26.野球とUNOなら遊べる世界だった
「くくくくっ、おい、貴様……今のは、こいつの化けた姿だ…もうどこにも、いやしない」
「キ、キィ?」
「残念、だが……諦めるんだな…」
「俺じゃなくて、車だ!車」
俺とリヒャルトとイアニスが何とか事情を説明する事数分、おはぎコウモリはようやくキラーバットがここにいないのを理解した。
しかしどう理解したのか、今度は俺の頭上を怒り狂って飛び回り、執拗に追いかけるようになってしまった。
「地獄……」
「そんなに忌み嫌う事ないじゃないか」
「俺はコウモリが大っ嫌いなんだ…」
「ギィギィ!ギィギィ!!」
「返せ返せと…言ってるぞ」
「知らねー!ただの車なんだって!頼むから諦めてくれ。あんたらからもちゃんと言ってよ、俺じゃ言葉が通じてないんだから」
どうやら魔族と魔物は意思疎通が可能のようで、通訳をして貰ったものの、「散々教えているんだけどね…」「当の奴が、聞く耳を持たん」とどうにもならなかった。
「と、とにかくまぁ…こんな感じで、魔物と言っても本物じゃない。あくまでそういう性能を持った車体になるって事だから」
「見た所、快適な旅とはいかなそうだね…」
気を取り直し、そしておはぎコウモリの恨めしげな視線を無視して、俺は話を戻す。
安全性でも時間的にも、ジズになるのが一番良さそうだと俺は思ったが、二人から代行モードでの移動は断られてしまった。
あまりに到着時間が早過ぎて、不安が拭えないらしい。まぁ、5日の道のりを25分でと言われても、現実味がないだろうな。
「それに…陸続きでもこんな短時間で辿り着くルートがあるなら知っておきたい。調査は必要だろうけど…もしこの山に道を敷くのが可能なら、願ってもないことだ」
イアニスは真面目な顔で、陸路のルートを映したナビ画面を眺め言った。先ほどとは打って変わって、執政者の顔だ。
「さっきも話したけど…レダーリア山は険しくて貧しい場所でね。きのみや薬草もなければ、獣もいない。まぁ、無い事はないが…もっと安全にたくさん取れる場所が他にある。沢や渓谷が多く、似通った景色ばかりで遭難しやすい。それこそリヒー並の意味不明な理由でも無い限り、立ち入る者はいない山だ」
「おい…!」
「なら、山道を敷いても仕方ないんじゃ…?」
「いいや。人の手が入らない場所は、どうしても魔物が大規模な群れを作りやすい」
魔物たちが勢力をつければ、やがて人里を襲うようになる。特に、何でも食べてよく増えるゴブリンなんかの魔物だと、非常に厄介な事になるという。
そんな彼らの要望を踏まえ、陸路で向かうことが決まった。
ーーー
それから暫く経ち、リヒャルトの体調がだいぶ回復したのを見計らって出発した。
埃っぽい小屋から出ると、とりあえず人目を避けるため集落を後にする。空は相変わらず雲行きが怪しかった。
街道に出た所で改めて車を出し、全員乗車する。レダーリア山の麓までは、ステルスモードでの移動だ。
後部座席へ乗り込んだ魔族男子ズはソワソワと車内を見渡している。
「狭ぇ…」
「うん、足を伸ばすスペースがもっと欲しいね。けど思ったより座り心地がいいや」
「キキキーィ」
それが第一声の感想だった。ナビを再確認していた俺は、反射的に振り返って叫ぶ。
「おいそこ!コウモリは降りろ!」
そこにはなんと、おはぎコウモリが何食わぬ顔で2人の間にちょこんとおさまっていた。当たり前みたいに着いてくるんじゃない!
「何を今更騒いでる。さっきまでなんとも言わなかったろうが」
「知らない知らない、気づいてたんなら言ってくれよ!」
「裾の中に張り付けてるから、てっきり貴方が連れ歩いてるんだと…」
貼り付けてない、勝手に張り付いてんだ!何で黙ってんだよこいつら。
「キィー」
「シャムドフ様のお話では、今から行く場所は魔物も通うほどの所だったそうじゃないか。気になるから、行ってみたい。そもそも、オマエらが暴れ回ったせいであの家は当分使えないんだから、オマエらがジブンの面倒を見るのは当たり前だ……って言ってるよ」
「…今の全部、『キィー』の一言で言いきったんか?尺足りないだろ…」
大体、今から向かうのはダンジョンもどきだぞ。聞けばプラムバットは弱い魔物の部類に入るらしく、そんな奴がダンジョンで暮らしていけるはずもなかった。魔物であれ人であれ、外部からの存在を吸収しようとするのがダンジョンだ。
「それ以前に、普通にばっちいわ!野生のコウモリなんて、どんな病気持ってるか分からんだろ。帰れ帰れ!」
「キキキ~?」
「汚いコウモリなど連れて行きたくないから失せろ、と言ってるぞ」
「!?」
おはぎコウモリに俺の言葉を翻訳するリヒャルト。確かに内容は一緒だけど、30倍くらい悪意が増している。その台詞を受けて、おはぎコウモリはピタッと固まった。
「…………キ」
またギーギー騒がれるのかとうんざりする俺の予想に反し、弱々しい鳴き声がぽつりと上がった。
ん?と見やれば、二人の間で丸くなった毛玉がしょんぼりと座席の下を見つめているのだった。そのあからさまに傷ついた様子に、思わず「え…」と狼狽えてしまう。
「俺のせいじゃない、よな?」
「貴様のせいだろう」
「リヒーに勝るとも劣らない酷さだ…」
「ええ!?今のはあんたがわざと意地悪な言い方したからだろ」
「フン、よく言う。貴様も同じだ」
「シマヤさんも大して変わらないよ」
同時にキッパリと告げられて、俺は鼻白らむ。納得いかないが、おはぎコウモリのあまりの落ち込みように何も言えなかった。縮こまった姿はすっかりまん丸で、本物のおはぎのようなフォルムになっている。
参ったな。流石に気まずさが勝った俺は、慌てて謝った。
「す、すまん。言い過ぎたよ。運転中は危ないから、飛び回るなよ」
「…キ……キィ?」
「はは。言い過ぎてごめんね、無闇に飛び回っちゃだめだよ。だって」
「あと絶対ウンコしないで。どうしても無理な時は、こいつらの服の上でして」
「キィー…?」
「……」
「こいつ……」
俺は口を酸っぱくして繰り返したのに、リヒャルトもイアニスも翻訳してくれなかった。
地図を見れば、レダーリア山の麓までは直線距離で向かえるようだ。道がないというのも、手っ取り早いもんだ。
「ステルス運転モードへ移行します。車外へ出るときは安全を確認しましょう」
「なんだっ!?誰だ貴様!」
「ハイハイ、ただの音声だから怒んないで。出発するよ」
「はい。お願いします」
「キキッ」
どんよりした雲の広がる原っぱを、奇妙な顔ぶれを乗せた車は進む。地図の先を辿ると、レダーリア山はここからでも充分確認できる位置にあった。この調子では、15分とかからず麓に到着しそうだ。
「音声と言っていたけど、今のはこのクルマが喋ったんじゃないのかい?」
「そうじゃなくて…えーっと、あらかじめ入れてある音声がその都度流れる仕組みなんだ。だから受け答えとか、会話してくれる訳じゃないよ」
「そうなのか…。全く、大したものだね。謎のお喋り機能もついているし、揺れが少ないのにずいぶん速い。こんな乗り物が一般市民でも手に入るんだろう?異世界は」
イアニスは流れる外の景色を眺めながら、少し興奮気味に言った。そんな彼を一瞥して、リヒャルトが「そういえば」と口を開く。
「異世界から人がやって来るという話は、昔聞いたことがあるな」
「へぇ、本当かい?」
「そ、そうなの!?」
「お祖母様が教えてくださった」
なんと。俺以外にも異世界転移か転生を果たした人がいたと?ひょっとするととは思っていたが、まさか本当にそうだなんて。…はやく知りたかったな、それ。
「なんでも、海の向こうの遠国では異世界から人間を呼び寄せる召喚の儀式とやらが伝わっているらしい。儀式によって現れた人間はみな奇妙な言動をとるも、計り知れない力やスキルを持つ超人だったとされる……人間のくせに…」
おお。どっかで聞いたことのあるような話だ。あれだよな…勇者とか聖女とかいって、現代人が異世界召喚されちゃうやつ。大抵、片道切符で帰れないんだよな。
「異世界から人が来た前例があったなんてね…知らなかったよ」
「確か……ウノとヤキューは、異世界からもたらされたものだと聞いたぞ」
「えっ、そうだったんだ。シマヤさん、知ってる?」
「ウノって…UNO?カードで遊ぶやつ?」
「そうそう」
またもや驚くべきことが判明した。UNOに野球。そんな物が伝わっているのなら、間違いない。俺の他にも、普通に異世界転移した奴がいたんだ。
ていうかUNOって…ニッチなとこいったな。そこはトランプとか花札じゃないんか、同胞よ。UNOしか流行らなかったのかもしれない。それに…
「そっか。この世界の人も、野球で遊ぶんだ」
何だか少し、嬉しい話を聞いたな。
野球の面白さってのは、やはり世界を超えて人を夢中にさせるらしい。俺もやるのはからっきしだが、夏の甲子園は必ず観てた。
しみじみしている俺に、イアニスの質問攻めが始まった。聞かれるがまま、俺は日本という国で車の事故にあいこの世界へやって来た事を伝えた。信じてもらえるか疑問だが、事ここに至ってこいつらにどう思われようと構いやしない。
「なるほどねぇ、魔法も神々もいない世界だなんて……シマヤさんの浮世離れっぷりに納得がいった」
「ニホンの魔族の話をしろ」
「いや、だからいないよ。人間と動物と植物でおしまい」
「…くだらん国だ」
「そこまで言うかよ?」
ブレないな、このクソ魔族。
最初は石のように固まって動かなかったおはぎコウモリが、いつの間にやらのそのそとダッシュボードの上へとやって来ている。ハニワやピコのぬいぐるみに向かってぶわわっと毛を逆立てている姿を横目に、俺はふと溢した。
「…あっちじゃ俺は死んだことになってるだろうから、この世界で生きてかないと。つっても、どうもこのスキルは…あまりこの世界じゃ受け入れてもらえないような力なんだよな…こそこそ隠れたり、魔物になったりさ」
「ふぅむ。確かに少々、扱い方に気をつけないとだね。特殊スキルというのは、総じてそんなものだよ」
「だよな。しまいには変な魔族やコウモリに絡まれるし…こんな目にあうくらいなら、何もスキルに拘って生きてかなくても良いのかもな」
思った以上に悪目立ちする力だ。リヒャルトやイアニスはまだ話のわかる連中だが、もっと洒落にならない犯罪の片棒を担ぐ羽目になっていたら?強盗、密入国、殺人幇助……その気になれば容易にできてしまう。
せっかくの特殊スキルだけど…そんな危険な目に合うのなら、元も子もない。
それに…俺は魔境でのレベル上げの日々を思い出した。ラスタさんに命を張ってもらっている間に、自分は安全なステルスモードの車の中。好意で貰った高価な財宝たち。
これって、そうとうズルい使い方だよな?良いんかなぁ、そんな力に頼った生き方って。
「フン。そんな事で思い悩むとは、実に愚か。やはり人間とは下等な生き物なのだな」
「いや、そこまで言うか?さっきからよ」
「スキルは力だ。持ち主の一部だ。生かすか殺すかを悩む必要がどこにある」
リヒャルトはいつもの調子で揺るぎなく言い切る。相変わらず傲慢ちきな態度だが、何故かこればかりは不愉快に感じなかった。
「己の持つ力で生きていくなど、誰でもやっていることだ」
「そうだね。生きていくって、つまりお金を稼ぐという事だろう?幾らでもやりようのあるスキルだ。例えば、ある土地ではありふれていて価値の薄いものが、遠い別の土地では貴重で高価なものに変わる」
大雑把だけど、商売の鉄則だよね。そう語るイアニスの言いたい事は、何となく分かった。俺も考えていた事だからだ。
安く仕入れて、別の場所で高く売る。それは、このスキルの上手な使い道のような気がした。
スキルは力……俺の一部、かぁ。
少々すっきりした心持ちで、俺はリヒャルトの言葉を反芻するのだった。




