34.駄々こね上手のおはぎ
「それで、シマヤさん。このニブシキというのは、ニホンの服なんですよね。どうやって着るんです?」
イアニスがワクワクした顔つきで聞いてくる。そんな手前気まずいが、知らないものは知らないので正直に答えた。
「悪いけど、これきっと女性物の着物だから…俺にもよく分からないんだ」
途端に無言になる二人に、慌てて付け加える。おのれ、なんで俺が気を使わないといかんのだ…。
「あのな、着物って晴れ着なんだよ。殆どの人は普段着になんかしてないんだ。こっちだって、貴族の女性はドレス着るだろ?お前らそんなのの詳しい着方なんて知らないだろ」
「チッ、そういう事かよ」
「本当に全然知らないのかい?」
「襟をこう…前で閉じるみたいにするんだけど、左前か右前かで意味が違うのは知ってる。どっちかだと、死装束になっちまう」
「え、どっち?!」
「何だそれは…」
「帯も結び方があるんじゃないかな?とにかく、俺はよく知らない。ましてや女物の着物なんて」
「フン、役立たずめ」
「言うと思ったよ…」
「ま、まぁ、そういう事なら仕方がない。ともかく、元の状態に戻さないとね。今は触れもしないんだから」
そう言いつつも、イアニスもどことなく落胆している様子だ。
そりゃそうか。和服の着方なんて、他に知っている人もいなければ調べても見つからないだろうからな。すいませんね、うっすらした知識しかなくて…。
ひとまずここを出ようか、と俺たちは移動をはじめた。とうとう帰るのだ。
貸切風呂を抜けて、廊下に出る。こんなに荒れ果てた廃墟だというのに、チェックアウトを迎える朝の気分になるのは不思議だ。…きっとこの手帳を読んだせいだな。
スミレ色の絨毯を踏み締め、たまに砂利や草も踏みながら、最初にやってきた大浴場へ。そのまま露天風呂へと出て、庭の植物がボーボーの道を戻っていく。
とんでもない足止めだったけど…来た甲斐はあったな。この世界では割と日本から人が転移してくるらしい、てのを知れただけでも。
同郷の女性が手記に残したのは、この世界で家族をつくり人生を送ったという証だ。日本を懐かしみはすれど決して後ろ向きにはならず、この世界の人と手を取り合って穏やかに強かに暮らしていった彼女に、俺は勝手に背を押された気分になった。
俺もさっさと切り替えて、目的地のキーストリア王国へ向かおう。
「君は結局ここには住まないのかい?」
「キィ、キーィ」
「そうか。人里は食べ物多いからね」
「気楽なやつだ」
「キキッ?」
厄介魔族二人とおはぎコウモリが、何やら話している。
二人には一応世話になったし、帰りに乗っけていく位はしてやるか。その後は、ついにこいつらともオサラバだ。
旅館の門まで来た所で、車を出す。とりあえずドルトナまでで良いかと尋ねれば、二人は了承した。
「もと来た道を通るみたいだね。もう一度目印をつけて行きたいのだけど、いいかなシマヤさん」
「ハイハイ、どうぞ」
ナビで「ドルトナ市街」を目的地にして現れたルートを眺めて、測量士イアニスがそう言った。
俺はまぁいいかと返事をしたが、リヒャルトが横からくってかかる。
「またチマチマとクルマを止めていく気か?無駄な事をするな!」
「いやぁ、無駄じゃないさ。言ったろ?この山に道を引く絶好の機会だと。君だってこれからも此処へ通うなら、安全で楽ちんな道のりの方がいいだろ」
「言っとくが、私が通うのはダンジョンにだからな。くだらん温泉などのためでは…!」
「分かってるよ。その装束は、君のものだ。さっきはつい色々と言ったけど、君に委ねるよ」
イアニスはそうきっぱりと言い切ったので、俺は意外に思った。
いいのか?てっきりリヒャルトを説得し続けるのかと思いきや、あっさり諦めたな。当のリヒャルトも「何…?」と目を見張っている。
「ここを見つけたのはリヒャルトだ。領主の倅といえど、僕がどうこう言える道理はない気がしてね。ただし、人を放り込むのはやめろ。それを約束してくれるなら、ギルドへの報告も今は見合わせよう」
イアニスはそう告げて、「…さっきは悪かったね。魔王を求める気持ちもまた君の本心だろうに、勝手をいって」とリヒャルトへ謝った。
どうやら言い過ぎだったと反省しているようだ。でもそういう態度、この男にはあまり意味ないのでは…。
「……忘れた。他人にどう言われようと、今更私は何とも思わん」
「えぇ?…少しは何とか思ってほしいものだけど」
「フン!無駄だ」
ほらこれだ。リヒャルトの方は反省もなけりゃ態度もでかい。イアニスは軽くため息を吐いている。
「はぁ。…ま、僕も前から君に物申したかった事が言えたからスッキリしたよ。それで、約束してくれるかい?」
「私に舐めた態度をとるようなアホがいたら、その限りではない!約束などせんぞ」
「約束せーや。出来ないならギルドにチクる。これは絶対だからな。気に入らない奴は死なない程度にぶちのめせ、それでいいだろ。未報告のダンジョンもどきへコソコソ持ってくなんてするんじゃない!」
「チッ………分かった分かった」
リヒャルトは舌打ちをかます。一歩引いたのはイアニスなのに、なんでお前がやれやれみたいな感じ出すんだよ。
…本当に不思議な二人組だ。仲がいいのか悪いのか、まるでわからない。イアニスはどこまでも滅茶苦茶なリヒャルトの下手に出ているが、その割にいう事を聞いているのはいつもリヒャルトの方な気がする。
俺はふと思い立って、来た時と同じ座席へおさまった二人を振り返る。
「あんたら、また酔いそうになったら事前に言ってくれよ」
途端に二人はハッとした顔で硬直する。
「忘れてたな…」
「ハァ…嫌な乗り物だ…」
盛大な乗り物酔いを思い出した二人は、どんよりと消沈してしまった。
何だよ…嫌なら乗るな。
ーーー
ドルトナの街壁が見えてくる頃には、日が傾きかけていた。
リヒャルトはアイテムボックスから装束の入った箱を取り出しあれこれしてみたが、やはりスカスカで触れる事はできなかった。数日様子を見つつ、対処法が無いかを調べるという。
「リヒャルト的にはそいつをダンジョンに吸収させたいんだろ。持ってきて良かったのか?」
「こんなものより魔物を放り込んでる方がマシだ。これはこれで他に使い道がある」
「そうなのか?どんな」
「金に目が眩んだ愚か者どもを釣るのに最適だ。ここにいるアホとか」
「あははは。貴重な源泉の手がかりだとか言って、また僕をこき使うのに振りかざすんだろうさ」
「他人事みたいに……ていうか、駆け引きばっかりだなあんたら、友だちじゃないのかよ…?」
「まぁね、そうだよ」
「誰がこんなアホと!」
180度違う返答をする二人の声に被せるように、ナビが「およそ800メートル先、目的地付近です」と喋り出す。久しぶりに発せられた音声に、ぶら下がって眠っていたおはぎコウモリが「ウヴッ」と呻いて目を覚ました。
「ああ、この分じゃ街に入れそうだ。…乗り物酔いには参ったけど、本当に便利なスキルだね」
色づいた夕日で影を落とすドルトナの街壁を見て、イアニスが嬉しそうに言った。
「ここでステルス解いたら目立つから、あの辺の林で降ろすぞ」
「このまま街に入っちまえば良いだろうが」
「嫌だよ…」
「それはダメ」
相変わらずお構いなしな発言をするリヒャルトへ、俺とイアニスが拒否の姿勢をとる。そりゃ、キラーバットになって入り込めるだろうけどさ、領主一族の真ん前でそんなズルできんだろ…。
「俺はもう街に用はないから、お前ら降ろしたら行くよ」
「貴方には本当にご迷惑をおかけしました、シマヤさん。行きずりで巻き込んでしまって申し訳ない」
「全くだよ、ホント……、でもまぁ色々教えてもらったし、荷物もちゃんと返してもらったしな」
「リヒャルト、君も何とか言いなよ」
「フン。貴様も途中からは自分で着いてきたようなものだろう。それに、つけ込まれる方が悪い」
「降りろ、クソ魔族」
「あ?やるか?クソ雑魚野郎」
「促した僕が馬鹿だったよ…」
林に向けてハンドルを切る俺に、イアニスは「それはそうと」と声をかけてくる。
「これからどちらへ?この時間だと、街に入れるのは明日の朝になってしまうよ」
「ああー、やっぱりそうか…国境に向かうんだけど、魔物避けの場所とか知らない?」
「国境……今からリモダか。もちろんお教えできるけど、よければドルトナで一泊していきません?お詫びも兼ねて宿をこちらで用意するよ」
「ええっ?うーん…」
しばし迷う。野宿は免れないと思っていたのでその申し出はありがたい筈なのだが…いや、でもなぁ。リヒャルトは勿論、イアニスも大概厄介な奴だ。もう関わらない方が良い気がする。
「あれっ、どうして迷うんです?…ひょっとして、お詫びが足りないかな?」
「い、いやいや、そうじゃなくて。先を急ごうかと思ってさ」
「なら、宿ではなく路銀をお渡ししよう。異世界からやって来たばかりで、懐が心許ないでしょう」
「路銀…」
ぐぬぬ、警戒心が金欲に押されていく。
正直懐はぬくぬくだが、路銀なんてなんぼあっても良いですからね。迷惑も被った事だし、これくらい受け取ってもいいよな。
「フン……どいつもこいつも金、金、金だな」
リヒャルトの小言が飛んでくる。うっせ、無視だ無視。
林で車を降りた後、一悶着が起きた。おはぎコウモリが降車拒否したのだ。
なんでも、赴いたダンジョンもどきは食べ物が乏しく、住むのは諦めたらしい。その代わり車の中が温かく快適ですっかり気に入ってしまったって…。
この毛まみれおはぎめ。
「ギィーッ!ギィーッ!」
「ギィーはこっちのセリフだ、降りろ!お前の家じゃないから!」
「ギィ!」
「もうジブンの家だ、と言ってるぞ」
「冗談じゃねーよ…!」
助手席にちょこんとおさまって不服そうに見上げてくるそいつを捕まえようとしたが、狭い車内をビュンビュンと逃げ回る。座席の下へ潜り込んだり、ピコのぬいぐるみにしがみついたりとにっちもさっちもいかなかった。
「クッソ!どうすりゃいいんだコイツ…」
「住ませてあげれば?」
「何でだよ、嫌だよ!」
「なら殺して追い出せばいいだろう」
「極端かよ!」
俺は魔境でキラーバットを刺しまくった時の事を一瞬思い出し、顔を顰めた。幾らなんでもそんな真似できるか!
「ギィ~ッ!」
「こんな所に住み着いたって、エサなんてどこにも無いぞ。大人しく元の小屋に帰れ」
「シャーッ!」
「本当に珍しい子だ。自分から人間と一緒にいようとするなんて…」
「というより、このクルマが気に入ったのだろう」
「シマヤさん、この子と従魔契約を結んでみたら?今より意思疎通ができるようになるし、言う事を聞いてもらえるよ」
「へ、何それ?」
なんでも、魔物は従魔契約を結べば使役する事ができ、それを「テイム」と呼ぶんだとか。具体的には魔物に名前を与え、それを魔物が受け入れれば契約が成立する。
テイムは基本的に魔族と魔物の間でなされるが、おはぎコウモリほどの人懐っこさなら俺でもいけるかもしれないと…本当か?
「車の中でウンコしないでって、聞き分けてくれるのか?野生のコウモリが?そんなバカな」
「契約成立すれば、できるんじゃないかな。この子は魔物にしてはとてもお利口さんだよ。あと、ウンコしないでは流石に無理だから、トイレを作ってあげなよ…」
俺は躊躇いながらも、ピコのぬいぐるみにしがみつくそいつをじっと見た。尖った小さな牙を見せてシャーシャーしていたおはぎコウモリは、やがて威嚇をやめて同じように見つめ返してくる。
「………キィ!」
トコトコとピコのぬいぐるみを踏んづけて、そいつはこちらへ寄って来た。首振りハニワの隣に並ぶと、羽をパタパタと羽ばたかせ俺を見上げる。
名前……名前か。確かプラムバットという魔物だ。でも、すももって感じじゃないんだよな。
どちらかといえば、やはり
「おはぎ…」
「オハギ?」
「何だそれは」
「俺の世界のお菓子。なんか似てるから」
首を傾げる魔族二人へそう説明してると、おはぎコウモリは「キィキィッ」と不服そうな鳴き声を上げた。
ジブンは食べ物じゃないっ
その鳴き声と同時に、言葉とも意思ともつかないものが頭の中へ流れ込んでくる。俺は仰天して、マジマジとおはぎコウモリを凝視した。
「い、今の…今のなに?」
「キィー」
再びおはぎコウモリが鳴くと、よろしくね、と俺に向かって言っているのが伝わってくる。
不思議な感覚だった。言葉ではないのに、目の前のちんちくりんなコウモリが何を言っているのか分かる。
「お。無事に成立したようだね。契約によってシマヤさんとこの子の魔力が同調したんだよ。よかったね、お話できるようになって」
「キィ!」
イアニスが話しかけるとおはぎコウモリは、うん!、と返事をした。
なんと、本当に上手くいったようだ。未知の感覚に戸惑うしかない俺に、リヒャルトが半笑いで言った。
「フン。りんごだトマトだで簡単にいう事を聞くのに、わざわざ物好きな事だ。曲がりなりにも主人となるのだから、せいぜい責任もって世話をするのだな」
「え。飼い主ってこと?……車から退いてもらった後に従魔を辞めて野生に帰ってもらう、とかできないの?」
「ギッ、ギギィ!」
俺の言葉が伝わっているらしく、おはぎコウモリは怒った声でダメ!と言った。
「なんて無責任な…そんなのは褒められたものじゃないよ。それに成立も解除も、お互いの同意が無ければできない。契約なんて物々しくいっても要は利害関係・信頼関係だ。大事にしてあげるんだよ、シマヤさん」
「いや、利害も信頼も無いんだけど。……迂闊にやっちゃダメなやつだったのか?」
「当たり前だろうが」
厳しい顔で俺の意見を嗜めるイアニスに、小馬鹿にしたように笑うリヒャルトが同意する。
「キィキィー」
ジブンがオマエの面倒をみる。だから、オマエもジブンの面倒をみる。
嬉しそうにそう言っているのが伝わってきて、俺は重たいため息を吐いた。
「ていうか、名前『おはぎ』でいいのかよ」
「キィー」
いいよー、と鳴いておはぎコウモリ……おはぎはやっと車からパタパタと出てきた。手近の木の枝にぶら下がって俺と目の高さを合わせると、嬉しそうにブラブラ揺れる。
「どうしよう、コウモリの飼い方なんて知らないぞ。日光は平気そうだけど、生き血ってどこで手に入れればいいの?ずっとりんごじゃだめかな…」
「はは。そこはしっかりコミュニケーションをとった方が良いね。そうだ。ギルドへ従魔の登録もしないと」
「て事はこいつ、街に入れても大丈夫なのか。ていうか綺麗好きなんだっけ?ブラシとか買った方がいいよな。クリーンのスクロールって寄生虫とかノミとか落とせる?」
「案外乗り気ではないか、貴様…」
「キィ、キィー」
俺はおはぎの飼育についてあれこれと考えながら、二人の後をついてドルトナの門へと歩き始めた。




