24.メグリユ・サンカヨウ
「白状しろ…!貴様の…スキルとは、なんだ…?なぜ貴様ごときが…あのダンジョンと…馴染みを持つなど」
「知らん知らん、無いよそんなの!ここに来たのだって初めてで……本当にデタラメだって、あの爺様の!」
「……詳しく、話す気は…無さそうだな……」
めらめらとリヒャルトの赤い目に怒りが燃えている。まだ言葉はもたついているが、手足の痙攣はもう治っていた。解毒薬が効いているのだ。
震えの消えた腕を伸ばし、俺にピタリと手のひらを向けてくる。
「おい!勘弁し…」
「ギィッ!ギィーー!」
魔法をぶっ放す気かと身構えたその時、まるで制止するようにおはぎコウモリが甲高い声を上げた。ぴょこぴょこと鞠のように飛び跳ねてリヒャルトの頭に乗っかると、怒ったようにギィギィ言ってる。
「ええい、邪魔だ…!」
「ギギギギ…ッ!」
「聞けない相談だ…貴様が、どっか行け…!」
「ギュィィーーッ!?」
どうやら、己の住処でまた性懲りも無く魔法を使おうとするリヒャルトに抗議しているみたいだ。魔物にすら迷惑がられるなんて、ある意味凄いなコイツ。
「お待たせー…結局誰も捕まらなくて……って、何を騒いでるんだ?往生際が悪いぞリヒー」
ギィギィワーワーとやっている所へ、イアニスが戻ってきた。村役とやらは、呼んで来れなかったようだ。
リヒャルトの様子に眉を寄せ、おはぎコウモリの文句に耳を傾けている。
「ごめんごめん、邪魔をしたね。もう行くから……あれ?爺さんは?」
「ギキィ…!」
「んん?今なんて?」
「奴なら帰った……少なくとも、人では、ない…」
「帰ったって、本当に?」
どういう事だと尋ねるイアニスへ、リヒャルトが今起きたことを説明した。おはぎコウモリも何かを伝えているが、二人と違って俺には何を言っているのか分からなかった。
「なんて事だ……あの爺さーーあの方は、本当にシャムドフ様だったのか…!」
「いやっ、理解早いな!納得する所あった?俺にはとても精霊だなんて思えないけど!」
話しを鵜呑みにして驚愕するイアニスへ、俺は慌ててツッコミを入れる。
だが、イアニスはそれに首を振った。
「いやね、おかしいなとは思っていたんだよ……あの騒ぎでも平然と寝ているし。まぁ…それだけなら、ただの豪胆な人で済むけど」
彼は思案顔で言葉を切り、老人の寝そべっていた床へ目を向ける。もちろん、そこにはもう何もない。
「今、村役のもとへ行ってきたら、少々ゴタついててね。祭祀を取り仕切っていた数人が、揃って体調を崩しているらしいんだ。……何でも、酔った勢いで精霊様の御神酒に手をつけたんだとか」
「………」
「リヒャルト、あの御仁は祭りの最中に見つけたんだったよね?」
「……そうだ…人間どもの輪に、混ざって…やかましく、呑んだくれてた…」
「そ、そうか。お怒りでいなければいいが」
こんな事もあるんだなぁ、とまるでツチノコでも見つけたみたいな感想をもらす。軽いな…。魔法だの魔物だのがいる世界じゃ、精霊ってそんな扱いなのか?
「それでいま…こいつを、問いただして……いた所だ!」
「シマヤさんを…何でまた」
「あの、呑んだくれ精霊が……いうには、私の見つけた、ダンジョンもどきと……こいつには…関わりがあるらしい……異世界人だとか、何とかで」
「は?」
「嘘だウソ!ダンジョンなんか知らないし、異世界とかも身に覚えありません。あんな訳のわからん精霊ジョークで人を振り回さないでくれ!」
まずいぞ。イアニスには俺のスキルやらを知られたくない。貴族で常識人だからこそ、なおさら厄介だ。
大慌てで口を挟む俺に、リヒャルトは嘲るように笑った。
「見ろ…あんなに、焦って……誤魔化しているのが、バレバレだ……この、マヌケめ」
「違うわ!謂れのない誤解で迷惑かけられりゃ、誰でも焦るわ!いいから早く荷物を返せよっ!」
「はぁ……リヒャルト、返してやれってば」
イアニスが溜め息混じりに指図すると、リヒャルトは顔面にありありと不満を浮かべながらも、素直にアイテムボックスから荷物を取り出した。イアニスのいう事はしっかり聞くんだな。
「そうだ。ついでに魔導のオーブも出してくれないか。ちょっと確認したい事があるんだ」
大事な荷物袋を取り返しホッとした矢先、イアニスが唐突に言い足した。リヒャルトはこれにも素直に従うと、彼へ手渡す。さっきのお騒がせ水晶玉だ。
「うーん…やっぱり、キズがついてるよ」
「…あぁ?」
しげしげと手の上で玉を回して眺めたイアニスは、重々しい声でそう言った。リヒャルトは訝しそうにしているが、俺は途端に嫌な汗をかきはじめる。
この詐欺男子め!すっかり忘れ去られていた(なんなら俺も忘れてた)と思いきや、ここで蒸し返してくるなんて。というかあの時、水晶のヒビに気づいてたのか。あんなほっそい目して、どんだけめざといんだよ!?
「これは困ったねぇ…。レダート家に代々伝わる、貴重なマジックアイテムが……」
「ええっ!?」
「は…?」
「幸いマジックアイテムと言っても、修理が可能なものだから良いけど。…修理費用がなぁ」
この流れ……絶対脅してくるやつだろ。「どう落とし前つけんのじゃゴラァ!?」って怒鳴られるやつだろ。勘弁してくれ、俺のせいじゃねーよ!
「冗談じゃないぞ、俺の責任にされても困る!元はと言えば、こいつが無理やり押し付けてきたせいだろ」
「けれど、こうして壊れてしまったことは事実。僕は養子だが…この地を代々治めてきたご先祖様から授かった物だ」
「おい、何を言ってる……それはーー」
「それに傷をつけられて、おいそれと泣き寝入りなどできないな。我が家の名にまで傷がついてしまうよ」
リヒャルトが何かを言いかけたのを遮って、イアニスはつらつらとのたまう。
「今シマヤさんが留意する点は、どちらが悪いかではないよ。僕がレダート子爵家の者なのに対し、シマヤさんが流れの冒険者でしかないという点だ。立場の差だね。……そこを踏まえて、僕の頼みを聞いてくれないだろうか?」
「……断らせる気ないだろ…その言い方…」
「ふん……回りくどい、真似を…しやがる……気に食わん…!」
「あんたが言うなや」
「いいからちょっと黙っとれ」
俺とイアニスがそれぞれの文句を飛ばすと、リヒャルトは不機嫌顔でそっぽを向いた。
権力にものをいわせて慰謝料をふんだくるぞ、と暗に脅された俺は、かくしてイアニスの言いなりとなった。さっきからもう、踏んだり蹴ったりの泣きっ面に蜂である。
それにね、と彼はダメ押しの如くこう告げた。
「シャムドフ様からはっきり『この若者を助けろ』と頼まれたのなら、無碍にはできないよ。不興を買ってはバチが当たるかもしれない。御神酒をかすめとった人のようにね」
俺からすれば、あの爺様が精霊だというのが未だ半信半疑だった。でもイアニスやリヒャルトはそうでないらしい。
しかし冷静に考えてみると、普通の人ではあり得ないのは確かだ。
俺が日本から来た事はこの世界の誰にも話していないのに、知っていた。スキルにしてもそうだ。確かにカーナビは目的地に固有名詞を入れるのが手っ取り早いが、そんな事を異世界の者が把握している筈がない。しかしあの爺さんは「地名があれば導きやすかろう」などと言って俺にダンジョンもどきの名前を教えた。
服が乾いてたり刺青が光ってたりと、不思議な点もあった。魔力も相当高いらしいし……って、あの水晶オーブにヒビが入った原因は、あいつにもあるのでは?
「さて。当初の予定通りこれからダンジョンへ向かうとして…ちょっと整理してみようか」
イアニスはそう言うと、リヒャルトから聞き出した話をまとめた。
「……リヒーの見つけたダンジョンもどきは、かつて多くの者が訪れた憩いの場所で、そこを治める長がいた。ダンジョンになりつつあるその場所を再興させれば、大金持ちになれると」
「そんなものより、ダンジョンだ…!私の目的は、小金を稼ぐ、ことなどでは、ない。人間どもじゃ、あるまいし…!」
「けれど、その点については協力できないとの仰せだろう?」
確かにそう言ってたな、と俺は思い返す。魔王や魔境に関する望みは叶えてやれない、と。精霊爺さんは酒をくれたリヒャルトへの恩返しに、一財築けと言ってたのだが……。
「…お宝でもあるんかな?」
「どうだろう。ダンジョンといってもなりかけでは、大層なものを生み出せないはず。あるとすれば、シャムドフ様の仰られた『装束』のことかもね」
ふーん。そこが憩いの場だった時代に残されたお宝、てことか…。
「それでシャムドフ様が仰るには…シマヤさんは異世界人で、リヒャルトが装束を手にする助けになるスキルを持っているとの事ですが」
話をふられ、二人の視線が刺さる。痛ぇよ…。優しいラスタさんにすら打ち明ける勇気が出なかったのに、こんな厄介な連中にカミングアウトを強いられるとは。
「異世界というのは分かりかねるんで、ひとまず置いといて……あなたのスキルについて教えてください」
「ダンジョンに、導くというのは…どういう事だ?」
それぞれに尋ねられる。もう白状するしかなさそうだ。
俺は手のひらにキーを取り出して小屋の中をサッと見渡す。車を出す広さは、充分ありそうだ。
「ええと。俺のスキルは異世界自動車といって、自力で動く乗り物を出せるんだ」
そう言ってロックを開けると、ガチャリと音をたてて軽がスーッと現れた。ずいぶん久しぶりに見たような気がするな。
突然何もない所から出現した黒い車体に、二人はピキッと固まった。おはぎコウモリも驚いたのか「ギギッ!?」と鳴き声を上げ、急いで木箱の影へ飛び去ってしまった。
「こ、こりゃ一体……何でできてるんだ?錫?」
「確かに車輪が、着いているが…どうやって、動くのだ…?」
「本当はガソリンを燃料にして動くんだけど…この車は魔力で動く。それで、あの精霊様が言っていた導くっていうのは、これに付いてる道案内機能の事だと思う」
俺は車に入り込み、エンジンをかける。エンジン音と共に震えだす車を前に「わ!?」「うっ!」「ギィーッ!」と三者三様の反応を示す彼らをおいといて、ナビが起動するのを待った。
起動したナビ画面を指さすと、イアニスが恐る恐る近づいて覗きこむ。リヒャルトも木箱伝いに立ち上がるとそれに続いた。「動くなよ…!」と車に向かって威嚇している。いや乗り物だってば。
「カーナビと言って、ここに目的地を入れると、道順を案内してくれるんだ。オイ、あんた。そのダンジョンもどきってかなり遠いのか?」
リヒャルトへ尋ねると、彼は車内を見回しながら答える。
「ここから、ならば……5日程度だ。何事もなければ」
「徒歩で5日か…」
「レダーリア山の、山奥だぞ…こんなものが、通れる舗道なぞ…ありはせん」
山かよ。歩いて5日なら、車で数時間で済みそうだったが……登山となると全然違うよな。
「レダーリア山って…一人でそんな場所に入ったのか?」
イアニスが驚いている。レダーリア山は辺境をまたぐ山峰で、碌な恵みのない上に険しくわざわざ立ち寄る者はいないという。
リヒャルトが入った際は万全の準備を整え、道中数回は命綱をつけてのクライムまで行ったらしい。天候で足止めを余儀なくされ、片道7日の登山の果てにその場所へ辿り着いた。
す、凄いな。なんという執念だ。
それまでリヒャルトには悪感情しか沸かなかったが、素直に感嘆してしまった。そんな険しい山奥へ一人でウロついて、誰も知らなかったダンジョンを見つけ出したのか。まさに冒険者だ。
それはさておき…。リヒャルトの言う通り、車で行ける所なのか疑問だな。ジズが必要かもしれない。
「ひとまず入れてみるか…ええっと、めぐりゆ……めぐりゆ、あれ。何だっけ?」
「何故、そんな事も…おぼえて、いられないのだ?サンカヨーだ…メグリユ、サンカヨー…」
リヒャルトにガチのトーンで呆れられる。しょうがないだろ…いきなり異世界人バレして、内心それどころじゃなかったんだよ。
イラッとしながらも、手早くポチポチと入力。すると、間髪入れず地図とルートが表示された。
ここからだと北西に位置する山だった。なるほど峠道らしく、くねくねしている。所要時間は2時間18分で、ゴール地点には正式名称らしきものが表示されている。
めぐり湯温泉・山荷葉 跡地
「「「……温泉?」」」
全員の声が綺麗にハモった。




