38.出発できない男
自分の好き勝手に生きるのって、案外難しいものなんだなぁ。
そんな哲学的な気分に浸りつつ、着物と帯を適当にたたみ終えた俺は上着を着用。そして、ずっと持ちっぱなしになっていた咲良さんの手記を取り出し、着物のそばに置いた。危うく持って行っちまう所だったよ…。
「それにしても我が孫ながら、何という豪運の持ち主だろうねぇ。魔導のオーブをたまたま手に入れ、神々の眷属たる精霊とあいまみえたと思ったら、その次には異世界人とでくわすとは」
ヴァレリアさんはそう言って半ば呆れたように笑った。改めて聞くと、とんでもないな。
あれ、でもあのお騒がせ水晶はイアニスのじゃなかったか?おかしいな。
「それこそが精霊の導きだったのやもしれぬが、にしても偶然とは思えぬほどだの。これはもう、サンカヨウを再興せよという事なのだろう。ウンウン」
「……温泉など…ハァ……」
「これ。何じゃそのため息は」
「い、いいえ。その、あの廃墟を復興するのは並大抵の事ではありません。それに、宿の商いなど私にはどうすれば…」
「ふむ。その辺はあの小僧の手を借りねばならんだろうね。友人相手なら、問題なかろう?」
「あんな奴、友などではありません!便利な小間使いです」
「ウフフ。そうであったか」
ヴァレリアさんは微笑ましそうにリヒャルトへ頷き、その目を不意にこちらへ向けた。黄緑色の高貴な輝きを纏った瞳と目が合い、途端に緊張してしまう。
「さっきから黙って立っておるが、どうだ?お前もあそこが復興されれば喜ばしいであろう」
「は、はいっ。そうですね」
「聞けばサンカヨウの創設者は、お前と同郷の異世界人だという話だったな。であればあの地は、この世界に2つとない故郷所縁の場所というわけだ。これも我が孫に出会えたからこその幸運だ。感謝するが良い」
「あーっと……ソウデスネ」
流石の傲慢さだが、リヒャルトとは比較にならない程の貫禄のせいか反感がわかない。むしろ彼女が言うなら本当にありがたい事のような気すらしてくるから、相当だ。
「あ、そうだ。これ借りてたんですけど、ここに置いておきますね。その山荷葉の支配人の日記です」
ちゃんと返したからね、と念押しのために声をかけると、ヴァレリアさんはなんでもないような顔をして言った。
「おお、それな。お前はそれを明日までに翻訳して、別紙に書き写しておくのだよ。わかったか?」
「ん?え?」
突然の申し出に思わず聞き返すと、ヴァレリアさんはリヒャルトへ向けていたのとは明らかに違う笑みを浮かべて繰り返した。美女の圧、半端ない。
「お前は旅の途中であろう?明日に出発するのなら、明日までに頼んだぞ。きちんと書き写すように」
「あ、いや…貰うもの受け取ったら、今日にでも出発しようかと…」
「おお、それはせっかちな。色々と異世界の話も聞きたかったが、残念だ。では、今すぐ取り掛かるが良いぞ。リヒャルトや、道具を持っているか?」
「ペンと紙ならございます。……ほらよ」
リヒャルトはアイテムボックスからインクとペンと便箋数枚を取り出すと、ポカンとする俺に強引に押し付けた。
ちょっと待ってちょっと待って…!翻訳って、いつそんな話が出た?しかも当然のように、それが終わるまで帰さないみたいな流れになってない!?
「この手記は、我々にとって重要な情報源。これからサンカヨウを興すのに、なくてはならぬものだ。くれぐれもよろしくの」
「で、でも、あの…」
「でも、だと?貴様ごときに断る権利はない、黙って従え!この方を誰だと思っている!」
うわぁ、こいつは相変わらずムカつくな。そのでかい声が良くないよ…ヴァレリアさんの足元にも及ばぬ。
あのさ、いい加減もう無理だよ。いつまであんたらに引っ張り回されなきゃいけないんだ?俺にだって都合があるんだよ!
………なんていうセリフは、喉元に留まって外から出られなかった。お祖母様とガムドラドさんが怖すぎる。
くそ、でもこれだけは言わせてもらうぞ。
「わかりました。でも、これが終わったら今度こそ俺は出発します。温泉興し頑張ってください」
「良い返事だの」
「フン」
「故人とはいえ人様の日記だから、温泉に関わりのありそうな所だけにしますね」
「仕方ないか…時間もないのなら、それでよかろう」
全く、めんどくさいな…。当てつけになるかは分からんが、例の温泉名付け夫婦の箇所は絶対に入れてやる。
「キィ~?」
どこ行くの?と聞きながら、おはぎはピューッとこちらへ飛んでくる。ペンと紙を持つ俺の腕に着地して、危うくインク瓶を落としかけた。
「あぶねっ!……そういや、こいつって宿に一緒に泊めていいのか?」
「キィ(いいよ)」
「お前に聞いてないって…」
「従魔は従魔同伴可能の宿でなければ連れてはゆけぬぞ。店側の迷惑になろう」
やっぱりそうだよな。普通に考えて、宿屋や飯屋にコウモリが入り込むのは厳禁だろう。
ヴァレリアさんは「この街にそんな宿があるとは思えんが、あの小僧はどうするつもりだろうねぇ」と静かに笑っている。なんとかする以外の選択肢はない、とその顔が告げていた。完全に会社の上司の顔だ。
「断られても最悪、その毛玉だけガムドラドと共にいさせれば良い。どうだ?」
「キィー!(やったぁ!)」
「お、おい!何いってんだ!お前なんて一口で食われちまうぞ!」
何故かノリ気の毛玉に思わずツッコミを入れると、ガムドラドさんは金色の目を爛々と光らせて牙を剥き出した。どうやら、笑っているようだ。
「心配しなくても、そんなことはしませんよ」
「そーそー。つーか食えるミが少な過ぎてオヤツにもなりゃしねぇよ。なぁ?」
「キィ!」
じゃあ安心!とおはぎは呑気なことを言っている。いや、安心すな。そんな理由で懐く奴がどこにいる。
それから数分もたった頃、イアニスが戻ってきた。早かったな。
「宿がご用意できました。どうぞ、ご案内します」
「おい。こいつらも追加だぞ」
「シマヤさんも?…あれ、それは?」
イアニスは俺が抱えてるペンや紙を見つけて、不思議そうに聞いてくる。
訳を説明すれば、一瞬だけ憐れむような間を開けてから「…じゃあ、もう一部屋空いてるか聞くね」と告げた。
部屋から出て廊下を戻ると、ギルドの中は人が半分くらい減っていた。冒険者たちは解散したのだろう。
ふと一角にいる冒険者たちと目が合う。見覚えのあるムキムキ5人組が、まるで幽霊でも見るような顔でこちらを凝視していた。あれ?確かこの人たちは、魔除けの魔法陣で休憩した時にいた冒険者さんじゃないか!あれから魔物退治を終えて、この街に来ていたんだ。
ほぼ何の接点も無かったけど、彼らも俺のことを覚えていたらしい。会釈して通り過ぎる。
その先でギルドカードを発行してくれた兄ちゃん職員が、やはり物問いた気にこちらを見ていた。彼にも愛想笑いを返して、ギルドを後にする。
今日はもう従魔登録どころじゃないよな。部屋が取れたら、一泊するしかなさそうだ。
イアニスに連れて行かれたのは、来た道を戻った所にある宿屋だった。広場に面しており、俺が泊まった「花売りコカトリス亭」と同じくらいの規模だ。
看板には「泳ぐ虹色瓜亭」とある。うーん、やはり謎だ。
黒髪でがっしりとした恰幅の男が、店の入り口に立ち待っている。彼が店主のようだ。のっしのっしと一行に着いてくるオルトロスに顔を引き攣らせながらも、冷静な対応をする。
「らっしゃい。お連れの従魔さんは通り向こうの厩に繋いでもらうぞ。うちの厩じゃねぇんで、ちと離れるがな」
「こんばんわ、店主。心遣い感謝するぞ、世話になる」
「お、おう…」
ヴァレリアさんの美貌と迫力に店主は少しタジったようが、大きく頷いている。
「リヒャルトや、お腹減っていないか?」「問題ありません。お祖母様は…」とスタスタ入っていく二人を尻目に、俺は厩へ向かうイアニスについて行く。上着の裾にぶら下がるおはぎへ声をかけた。
「本当に大丈夫か?あいつと一緒で…」
「キィ」
おはぎは相変わらず呑気に構えてる。「怒らせるなよ、大人しくしてろよ」と念を押せば、ハイハイ、とおざなりな返事をした。頼むよほんと。
「さ、こちらへどうぞ」
「トホホ。しゃーないけど、馬扱いかよぉ。田舎町はつらいぜ」
「主と離れるのが少々気になりますが、こちらでゆっくり休みましょう」
「キィー」
厩には他に馬は見当たらなかった。囲いの一つにおさまって藁の上に寝そべるガムドラドさんのもとへ、おはぎがパタパタと飛んでいく。心配だ。
「あ、あのー、うちのおはぎが迷惑をかけたらすみません。一晩一緒にいてやってください」
「なんだぁ?兄ちゃんは心配性だな、さっきからよぅ」
「ではお前もここで一緒に寝ますか?我々は構いませんよ、ねぇ?」
「キィ!(別にいいよ!)」
「…おやすみなさい」
俺は両手を振って大いに遠慮した後、踵を返して宿へ向かった。イアニスが可笑しそうに笑ってついてくる。
その後無事に俺の部屋がとれて、同じ宿に一泊できる事となった。
あてがって貰えた部屋は、やはり花売りコカトリスと同じくらいの広さだ。はじめは不満しか抱かなかった俺も、快適そうなベットを目の当たりにした途端「まぁいいか」と思えてしまうのだった。奢りだしね。
仕方ないので、翻訳始めよう。
デスクの上に紙と手帳を広げて、俺は日本語の文字をこちらの言葉で書き写していった。
ちょくちょく休憩を挟みながら作業していると、ふいにドアがノックされる。ん?誰だ。
「はい」
「イアニスだ。食事を持ってきたよ」
「えっ!」
朝にサンドイッチを食べたきりの俺は歓喜した。ドアを開けると、湯気の立つお盆を両手にイアニスが立っている。
盆の上には、とろりと美味しそうなスープとパンに葉野菜。俺が顔を輝かせるのを見て彼は笑った。久々だな、その菩薩の笑み。
「イアニスもまだ食ってないだろ」
「まぁね。僕は後でいいよ…それよりも、貴方に話があってね」
「はなし…」
ホカホカの夕飯に浮き足だった気持ちが、キュッと萎んでしまった。
なんじゃそら……嫌な予感しかしないんだが。
「長くなりそう?」
「手短に済ますつもりだよ。僕も休みたいから」
「ふーん…」
何でも、明日は早くから実家に帰るそうだ。いい加減心配してるかもしれないからと。そりゃそうだよな。
せっかくのうまそうなメシだ。温かいうちにゆっくり味わいたくて、俺はお疲れ気味の糸目くんに声をかけた。
「イアニスもここで飯食う?」
「良いのかい?」
「その方が早く済むでしょ」
「おっしゃ。取ってくるよ」
貴族らしからぬ言葉遣いと表情でニッとすると、イアニスは下に向かった。程なくして、同じ盆を持ち戻ってくる。
くたくただが、それは相手も同じだ。今度こそ俺は流されんぞ、この糸目男子め。
そう気合いを入れつつ、イアニスと共に宿の夕食に舌鼓をうつ。うめー。カブとベーコンのスープだ。美味すぎる!
「美味しそうに食べるなぁ」
「そりゃ腹減ってますから」
食べながら、ギルドや街の様子を軽く話す。
街人はまだ大勢がオルトロスに怯えているが、ギルド職員と冒険者たちはとりあえずの警戒を解いたそうだ。見た目はあんなにおっかないのに、やはり従魔というだけである程度信頼されるのだな。
ギルドではガムドラドさんが睨みを聞かせたおかげで、レダーリア山にダンジョンもどきが発生したことや、俺が異世界から来たことなどはバレずに済んだらしい。
どうやらあの部屋に、音を拾うスクロール…いわゆる盗聴器が仕掛けてあったようだ。おっかないが、街の人からしたら、それほど警戒すべき事だったのだろうなとも思う。突然凶悪な魔物を従えた魔族が、街の者を除け者にして密談しはじめたのだ。そりゃほっとけないよ。
「では、シマヤさん。街の様子はこれくらいにして、本題に入ろうか」
炒り卵をスプーンで寄せながら、やがてイアニスがそう切り出す。
きやがったな。俺もやや塩からい炒り卵を頬張りながら、彼の言葉を待った。




