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29.わくわく山荷葉探索

イアニスを先頭に、中には入らず塀に沿って旅館の周りを進む。ダンジョン化しているという敷地内へ突入する前に、リヒャルトがそれまで出入りしていた地点の確認をするらしい。

慎重だ。未知の探索とは、こういうものか。俺はど素人だから、冒険者二人の言うことにはきちんと従わなくては。慎重な行動は大賛成です。


イアニスの後ろに俺、その後ろのしんがりがリヒャルトで、俺たちの上をヒュンヒュン飛び回りながらおはぎコウモリがついてくる。


「位置の目星はついてるのかい?」

「つかん」


潔いほどキッパリとリヒャルトは返答した。

リヒャルトがここへくる時は、いつも高い所から見下ろす位置にこの旅館が見えてくるらしい。本当に全然違うルートで来たんだな。

レダーリア山は景色が似通っていて、遠景から位置を推し量るのが困難だ。こうして歩いて、行き当たるのを待つしかない。


リヒャルトの声がかかるまで、15分は歩いたろうか。石塀の一部が崩れ落ち、中に入れるようになっている箇所を見つけた。

少し離れた所には火おこしの後がある。ここで間違いないそうだ。


「まさかここ、お前がぶっ壊したのか?」

「そうだ。ボロいから容易かった」

「乱暴だな…」


石の塀は無惨に崩されて、大きな隙間から中が覗ける。爆破でもしたのかよ。

いよいよ中へ突入だ。イアニスはアイテムボックスから小さな盾を取り出し、左腕に装着している。リヒャルトは特に何もせず、おはぎコウモリは焚き火跡の傍でりんごを齧っている。


「おい、何くつろいでんだ」

「シャリシャリ…」

「あれ、いつの間にそんなもの貰ったの?」

「やっていないぞ」


てっきりリヒャルトがまたりんごを出してあげたのかと思ったが、集落の小屋で渡して以来何も与えていないという。

「もう行くよ」とイアニスが声をかけると、おはぎコウモリは無念そうに食事を中断して俺の方に飛んで来た。その際、食べかけのりんごが一瞬でぱっと消えてしまう。


「なんだ、今の?」

「キィキィ」

「ねぇ君、りんごをどこにやったの?」

「キキッ?キィ」


至近距離をヒュンヒュン飛びまわるので思わず腕を掲げると、おはぎコウモリはすかさず俺の腕にとまった。そうして、イアニスの問いかけに答えるように、何もない所からりんごを出して見せる。さっきの食べかけだ。


「オマエらと同じ…って、まさかアイテムボックス?君が?」

「キィ!」

「魔物がそんなスキルを持つわけないだろう」

「キ、キィ~」


おはぎコウモリはムッとした様子で、何度もりんごを出し入れしだした。手品を様々と見せつけられては、否定のしようがない。どうやら本当にアイテムボックスのようだと、リヒャルトもイアニスも驚いている。俺は関心して思わず尋ねた。


「魔物にもスキルってあるのか?」

「そりゃ勿論。ただ種族によって大抵決まっていて、プラムバットなら風魔法強化とか…持っていたとしても、その程度なはずだけど」

「キキーィ」


あ、ドヤ顔してる。


「特殊個体だと?フン、何を大層な。ただの色ボケな変わり者の間違いだろう」

「ギギッ」


リヒャルトに嘲られ、おはぎコウモリは気分を害したようだ。羽についた鉤爪がギュッと俺の腕に食い込む。いててて!


「痛えよやめろ!もうこっちで大人しくしてろ、お前は」

「キィ~~」

「あんたもコウモリ相手に煽るなよ、大人気ない奴だな」

「何だと!?貴様こそ悪口を言ってたろうが!」

「なぁ、もう行こうよ…」


イアニスが呆れ気味に催促する。

俺はリヒャルトとの言い合いをやめ、ふてくされたおはぎコウモリを背中に張り付けて旅館の敷地へと足を踏み入れた。


いよいよダンジョンか。目的は中にある旅館で、精霊爺さんの言っていた「装束」を探し出す事だ。


「管理人の装束ってことは、従業員のいる裏方を探す方が良さそうだな」


イアニスの後に続きながら、なんとなく思った事を口にする。

ここが見た目通りの旅館なら、主人と呼ばれるのは管理人というより責任者(オーナー)だろう。それなら、事務室とか社長室的な場所が怪しいな。旅館に社長室があるのか分からんが。


「従業員って……」

「ん?だってここ、温泉宿だったんだろう?」

「あ、そういえば…そうだったね」


こちらの世界でも、温泉や大衆浴場といったものはあるらしい。ただこの国ではあまり馴染みがないようだ。


「めぐり湯温泉だのと名前があったが、そもそもめぐり湯とは何だ?」

「そのままだ。湯船が色んなところにあって、ブラブラ渡り歩いて入るんだ」

「何故そんな面倒なことを」

「なぜって、それが楽しいんだよ。そういう風習を楽しむというか……まぁ人によるけどさ」


温泉街のあちこちに点在してる場合もあるし、ホテルの中で幾つかの湯を巡るというのもある。めぐり湯と名のつく旅館だから、ここも湯船が複数あるのだろう。


「ここを見つけた時に探索したんだろ。湯船とか見なかったか?」

「見た事ないものばかりで何とも判断がつかん。それらしい池は確か…あっちで見かけた」

「行ってみようか」


池かね。しかしリヒャルトは温泉も大浴場も行ったことがないと言うから、湯船を池だと思っているのかもしれない。


生い茂る植物たちを掻き分けるように進んでいく。途中で巨大な蜘蛛の巣を見かけて身構えたが、どうやら魔物ではなく普通の巣のようだ。


「本当にここ、ダンジョンなのか?」

「今の所ただの廃墟だね」

「スライムが逃げもせず襲いかかってきたのだから、間違いなくダンジョンだ」


スライムは弱い魔物の筆頭で、普通は敵を察知しても近寄りはしない。物陰に潜んでじっとやり過ごすのだ。だから殺意マシマシなスライムがいたら、それはダンジョン魔物で間違いないと。

以前からここへ通っていたリヒャルトは、何度かその好戦的なスライムと遭遇したそうだ。


「て事は、ここにはダンジョン生まれの魔物と、元々山にいた魔物だの虫だのが混在してるのか?」


それって、どうなるんだろう。ダンジョンの性質上、穏やかにはならなそうだ。

リヒャルトによると、ここは現在「ダンジョンvsレダーリア山の廃屋」状態で、どちらが呑まれるかの瀬戸際なのだそうだ。ゆくゆくはダンジョン化が進み、元いた生き物たちの方が淘汰されていく。そうなれば、晴れていっぱしのダンジョンだ。

逆に、レダーリア山の獣や魔物がダンジョン魔物を負かすと、養分を得られない状態が続く。その結果ダンジョンもどきは育ちきれずに消滅してしまうという。ここは元の廃墟に戻るのだ。


そう考えると、片っ端から生き物に襲いかかるダンジョン魔物って大変なんだな。勿論、襲い掛かられる方もたまったもんじゃないが。


ガサガサと歩いていると、背の高い雑草に埋もれるようにして立っている木壁が現れた。旅館の壁にしては簡素な造りで、中途半端な広さを囲っている。

リヒャルトの指示に従いその壁をぐるりと回り込むと、真っ先に四阿が目を引いた。そして下には、濁った緑の水を湛えた浴槽がある。


「おおっ、露天風呂だ」

「汚いな」

「そりゃそうだよ。形が残っているだけさ」


すげー。旅番組で見たような造りの露天風呂が、本当にこんな異世界の山奥にあったなんて。ドロドロのボロボロで見る影もないが、ここだけまるで日本にいるみたいだ。

俺たち3人は誰からともなく浴槽へ近寄り、中の水の汚さに顔を顰めた。なるほど、池だ。こんなの掃除するとなったら、めちゃくちゃ大変そうだな。温泉はどこから引いているんだろう。


「こいつを見ろ。これでもうただの廃墟だのと言えんぞ」


徐にそう言うと、リヒャルトはアイテムボックスから毛皮の塊を次々と取り出して床に放った。

げっ、と後ずさる。それは魔物の死骸だった。長い牙のイノシシに、赤い模様が入った熊。俺が知っている大蛇の3倍はあろうかという化け物アナコンダが現れると、耐えきれずに浴槽の端まで逃げ出した。


「ひいいっ、なんてもん仕舞い込んでんだ!」

「臆病者め。ただの死体だ」


見ろ、と指をさすのに目を向ければ、最初に放り出されたイノシシの足が先端から消えかかっている。雪の塊が少しずつ溶けていくような消え方は、以前魔境で目にしたのと同じだ。あの時より、消えるのがだいぶ遅い。


「ああ、本当だ。取り込まれていってる」

「これで分かったろう」

「しかし、良いのかい?こんな事をまだ続けてたらダンジョン化が収まらないだろ」

「それで良いに決まっている。寧ろそうでなくては困るのだ」

「だけどそれじゃ…リヒーはこのお宿の主人になるのに、それでは温泉どころでないよ」

「バカが、誰がそんなもんの主人になるか!私が主人となるからには、温泉なぞ廃業だ!ここは魔境になるのだっ!」

「いや、もう廃業してんだよ…。それをお前が立て直すって話しだったろ?」

「そんな話は知ったことか!」

「リヒャルト……」

「うるさい、行くぞ!」


なんとリヒャルトは精霊爺さんの言葉をガン無視する気だったらしい。魔境だなんて、まだ言ってんのかそれ。

バッサバッサと雑草を薙ぎ倒し荒々しく内湯の方へ行ってしまう背中を見送り、イアニスが深いため息を吐いた。


「それもそうか…諦めるわけないよな」


イアニスの呟きに、俺も少しだけ動揺が収まった。

考えてみればあいつは、その為に単身命懸けでレダーリア山を探索したり、友達を引きずり込んで近隣をウロついたりしてきたのだ。ここへ来て温泉経営に鞍替えろなどと、聞き入れなくて当然かもしれない。


「ど、どうすんだ?温泉の魔境ができたら」

「いやいやいや。いくら魔族の一生は長いとて、こんなやり方じゃ魔境にまでなるには孫子の代でもきかないよ。…それより、せっかくこんな金のなる木を……」


イアニスは難しい顔だ。意外にも、彼はこんな打ち捨てられた廃旅館を金のなる木だと考えているらしい。

幾らなんでも無理じゃないか…?修繕費が馬鹿みたいにかかるだろうし、建て直すにせよ客を呼ぶにせよ、そもそも人が来れないって。

そりゃぁ、こんな異世界で日本の露天風呂に浸かれたら最高だけどさ。


見えなくなってしまったリヒャルトを二人で慌てて追う。草が踏みつけられてて非常に通りやすいです。

窓ガラスの割れた入り口から中へ入ると、大浴場だ。


「ここも広いね」

「内湯はきれいだな…」


雨水が溜まらない為か、ドロドロしていなくてそう感じる。空っぽの湯船に、洗い場もちゃんとある。蛇口だけでなくシャワーヘッドまであるのに感動して足を止めていると、イアニスの「あいつマジで先いっちゃう!」と焦った声に追い立てられてしまった。

急いで真っ暗な脱衣所を通り抜け、旅館の中へと足を踏み入れた。


ドアは立派な一枚板だ。見事な透かし細工で素朴な花が彫られており、花びらには透明な石が嵌め込まれている。豪華だな。


ドアを開けると、そこは渡り廊下の突き当たりだった。

ガラスの無い窓から外光が差してて明るく、荒れ放題の外から比べると意外なほど当時の面影を残していた。かつては窓張りの壁から、庭の風景を楽しめたのだろう。窓ガラスは全部割れていて、好きな所からお入り下さい状態になっている。


イアニスに促されたばかりなのに、俺はまた足を止めて内装に見入ってしまった。

板張りの床に、淡いスミレ色の絨毯が敷かれている。それがまっすぐ奥まで続いていた。絨毯は汚らしく変色し、窓ガラスと思われる破片が砂利のように散らばっているが、昔は綺麗な旅館だったのだろう。一泊夕食付きで2万くらいしそうだ。


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