39.冒険者といえばのお仕事
「僕とリヒャルトと一緒に、王都でダンジョン攻略をしませんか?」
全くもって予想外の提案に面くらってしまう。俺はとりあえず卵を飲み込むと、相変わらずの穏やかな糸目顔へ尋ねた。
「ダンジョンって、なんで俺が…?」
「これからの旅の資金を調達できますよ」
「そんな事言ったって……すんげー命懸けだろ?」
「確かに危険な場所だね。サンカヨウ跡地のもどきとは違う、本物のダンジョンだから」
王都の近隣にあるダンジョンは、森の中にぽっかりと聳え立つ巨塔だそうだ。
500年前の手記にも載っていたのなら、当時の魔境より長生きしてるって事じゃん。そんなガチな所に行けってのか?一体何を言い出すんだこいつは!
「あのなぁ、イアニス。分かってくれてると思うけど、俺はそういうの素人だよ。冒険者登録はしていても、冒険者と呼べるような技量は全く無い。そんな危険な場所には行かれないよ」
俺は首に下げたギルドカードを突きつけた。刮目しろ、このEランクの証を!
「もちろん、シマヤさんを魔物の闊歩するダンジョンへただ放り込むなんて事はしません。貴方にはそのスキルで、僕らのサポートをしてもらいたいんです」
曰く、魔物と対峙したり罠を潜り抜けたりは全て二人が請け負う。その代わり、ナビの地図でルートを確保しつつ、ステルスモードの車をセーフティエリアとして提供してもらいたいと。
「無茶はさせません。こうして誘ったからには、レダート家の名にかけて貴方の身を守ります。そもそも共にダンジョンへ潜る時点で、僕らには下位ランクの者を補助する義務が発生するんだ。これはギルドの決まりなので、途中でシマヤさんを見捨てる、なんて事はできないんです。破った場合、僕らは冒険者を名乗れなくなります」
本来、王都にあるダンジョンへ挑めるのはCランク以上の者に限られている。D・Eランクの者が入るには、上位ランクの者の付き添いが必要だという。いわゆる、冒険者チームだ。
要するにリヒャルトとイアニスが付き添えば、俺でもダンジョンに入れてしまうらしい。
だけど……ギルドの決まり、ねぇ…。
俺がおはぎなら「じゃあ安心!」となるのだろう。しかし、とてもそんな風には思えなかった。
「とはいえ、出現する魔物やトラップなどは命の危険が伴う。それらの中を安全に進むため、僕らの指示には従って欲しい。…この提案は、僕から貴方へのお願いです。引き受けてくれるなら、それに対しての依頼料を僕がお支払いします。その上で、ダンジョンで入手した物も山分けして差し上げます」
「い、いや…せっかくだけど」
突然どうしてそんな事を言い出したのか気になるが、ひとまずそれは置いとこう。お断りせねば。
ベラトリアでは、信頼に足るラスタさんがいたから勇気を振り絞って魔境をうろつくことができた。しかし、とてもじゃないが目の前の糸目くんに同じ信頼は抱けなかった。脅してきたしな、こいつ。
というか、イアニスはまだいい。問題はもう一人だ。一歩間違えれば命を落としかねない危険な場所で、リヒャルトのような奴と行動を共にするのは非常に不安だった。
「イアニス。何だかんだで、お前らがそんなに悪い奴じゃないのは分かってるんだけどさ。だからって命を預けられるかといえば別だ。正直な。そりゃあ、先立つものは欲しいけど、ここでうっかり死んだら元も子もないだろ?」
「……うん。それも当然だね」
静かな声に、俺は内心身構える。また脅されるんだろうか…。
「無茶を言っているのは重々承知だが、それでも、もう一度考えてくれないだろうか。一度試してみて、こんなの無理だと判断したらそれ以上は引き止めないと約束するよ」
意に反して、彼は頼み込む姿勢を崩さずお願いしてきた。しつこく食い下がるな。
「そうはいっても、絶対安全とは言い切れないんだろう?」
「可能な限りの護衛は果たす、としか言えないです。ダンジョンという場所柄、安全を保証はできないからね」
「安請け合いの返事でないとこは、多少信頼できるけど……。大体、リヒャルトにはこの話通してるのか?」
「いいや、まだだよ。あいつも乗るとは思うけどね。貴方のスキルを目の当たりにしたし」
「そうなの?うーん。そもそもあの車、言うほどダンジョンで役立つか?使いどき難しい気がするんだけど」
「…とんでもない。とんでもないよ、シマヤさん」
イアニスは冷めかけてきたスープをひとさじ口に運び、滔々と語りだした。
「ダンジョンは一度入れば容易には引き返せない。準備に当てた労力を考えるとね。なのに、ひとたび食料や装備が尽きれば予期せぬ退却を強いられる。最悪それもできずに死ぬ。そんな環境でも、シマヤさんのスキルがあれば魔物を素通りできる。内部の地図が表示されるだけでなく、指定場所までの道順まで示してくれる」
ああなるほど。地図か。
そういえばラスタさんにも「魔境の全景マップ出るなんてすごい」みたいな事を言われたな。
「でも、魔物を素通りできるかは、中の道幅によるぞ。狭い道はステルスで通れないんだから。それに、車に隠れてるだけじゃ魔物を倒せないだろ?ドロップアイテム貰えないよ」
「そこはリヒャルトと僕の出番だ。道中の魔物を回避して進み、消耗ゼロの状態でエリアボスに挑む。その間シマヤさんは、安全なクルマで待機しててもらう。ボスが落とすドロップ品は格別だ。繰り返せば、いい稼ぎになる」
「いやいやいや…そんな上手くいく?」
「いけば、サンカヨウの復興費がだいぶ賄える」
ここで山荷葉が出てきた。どうやらそれが目的だったようだ。
あのボロボロ廃墟を復活させるって…。え?そんな額稼げるの?
「道幅は問題ない。多少狭い通路があるかなってくらいだ」
「でも、一緒に行くのがあのリヒャルトってのがちょっと。あいつっていなきゃダメか?」
「ぷっ………。残念だけど、僕の力だけでボスを倒しきるのは無理だ」
あまりの言われように吹き出しつつ、イアニスはそう答える。
「あいつは実力だけなら充分Aランクと言えるんだろうけど、いかんせんあの通りで。Bランクより上には望めなくてね…」
「だろうよ」
「それでも、僕より上のBランク保持者だ。逆に言えばあんなのでもBでい続けられる実績と力はあるんだよ」
ボスのエリアとやらに出現するボス魔物をやっつけるのに、リヒャルトの力も必要。つまり奴の同行は必須であると。
「うーーーーん」
気持ち的には、行きたくないが優っている。絶対ゴタゴタするに違いない。イアニスの提案は美味い話なのかもしれないが、それ以上にダンジョンという場所が未知数でおっかなかった。
「お願いします、シマヤさん。突飛な提案で戸惑うだろうけれど、僕は是非この領にかつての温泉を復活させたいんだ」
「そんな、流行るかどうかも分からないのに。イアニスには他にも貴族としての仕事とかあるんだろう?」
「いいやむしろ、仕事がなくて困っていたとこなんだよ…。我が領は田舎でこれといった名物もなく、最近は魔境への立ち入りが制限されたせいで冒険者の足もぱったりだ」
このままでは廃れる一方だと。イアニスの中で温泉復興計画は千載一遇のチャンスなのだという。
領地愛の深い男だ。確か、レダーリア山に道を敷きたいとも言っていたな。その土木費を調達する手段がダンジョンだなんて、この世界ならではというかなんというか。
「魔境への制限も痛手だけど、僕にとってはそれ以前の余波の方が深刻だった。魔族は一気に肩身が狭くなったから」
「ん…?余波?」
「ああ、貴方は知らないよね。一部の暴徒化した魔族が、勇者ラスタの故郷を壊滅させたんだ」
「えええっ!?」
あまりの事に大声で驚いてしまう。
話を聞くと、その事件が起こったのは2年前。小さな村には一人の生存者もなかったという。
それまで勇者は王家にーーというより一部の有力な貴族にいいように使われているような状態で、その事件もお偉い様方の依頼で受けた魔族討伐の報復だったらしい。
その後、彼は王侯貴族の命に背き突如として出奔。足跡からベラトリアへ向かった事が分かったが音信はなく、ギルドはベラトリアへの制限を強化する事となった。
そんな事が…。俺は能面のように表情の動かないラスタさんの顔を思い出した。あまり自分の事を話したがらない人だったが、そこまでヘビーな目に合っていたなんて。
世間を震撼させた事件を受け、魔族でありながら貴族でもあるイアニスは国から監視対象とされた。
魔族への当たりが非常に厳しくなるそんな中、レダート家はイアニスを見捨てることなく国の尋問から懸命に守ってくれた。領民も全てとはいかなくても温かく迎えてくれたという。
「そうなのか…この間も思ったけど、すごい人望だな」
「お人よし民なんだよ。大らかで大雑把で…。僕は実の親の顔などもう殆ど覚えちゃいない。レダート家が、僕の家。僕の家族やレダートに暮らす人たちが豊かになるなら、なんだってする。報いたいんだ」
イアニスはやはり穏やかな顔だが、声にはどこか寒気すら覚えるような凄みを感じた。
どうも俺が思っていた何倍も領地愛が深そうだぞ。恩義のある領地が廃れゆくのを黙って見過ごせないというわけか。
それでも、色々とすっ飛ばしてるよな。
「そもそも源泉がなくなってたらどうするんだ?確かめようにも、あれじゃどうしようもないだろ」
「まぁね。温泉が生き残ってないなら、サンカヨウは諦めるしかない。ただあの山道は整備したいから、どの道費用が必要だ」
「…貴族の息子って、割と自由なんだな」
「あはは。僕はね」
いくら愛する地元のためとはいえ、自らダンジョンへ行って資金稼ぎしに行くなんて。当主からのお許しは貰えるんだろうか。
「元々その為にレダート家に招かれた身の上だ。小間使い兼、密偵兼、お目付け。ついでに次男坊って所さ」
「ついでが次男かよ」
イアニスの思惑は、まぁ分かった。
俺はびくびくと身構えていたのだが、彼が脅してくるそぶりは一向にない。お願いの姿勢だ。こちらの意思を伺うという筋は通す気らしい(それが普通だけどな、この詐欺男子め)。
俺はパンを頬張りながら、ちょっと考えを整理する。
ここで容易に頷くのは躊躇われる一方で、温泉にはそれなりに関心があった。叶うのなら、それに越したことはない。俺も温泉入りたい。
…でも、ダンジョン攻略だなんて危ない目に合わせようってんだ。もうちょっと俺に見返りがあってもいいんじゃないですか?イアニス先生。
ゴクンとパンを飲み込んで、俺はイアニスに切り出した。
「俺は、ダンジョンとかよく分からない。元の世界にそんなのなかったからさ。だからそういう場所で体を張ってお金を稼ぐって行為が割りに合うのか、どうしても疑問なんだ」
「ふむ。異世界から来たシマヤさんには、馴染みがなくて当然だね」
「うん。自分には不相応だと思ってる。けど、イアニスと…一応リヒャルトもか?…が本当に守ってくれるってのなら、一緒に入ってみてもいいかも」
「ああ、勿論だよ。それに繰り返すけど、やはり割に合わないと判断したのなら、そこで断ってもらっても構わない」
イアニスはやや弾んだ声で念を押す。それに頷いて、俺は続けた。
「その代わり、イアニスに頼みたい事があるんだけど」
「うん、何かな?」
「俺はこれから、自分のスキルを生かした仕事につきたいと考えてるんだ。例えば国を跨いでの運搬とか。日持ちのしない農作物を運んだり、個人から個人へ手紙を直接届けたりとか」
イアニスは顎に手を当てて、じっと考え込むように俺の顔を見返してくる。
「あとは何だろう。交通の便が悪い村へ物資を届けたりとか……。そういう仕事を、イアニスが紹介してくれないか?貴族の伝手でさ。探してくれるなら、ダンジョンの件は引き受けてもいいよ」
「クルマを使った運送、という事か……」
うーん、とイアニスは思案している。だがそれも僅かの間だった。
「分かった。商会をあたったり、ギルドへ指命依頼を出したりと、やりようはある筈だ」
この事は追って相談しよう、と快諾された。
よ、よし…!貴族のコネが貰えそうだぞ。できればレダート家でなく、外国との行き来が頻繁にある会社を紹介してもらおう。この国にいる予定はないからな。
目指せ、安定した収入確保。
イアニスは徐に立ち上がると、背筋をぴっしり伸ばして胸を手に当てた。なんか貴族っぽいポーズだ。この世界にも一応お辞儀ってあるのだな。
「シマヤさん。こちらの都合で振り回した挙げ句、この様な不躾なお願いをされてさぞ迷惑でしょう。謝罪させてください。それから、お礼を……僕の我儘を引き受けてくれて、どうもありがとう」
かしこまって礼を言うイアニスは、貴族の圧を感じさせない穏やかさで笑った。
俺にはその方が親しみやすい。きっとそれが分かった上での態度なのだろう。この2日の間で俺の人となりは見抜きましたよ、と言われてる気がした。
「きっと損はさせません。大船に乗ったつもりで……って、僕らの方がクルマに乗せてもらうんだけどね」
「あー…。ハハ」
何やら上手いこと言った感じのイアニスへ乾いた笑みを返し、俺は残りのパンを平らげた。イアニスもどこか清々しい顔つきで、席に戻って残りの夕食を口に運ぶ。
うーん、食った後は眠くなっちまいそうだ。しかし眠ることは許されないのだった。翻訳を片付けなくては。
「あとは、リヒーか。見たことない程しおれていたなあいつ。立ち直るといいけど…」
「そういや、ヴァレリアさんたちに『リルファ』って呼ばれてたのは何だったんだ。アレもあだ名か?リヒーってのみたいな」
「…うむ。あだ名じゃなくて、むしろ…」
むしろ?と続きを待つも、イアニスは「いや、やはり違うか」と気まずげに言い淀んだ。なんでやねん。
「そうだ、僕からもこれあげる。翻訳に使ってくれ」
イアニスは切り替えるようにそう言うと、アイテムボックスから紙の束を取り出す。机の隅に追いやられた便箋用紙へパサッと積み重ねた。いい笑顔だ。
「足りなかったら大変だからね」
有り難かないが、俺はそれを有り難く受け取っといた。




