25.シマヤバットも災難
俺は目を疑った。
日本語だ……『山荷葉』の所だけ、漢字で書かれている。どうしてこんな異世界に、日本語の地名が存在するんだ?!
いつの間にか助手席のドアを開けなだれ込むようにナビ画面を見てた二人も、首を傾げている。これで「サンカヨウ」と読むのだと教えれば、「このグシャグシャで?」と驚いていた。
精霊爺さんが「其方に馴染みのある場所だから」と言っていたのは、こういう事だったのか。俺と同じ世界の…日本の名前がついた場所。しかもONSENときた。
作った人、絶対日本人だろ…!
って、いやいや…それは早まり過ぎか。
それに、後ろにしっかり「跡地」とついてる。リヒャルトのいう場所と一致するなら、そこは廃墟となって今やダンジョン化しているという事だ。
ナビだと危険地帯は赤色で表示されるが、このレダーリア山辺りは薄ピンク程度でしかない。魔境ほどの危険さは無いようだ。
「えーっとこれ、あんたの知ってるダンジョンと位置は合ってるか?」
俺はピピピと地図を拡大して、目的地周辺の様子をリヒャルトに見てもらった。リヒャルトは俺が操作するのに倣い恐る恐る画面をスワイプして、地図をじっくり検分する。
「そう、だな…周囲の地形や沢にも、覚えがある。…だが…私が辿った道のりとは、異なっている…」
やがて、リヒャルトはそう呟いた。それはそうだろう。垂直で登り降りするルートと一緒のはずがない。このルートはリヒャルトが辿ったのとは違う道順で、「山荷葉」へ繋がるのだ。
そう言ってみるも、彼は納得しかねるようだ。
「それに…ここは行き止まりの、はずだ。…これがさすように…この道に、繋がりはしない…」
ナビのルートの中間辺りを指差して、リヒャルトは首を振る。曰くその辺りは岩壁の聳え立つ崖しかなく、引き返した地点らしい。
一方のイアニスは己のアイテムボックスからカレンダーほどもある紙を取り出して、ナビ画面と見比べた。随分くたびれたそれは、地図のようだ。
「うーむ、縮尺が違うから何とも言えないけど、大元は合ってそうだね…。貴方はこれが、全て頭に入っているんですか?」
今までに無いような眼力で俺を見据えて、イアニスは尋ねてくる。深刻そうな表情に気圧されるまま、即座に首を振って答えた。
「まさか!知らない場所だ。この情報はぜーんぶナビに入ってるもので、どこまでが本当か俺には判断つかないよ」
今の所このナビがかなり正確なのは分かっていたが、俺はすっとぼけてそう口走る。
まぁ、嘘ではないよな。俺はスキルを授かっただけで、生み出したわけじゃない。細かい仕様なんて知りません。
「信じられないんなら、乗らなくてもいいよ。俺はそれでも全然構わないから」
淡い期待を込めてそう言うと、二人は顔を見合わせた。ぎゅうぎゅうで狭そうだな、どっちか早く出ろよ。
「いいや、乗るさ。そういうスキルなんだろう?信じる信じないは、実際にこの目で確かめてみなきゃ何ともね」
「にしても、無茶苦茶だぞ…まさかとは、思うが…これは…ダンジョンもどきへ、到着するまでの、時間か…?」
「もしそうなら、とんでもない事だ。レダーリアの峻険に山道が敷けるかも……なーんて。夢があるなぁ」
やはり行く流れらしい。できれば厄介魔族二人から解放されたかったが、仕方ない…。
今となっては、俺もその場所を訪れる気になっていた所だ。
精霊爺さんの言っていた「寿命を迎えいなくなった主人」は恐らく日本を知っていて、それなら元の世界に関する何かも残っているかもしれない。それなら行ってみたい。一目見て、確かめたかった。
それはそうと、俺はリヒャルトに向き直る。
「それで、今すぐ行くわけ?あんたは麻痺が抜けきってないだろ」
震えは止まっているが、未だ口調がおぼつかない彼の様子を伺う。こんな状態でダンジョンへ向かうなんて危険だろう。
「それはそうだね、面目ない。リヒャルトの体調が戻るまで、待たせてもらってもいいかい?」
「フン……」
イアニスは少しバツが悪そうにそう言い、リヒャルトは自分のせいでないとばかりに鼻を鳴らしてふんぞり返えった。あ、こいつ元に戻ってきたな。
スズメバチの毒が完全に抜けるまで数時間、ここで待機となった。
その間、俺はいそいそと後部座席の荷物たちをトランクへ移動する。魔境のお宝や勇者の剣など、間違ってもこいつらの目に触れさせられない。
剣はドルトナで購入した布であらかじめ包んであったので、目立たずに済んだ。過去の俺グッジョブ。
それから、取り上げられていた荷物もやっと車に積み込んだ。ドルトナの街で購入したクッションを早速運転席へお迎えする。よしよし、これで俺のケツは無敵。
あるべき所へおさまったクッションに満足していると、イアニスが不意に尋ねてきた。
「ところで、異世界というのはこんなものが作れるんですか?少し見た限りでは、とんでもない技術が使われてるように思うんですが…」
彼は感心した様に窓ガラスをコンコンと叩いている。
いやもう、そらそうですよアナタ。日本車といえばその昔、市場を席巻した世界に誇れる産業だったんだから。いまも中古の重機は世界で人気だって、いつだかニュースで見たな。俺が乗ってるのは中古の軽だけど。
「すごい技術なのは確かだけど…どういう仕組みかだの、どうやって造るかだのは一般人の俺にはわからないんで、聞かないでくれよ。専門の開発者や技術者でもないと」
それに、本物の車は魔力をエンジン代わりになんかしないし、魔物に姿を変えて空を飛んだりもしない。…そもそも、スキルじゃない。乗り物だ。
そう言うと、イアニスもリヒャルトも「魔物?」と声を揃えた。
「魔物になって飛ぶ!?何それヤバいだろ」
「まさか、それで2時間で、到着する…というのか?」
「んー、いや。…そうか、飛んで行った方が早いのか」
わざわざ険しい陸路で向かわなくても、ジズでひとっ飛びできるのをすっかり失念していた。この山は人が寄り付かないらしいし、好都合だ。
俺は画面をポチッて、ジズを車体にした場合のルートに設定し直す。結果、空路での所要時間は25分になった。
「どうしてそうなる!?」
「何の冗談だ、それは…!?」
大幅に縮んだ到着時間を前に、魔族二人は雄叫びを上げた。イアニスに至っては口調がだいぶ豹変している。それが素なんか?
「いや、これは…あくまでも止まらずに全速で進んだ場合にかかる時間だから、実際はもっとかかるぞ」
「だとしてもおかしいよね?!」
「そもそも…こんな、ものが、どうやって、魔物になる…?」
「知らんよ。そういうスキルなんだ」
「そういうスキルなんだって…」
イアニスは引いてるが、こちらもそう説明する他ないのだった。
顎に手を当てて考え込んでしまった彼を他所に、リヒャルトが更に聞いてきた。
「魔物に、なって…その後はどうやって、もとに戻る?その間貴様は、魔物の腹の、中に…収まるのか?」
「いや、そういうわけでないよ…えーっと、キラーバットで試してみるか」
実際に見てもらおうと、再び代行モードを操作する。
これから魔物の姿になるけど絶対に攻撃してくれるなよと念を押すと、二人は何とも言えない顔を浮かべた。それでも頷いてはくれたので、俺は久々のキラーバットを車体に選択する。
代行リストには、見覚えのない名前がちらほらと増えていた。ちょうど時間もあるし、後でじっくり見返しとこう。
「代行操縦運転モードへ移行します。車体のHPに注意し、安全を確認して走行してください」
いつもの音声がして、窓の外がグニャグニャと歪む。
それが止んでクリアになった周囲は、例によって全てが巨大化していた。目の高さはほぼ床と一緒。呆気に取られた顔の二人が、はるか頭上からこちらを見下ろしている。
「キ、キラーバットだ…」
「…死んでるのか?」
「というより、目を開けて寝てるって感じだね」
二人は顔を見合わせ当惑している。
こちらからじゃ分からないが、死んでるように見えるのか…。確かに魔境でも「生気がないキラーバット」て言われてたな。
俺から目線では巨人と化したイアニスが、同じく巨人と化したリヒャルトと共に近づいてくる。ゆっくり恐る恐るといった動作だが、デカいので迫力が凄い。
「もしもし、シマヤさんですよねー?」と話しかけられるも、代行モード中なのでこちらからの声は届かない。というか、キラーバットになってるのは俺じゃなくて車だから!
うーん。説明するの忘れてた。
「まるで、剥製だな…本当に、やつなのか?」
「さぁ?少なくとも、本物のキラーバットではないだろうね。こんなに大人しい子がいるわけない。シマヤさん、ここに止まれますか?」
イアニスは自分の片腕を掲げて、ポンポンと示した。
「うわ。できるかな…」
飛び上がるのは簡単だが、狙った地点へ着地するのはかなり難しいのだ。日本でも俺は駐車がめちゃくちゃ苦手だった。
ギアをAに入れて小屋の中を滑空し、イアニスに向かってハンドルを切る。それからギアをDに変え、彼の腕を狙って下降した。あと少し…もうちょい…
「ここ!」 スカッ
渾身の気合いと共にPに入れるも、車はイアニスの腕の30センチほど右を素通りした。激しく上下左右に揺れながら、その場に浮遊し続けようとする。ヒーッ、酔う!
「おい…何をバタバタ、やっている…」
「あっははは!おしい~」
リヒャルトは呆れたようにこちらを睨み、イアニスは笑い出した。
こいつら……馬鹿にしおって。実際マジで難しいんだからな。そんなに笑うならやってみろや、絶対無理だから!
俺は文句を言ってやるべく床に着地し、ナビを操作しようとした。その時、すぐ側で「キィーーッ!」と甲高い鳴き声が上がった。
途端に血の気が引く。しまった。言葉の通じない本当の魔物がいるんだった…!突然知らないコウモリが現れたら、襲ってくるに決まってる。
案の定、おはぎコウモリが飛びついてきた。ホワホワの毛に尖った耳、真っ黒な羽と目は先ほどと変わらないが、とにかくクソデカい。車と大して変わらないサイズと化したそいつに、生理的な嫌悪感がゾゾッと湧き上がる。
「や、やめろ!このキモコウモリ!」
「キィ~、キィ~~」
聞こえている訳もなく、おはぎコウモリはそのでかい図体でグリグリと体を押し付けてくる。たまらず車体は大きく揺れ動き、このままでは横転しそうな勢いだ。
こんにゃろうと悪態をつきながらナビを操作するが、あまりの揺れで手こずる。このままじゃ車がスクラップにされちまう、と焦る俺とは裏腹に、リヒャルトとイアニスはあろう事か腹を抱えて笑い出した。
「なははは!し、シマヤさん…!求愛されとる!」
「あっはははははは!ウソだろう…ははは!……ははっ、ひーっ…くるし……!」
「笑ってんじゃねーよ!止めろばかタレ!」
「キュイッ!キィ~~」
グラグラする中、やっとのことでモード解除のボタンに指が届く。再び窓の外がぐにゃぐにゃし、運転席が元に戻っていく。車にぴったり張り付いていたおはぎコウモリが「ンギィ!?」とふっ飛ばされたのが分かった。
「ああっ、大丈夫か?」
「あっはっはっはっは…!ゲホッゲホッ…!」
視界が戻ると、床に転がったおはぎコウモリへイアニスが駆け寄っているのが見えた。リヒャルトは笑いながら咽てる。
ホッと安堵すると同時に、怒りが込み上げる。俺はケラケラ笑ってるだけの二人に向かって吼えた。
「ちょっと!呑気に笑ってないで助けてくれよ!車が壊れたらどうしてくれんだ?修理なんてできないんだからな!」
「す、すまない。けれどこの子に害意は無かったし、むしろ君にひ、一目惚れしたようだよ、ぶふふふ」
「キィッ!?ギィーーッ!」
元の手のひらサイズなおはぎコウモリは、キョロキョロと辺りを見回していた。「キィ?キィキィ…?」とちょこまか飛び回り、何やら探している。
なんでも、キラーバットとなった車体がおはぎコウモリの好みのタイプだったらしく、さっきのは襲いかかってきたのではなくて、単なる熱烈アタックだったらしい。




