40.いざ源泉へ
それから数時間、山荷葉についての記述がある場所を書き連ねていった俺は、途中で力尽きてベッドへ逃避した。何しろ殆どのページに山荷葉での出来事が書かれているもんだから、省略できない。これがもし季節ごとでない本当の日記だったら、間違いなく手に負えなかった。
イアニスは昨日いった通り、朝早く宿を出払い実家へ向かって行った。
「山奥に温泉跡を見つけたから、ちょっと再興します!」なんて報告を受けて、レダート家当主は何を思うだろう。俺には分からない。
下に降り朝食をとっていると、リヒャルトとヴァレリアさんがお出ましになった。リヒャルトは寝不足気味な顔をしており、見慣れないお上品な服に身を包んでいる。ヴァレリアさんは相変わらずのドレス姿で、ご機嫌だ。
「おはようさん……て、何その格好?!」
「何って、普段着だ。貴様にとやかく言われる筋合いはないッ!」
「あっはい」
「イアニスから聞いたぞ。出発を伸ばすそうではないか」
どうやら、イアニスから話が通っているみたいだ。
翻訳はあと3分の1程残っている。終わった分の紙を渡しながらそう告げると、リヒャルトが目を吊り上げた。
「はぁ?全部終わっていないだと?一体何をしていた、この愚図め。飯など食ってないで、さっさと残りを終わらせろ!」
「まぁまぁ。お前、この街に留まるのであろう?ならばそんなに急く必要はない。また今日にでも取り掛かれば良いわ」
朝っぱらからリヒャルト節全開の孫を、ヴァレリアさんは鷹揚に宥めている。日の光の下でもお美しい。
「それよりもだ。明日はわたくしもサンカヨウへ向かう。お前のスキルの世話になるから、よろしくの」
ヴァレリアさんは運ばれてきたホカホカの朝食に見向きもせず、俺へそう言い渡した。
「え…、山荷葉ですか?あそこ、ただの廃墟ですよ。どうしてです?」
「…源泉の在処が分かったのだ」
「源泉!?ウソ!」
ぶっきらぼうな口調で答えるリヒャルトに、思わず大きな声が出る。ヴァレリアさんは口元に人差し指を当てながら、嬉しそうに微笑んで言った。
「昨夜はリヒャルトもわたくしも徹夜で頑張ったのだよ。その甲斐あって、ついにあれの正しい着方とやらが判明してね。今すでに、この子が正式な装束の主人だ」
何でも昨日は、部屋に戻ってからずーっとヴァレリアさんによるリヒャルトの着付け教室が開かれていたらしい。
ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返していると、突然リヒャルトの頭に源泉への道順が浮かんだ。正しく着用できたことにより、知るはずのないその知識が否応なく認知されたのだという。
今や源泉の在処は、リヒャルトの頭の中にある。当人は眠たそうな目でぶすっとしていた。
「昨日の今日では哀れだからの。向かうのは明日だ。今日はゆっくり休むが良い」
「は、はぁ。分かりました」
そんな訳で、俺は朝食を終えるとおはぎの様子を見にいった。
怒らせて食われてたらどうしよう…という心配は無用だった。2匹でわりと和やかに過ごしていたそうだ。
「ふぁ~ぁ。退屈だぜ。寝るしかやることがねぇや」
「主が我らの食事のことを思い出してくれると良いのですが…」
恐ろしいことを聞いた。なんとガムドラドさんは空腹のようだ。
しかも厩から少し離れた路地には、こそこそしつつもガムドラドさんを珍しそうに眺めているギャラリー数人がいる。その多くが、怖いもの知らずのチビっ子たちだ。
俺はすぐさまとって返しヴァレリアさんに報告したが、彼女は翻訳に目を通しながら「おお、そうか。後で街の外にでも散歩させよう。気にするな」と上の空だった。いや、気になるわ!
そのあと、彼女に連れられ街の外に出たガムドラドさんは嬉々として散歩(狩り)に出かけ、満足な食事と運動を終えて帰ってくるので何の問題もないのだがその時の俺は知る由もなく、ひたすら心配なのだった。
そんなガムドラドさんと命知らずなギャラリーをその場に残し、俺はおはぎを連れて冒険者ギルドへ向かった。
「キィキィー」
「大人しくな」
「キィ」
お腹すいた、血ちょうだい。と物騒な事を言い出すおはぎを宥めつつ、急いでギルドの受付けに従魔登録の手続きを申請する。早いところトマトかなんか買って与えねないと。吸血されちゃたまらない。
なんと、今日の受付はあのおっとり美人お姉さんがお相手してくれた。やったぜ。
お姉さん職員は流石に俺の顔を覚えているようで、「昨日はどうも」と挨拶をしてくれる。美人を前に緊張していた俺だが、よく見ると彼女の方がもっと緊張している様子だった。顔がこわばっている。
「ええと。新しく従魔に迎えたヤツがいるので、登録をしに来たのですが」
「……かしこまりました。う、承ります」
従魔と聞いてガムドラドさんが脳裏に過ったのだろう。お姉さんは顔を青くしてそう答えるも、俺の腕にぶら下がったちんちくりんの毛玉を目にすると、スンと落ち着きを取り戻した。
安心してください、ただのプラムバットです。
差し出された記入用紙に名前、種族名、特記事項の項目を書いていく。一応アイテムボックスのスキルがある事を記入すると、お姉さんは訝しそうに尋ねた。
「こちらは従魔のスキルで間違いございませんか?」
「はい。物を出したり入れたりできるみたいなのでそう書いたんですが。違いましたか?」
「いえ。ただ魔物がそういったスキルを持つというのは、聞いたことがないので…」
見せて貰っても?と頼まれてしまう。
袖に掴まってプラプラしているおはぎにお伺いすると、昨日のりんごやトマトはもう食べてしまったという。
「他になんか持ってないの?」
「キィ、キキーィ」
「じゃあそれ出して」
「ギッ」
どうやら何か持っているようだが、「宝物だからあげない」と拒絶される。いや、いらんがな。
「見せてもらうだけだよ。宝物なんだろ?俺とこの人に自慢してくんない?」
「キ……キー!」
よし、いいだろう!とアッサリ了承したおはぎは、萎びた葡萄のような粒、どぎつい色をしたコガネムシ的な虫の死骸、どう見ても渋そうな木の実を受付カウンターの上に出していった。
「コレは一番大っきくて形がキレイだったやつ!コレは…」とご機嫌に説明しだすが、お姉さんには通じていない。目を丸くして、何もない虚空から宝物が取り出される様を見ている。
「確かに確認しました…。ふふ、かわいいですね」
柔らかく微笑んだお姉さんは、俺の書いた用紙を受け取りギルドカードを返す。手続きはこれでいいみたいだ。
宝物を見せびらかして気をよくしたおはぎは、ルンルンと俺の裾の下へ戻っていく。
「ですが、従魔がトラブルを起こすと討伐の対象となる場合もありますし、罰せられるのは主人である貴方です。くれぐれもご注意ください」
「は、はい。分かりました」
聞いてみると、街や国の出入りの際はきちんと名乗り出る必要があるらしい。ヴァレリアさんはどうだったのだろう…。
ギルドを後にして、おはぎの飯を見に果物屋の屋台へ向かった。屋台の前で「無闇に取ったらダメだからな」と念を押せば、素直に従ってくれる。
こいつ、本当に魔物か?犬より頭いいな。
真っ赤なトマトの他に、おはぎが杏に興味を示したのでそれも買う。ふんわりといい香りを放つ杏を与えれば、さっそく嬉々としてかぶりついた。
それからおはぎ用のブラシでもないかと街を彷徨うも、残念ながら見つからなかった。仕方ないので、クリーンのスクロールを追加で買っとく。
立ち寄った店全てで従魔を中に入れていいかを尋ねてみると、意外にも半数近くからOKされた。奇異な物を見る目を向けられるものの、結構寛容なんだな。
入店をお断りされても、言い聞かせれば軒先にぶら下がって大人しく待っている。
「……お利口にしてたな。もうちょっとフルーツ買ってやるよ」
「キィー!」(やったね!)
きちんと待ってたご褒美でもやろうとそう告げれば、おはぎは嬉しそうに周りをパタパタ飛び回った。
杏と梨を買い足して、その日は宿に戻り翻訳をして過ごす。ふぅ、終わった終わった。
そして、翌日。
宣言された通り、俺とリヒャルトとヴァレリアさんは山荷葉へと向かう。イアニスはまだ戻らない。「虹色瓜亭」の店主に行き先の言伝を残し、3人と2匹でドルトナの外へと出た。
薄々勘づいていたが、イアニス無しでこの二人の付き添いは精神的に辛いものがあった。俺なんかの手に余るよ…。
「ウフフ、異世界の乗り物とは果たしてどんなものか。楽しみだの」
「確かに速く着きますが、御者の腕が大層悪いです。下を見ないように、遠くを眺めていてください」
「おや。まるでまじないのようだ」
「貴様、お祖母様を酔わせるような操縦をしてみろ…全身氷漬けにして沢に埋めてやるからな!」
「そしたら徒歩で帰れよ?この野郎」
リヒャルトとぐちぐち言い争いながら、雑木林の中で車を出す。エンジンをかけてナビを起動させている間に、リヒャルトがフットマンの如く祖母のためにドアを開けた。
「なんと、金属の塊ではないか。こんなものがどうやって動くのだ?引いていこうにも、ガムドラド1匹では手に負えぬぞ」
「残念ながら」「無茶言わんでくだせぇや…」
「というか、ガムドラドは乗れんな」
「そうだの。悪いがオマエ、お留守番だ」
「くぅーん…」「きゅぅん…」
サラッと留守番判定を受けたガムドラドさんは落ち込んでいる。それを聞いた俺は、車内を繁々と眺めているヴァレリアさんへ振り返って言った。
「従魔さんを連れて行かないなら、最短ルートで運転できます。そっちでもいいですか?」
前回はイアニスの頼みで山道に沿ったルートを通う必要があったが、もうそんな事もない。ジズでひとっ飛びできれば有り難かった。何せあの峠道、かなり際どかったからな…また運転するの怖いよ。
「リヒャルトもいいだろ?クネクネ道を通らずに済むんだから、その方が酔わないぞ」
「あのデタラメな到着時間のルートか…?安全なのだろうな」
「空からひとっ飛びだからな。前より速くて安全だと思うぞ」
「「そら?」」
二人は訝しそうに声を揃える。
それから、さらに人里離れた地点へと移動し代行モードでジズを選択。後部座席には、リヒャルトとヴァレリアさんが収まっている。
「代行操縦運転モードへ移行します。車体のHPに注意し、安全を確認して走行してください」
「む。外の様子が変わったかの」
「クルマの外見が魔物に変化したのです。外からだと、我々の姿は見えません」
「ウフフ、そのようだの。ガムドラドが狼狽えておるわ」
ヴァレリアさんは可笑しそうに笑ってるが、2つの首がこちらに向かって恐ろしい形相で唸っている様は気が気じゃなかった。
彼らからしたら、突然主人たちが消えて巨大なジズが現れたのだ。臨戦体制になるのも仕方ない。それでも事前に主人から言い聞かせられていた為、飛びかかってはこなかった。
「確かに…ほんの微かに主の気配がしますが…」
「なんつー絵面だ!肝が冷えるぜ全く」
なんと、ガムドラドさんはステルスや代行モード越しでもヴァレリアさんの気配を追えるようだ。ベラトリアのジズや少女ボスくらいしかそんな事はできなかった。
格上相手にはステルスの効きが悪いことを失念していた俺は、ちょっぴり肝が冷えた。
「リルファ様。どうか主をよろしくお願いします」
「おれ様はいいコだから、1匹で寂しく遊んでますよ~だ」
毛を逆立てながらも、目の前のジズに向かってそう話しかけるガムドラドさん。従魔からの「いってらっしゃい」を受け、ヴァレリアさんは満足そうに頷いた。向こうからは見えないけどね。
「では、行こうぞ」
やんごとなき方の号令のもと、ギアをAに入れ発進する。キラーバットの時とは大違いの滑らかさと力強さで、車は地面から飛び立った。こちらを見上げるガムドラドさんの姿が、あっという間に遠のいていく。
「おお、これは凄い。本当に自力で走っておるわ」
「この先、しばらく道なりです」
「さっきから話しかけてくるコイツは何者だ…?」
「ナビの音声です。誰もいないんで、気にしないでください」
前回と比べるまでもなく、道中は幾らもかからなかった。
イアニスと似たような質問責めをヴァレリアさんからされたり、この期に及んでまた酔いかけているリヒャルトの様子を伺って逆ギレされたり、ハニワやピコのぬいぐるみに向かって己の宝物を自慢しようとするおはぎを宥めたり(こいつ、ギルドで味をしめたな)している内に、もう目的地が画面に現れる。
定められた地点への着地にだいぶ手こずったが、無事に山荷葉の鬱蒼とした入り口へ降り立つ。40分ほどのドライブだった。
そこから、リヒャルトの案内で源泉の元へ向かう。
入り口から逸れた道なき道を、下の方へと降りていく。リヒャルトは昨日の貴族の服と違ってまた冒険者の格好だが、ヴァレリアさんはシックな青と金のドレス姿だ。それなのに、リヒャルトから全く遅れを取らずに進んでいく。時には何もない地面からボコボコと石の柱を生み出して手すりや足場をつくり、傾斜も難なく進んで行った。
やがて行く先に、広々とした渓流が現れた。ゴツゴツした岩や低木に縁取られ、透き通った水が涼しげに流れている。夏に人気の観光地みたいだ。
川沿いに下って間もなく、明らかに人工物だと分かるものが林から覗いていた。
緑に覆われた、小屋の残骸だ。かろうじて残っているのは地面に近い壁の一部のみ。間取りはもちろん、そこに湯船があったのかすら判別できないほどに朽ちてしまっていた。
咲良さんの手記には確か、山荷葉の始まりは小さなほったて小屋だった、と書いてあったな。ここがそうだったのだろうか。
「こっちです」
そう声をかけ、リヒャルトは廃墟を通り過ぎてスタスタと林を進む。よく見ればその足元に小川が流れていて、渓流へと注がれていた。小川は湯の花がびっしりこびりついて、さわると温かい。
小川を遡ってようやく、湧き出し口へとたどり着いた。ムワムワとした熱気と匂いが辺りを包んでいる。温泉の匂いだ。湧き出し口は巨大な水溜りになっていて、ほとりに石造りの釜のようなものが大小6つ並んでいた。




