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22.プラムバットの災難

おかげでやっと2人の脚力についてけるようになり、街道をずんずんと進んでいく。

いくつかの村を通り過ぎ日が高くなった頃、ようやくリヒャルトが「ここだぞ」と一つの集落で声をかけた。


木造りのゲートの向こうに、街道に沿ってぽつぽつと建物が並んでいる。日本でいう昔の宿場町のような集落だ。

よし、着いたな。あと少しだ。

本当に解放してくれるのか不安でいっぱいだが、何はともあれ荷物を先に返して貰わないと。

内心やきもきとしながら、リヒャルトに続いて集落へ入る。


彼がまっすぐに向かったのは、古びたほったて小屋だった。同じような建物が幾つか並んでいて、倉庫然としている。


「お前、こんな廃屋に…」

「あんな酔っ払い、屋根のある所で充分だろう」

「まったく…!」


イアニスがいきりたつ。爺さんが閉じ込められているという話しだけど、大丈夫なんだろうか。他人の安否を気にする余裕もなくここまで流されてきたが、今更ながら心配だ。

と思っていると、中から大音量のいびきが聞こえてきた。寝とる。少なくとも、無事ではいそうだ。


「ふん。呑気なジジイだ」と吐き捨てて、誘拐犯リヒャルトはドアを開ける。そして酒臭い空気に顔を顰めた。

木箱や砂の入った袋が積まれている中で、老人が大の字に寝そべっていた。鼻の頭を赤くして、実に幸せそうだ。特に拘束されている様子はなく、周りには酒瓶が転がっている。


「怪我はなさそうだね…」

「知らんな。今まで素面だった所を見ていない」


何でも、ここいらの集落で毎年開催される収穫祭の最中に発見し、それからずっと泥酔してるらしい。

それよりもと、リヒャルトは威圧感たっぷりに俺を睨みつけた。


「今日からここが貴様の寝床だ!大人しくしているんだな。貴様の行動は筒抜けだぞ」


不敵に笑う彼の視線が、一方の壁へと向けられる。それを辿ると、天井近くの壁に黒灰色の丸いものが張り付いているのが見えた。


「おや…随分可愛らしい子を従魔にしたね」

「んなわけあるか!貴様じゃあるまいし。このボロ屋を住処にしてたから、話をつけて見張りに使ってるだけだ」

「キィ!キィキィ!」


黒灰色の毛玉は羽を広げ、小屋の中をパタパタと飛び回り始めた。リヒャルトの勝手にもほどがある台詞にムカムカしていた俺は、その姿に一瞬現状を忘れた。


「げっ!?コウモリ!!」


そこにいたのは、この世界へやってきて大嫌いになった動物ナンバーワンだった。何だよ、よりによって!


「コウモリじゃなくて、プラムバットだよ。おとなしくて、生き血と木の実を好む清潔好きな魔物だ。…中でもこの子は、随分懐こいお利口さんだね」

「キィ!」


生き血と木の実のギャップよ。

確かにキラーバットよりもさらに小さく、体の形は違う。おはぎのような胴体はフワフワの毛に覆われて、三角形の黒い羽を忙しなく動かしている。

…それでも、紛れもなくコウモリだ。悪夢にうなされた記憶が甦る。体当たりで車を傷つけられた事も。


そいつは埃っぽい空気の中をちょこまか滑空すると、気が済んだようにリヒャルトの肩にとまった。


「キィキィ?キキィ~」

「わかっている。いいか、こいつらから目を離すんじゃないぞ」

「キッ」


驚いたことに、リヒャルトとおはぎコウモリは会話をしているようだった。リヒャルトがこちらに向き直ると同時に、そいつもまん丸な黒い目で俺を見る。


「こいつは貴様らの監視だ。貴様らがここから出た瞬間、すぐ私に知らせが来る。逃げようなどと考えるなよ!」

「知らせって…。従魔でないなら、どうやってそんな風に従わせたんだい?」

「りんご数個で了承したぞ」

「キィー」

「……」


おはぎコウモリの骨ばった小さな後ろ脚には、金と黒のミサンガのような紐がくくりつけてある。おはぎコウモリがそれに魔力を込めれば、対になっているもう一つのミサンガも反応してリヒャルトへの合図になるという。

便利なアイテム持ちやがって。


リヒャルトはりんごやトマトを与える代わりに、この小屋に住み着いてたおはぎコウモリへ監視になるよう交渉した。おはぎコウモリは「ヒマだし、いいよー」と軽く請け負ってくれたらしい。


「これでいつでも駆け付けられるというわけだ!分かったら大人しく、ここで二人飲んだくれてるんだな」

「んがァ…?イヨォッ、さすが大将!ありがとよォ…zzz…」

「キキキ~」


厳命口調で言い放つリヒャルトへ、酔っ払い老人が突然のんきな賞賛を浴びせる。おはぎコウモリも楽しそうに合いの手を入れたが、老人はすぐにまた寝入ってしまった。寝言かよ。


イアニスはそんな老人へ歩み寄ると、「もしもし、起きてください」と肩を揺する。はじめは遠慮がちに接していたが、あまりに老人が目を覚まさない為、終いには顔をベシベシ叩いて呼びかけていた。それでも起きない。


「う~ん、こりゃダメだ。とにかく近場の村役に話をしとこう。行方不明者が何処かで出ていないか」

「おい、貴様。余計な事をするな!」

「いいや、するね。この人の家族は今頃心配してる筈だよ。今回の冒険は、ひとまずこれでお終いにしよう」

「は?何だと!?」


赤い目を爛々とさせて怒るリヒャルトを一瞥し、イアニスは俺に向き直る。


「ありがとうございました。あなたも、もう帰っていいですよ。荷物は取り戻し次第、ギルドへ預けます。暫くしたら、ドルトナのギルドへ問い合わせてください。…そうだ、書名を渡しますね」


あ、いいの?

いともアッサリ言われた解放宣言に、安心しつつも狼狽えてしまう。そんなん、誰かさんは黙っちゃいないだろう…。あと荷物はすぐ返して欲しいんだけど。


「何を勝手なことをっ、許さんぞ!どういうつもりだ、いまさら裏切る気か!?」


ほらな。ワーワーとすごい剣幕だ。

しかしイアニスは毅然と首を振る。表情は穏やかなままだが、それまでのなぁなぁな態度とは打って変わって引かない。


「悪いけど、元からこうするつもりだったよ。爺さんに怪我をさせているわけじゃなくて安心した…。大体、誇り高きグウィストン家が聞いて呆れるよ、人の物を力尽くで取り上げるなんて…どこの泥棒だ?」

「…喧嘩を売る気か?良い度胸だ。力尽くこそ、魔族の本分だっ!」


比喩ではなく、あたりの空気が音を立てて冷え切っていく。吐く息は白くなり、薄汚れた窓に霜が降り始めた。


「…言ったな、リヒャルト。なら僕もそうしよう。爺さんを家へ返したら、次はダンジョンもどきへ案内してもらうぞ」

「やってみろ、マヌケな虫使いが!ご自慢の虫どもを1匹残らず標本にしてやろう!」


うわわわわ、嘘だろこいつら。巻き添えを食らう前に逃げ出さなければ…!

恐ろしさに後退りしつつも、横たわる老人に目が行く。突然の身を切る寒さをものともせずに眠り込んだままだ。これじゃそのまま永眠しちまうぞ。


おはぎコウモリも、冷気の出所であるリヒャルトから慌てて飛び立つと、あろう事かこちらへ飛んできた。キィキィいいながら、怯えきって俺の背中へ張りつこうとする。


「ひっ、あっち行け!」

「キィッ!ギィーーッ!」


俺がおはぎコウモリと騒いでいる間、二人は酔っ払い老人を挟んで対峙してる。


ぱきぱきぱき、と大きな音を立てて、リヒャルトの周囲に真っ白な氷塊がうまれていく。その中でも一際大きくなった数個の氷塊が、弾丸のようにイアニスへ放たれた。


イアニスは手近な木箱の影に飛び込んで、氷塊を避けた。手にはいつの間にか茶色い楕円のボールを握っていて、それに向かって小声で話しかけている。


このままでは、小屋の中が巨大冷凍庫になってしまう。命の危険を感じた俺はおはぎコウモリとの諍いをやめて出口に駆け寄った。冷え切ったドアノブに手をかけるが、押しても引いても開かなかった。クソッ、凍ってる!


振り返れば、すっかり霜ついた老人を木箱の影へ引き込んだイアニスが、入れ代わるように飛び出す所だった。

その足元に巨大な氷柱が伸び上がる。先ほど飛ばした氷解が着弾した所からも、メリメリと白い棘が伸びていた。あれもこれも全部リヒャルトが操っているのか?


他になす術もなく見守っていると、イアニスが一方的に押されているのが分かった。リヒャルトはそこから一歩も動かず霜つくこともなく、悠然と相手を睨み据えている。

対してイアニスは自分の両足が氷に取られると短剣で叩き砕き、氷解が飛んでくると別の魔法で弾き返してと忙しない。その度に埃と細かな氷が天井や壁に打ち付けている。ひょっとするとあれは、風魔法だろうか。


「貴様の手駒はこの寒さでは動けまい!」

「手駒なんて呼び方はやめて欲しいね」


もうもうと埃がたちのぼる中、二人の応酬は続いていく。巻き込まんでくれ、他所でやってくれ!


「強がりおって…言っておくが、降参など受け付けんからな!」

「結構だ。それよりも、少々守りが疎かじゃないか?」

「ハンッ、逃げ回るのに手一杯なのは何処のどいつだ?笑わせるなよ!」

「いいや。忠告だよ」


至極冷静な声とは裏腹に、イアニスの片足は膝下まで分厚い氷で覆われていく。おいおい…こんなん喧嘩とはいえ、友達にする仕打ちかよ。恐怖と寒さに強張りながらも、俺は信じられない気持ちになる。


だが次の瞬間、その場に膝をついたのはイアニスでなく、リヒャルトだった。


えっ?と眺めている間に、異様な冷気が急速に収まっていく。彼の周囲を守るように浮かんでいた氷塊も、イアニスへ向けられた鋭い氷柱も、パラパラと崩れ落ちはじめた。


「ぐ……バカ、な………」


怒りと苦悶に満ちた表情で呻き、何とか立ち上がろうとするリヒャルトだが、やはり動かない。両手や足元がわなわなと痙攣し始めているその様子に、何となく見覚えがあった。

麻痺のスクロールをくらった、ダスターウルフたちのようだ。


対するイアニスは大きなため息をつくと、片足を捉える氷をばこばこと短剣の柄で砕いた。自由になった足の具合を確認しながら、変わらぬ冷静な声で告げる。


「だから言ったろ、守りがガラ空きだって。うちの子の勇敢さと、レダート家発案の寒さ対策を侮ったね」


お疲れ様、と何もない場所へ小さく呟く。訝しんでよく見てみると、何もないと思っていた彼のすぐそばに大きめの虫がブブブブと飛び回っているのに気づいた。


「は、蜂…?」

「そう。僕の従魔のスズメバチ(キラービー)だよ」

「スズメバチィ!?」


スズメバチて、魔物なんだ……。

そのことに驚いている俺に、イアニスは「従魔だから、安心して。無闇に襲ったりはしない」と宥めた。


どうやら、風魔法で巻き上げられた埃にまぎれ接近したスズメバチが、リヒャルトへ麻痺毒を刺し込んだようだ。単に痺れるだけで致死量ではないと言うが…大丈夫か?

アナフィラキシー起こしたら死んじゃうのでは…と思ったが、そもそも人が動けなくなるような毒を持ってる時点で、元の世界のスズメバチとは違うのかもしれない。


イアニスは先ほども目にした茶色いボールを掲げる。テニスボールほどのそれにはポツポツと穴が空いていて、3匹のスズメバチがそこから中へ入り込んでいった。


「な……なぜ…?」

「確かにこの子達は、寒い所では動けずに死んでしまう。だから暖めたんだよ」


リヒャルトの問いに、イアニスはつらつらと答えた。

彼は従魔を放つ直前、「暖房薬」なるものを与えていたらしい。


レダート近隣で盛んに栽培されてる「クラーテルジンジャー」由来のエキスに様々な薬草を加えたそれは、元々は寒い時期に暖を取るため飲用する気付薬だった。

そういや、ドルトナの街で俺もそんなの買ったな…生姜湯みたいなあれだ。

それをスズメバチでも摂取できるように改良し、結果彼らは寒さの中でも短時間活動できるようになったという。


「初めは戸惑われたけど、色んな人がこの「暖房薬」開発に協力してくれた……子爵家の力あってこそだ。どうだいリヒー。これがうちの名産品の持つ力だよ。ご贔屓に」

「……ふ、ざける…な…!」


リヒャルトの顔は怒りで真っ赤だ。イアニスはそんな彼を悲しそうな目で見下ろして言った。


「ふざけちゃいない。これが、君が侮ってばかりいる人間の力さ。…うかうかしてたら魔族は、あっという間に支配される側になってしまうよ」


リヒャルトの魔族至上主義に対して、彼は何やら思うところがあるようだ。


それはそうと、収まってくれて良かった…。あのまま凍える密室に閉じ込められていたら、と考えるだけで恐ろしい。

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