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30.ダンジョンと温泉とスライムと

「キィッキィッ!」

「ぬわっ!」


背中におはぎコウモリがくっついてるのをすっかり忘れていた俺は、突然のキーキー声に飛び上がる。早くしろ、とでも言うようにそいつは目の前をパタパタ飛び回った。

イアニスと距離が開いてしまっているのに気づいて駆け寄る。お、良かった、リヒャルトも捕まえてる。


「全く。子供みたいむくれて単独行動しないの。学院の頃だってそれでえらい目に…」

「やかましい。そんな昔の話を蒸し返すな!王都のダンジョンとは違うのだ」


ガヤガヤと合流した所で、旅館内の探索が始まった。

渡り廊下を遡ると、エントランスに出た。チェックインカウンターらしき所にも、エントランスのドアにも、先ほど目にした透かし彫りの小さな花が施されている。嵌められた透明の花びらは、ガラスではなく水晶のようだ。


「ニホンの有名な花なのかい?」

「いや、俺は知らないや。桜ではなさそうだな…」


このお宿のシンボル的なものかもしれない。

そのカウンターから中に入り込んで、裏方へ侵入した。こういう場所の裏方に入るのは初めてで、場違いにもワクワクしてしまう。

ところが中は真っ暗で、ワクワクは一瞬で霧散した。こんな廃墟で明かりがつくわけもなく、窓のない場所はすぐそばも碌に見えないほど暗い。


ランプが要るぞ。やべぇ、荷物は全部車の中で、ポケットに入れっぱなしの魔力回復の指輪くらいしか持ってない。迂闊すぎる。

まごまごしていると、先頭のイアニスがすかさずランプを取り出し明かりをつける。そろそろ本格的にアイテムボックスが羨ましくなってきた。


「ここは雰囲気が違って…何かの作業場か?」


内装はthe・事務室という部屋だった。

かつては向かい合わせで並列していたであろう机たちが、横倒しになったり乱雑に並んでいる。ランプに照らされて壁際は見えにくいが、幾つかの出入り口が奥へと続いていた。


「紙まみれだ。あっ…」


リヒャルトは近場にあった収納ケースの上に置かれた冊子を手にしてめくろうとしたが、ページがくっついた挙句、角からペリペリと破れてしまった。


「ボロいな。何だこれ」

「何が書かれてる?」

「…イチゴ、ライム、プラムの個数と値段だ」

「仕入れの帳簿か?」

「やっす!」


イアニスは当時の値段に興味津々で覗き込んでいたが、リヒャルトは「くだらない」と吐き捨てて放り投げてしまった。


「なるほど、ここが裏方とやらか。この規模の宿なら管理する者も大人数いて…そいつらを束ねたのが、装束を着た主人だろう」


案外この辺りに転がっているかもしれんな、とリヒャルトは言う。暫く3人で家探ししたが、この部屋に目当ての「装束」らしきものは見つからなかった。


「にしても、装束ひとつでここの主人認定されるってちょっとよく分からないよな」


事務室を後にして先に進みながら、気になった事を口にする。

そもそも装束とはなんのためにあるんだろう。俺はなんとなく、女将の着物を想像していた (だとしたらリヒャルトが面白い事になる)。確かに形から入るのって大事かもしれないけど…


「ここの第一発見者はリヒャルトだろ?別に装束なんて着なくても、ここは私のものだ!て言い張れないのか?」


高慢ちきな声真似をしてそう言うと、後ろのリヒャルトがブスッとした調子で答えた。


「あのジジイが言っていたろう。今その装束は、ダンジョンに取り込まれつつあると」

「そんなこと言ってた…?よく覚えてるな」

「前から思っていたが、貴様の耳は飾りなのか?」


リヒャルト曰く、ダンジョンが吸収しようとするなら何かしらの魔力が込められたアイテムのはずらしい。少なくとも、ただの服なら取り込んだりしないと。


「えーと、ただの衣装じゃなくて、魔道具かもってことか?」

「そうだね。それも、ここの主人である証となるアイテムなら、何かしら管理に必要な物なんだろう。例えば、それを着ていないと認知できない場所があるとか」

「鍵でいいのでは…」

「それはそうだけども」


込めた魔力の持ち主でなければ作動しない。そういった仕組みの魔道具を作成しセキュリティを補完するのは、この世界ではありがちなことらしい。

ギルドカードもそうで、魔力を込めることで本人確認を行う。また、ダンジョンでは次のフロアへ進むためのギミックとなっている場合もある。所持してると隠し通路が開く、といったしかけだ。

キーアイテムってやつか。ゲームのアイテム欄でいう「だいじなもの」に分類されるあれだ。


「って、その理屈だと前の持ち主でなきゃ使えないよな。リヒャルトが手に入れても意味ないんじゃ?」

「ああ、確かにそうか。それで主人が決まらず、ここが打ち捨てられたのかもしれないね…でも、どうかな。持ち主が新しくなれば、その限りでないかもよ」


と、イアニスはあまり頼りにならなそうな仮説を立ててる。まぁ、実際どうかなんて誰にも分からないだろう。もうとっくに元の持ち主は亡くなってるのだ。


聞くところによると、ダンジョンを発見したらギルドへの報告義務があるらしい。その後も管理が厳重で、決して育ちすぎることがないよう制限される。見つけたからといって、その人が独り占めできるわけではないのだ。


「だから、その装束を手に入れねば。私が主人となってしまえば、ギルドがゴタゴタ言ったところで何もできまい。…人間どもの好きにはさせん」

「魔境温泉の責任者になってか?」


俺は襟のところに温泉マークが描かれた半被姿のリヒャルトを想像して、思わず笑ってしまう。しかし当人は真剣な顔つきで、俺の軽口に全く取り合わなかった。


雑多な通路を進んで行くと、階段を見つけた。

その階段の脇にも廊下が続いていたが、どうやら厨房のようだった。巨大なオーブンや調理台、水汲みポンプがあって、どれもボロボロだ。ガラスの割れた窓から木々の緑が侵入してきて、ものすごく不衛生な光景となっている。


上を目指すか、と厨房を後にしようとした時、部屋の隅から何かが飛びだしてきた。


「な、なんか来た!」

「スライムだね」


イアニスはそう言いながら、さっと俺の前に立った。左腕につけた盾を構えるも、その様子はのんびりしている。


スライムは弱い魔物といわれた通り、強そうではなかった。遮光ガラスのような透明な黒色で、プルプルしてる。大きさは軽のタイヤほどもなかった。そいつが3匹、ダムダムとボールのように弾みながらこちらへ向かってくる。


リヒャルトは氷魔法を使っていたけど、イアニスは確か風魔法だったよな。そう思いながら見守っていると、彼は「おりゃ!」と盾を叩きつけるようにスライムへ殴りかかった。まさかの物理!

ぶん殴られたスライムは、後方から来ていた別のスライムにぶつかる。その間に3匹目のスライムがポムポムと跳躍してこちらへ迫るが、イアニスが難なく蹴飛ばした。

容赦のない蹴りを食らった哀れなスライムは「バシュ」と音を立てて飛び散り、体積が半分ほどになってしまった。プルプルとゼリーのように震えた後、やがて端っこから消えていく。


「…」

「よーし。次」


バシュ バシュ


決着はあっという間だった。スライムたちは怯むことなくイアニスへ突進していくが、まるでサッカーのパス練習の如くすっ飛ばされ動かなくなった。


「これでよし。あれ、どうしたんだい?」

「い、いえいえ…どうもありがとう」

「あはは、全く礼には及ばないよ。これくらいなら、シマヤさんでもできるでしょ」


どうもスライムや単体のゴブリンなら、体を鍛えていない成人男性でも倒せるらしい。なんだ、そうなのか。


「落ち着いて対処すればね。ただスライムは顔に組み付いて窒息させてくる奴もいるから注意してね」

「げっ!?やっぱ無理だろ。そんなの相手にするなんて!」

「そりゃ、魔物だから…」

「フン。スライム相手にこれか、信じられんな。何でここへ来たんだ」

「何でじゃねーわ。人を巻き込んどいて!」

「ほらほら、もう行こうよ」


リヒャルトのあまりの言いぐさに思わず食ってかかるが、イアニスに宥められる。ゆっくりと消えつつあるスライムの亡骸を残し、厨房を立ち去った。


来た道を引き返して、2階への階段を上がる。

上がった先の手狭な部屋には、空っぽの棚や机と椅子、欠けたマグカップがぽつんと残されている。従業員の休憩部屋だろうか。

その部屋を抜けると、一階よりさらに豪奢になった廊下へ出る。裏方エリアから、宿泊客のエリアへと出てしまったようだ。


そうして2階をウロウロすると、大体の間取りが分かってくる。客室は立派な部屋が4つきりで、部屋数はかなり少ないようだ。大浴場が一つと、貸切風呂らしいこぢんまりとした風呂が一つあり、どちらも窓からの見晴らしが良い。


「へぇ~、この景色を眺めながらお湯に浸かれるなんて…随分贅沢なひとときだねぇ」

「本当にねぇ。つっても、こんなボロい有様じゃリゾート気分にはなれないけどな」

「ここくらいなら、掃除を目一杯頑張ればお風呂に入れるかも…」


貸切風呂らしき浴槽の縁から、イアニスと二人外を眺める。天気は生憎だが、雲がかかった山々の峰が一望できて、素晴らしい景色だ。

こういうの、旅番組なんかで見るとたまに憧れるんだよな。高額だし俺はインドア派だから、結局家でゴロゴロしていたが。


浴槽の端には岩が積み上げられたような湧き出し口があり、当然止まっている。湯元がどうなっているか気になるも、リヒャルトのあの調子では「どうでもいい」と一蹴されて終わりだろう。

湧き出し口の中を何気なく覗いてみると、見慣れない記号や円形がびっしりと彫られているのに気づいた。


「うわっ何これ、気持ちわりぃ」

「どれどれ?…ああ、魔法陣じゃないか」

「魔法陣?なんの?」

「さぁ」


確かによく見ると、スクロールや魔除けの魔法陣に描かれる記号の羅列と似通っていた。狭い空洞に細かくびっしりそれが埋め尽くされていて、気味が悪い。

イアニスはリヒャルトを呼び、しばし相談。試してみようという事になって、二人は警戒しつつその陣に魔力を込めた。すると模様は反応したかのように一瞬光ったが、何も起こらなかった。


「魔物でも召喚されるかと思ったが…」

「そ、そんな物騒な魔法陣あるのか?」

「ダンジョンのトラップにはあるよ。流石にこれは違うとは思うけど…あいにく術式には詳しくなくて」


もとは浴槽にあるのだから危険な陣とは考えにくいものの、ダンジョン化している今は何が起きてもおかしくないという。結局、発動はしなかったけど。

ちょっと不気味に思いつつ、その場を後にする。


途中3階の階段を見つけて上ると、あったのは脱衣所と大きな露天風呂だけだった。浴槽の半ばは展望になっていて、これまた夜に入れば星が綺麗に見えそうなお風呂だ。例によって今は雨風に晒されて汚く、タイルが剥がれてベコベコになっている。シャワーは一階の大浴場にしかないようだ。

反対に、不気味な魔法陣はこの浴槽にも見つかった。ドラゴンの頭を模した湧き出し口には、同じような陣がびっしり彫られている。


「どこぞから湯を転移させ、ここから注ぎ込むようにしていたのか」

「ああ、なるほど。その方が配管を通して温泉を運ぶ手間が省けるね」


二人曰く、この魔法陣は源泉に繋がっており、そこから温泉を転移(ワープ)させて各浴槽へ送る仕組みではないかとの事。

そんなのあり?思っていたのと違う、実に異世界らしい技術だ。工事要らずで便利ですね。


「じゃあ、源泉とそこの魔法陣が残ってれば、またここに温泉が通るんだな」

「きっとそうだよ。なぁ、リヒー?」

「だってよ、管理人さん」

「…心底どうでもいい」


他に見るものもないので、下へ降りる。実質2階で終わりか。流石に小規模なお宿のようだ。

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