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32.お騒がせ魔族、叱られる

休憩所はロビーも兼ねているようで、大きな窓から庭が眺められる。足場が一段上がっていて、靴を脱いでくつろげるのだろう。温泉によくある、お風呂上がりにダラダラする至福のスペースだ。

しかし例によって植物が侵食してきており、休憩所というより草むらと化していた。


続いてやってきた大部屋は広さも高さも体育館くらいあって、酷くカビ臭い。中へ入ると、人の足ほどもある太さのムカデがワラワラと襲いかかってきた。

俺は腹の底から絶叫した挙句、ちょっと引き気味のイアニスに宥められ、リヒャルトに嘲笑される。


「帰ろう!やっぱもう帰ろう!」

「落ち着いて、ほら。リヒーが倒したから」

「軟弱者のクソ雑魚野郎め。虫以下だな」

「ビビるなって方が無理だわあんなの!」


リヒャルトが一瞬で作り出した氷柱に頭を串刺しにされ、5匹のムカデはピクピクと痙攣している。完全に油断してた。こんなゲテモノまで出てくるなんて!


「た、頼む…車乗らせてくれ」

「あのね、シマヤさん。こういう場所で一番大切なのは、取り乱さずに冷静でいる事です。いくら安全なスキルを持っていようと、動転して判断を誤ればなんの意味もないよ」


ぐうの音も出ない説教をされてしまった。リヒャルトの罵詈雑言よりこたえる。


「だけどまぁ、検証してもらうにはちょうど良いか。広さも見晴らしもあるから、この中でクルマを試してご覧よ」


イアニスがそう言ってくれたので、俺はステルスモードで二人の後を徐行していく事にした。もっとも、廊下は狭いので車は通れない。大部屋内限定だ。

二人と1匹が見守る中、車を出してエンジンをかける。


「ステルス運転モードへ移行します。車外へ出るときは安全を確認しましょう」

「キィ?キィッ?」


特に問題なくステルスモードになれた。やはり魔境と同じく、ダンジョンでも使えるんだ。良かった良かった。

おはぎコウモリは俺が車に乗るのを見てキラーバットが出てくると期待したようで、忙しなく辺りを探し回った。しかし期待が外れたことに気づくと、がっくりしてイアニスの肩にとまる。すまんな。


「キィ~…」

「そうだね、消えちゃったよ。リヒー、魔力で追えるかい?」

「いや、全く。完全に消えている」


イアニスはおはぎコウモリを慰めつつ、リヒャルトへ訊ねる。リヒャルトは気に入らなそうに顔を顰めながら、首を振った。


「もどきとはいえダンジョンだ。流石に効力が落ちると思っていたんだけどね…」

「フン、身の丈に合わんスキルを持ちやがって」

「よし……」


二人は何やらぶつくさ言っている。一瞬、イアニスが見たこともないような顔で笑ったような気がしたが、見間違いか。よく見るといつもの穏やかな表情だ。


二人にくっついて徐行する。一方の壁は押入れになっていて、寝具が残されていた。カビ臭の源はここからなのが一目瞭然の、ひどい光景だった。ステルス越しなので被害はないが、見ているだけで肺が病みそう。


「うげー、ここはちょっと改修が要るんじゃないか?」

「いらん。燃やせばいい」

「ダメだってば」


二人は袖で鼻を覆い、すごすごと壁際から離れる。他にも屏風が置いてあり、これで客同士のプライバシーを守ったのかと推測できた。

結局ムカデはそれきり出てくる事はなく、ホッとした。車から降りると、大部屋から出て食事会場へ向かう。


「問題なく使えたようだね」

「ああ、うん。いつも通りだったよ」


検証できて良かったが、よくよく考えればダンジョンなんて自分から立ち寄ったりしない。知って損はないが、あまり意味はなかったかもな。


辿り着いた食事会場は大部屋より少し狭いくらいだった。窓があって明るく、開放感がある。ロビーや大部屋は和風寄りだったが、こちらはテーブルと椅子の西洋スタイルだ。

奥の方は、先ほどスライムと出くわした厨房に繋がっている。


「ニホンの宿では、どういう食事が出たんだい?」

「えーと、すき焼きとか、刺身とか…朝は朝食バイキングかな」

「スキヤキ…」

「サシミ…」

「肉と魚ね」

「朝食ナントカとは何だ」

「パンやご飯やおかずが山盛り置いてあって、自分で好きな物を好きな量取り分けて食べるんだよ。食べ放題形式ってやつ」

「そ、そりゃすごい…採算は取れるのかい?」

「取れるんじゃないかな…ホテルの朝食といったらバイキングだし」


まぁでも、この世界ではできっこないだろうな。そんな形式をとったら、アイテムボックスで持ち帰り放題になってしまう。

食事の話題は続き、刺身が生魚だという事に仰天してあれこれ聞いてくるイアニスに答えながら、食堂を出て廊下を進む。


一つ目の貸切風呂に到着した。小さな脱衣所の向こうに、浴室が見える。

確かマップだと「霜裂き山の湯」の方だったはず。こちらは残念なことに浴槽が木造りで、酷く腐敗が進んでしまっていた。ランプに照らされた八畳ほどの浴室には、タイルで壁一面に雪原と雪山の景色が描かれている。そのタイルもやはりボロボロだ。


「わぁ、これはひどいね」

「檜風呂みたいな感じだったんだろうな…」


腐った「霜裂き山の湯」を後にし、お隣の「花霞みの湯」へ向かう。最後のめぐり湯だ。

中はやはり八畳ほどの浴室で、石でできた円形の浴槽が床に埋まっている。魔法陣の注ぎ口はその中央にあって、まるで噴水のようだ。


貸し切り風呂二つは、どちらも大正ロマンを彷彿とさせる雰囲気だった。ここを作ったのがあの手帳の日本人なのかは不明だが…誰にせよ、相当の温泉好きだと予想できる。


「さぁ、これで全て周ったはずだぞ。気が済んだなら、とっととクルマを出せ!」

「源泉、見つけたいよな?」

「ああ。あの魔法陣の規模を見ても、全く別の場所にあるとは思えない。宿の周辺のはずだ」

「貴様ら!」


プンスカ怒るリヒャルトが、苛立った声を上げる。うーん、こりゃ無視してたら、氷漬けにされそうな剣幕だ。


「もう、分かったよ。まぁ源泉の調査は、人手をかけた方が良いか…」

「まだそんな事を言っているのか!ここは温泉宿などとくだらんものにはならん。魔境だ!何度も言わせるな!」

「しかしね、ギルドに報告すればここは十中八九、立入規制からの消滅だよ。ただの廃墟に元通りさ」

「私はこの場所の主人となるのだ。立入規制などに従う必要はない」

「ギルドに歯向かうってのか…そんな事してみろ。君はただでさえ問題ばかり起こしてるんだから、今度こそ冒険者の資格を失ってしまうよ」

「ええい、クソ食らえだ。私がこの国にきたのは、冒険者などになって人間にこき使われてやったのは!全部全部この時のためだ!」


ヒートアップしてきた。大丈夫か…?また魔法バトルしだすんじゃないだろうな。俺はいつでも車に乗り込めるよう、キーを握りしめとくことにした。


「大体、主人と言っても…装束はあの通りだ。実際君がここの主人となったところで、ギルドを抑止する効果のあるものとは限らないじゃないか」

「貴様はまたそうやって、適当な口八丁でこの場をやり込める気だろう…いい加減うんざりだ!誰がなんと言おうが、ここはダンジョン化させる!」

「適当な事を言い張っているのはどっちだか…。魔境?ここが?君が一生を無駄に費やそうと、せいぜい小さなダンジョン止まりだよ」

「黙れ黙れっ!」

「嫌だね」


ピシャリと言い放つイアニスの声にも、怒気が含まれてきている。

おはぎコウモリがスィーっとこちらへ飛んできて、慌てたように上着の裾へ入り込んでいった。人の膝裏を避難場所にするな。


「万が一何かの奇跡が起こって、ここが魔境となった所で、あと2つは?なぁ、リヒャルト。君だって本当は、自分がどんな荒唐無稽な事をしているのか分かっているんだろう?いつまで魔王だ魔境だなどと言い続けるつもりだ」

「魔族のなんたるかも忘れ人間どもにおもねったクソ野郎ごときが、私に説教をする気か!?貴様などここを金儲けの道具としか捉えていないのだろう。矮小な守銭奴が、分かったような顔をして私の道を阻むな!」

「そんなに時代錯誤の古狸でいたいなら、好きにするがいいよ。でも他人に危害を及ぼすような真似はよせ」

「くだらんな。人間を慮るなど、この私には一生かかっても理解できん芸当だ!」

「嘘をつけ!本当は何だかんだで、イェゼロフの子どもたちを気に留めているじゃないか。冒険者業だってな、片手間でイヤイヤやれる仕事じゃない。ここまで続けられているのは、君が気に入っているからだ」

「…はぁ?」


リヒャルトは訳がわからないといった顔で、イアニスをまじまじと見返している。

俺も疑問に感じた。あのリヒャルトが人間を気に留めてる??口を開けば見下した発言ばかりのこいつが…。一体どの辺を見てそんな風に思ったんだ。

しかしイアニスは至って真面目な顔で、冗談を言っている雰囲気ではなかった。


「君は自分が魔族であるからだとか、お家の言いつけだとかで思い込みが強すぎるんだよ。人間は弱くてバカで、自分たちより下等な生き物だと。その偏見があまりに強くて、自分の気持ちにすら気づけてない」

「何を勝手に決めつけているのだ!寝言をぬかしやがって。そんな訳ないだろう!」

「君自身はそんなにいうほど人を嫌っていないし、本気で魔境を創り上げようなど考えちゃいない。君のいう魔族の誇りやお祖母様の言葉の形だけ追って、一生懸命何かを成した気になっているだけ。不毛だよ…。繰り返すけど、そんなものに周囲の人の迷惑を買うなといってるんだ」

「よくも……よくもそんな事を…!私は…っ」

「いいか。みんな君と違って今を生きているし、君がどんなに足掻いたところで、今は共存の時代なんだ。確かにいつか、魔王が現れてこの世を力で捩じ伏せるような時代がくるかもしれない。でも、それは確実に今じゃない。僕らが生まれた時代の話じゃないんだよ」

「だったら、だったらどうしろと?私は他の魔族どものように、変わりたくなどない!誇り高きグウィストン家の魔族として生きるのだ!我が家がかしずくべき尊いお方を、今一度頂くのだ!魔族として生を受けた私がそれを望んで何が悪い!」

「…石頭だな、本当に。だからこその君なのかもしれないけど、少しはその凝り固まった考えを無視して、君自身に目を向けなよ」


リヒャルトはギリギリと歯を食いしばり鬼のような形相だ。しかし手が出る様子はなく、イアニスの胸ぐらを掴んでる。なので、成り行きを黙って見守る事にした。

…しかし、手持ち沙汰だ。手帳でも読んでようかね。


俺はポケットから手帳を取り出す。じろじろ内容を読み進めるのに躊躇って、一番最後のページを見ることにした。

手帳の半ばをだいぶ過ぎたくらいに、その最後の手記を見つける。几帳面だった字は随分乱れており不穏さを感じるも、内容に目を通すと訳が分かった。



ーーー



38年・春


目の病気の進行はあっという間で、今はもうほとんど見えていない。当初の相談通り、夫と共にイズミの家へ移住する事となった。

子供たちは方々手を尽くしてくれたが、こればかりは仕方ない。むしろありがとうと言いたいくらいだ。体はまだまだ健康だし、これから生まれてくるイズミのお腹の子へ精一杯尽くそう。

初孫!ああ待ち遠しい!もう既に目に入れても痛くない!!目見えないけど!!でもぜったい美形だ。あのノルドとイズミの子だもの!


…戦局はますます苛烈になっているようで、もうのんびりと温泉に浸かろうなどという人はめっきり減ってしまった。私たちの山荷葉も、寂しいがここで店じまいだ。

思えば当初、小さな山小屋の温泉でしかなかったここが何と大きくなった事か…


私たちの山荷葉はここでお終いだけど、いつの日かまた新しい山荷葉の歴史が動き出す事を願う。

宝石のようなたくさんの思い出をこの旅館が紡いでくれる時代が、もう一度来ますように。


緑根 咲良


ーーー


「目の病気…そうか……。それでこの日記も終わったんだな」


どうやらこの人物は咲良さんという女性のようだ。「私たちの山荷葉」という文字…やはりこの人が装束の元の持ち主で、この温泉旅館を造った人なんだ。精霊様は寿命を迎えたと言ってたから、きっとお子さん夫婦のもとで一生を終えたのだろう。明るく書いてあるが…孫の顔が見れないのは残念だったろうに。


そして、その記述の更に下へ目を向ける。それまで日本語だった文章が、そこだけこちらの世界の言葉で書かれていて、一層目を引いた。




ここに残す二部式 (ニブシキ)は、めぐり湯温泉・山荷葉の源泉にして7つ目の湯「図書館の湯」への道を示す物である。


正しく着こなした者、それを支配人たる証しとます。


あと、源泉の管理もよろしく。いつもキレイに使いましょう!




「こ、これだ…」


日本語の手記の最後にひっそりと書かれた「装束」の正体に、俺は思わず高揚する。


この二部式ってのが、装束の事で間違いないだろう。この世界で和服を正しく着こなす人なんて、咲良さんくらいしかいなかったはず。

しかし参った…二部式って何?俺も着物の着付けなんてちんぷんかんぷんだ。きちんと着ないと、装束の主人にはなれないって事だよな。


それに、あれが源泉のありかを示しているというのは、どういう事だろう。着物の柄が地図にでもなっているんだろうか。

どこかに詳細が書かれているかもしれない。気が引けつつも、人様の日記を読み進めていくのだった。

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