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37.お騒がせ魔族、しおしおする

「おや、きれいな生地だこと。…なるほど、中途半端にダンジョンの核とつながっておるわ。フンッ!」


優雅な手つきで蓋を開けてそう言うと、ヴァレリアさんは中身に手を添えて似合わない声を上げた。

途端に箱から「ブチッ」と何かが千切れるような大きな音が鳴る。驚いて見つめる三人の前で、彼女はあっさり着物を持ち上げて眺めるのだった。触れている!


「品のある色だが、お前の髪や目には合わないねぇ…。仕方ない、よい上着を揃えよう」

「お、お祖母様!今のはどうやって…」

「ん?こういうのは、躊躇ってはいかん。ガっと一気にやればキレイに取れるでな」

「いや、コツを聞いてるのではなく…」


よく分からないが、ヴァレリアさんはダンジョンに取り込まれたアイテムの直し方を知っていたらしい。すげぇ。そんなテレビをぶっ叩いて直すみたいな感じなんだな…。


彼女はローテーブルに箱の中身を取り出しては並べていった。

最初に手に取ったのは着物の上半分のようだ。更に出てきたのは、同じ生地の下半分。中に羽織るっぽい薄い生地の着物。帯らしき長い布が二種類。同じ長さの紐が一つ。

この着物って、上下に分かれてるんだ。知らなかった。


「随分ゆったりとした装束だ。上着に巻きスカートに、これはベルトかの?」

「ファスナーもボタンも無いのか…」

「そこの異世界人や。試しにちょっと着てみとくれ」

「ん?え?」


さらっと告げられた無茶ぶりに付いてきそびれた俺は、慌ててヴァレリアさんを見返した。

いやちょっと待って、知らないってば…。


「む、無理ですよ、着たことないです」

「そうは言っても、僕らよりは知っているだろう?何となくこんな感じ、というのを見せてほしい」

「ええぇ?」


イアニスとヴァレリアさんが何を求めているのかはよく分かる。山荷葉の源泉へ辿り着くには、これを正しく着る必要があるのだ。

でも…何が悲しくて、知らん人の面前で女性ものの着物を身に付けねばならんのだ!?


「別に服を脱げと言ってるのではない。お前の故郷の装束であろう?流石のわたくしも、手本がなければ見当もつかぬわ」

「頼みますよ、シマヤさん」

「……お祖母様を待たせんじゃねーよ」


悲しいかな、避けられそうにない流れだった。

こうして、魔族三人を前にした悪戦苦闘が始まった。



ーーー



数十分後。


「結び紐のおかげで大体の手順は分かるんだね。成程」

「丈の内側がダレてきおるわ。みっともないのう。巻き方が緩いか…?フンッ」

「ぐえぇっ」


俺は結局上着を脱がされて、くるくるとされるがままのマネキンとなっていた。

ちょっと路銀を頂いてお暇するはずが、どうしてこんな事になってんだ?女性物の着物を脱いだり着たりしてる現状(しかもキラキラ美女とその他の前で)を深く考えないために、俺は着物へ意識を集中させるのだった。


着物が上と下に別れているのを見た時はお手上げかと思ったのだが、意外にも簡単にそれっぽく着ることができた。内側や脇腹にある結び紐のおかげで、すんなり襟を合わせられる。襟は左前みたいだ。


そうなるとヴァレリアさんはまるで研究員の如く二部式の考察をし始め、「合わせ目に寄せて、中心はここ」だの「最初にこれを着たら、次はこれ、最後がこっち」だのと手順を色々と解明していった。それが合っているのかは分からないが、いつの間にか着付けのスタッフさんのようになっている。


でもさ、孫でやってくれよ。言えないけど…。

当のリヒャルトは沈んだ顔のまま、しおしおとソファに寝そべってガムドラドさんの背中を撫でている。そこにはおはぎもちゃっかり乗っていて、退屈そうにこちらを眺めていた。

いつそんな仲良くなったの!?すごい怯えてなかった?


「このベルトは難儀だねぇ。決まった組み合わせがあるのだろうが…」


薄くてヒラヒラした藍色の帯と、見事な刺繍が入った山吹色の帯。2つの帯をどう結ぶのかで、リヒャルト以外の全員が頭を悩ませた。


「これは本当に、スカーフではないのかえ?」

「スカーフじゃないです。た、たぶんこれを内側に巻いて、その上にこっちの太い帯を巻くんだと思います」


うーん……俺は日本での記憶を呼び起こすも、うろ覚えすぎて全く役に立たなかった。

着物を目にする機会なんて、初詣の見知らぬ通行人くらいだ。それなのに、帯の結び方なんて分かるはずもない。


「リボン結びじゃダメかな」

「どうやるのだ?」

「こーしてこーして…リボンの形になるように」


俺は慣れない手つきで大きめの蝶々結びをした。結びが甘いのか、ダラッと斜めを向いて不恰好だ。

ヴァレリアさんはひと目見ただけで、ササッと最初から結び直す。形のいいリボンが手際よく生み出された。お見事です。


「そんで、結び目は腹側じゃなくて、背中側に来ます」

「ふぅむ。では、後ろからこう垂らすのだな?」

「えーっと……いや、こんな風にヒラヒラ垂れ下がらないですね。余った部分はこうやって仕舞い込むんだと思います」

「ほうほう。成程の」


そう相槌をうちつつ、彼女は紐を帯に当てたり着物のシワを伸ばしたりしている。難しい顔で考え込む表情も綺麗だ。というか、美女と距離が近い。

女物の着物姿でああでもないこうでもないとしているこんな状況だけど、いやぁ、良いもんですなぁ。ドキドキしますな。


そうこうしている内に、ギルドの外は日が落ち始めていた。いつまでここにいて良いのか知らないが、あまり遅くまでいたら迷惑に違いない。


「そろそろいい時間だの。今日はもう、宿を取ることにしよう」

「いえ、しかし…このような見窄らしい街にお祖母様を泊まらせるなど…!」

「ふむ、そうは言うても…飛竜は返してしまったし、今からここを出るわけにもいくまい?」

「さぞお疲れでしょう。宿の手配をしてきます。しばらくお待ち頂いても?」

「ああ、感謝する」

「では」

「ぐぐ…ケチな場所にしたら承知せんぞ…!」

「分かってるよ」


ヴァレリアさんはリヒャルトと共にドルトナで一泊するようだ。イアニスが宿を押さえに部屋を出ていく。ついでにギルドの様子を確認するのだろう。


「ウフフ、リヒャルトとお泊まりか!何年振りかのう」

「はい…」

「ふぅむ……まだ納得いかぬ、という顔だな」

「な、納得など……!」


リヒャルトは拳を震わせる。しかし祖母のにこやかな顔を見るや、途端に言いあぐねるかのように口をつぐんでしまった。

俺はせっせと着物を脱いでたたみながら、空気になるよう徹した。すぐにでも旅立てるようにしましょうね。


「納得などできません……お祖母様はこのままで良いのですか?このまま…魔王が現れず、人間どもがのうのうと蔓延るような世の中になっていくのを、許せるのですか?」

「リヒャルト…」

「私は嫌です。このまま魔族が楽な方へ豊かな方へと、人間の真似事をしだすのが。どうしてこのままではいけないのです?魔族には魔族の生き方があるのに!」


燃えるようなルビーの眼で、リヒャルトは祖母をひたと見据える。悔しそうに揺れるその眼差しを受けても、ヴァレリアさんは相変わらず微笑んだままだ。


「そうか。フフ、すっかり変わったのは外身だけで、お前は昔のままだのぅ」

「……」

「確かにその昔、我がグウィストン家は魔王に近しかった。先代だけでなく先々代の王にもお任えし、その支えとなるのを誇りとした。自分もそうありたい、とお前は常々申しておったな」

「はい…!」

「…しかしリヒャルトよ。魔王とは元を辿れば、一人の魔族だ。違うか?」

「…?はい、そうです」

「魔王は神ではない。迷い悩む心を持った一個人でもある。お前が魔族の頂点として尊ばんとするその者が、もしお前の理想と反する思考を持っていたら?お前はそれでも、生涯をその王に尽くすことができるか?」

「それは、どういう…?」


何やら意味深な言葉を並べるヴァレリアさんへ、リヒャルトは当惑したようにそう尋ねる。


「お前が見つけた例の温泉宿には、それぞれの湯船に名がついていなかったか?」

「温泉…?あ、はい、そうです。大仰にも、かつての魔境の名前を冠しておりました」

「そうであろう。名付けたのは人間ではない。お忍びで訪れた先代魔王なのだ」

「…………はい?」

「あの宿が始まったばかりの頃に、伴侶のあばずr…人間の娘と共にここを利用し、依頼何度か足を運んでいたそうだ」


え、そうなの?

俺は驚きつつも、そういえばと手帳の内容を思い出す。確かに、冒険者の若い夫婦がやって来て、その旦那さんが温泉の名前をつけていったという記述があったけど。


「先代魔王…?いや、そんなまさか!ギルバラーク城での決戦で、先代は勇者と相打ちに倒れられたはず…!」

「世間一般ではそう広められたが、それは表向きに過ぎぬ。実際は両者ともすっかり恋仲となっており、歴史の影に隠れて暮らしておったのだ」

「こい、なか…!?」

「そう。挙げ句の果てには、夫婦だ。全く度し難いことよ」


それは何というか、凄いな…勇者と魔王で結婚したんだ。もし本当なら、ドラマみたいだ。

およそ500年前のとある国で、魔王軍とその討伐軍との激しい戦闘が繰り広げられた。当時の魔王と勇者一行は城内でかち合ったので、それはギルバラーク城の決戦と呼ばれているそうだ。

決戦の末魔王は勇者に倒され、その時の傷が元で勇者もすぐに亡くなった。それが広く伝わっている史実だというが…


「御方は、かの場所を大変気に入られたようだ。俗世嫌いのあの方が珍しく通っていらした場所だと聞いて、わたくしも興味を持ったのだよ」

「それは…それは、本当なのですか?お祖母様、ご冗談でしょう?」

「嘘のようであろう。ウフフ、嘘ならどんなに良かったかの…」

「そんな…!魔族の長たる者が、人間ごときに…」

「そう。それも憎むべき勇者に、だ。どうだ、リヒャルト。それでも御方は我らの尊ぶべき『魔王』なのだ。その魔王がやれと言うならば従うのみ」

「………」

「本当にお前は、そんな生き方を許せるか?」


困惑を浮かべた顔で、リヒャルトは押し黙る。そんなまさかと思っているのがありありと伝わってきた。

人間嫌いのこいつに、その人間と魔族のトップが結ばれていたなんて事実が認められるんだろうか。そもそもそれが本当なのかどうかもわからないけど。


「この世をすべる力を持つ魔王でさえ、所詮はその程度の者…某という魔族でしかないのだ。強き者が全てとはいえ、魔族たるもの他者の思惑一つで己の生き方を決めるべきでない。そうは思わぬか?」

「お、お祖母様!そのような…っ!」

「分かっておる。魔王は尊い。それが忘れ去られつつある今この世の中で、お前のように一心に行動できることも同じく。…けどね、わたくしの可愛いリルファ。だからこそ魔王という言葉を妄信するでない。ありもしない空虚なそれを(よすが)に、お前の生き方を決めてはいけないよ」


ヴァレリアさんは口元に笑みを浮かべたまま、だけど真剣な眼差しで、再びしおしおと落ち込みだした孫にそう言った。


何となく、彼女の言いたい事がわかるような気がする。

その魔王というのがいたのも昔の話で、今はそれすらいないんだもんな。…もしリヒャルトが人生の大半をつぎ込んで魔境を生み出し、魔王が現れて、その魔王が「ぼくは人間と仲良く結婚します!」といったら、こいつはどうするんだろう。

そんな生涯は、あまりにも哀れなように思えた。



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