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3.魔境のボスとリタイア勇者

「冒険者……俺が?」

「違うのか?」

「全然違います」

「ふーん。では迷子か?」


迷子。情けない響きだが、寸分違わぬ迷子だから仕方ない。


「そ、そうです。突然来てしまってここが何処かも分からなくて……出口を探していたんです」

「おお、それで迷い込んだのが最奥とは、気の毒な。出口なら、ボスであるわしを倒さねば開かぬぞ」

「ボ、ボス?」


この子が?

俺はニコニコと見下ろす少女に目を剥く。

いや、言動からしてもう一般人でないのは察してたけど、モンスターの類って事か。全く見えない。


というか、ここが最奥って言わなかった?出口って設定したのに…何してくれてんだよあのナビ。不良品じゃん。


「そんなの無理です……」

「だろうな。わしも負ける気がせんわ。冒険者どころか、迷子の只人ではな」


どんまい、と言った感じで手を叩く少女。


「よし。わしを討伐しに来たわけでないのなら、いっそこのまま歓迎しようではないか。そうしようそうしよう」

「いいのか?」


突然車の影から男の声がして、俺は再び飛び上がった。

慌ててそっちを見ると、若い男がそこにいた。車の死角になるところに隠れていたようで、全く気が付かなかった。


背丈は俺と同じほどだが、恐らく年下だろう。落ち着いた茶色の髪に、緑色の目。知らない間に無表情で近くまで来ていたのは恐ろしいが、どうやら害意があるわけではなさそうだ。少女の保護者か?


「いいさ。非力で無害だ。そも突然現れた此奴には、わしの十八番が効かぬ。お主の時のようにはいかんからな」

「……わかった」


何やら納得した様子。


無表情マンを伺う俺の様子に気がついた少女が、彼を紹介してくれる。


「おお。此奴はお主の前の到達者だ。外の世界ではかつて『勇者』と持て囃されておったそうだぞ。まぁ、仲良うせい」


軽く会釈される。いい人そうだけど、今はそうじゃない。


「はい。あの、でも、外の世界へ出るにはどうすればいいか、教えてもらえませんか?」

「さっき言うた通りよ。…あのなぁ、ここは魔境で、わしはそのボスじゃぞ?帰りたいなどと抜かす愚か者に、懇切丁寧に教えてやる道理はないわ」

「す、すみません…」


呆れたように言う美少女ボスに、俺は平謝りする。


魔境のボスに、冒険者か。…なるほど。RPGでいうなら、「フハハハ!ここで朽ち果てるがいい!」と向かってくるボスキャラに「にげる」を選択してるようなもんか。大抵、「にげられなかった!」て出るやつ。


でも、その魔境というのがイマイチよく分からん。


「あの、俺はあまり物をよく知らなくて……魔境って何ですか?」

「はあ?」


少女ボスは本当に驚いたようで、ニコニコ顔がポカンと様変わりする。大きく見開いた紫の瞳が、宝石のようだ。

そんな彼女の代わりに、勇者くんが答えてくれた。


「進化したダンジョンの事だよ。世界に4つだけある。ここはその内の1つだ」

「ダンジョンっていうと…?」

「………ダンジョンも知らないのか?ダンジョンは生き物を誘き寄せて取り込む魔の空間。魔物の一種だよ」


彼の話はこうだ。

ダンジョンは洞窟や朽ち果てた遺跡などに発生し、モンスターを生み出す。そのモンスターを倒すとお宝が出現する。それもダンジョンが生み出すもので、それを目的に挑む者たちは大勢いる。

しかし、そのダンジョン内部で途絶えた命は養分として吸収されるため、影も形も残らない。恐ろしい場所だ。


そうして養分を蓄え育ったダンジョンは強大な亜空間となっていき、それが魔境と呼ばれる。

世界で確認されている魔境は4つで、そのうちの一つであるここは「空中都市」と呼ばれている。

因みにマチュピチュ的なやつではなく、空にドカンと浮いてるらしい。


はえー、と聞いていると、少女ボスがため息をついた。クソデカため息だ。


「そんな事も知らずにここへ辿り着いたと言うのか……ノコノコ迷い込んだ弱者のくせに」

「そんな訳ないだろう。迷子が来れる所じゃない。この人の実力だ」

「フン…確かに。今此処におる。その結果が全てだの」


すみません。普通にただの迷子です。

おっさんに問答無用ですっ飛ばされてここにいるだけです。

…なんて心の中で呟くも、どう説明すれば良いのかわからない。黙っとけ黙っとけ。


俺の心中なぞつゆ知らずな少女ボスは軽やかに飛び降りると、開けっぱなしの車のドアから中を覗き込んだ。


「どれどれ、見せてくれ…狭いのう。色々付いてるのう」

「あ、そこ運転席で危ないんで…助手席へどうぞ」


まるで知らないおもちゃを前にした子どものようだ。

俺は慌てて回り込んで助手席のドアを開けたが、少女ボスは運転席からズリズリと行儀悪く助手席へおさまった。サイドブレーキを思いっきり蹴飛ばして。危ねぇなおい。


「ほー、狭いが、座り心地は悪く無い。この毛玉は何だ?魔力があるな。お主、これでどうやって隠れたのだ?おい、どうだ、わしが見えとるか?」


ピコのティッシュカバーを抱えて、勇者くんに笑顔で手を振る美少女。側から見れば、長閑な光景だ。


「丸見えだ。これはその人のスキルなんだから、その人じゃなきゃ使えないよ」


勇者くんは冷静にそう答えている。


「金属製の箱にしか見えないけど…間違いなくこの人の魔力で作られてる。馬の襲歩以上の速さで走れるみたいだ」


ハニワを引っ張る少女を止めようとしていた俺は、その勇者くんの言葉に衝撃を受けた。


「なっ、何でそんなことが分かるの?!君、コレの事知ってんの?」


突然前のめりで大声を上げた俺にも、勇者くんは冷静だ。


「いえ、鑑定してみただけ。あなたのスキルも称号も、初めて見たから俺は知らない」

「か、鑑定ってどういうこと?車体価格出したの?」

「お主、さっきからラチがあかんの~」


何なら知っとるんじゃ、と呆れ果てた顔で少女は言う。表情の乏しい勇者くんも、若干引いてるような気がする。

俺は手に持っていた初心者マークを二人に掲げ、腹の底から声を出した。


「なんっにも知りません!教えてください!」


ーーー


「いい加減こいつを動かしてみせろ」とゴネる少女ボスと、「俺も見てみたい」と無表情でワクテカする勇者くんにせっつかれ、二人を乗せて車を走らせることになった。


「おおっ、動いとる!どうやっとるんだ?何を踏んどるじゃ、それは」

「はやい」

「下見てたら酔いますよ……あ!窓割れる!叩かないで開けるから!」


少女ボスは助手席でワイワイ、勇者くんは後部座席で大人しくキョロキョロ。はしゃぐ若者の姿に、場違いにも和んでしまった。でも壊さないでね。


二人の案内でハンドルを回す傍ら、いろんな話を聞く。

勇者くんの持つ便利スキル「鑑定」のおかげで、俺はやっとこの車の詳細を知ることができた。


俺に与えられた特殊スキルは「異世界自動車」。称号は「ペーパードライバー」。

捻りゼロである。


この世界の乗り物は馬車や船が殆どだと言う。自動車もドライバーも全く馴染みのない言葉で、勇者くんも「鑑定したけれど正直、意味不明」との事だった。


そして驚くことに、この車はガソリンではなく俺の魔力、MPを使って動いているらしい。

つまり俺には、魔力がある!

それも、少女ボスと勇者くん曰く、多い方らしい。


「俺、魔法使いになれるんですかね?」


流石にちょっと嬉しくてそう尋ねると、少女は「さぁの。鍛えれば成れるんでないか?」と適当なお答え。

勇者くんは少し黙った後、真面目な回答をくれた。


魔法には炎やら氷やらの属性があるが、全ての属性を使える人間は、ほぼいないらしい。

生まれつき決まっているんだとか。血液型みたいに。

そして、気になる俺の属性は


「無い」

「えーっ!?」

「ふはは、宝の持ち腐れだの」

「でも、それだけ魔力保有量がでかいなら、魔道具や特別なマジックアイテムをジャブジャブ使いまくれるよ」


ケラケラ嗤う少女と、慰めてくれる勇者くん。

悔しい事に、俺の沢山あるというMPはこの車を動かすくらいしか使い道が無さそうだ。ファイア!とかやってみたかった…


尋ねてみると、勇者くんは火属性、雷属性、光属性と3つも持ってる。少女ボスに至っては「ふん、人間はショボいの。わしは全盛じゃぞ」とドヤっていた。すごいな、流石ラスボスだ。


閑話休題。その魔力で動く車には、「カーナビ」の他にも機能がついている。

一つはさっきの「ステルス運転」というやつ。もう一つは「代行操縦運転」というやつだ。

勇者くんの鑑定によると、こんな感じ。


「ステルス運転モード」

発動中、車体及び車内に居るものは感知されない。レベルの高い者に対しては遮断効果が薄れる。

消費MPは通常の1.3倍。


「代行操縦運転モード」

任意の生き物に車体を置き換え、操縦できる。使用者のレベルに準ずる生き物が対象。ただし例外あり。

消費MPは通常の2倍。


俺は目が点になる。

代行?生き物に車体を置き換え?

酒飲んだ時に、代わりに運転してくれるのかな?その生き物が。…なんか嫌だな!


「試してないのか?」

「いや、試しても何も…今そんなのあるの知ったから」


勇者くんの静かな問いに、俺は首を振る。


「お主のスキルであろう。何故自分でわからぬのだ?」

「…スキルを持っていても自力で詳細を理解できる人はごく稀だ。特殊スキルは尚更」

「ふぅん。そんなもんかの?」

「そんなもんだ。国に高い金を払ってまで調べる人は少ない」


ちょっとよく分からない会話が二人でなされる。

それにしてもこの勇者くん、さっきから俺の事フォローしてくれてない?少女ボスからの当たりが容赦ない分、優しさが沁みる。

もしかしたらこの人、すごく良い人かもしれない。


「よく分からないなら、試してみればいい。その、それ……ピカピカしてる板で発動できるみたいだから」


勇者くんはカーナビ画面を指して言う。

慌ててカーナビをタッチするが「走行中は操作できません」と画面の文字に嗜められる。チッ。


「あっ、何を止めとんのじゃ?動け動け!」


駐車した途端少女にブーイングをかまされるが、生返事であしらいつつカーナビをいじる。

えーと、ホーム画面に戻ればいいんかな?……お、「モード選択」だって、コレか。

代行操縦、を選ぶと「代行車体を選択してください」の文字のあと、パッと選択画面が現れた。リスト状になっていて、ほぼまっさらだ。


「ダスターウルフ……リビングメイル……ジズ…この3つだけか」

「おお。こやつらは、すぐその辺におる連中ではないか」


少女ボスが来た道を顎で示して言う。

あれか。デカい犬と動く鎧、デカい猛禽鳥。俺が出会ったモンスターが、ここで選択できる様になってるって事かな?


流石にモンスターが車を運転するわけじゃないよな、と大体察してきた。「操縦」ってあるから、操れる様になるんだろうか。

俺はダスターウルフをタッチするが、



条件「相手からの視認」:未

条件「運転手レベル15以上」:未

固有タスク「一群れを全滅させる」:未

条件未達成です。



という表示が出る。ダメってことか。


「なになに…『運転手レベル15以上』『相手からの視認』…この条件が足りておらんらしいぞ」


ナビ画面を読み上げて、少女ボスが「お主はほんとショボいのう」と小馬鹿にしてくる。

そうか。MPがあるなら、レベルもあるよな。この世界に来たてホヤホヤの俺は、まず間違いなくレベル1だろう。


つまり、この機能は使えない。レベル上げなんてできません。死んじまう。


「でも別に…このステルスモードてのが使えれば、こっちは要らなそうだな…」


ステルスモードは便利だ。何せ誰からも見つからないしぶつからない。こんな安全安心仕様あるか?なのに消費するMPは、代行の方が大分食う。

もう全てステルスでいいじゃん。ステルスしか勝たん。


「なっ、諦めるのか?たったレベル15あげれば良いであろうに!」

「いやぁ、危ないんで……15レベルって、そんな簡単に上がるものなんですか?」

「…ダスターウルフ5・6匹も倒せば、充分上がると思う」

「無理です」

「なっさけな~」


少女ボスは呆れを通り越してドン引き、といった表情だ。勇者くんも相変わらず鉄面皮ながら、何か言いたげなのは気のせいだろうか。


いや、そんな顔してるけどあんた方、勇者とラスボスだろ?

こっちは何の訓練も受けてない村人Aだわ。無理なもんは無理!


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