かしこまりました」
「二人とも、彼はダムザ。義兄上の執事で、現在この邸宅を取り仕切っている。何かあったら僕か彼に言ってね」
あれ…なんか聞き間違いか?突然「放り出す」とか辛辣なこと言い出したんだけど。
「…はあ。もう何でもいいから休ませろ」
リヒャルトが面倒臭そうに呟く。
もしかしなくても、こいつのさっきの暴言のせいじゃねーの!?おい何してくれてんだ!




