28.レダーリア山のドライブ登山
二人の指示に従い魔物避けを張るついでに、俺は先ほど見つけた苔むした塊に近寄った。苔や葉の緑色にまみれたそれは、大きく傾いだ石の看板だった。
「おーい!こんな所に看板が立ってたぞ」
「看板?何が書いてある?」
リヒャルトの弱々しい声に、俺は手の甲で苔や土埃をガシガシとぬぐいとった。掠れた大きな文字が彫ってある。
そこには「山荷葉 道なり」とシンプルな文字が書いてあった。
二人の元へ戻って報告すると、イアニスが思案顔で呟く。
「ああ、それで間違いないね…。もともとここには、道が敷かれていたんだ。ずいぶん荒れて…自然に戻りつつあるけど…」
洞穴を抜けてからここまでの道中には、明らかに人の手が入った跡があるという。確かにここまで車が通行できたのは、邪魔な木がなく斜面が慣らされたように平らだったからだ。今まで辿ってきたのは、かつてあった道の名残りだったのか。
遥か昔は、温泉を目指して人が行き来していたんだろうか。昔って、どれくらい前なのだろう。石でできた看板があんな朽ちた状態になるのだから、相当だ。
そんな風に思いを馳せつつ、野営の準備を言われるがまま手伝う。ほったらかしにされていた車から俺も荷物を取り出して、キーをロックした。また明日。
因みにおはぎコウモリは、魔物避けのスクロールを発動させた途端「ギィーーーッ!」と叫んで逃げてしまった。効果てきめんである。
「可哀想だけど…しばらくは放っておくしかないね」
「奴ともここでおさらばだ…」
「えっ、今になってほっぽり出すんか?」
「フン。奴も魔物の端くれだ…。本来ここが、生きるべき場所だろう」
「魔物避けの中へ連れてくる訳にもいかないよ。ひどく苦しませてしまうから…」
「そうか…そんなら、仕方ないな。達者でな!」
「ギィーッ!ギギー!」
薄闇が濃くなりつつある木立の間から、おはぎコウモリの怒った声だけが響いてくる。
アディオス、森へお帰り。
ーーー
火おこしまでが一苦労だった。山火事にならないよう、雑草を刈って軽く土を掘り起こす。リヒャルトたちはグロッキー状態なので、当然俺の役目だった。
イアニスが大きなスコップを取り出し渡してくるのを見て、ギルドで交わしたアイテムボックスの容量についての会話を思い出した。こいつの容量って、それこそ倉庫ぐらいあるんじゃないか。そうでなきゃ、スコップなんて入れないだろ。
それが終わると、ドルトナの街で購入した火おこしのスクロールを使って焚き火をつける。そうして「花売りコカトリス亭」で受け取った弁当にやっとありついた。野菜と卵と燻製肉の入ったサンドイッチだ。うーん。腹ペコにはたまらん。旨し旨し。
リヒャルトとイアニスはマフィンのようなものを無理やり咀嚼していた。まだ車酔いが尾を引いてるらしい。
彼らは俺の分の寝床もこさえてくれたので、お礼にクリーンのスクロールをお裾分けとして渡した。
いつだかはぼっちキャンプだったが、今日はベテランのキャンパー (冒険者だけど)と一緒だ。色々と見習おう。
木から垂れ幕を下げるのは、急な雨が凌げるのと火の明かりを目立たなくするためらしい。野生の動物と違い、魔物は明かりがあると逆に獲物だと思って寄ってきてしまうという。
その魔物避けも今は二人が満足に動けないので早めに張ったが、本来は就寝時の方が良いそうだ。ふむふむ。
「おっ…それは、うちの特産品じゃないか。毎度どうも」
俺が取り出した生姜湯を見つけたイアニスが、嬉しそうに言った。木にもたれややぐったりしてるが、だいぶ顔色が良くなっている。同じく回復してきたリヒャルトの方は、反対にぶすくれて舌打ちした。
「何かと思えば、虫の飲み物なんぞ出しやがって」
「あれは改良した暖房薬だってば。大々的に売り出してるのは飲食用のこっち。美味しいぞ」
「うん。旨そうだし、暖かそうだから買ったよ」
イアニスはにこにこだ。
地元愛の強い人だな。貴族だから、領地愛か?しかし元々は平民だと言ってたっけ。
「そういや、イアニスはどういう経緯で貴族に?養子入りしたのか?」
気になって尋ねると、あっけらかんとした答えが返ってくる。
「先代領主の目に留めて頂けてね。たまたまラッキーだったんだ」
その昔、本当の家族と折り合いの悪かったイアニスは、口減しのため真っ先に家を追い出されてしまったという。奉公先が見つからず魔族の国を転々と彷徨うこと数十年、遂には奴隷となってこの国の辺境へやってきた時に、当時のレダート家当主に能力を買われた。それが20年以上前の事。
「ど、奴隷!?」
「うん、奴隷。魔族の奴隷は、人間の国じゃそこそこ良い値段」
軽い口調で、重い話がされる。イアニスは朗々としてるが、リヒャルトはぶすくれ顔がさらに深まってブサイクになりかけていた。心底気に入らないらしい。
虫の魔物を操るのに長け、アイテムボックスのスキルも持っていたイアニスに先代当主は目を付けた。護衛兼密偵として子爵家の従者に招かれたが、現在の当主が「もうレダート家に入んなよ」と養子にした。
「そんな簡単に…」
「普通は無理さ。正式な跡取りがいるのに、平民から次男を設けるなんて。けど、先代や辺境伯閣下も踏まえて取り決めがあったらしくて」
イアニスの出自をちょちょいと誤魔化す事で、彼は子爵家入りを果たした。
ふーん…。貴族のあれこれはよく分からないけど、レダート家にとってイアニスはそれほど買われる人物なのだろう。
「義兄上は今16歳で、王立学院に行っている。少し照れ屋さんだけど、成績優秀で優しくて超超イケメンさ。義妹は控えめに言って、この世に舞い降りた天使その者でー」
「ちっ、よせ!もうその話題は出すな!コレが始まったら、2時間は消し飛ぶ…!」
「51歳の兄上が16歳とは…?」
「よせと言ってるだろうが!」
魔族と人間の年齢差で色々と混乱しそうだが、イアニスのうちの子自慢が止めどなく続いたせいで結局よく分からなくなってしまった。
それにしても、ここまで人間の事が好きならば…ますますリヒャルトのような奴と仲良くしているのが不思議だ。聞いてみたい所だが、何しろ延々と迸る「可愛い」「この世界の至宝」「目に入れても痛くない」という演説を前にそんな機会は訪れなかった。もう発言が孫に対するそれである。
クラーテルジンジャー湯を飲んでポカポカした俺は、疲労のままに横になる。寝袋は快適だけど、いざという時咄嗟に動けないのはまずいな。失敗したかもしれない。
そんなこんなで、ぐっすり朝まで眠った…とはならず、見張りは交代だぞと真夜中に叩き起こされるのだった。
見張りを2回経て眠った翌朝。
暗い早朝に目が覚める。魔物が現れる事はなく、心配していた雨も降らなかった。忙しなく起きたり横になったりを繰り返したので、寝覚めは良くない。
モゾモゾと身を起こすと、腹の上でも何かがモゾモゾ動く。見覚えのある毛玉が、真っ黒な目でこちらを見上げていた。
「うわっ!また出たなお前!?」
「キキキー」
「魔除けの効力がきれたからね。あれからずっと僕らの周りを健気にウロついてたみたいだよ」
「わざわざ『魔繋ぎの紐』を解いてやったのに…呆れた色ボケコウモリだ」
イアニスとリヒャルトはもうすっかり起き上がって、テキパキと片付けを始めている。おはぎコウモリは俺が起きたのを確認すると、ぴょんと地面に飛び降りた。リヒャルトが括り付けたというミサンガが、その片足からなくなっている。例の便利アイテムは魔繋ぎの紐というらしい。
「なぁ…こいつ連れて行って大丈夫なのか?ダンジョンなんか入ったらやられちまうんじゃ」
「どうなんだい?リヒャルト」
「魔物は大した事ない奴らばかりだ。スライムだの骨食いムカデだの…それこそプラムバットでも出てくるかもな」
今から向かうダンジョンもどきについて、リヒャルトはそう話した。
どちらかと言えばいない方がマシだが、いても問題ないだろう。結局、結論はそれだった。何よりおはぎコウモリ自身が付いてくと出張ってきかないから、追い払っても無駄だろうと。
「危なくなったらとりあえず、シマヤさんの背中にひっついてるんだよ。昨日みたいに」
「キキッ」
「おーい、勝手に決めるなや」
俺は一応文句を垂れたが、内心諦めていた。今までのとぼけた様子を見るにこいつは、魔物とは思えないほど無害だ。同じコウモリでも魔境のキラーバットとは雲泥で、むしろダンジョンでぽっくり死なないか心配ですらある。
さて片付けだ。せっせと己の敷き布や寝袋、毛布がわりのマント、湯沸かし道具なんかを収容。
荷物をまとめた後、キーを開けて軽を出す。車を前に渋い顔の二人へ「なるべく下を向かないように、遠くを眺めてろ」と注意して、後部座席へ押し込んだ。
「イアニスなんて昨日、地図を見てたろ。そりゃ酔うよ。リヒャルトは…あんだけ威張ってたくせに、普通に酔ったな」
「黙れ!貴様の腕が悪いせいだ。前のめりでヒーヒー言っていたろうが」
「あー…否定できんけども…俺もなるべく気をつけるから、お前らも頑張って。あと少しのはずだから」
「そうだね…」
嫌々座り込む二人と、サンバイザーにぶら下がる1匹を乗せて再びエンジンをかける。よし、MPは随分回復してる。ナビを確認すると、あと30分くらいで到着だ。
「じゃ、行くぞ」
「ああ」
「頼むよ」
苔むし看板を通り過ぎて、昨日に引き続きくねくね道を登っていく。景色は相変わらず鬱蒼とした山中で、ふとした時に目も眩むような高さの崖下が現れた。随分登ってきたな。
ーーー
「あれだ…もう見えてきた」
硬い表情で外を眺めていたリヒャルトが、やがてそう呟いた。その視線の先を見上げると、梢の向こうに建物の一部が覗いている。瓦屋根だ!
「あっ、本当だ!信じられない…こんな山奥に」
「本当に着いたな」
車内が一気に色めき立つ。これから泊まるホテルが見えてきたみたいな感じだが、あれ廃ホテルよろしくなダンジョンなんだよな…。チラリと見えただけでも、見覚えのある雰囲気の建物なのが分かった。
「目的地周辺です。ルート案内を終了します」
それから少し経ち、とうとうナビが到着を告げる。今回は突然の案内終了によるほっぽり出しは受けなかった。進行方向には背の低い石塀が左右に伸びていて、山の中にあって異様なそれが目を引いた。あれが目的地だ。
そのまま近寄っていくと、やがて入口らしき門構えが見えてくる。
見た目は本当に、日本のちょっといい旅館だ。
石の塀と、所々にかろうじて残っている紺の瓦。その殆どは、下に落ちて砕け散っている。木造の柱と梁は上へいくにつれて変色し、危うげながら形を保っている。伸び放題の草や苔に覆われて、全体が緑に沈んでいるようだ。
「廃ホテルのホラーツアーだ…」
「あ?何と言った?」
「ここが入り口かい?」
「そうだろうな。私がいつも入り込んでいる場所とは違うが」
早速ドアを開けて外に出ていく二人に、慌てて着いていく。リヒャルトの肩越しに入り口の向こうを伺った。
とにかく草木がボーボーだ。それまでこの山にあった植物ではない、色や形の違う葉があちこちに群生している。恐らくは、お庭の成れの果てだろう。
「いやはや、無事に着いたね。たった1日半で…。リヒー、体調は?」
「問題ない。ひとまず外周を当たり、私の把握している入り口を探す。そこからなら、多少の土地勘を掴める」
「了解した。奥に入ったことはないの?」
「一階の一部しか周ってない」
二人はテキパキと打ち合わせのようなものをし始めた。はえー、慣れてんなぁ。
と、そんな他人事の構えをしてる場合ではなかった。俺も行くんだ。
「あのー、俺は戦闘からっきしだから、ステルスモードで二人の後をついてってもいいかな?」
「うーん…よほど安全なら、その方がいいかもしれないけど。僕らからも姿が見えなくなるのだろう?」
「うん、そう」
「それなら少し心配かな」
ステルスモードの間は、イアニスたちは車を認識できなくなるし、俺も彼らに声をかけられなくなる。不測の事態にあった時にそれでは困るから、車は基本使わないで欲しいようだ。その代わり、護衛をしてくれると言う。
ダンジョンでもステルスモードが通用するのか検証したい所だったが、それなら仕方ない。守ってもらえるのなら、それでいいか。
「けど、検証は是非してもらいたい。もし普段通りすてるすのクルマが使えるなら、緊急避難路を常に確保しておけるようなものだ」
「分かった。やってみるよ」
「使えたらな。さっきも言ったが、そんな上手い話があるものか。あと私はこんなヤツ守らんぞ。やるなら貴様が全てやれ」
「ハイハイ、分かったよ」
「…そういう事いうのかよ。帰りはお前だけ置き去りにしてやるからな」
「黙れ!行くぞ!」
「キキィー」




