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31.山荷葉の支配人

「上階はこんなものか。1階の方がまだ広そうだったな」

「戻ろうか?」


そう話をしつつ2階の廊下をさまよっていると、突き当たりにあるドアが目に入った。

両隣は客室だ。位置的に非常階段へのドアだろうかと思ったが、それにも豪華な透かし彫りが入っている。ここもお風呂かもしれない。


開けると、中は明るかった。お風呂ではない。十畳ほどの小さな部屋で、三方向の壁に大きな窓がある。窓枠や天井、その天井から下がるランプにまで、お馴染みの花をモチーフにした透かし彫りが施されていた。


中央には立派なデスクと椅子が一脚ずつ。チェストやキャビネットもある。雰囲気からしてここは、偉い人の部屋だ。


「おっ…なんかありそうじゃないか?」


飛散した窓ガラスの破片をなるべく避けながら、部屋に入り込んで辺りを見渡す。今更だけど、まるで火事場泥棒のようだ。


家探しすること数分。キャビネットを探していたイアニスが俄かに声を上げた。


「二人とも、どうやら見つけたぞ…!」


彼がキャビネットから取り出したのは、年季の入った箱。全員が中央のデスクへ集まり、蓋の開けられたその中身を覗き込んだ。


そこに収められていたのは、きっちりと売り物のようにたたまれた着物だった。

淡いクリームがかった緑の生地に、白と黄色の流線が縫い込まれたシンプルな柄。箱の中に大事そうに収納されているけど…やはりこれが「装束」だろうか。


リヒャルトが無言でそれに手を伸ばす。だがそれは、全員が見ている前で煙のようにすり抜けてしまった。


「なんだ…?」

「あれ、触れないのか?」


奇妙な光景だった。見た目はなんの変哲もない布地なのに、リヒャルトが何度掴もうとしてもスルスルと手が通り抜けてしまう。イアニスや俺がやっても、おはぎコウモリがピョンと入り込んでも同じだった。まるで何も無いかのように、手触りひとつしない。


「認識阻害の魔術か…?にしては、中途半端な」

「そうか…。ダンジョンに取り込まれていってる影響かもしれん。ジジイがそう言っていた」

「成程、それか。…ジジイじゃなくてシャムドフ様な、この罰当たり」


二人の談義を尻目に、諦められずに箱の中をまさぐっていると、布ではない何かに手が当たった。


「なんか、底に別のもの入ってる」

「キキッ」

「おいちょっと、どいてくんない?」


邪魔くさいおはぎコウモリを箱の中から追い払って、着物の下から取り出してみる。

やや小さめの冊子だ。


「これは、手帳かな?」

「何か分かるかもしれん」


リヒャルトは俺の手から手帳をひったくり、ページを開く。まじまじと眺めていたが、程なくすると何故か俺につき返してきた。


「読めん。貴様の国の文字ではないか?」

「えっ、嘘!?」


リヒャルトから手帳をひったくり返して見ると、几帳面な日本語の文字が目に飛び込んできた。

二人に促されて、最初のページから読み上げていく。



ーーー



3年目・秋


こちらの世界へと飛ばされて、ようやく落ち着いて暮らせるようになってきた。

日記なんてマメなものを書き続けられる自信はないので、季節ごとにそれまであった事を書き残しておこうと思う。

これとていつまで続けられるか分からないが…


私は現在、コモンラド連邦国のイェゼロフという街で住み込みの職人?をしている。エンチャントという、物に属性魔法を付与する仕事だ。

初めはどうなる事かと不安だったこのスキルも、上手く使えていけそうで良かった。

街を上げての収穫祭で、この時期は大変賑わった。




3年目・冬


この国はだいぶ北に位置するようで、毎日凄く寒い。東京の冬では考えられない寒さと雪。青森とか、北海道並?どちらも冬には行ったことがないから、想像だけども。

この地域は、冬の登山はできなさそうだ。

駆け出し冒険者の子供たちが、頑張ってお店の前を雪かきしてくれる。


親方より、ギルドからの仕事も回してもらえることになった。隣国のダンジョンで踏破者が現れ、魔剣が見つかったのだとか。

嬉しいけど、そんなヤバいもんまで回してくるな、能天気ジジイ。ガハハじゃないわ。




3年目・春


雪がなくなって、とうとう魔剣の仕事に着手する。なんと、踏破者はあのテオドラさんたちのいる冒険者パーティーだった!


本当に凄い人に助けてもらえたのだと、改めて思い知る。

3年前に彼女がいなければ、私はあのままオオカミの晩ご飯となっていたろうし…この職場にも巡り会えなかった。感謝しても、しきれない。


にしても、相変わらずの風魔法フェチ。ダンジョン産の魔剣にすら風属性を付与させようなんて…。

仲間のチャラ男くんも相変わらずで、テオドラさんからの顔面グーパンを笑顔で受け止めていた。

とにかく、お元気そうで良かった。




3年目・夏


私はスキルの力でホイホイと魔法を付与できるが、本来は知識と技術の世界。いくら魔剣の付与師などと持てはやされても、職人とは言いがたい。

どうせならもっと勉強して、少しでも認められたいと考えるようになった。


何より、魔法陣の構築の面白いこと。理科の実験のようなワクワク感があるのだ。法則に乗っ取って好きな術式を組み合わせていけば、火も起こせるし氷も作れる。エンチャントとはまた違うけれど、全く別物というわけでない。

私のスキルと合わせれば、より良いもの造りができるかも。


とはいえ、仕事も大事。勉強しながらはどうしても業務に支障をきたす。流石の親方もガハガハ笑って許してはくれないだろう…ギルドの人に相談してみようかな。



ーーー



内容を読み上げていた俺は、そこで中断した。

本当は続きを確認したい。この日本からの転移者がどうやってこの世界で暮らしていったのか、気になる所が山積みだった。

けれど冷静になってみれば、他人の日記?など読むべきでないぞ。


その上、この調子で読み進めていても装束の手がかりは得られそうにない。それどころか、温泉も旅館も出てくる素振りはなかった。

ただ、1つ気になる名前が。


「イェゼロフって…あんたらのいた街じゃなかったか?」


手記にはコモンラド連邦国などと書かれているが、ここはモストルデン王国の筈だ。どういう事?


「コモンラドは…今から500年以上前に滅んだ小国だ…」

「ごひゃくねん?」


まさかの戦国時代。想像していたのよりとんでもない大昔じゃんか!


「国は変わっても、街の名前が残ったんだね。隣国のダンジョンというのはきっと、王都のダンジョンだ」

「そ、そうか…」


ここまで読んだ感じだと、この人は現代の日本人で違いなさそうだ。戦国の世の人ではなく。という事は、世界だけでなく時間も飛び越えて来てしまうのか、異世界転移は。

…そもそも魔法やら魔王やら、神様やらが存在するくらいだ。時空がおかしい所で、今更ではある。


「で?そんな事が知りたいのではないぞ。さっさとこれに関しての記述を見つけんか!」

「あー、はいはい…」


偉そうにせっついてくるリヒャルトへ生返事をする。


これで目的は果たせた。ダンジョンに挑んだって感じはしなかったな。ただの廃墟巡りだ…あのスライムくんたちには悪いが。

もう帰るだけ。…せっかく来たのに、もう戻るのか。


「なぁ、まだ周ってない場所もあるだろ?そんなに危険なところでもなさそうなら、もう少し探索してみないか?」

「賛成」

「フン…長居はせんぞ」


イアニスは快諾し、リヒャルトも意外に大人しく頷いた。自分が見つけたダンジョンだもんな。

本当は、取り込まれつつあるという装束のことを考えるとさっさと立ち去るべきなんだろうけど…残りの温泉を見てみたいし、1階は半分も周ってないのだ。お土産コーナーの跡とかあるかな。


再びイアニスを先頭にして、粛々と階段を降りる。裏方のスペースを通り過ぎ、エントランスへと戻って来た。


「フロアマップがないかな?お客さんが迷わないように、こういう所には必ずついてるけど…」

「シマヤさんはニホンでこういった高級宿に泊まったのかい?」

「うーん。少し違うけど、何回かね。学生の頃とか、家族旅行なんかで…」

「本当に貴族ではないのだよね…?」

「フツーの一般家庭です。貴族制度とか無いし」


またもや質問が飛んでくる。なんだか、イアニスと先生の立場が入れ代わりつつないか?

チェックインカウンターから離れて壁際をウロつくと、壁から落っこちて倒れている案内板を発見した。よっこらせとひっくり返して、フロアを確認する。


1階は2階よりかなり広い。ロビー兼休憩スペースに、食事会場。客室は二つと少ないが、その代わりに大部屋が一つあって民宿のように雑魚寝するようになっている。

それは嫌だな…と思ったが、この世界の大きな宿だと一般的な構造らしい。


「それは嫌だな…」

「他人と同じ部屋で寝るなど、外で野宿の方がマシだ」

「二人して贅沢者だな。屋根があれば、充分だと思うけど」


なるほどマップで2つの客室を見てみると、広くて角にある。上階の4つの客室やここは、きっとスイートルームなんだろう。お値段跳ね上がりそう…。

うーん、贅沢を言える身ではないし、今後はこういう場所で寝泊まりするのにも慣れなくてはいけないか。貴重品は車にしまって身一つでいれば、盗難の心配はないけど。


色々考え込みつつ、フロアマップを眺める。1階には最初に発見した露天風呂の他にあと2つもめぐり湯があった。という事は、上階の3つと合わせて全部で6つのめぐり湯があるのか。

それぞれに名前がついている。どれどれ…



一階

露天風呂つき大浴場「千本橋の湯」

貸切風呂「花霞みの湯」

貸切風呂「霜裂き山の湯」


二階

大浴場「迷宮庭園の湯」

貸切風呂「鉱石蜘蛛の湯」


三階

展望露天風呂「巨神塔の湯」



これは…なんという独特のネーミングセンスだろうか。「花霞み」はすごくそれっぽいのに、「鉱石蜘蛛」は微妙だ。何か由来があるのだろうが、見当もつかないな。


「この風呂…」


首を傾げていると、それまで無関心そうにしていたリヒャルトが突然呟いた。珍しく戸惑った様な声色だ。


「海上の千本橋…花霞みの森……風呂の名が全て、かつてあった魔境の名前だ」

「うん?…ふぅむ、本当だ。幾つか見覚えが」

「魔境って…そんな縁起悪そうな」

「もしかしてここは、魔族にゆかりのある場所なのかな」

「こんな人間の国の片田舎にだと?…そんなはず」


リヒャルトは困惑している。

イアニスの言うように、魔族寄りに配慮した名付けをしているのだろうか。人間からしたらあまりに物騒だが、俺はある事を思い出して言った。


「そういや、魔物すらここへ遊びに来るって精霊様が言ってたろ。だからじゃないか?本当に分け隔てなく色んな奴が泊まりに来たのかも」

「ははは、それは大変そうだね」

「トラブル多そうだな…魔物って宿泊代ちゃんと払うのか?お前もここで暮らすんなら、管理するリヒャルトにすもも(プラム)くらい貢げよ」

「キィ?」

「……世界図書館がない」


困惑気味のまま、リヒャルトがマップに向かって低く呟いた。図書館?


「本当だね。一番有名なのに、何故かな?」

「それも魔境か?」

「そうだ。千年以上前の文献からすでに名前が存在する、最古の魔境だ」

「ほ、ほう…」


魔王が倒れると呼応するように魔境も消滅していくものらしいが、唯一「世界図書館」という所だけは、遥か昔からずっと残り続けている魔境らしい。

この温泉名になっている魔境たちはというと、現存していないようだ。一つまた一つと緩やかに消滅していった。


「コモン何とかだのいう国があったのが、500年前だと言ったな?…ちょうど、先代魔王がお隠れになったのもその頃の筈だ」

「無いものは仕方ないんじゃないか?厄介オタクみたいなこと言うなって」

「…は?侮辱している事だけはわかるぞ、クソ人間が!」


つい思った事をそのまま口にしてしまい、リヒャルトに舌打ちされる。


「しかし…そうだな。たかだか人間の作った宿の名など、深く考えても仕方ない」


そう言うと、興味を失くしたようにまたそっぽを向いた。


一通りマップを確認したので、足を動かす。エントランス近くの休憩所を通り過ぎて、大部屋へ向かった。

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