21.教えてイアニス先生
路銀やクッションを諦めきれなかった俺は、その集落とやらに行くまでの辛抱だと腹を括る。
出てきたばかりの門へ再び戻るのだった。
「これはレダート様。ようこそいらっしゃいました」
「やあ、こんにちわ。あれから井戸の調子はどうだろうか」
「はい、すっかり元通りのようです。ありがとうございました」
長い列を無視して検問所に向かうと、門兵の二人は糸目男子ことイアニスと親しげに会話を交わした。その流れで赤目男子と俺のギルドカードを確認すると、そのままあっさり中へ通される。
まさかの顔パスだ。どういう事?レダート様って呼ばれてたがひょっとして…
「うん。一応、ここの領主の息子だよ。養子だけど」
「えっ!?や、さっき冒険者だって言ってなかった?」
「ああ、Cランクでやってる。便利だからね」
街の中へと入りながら、イアニスはサラッと爆弾発言をかました。貴族かよ。なんでこんな厄介極まりない奴とつるんで冒険者なんてやってんだ!?益々理解できなかった。
しかし大丈夫なのか。貴族の連れだからといって、赤目男子のような危険人物を街に通すなんて。セキュリティーが甘いぞ、門兵。
「魔族ともあろうものが、人間の小倅に成り下がるなど…どういう神経をしているんだか」
前を行く赤目男子ことリヒャルトが、ぶつぶつ不満気に呟いている。いやいや、そのおかげで今、あんたもふんぞり返りながらここ通れたんだぞ…。そう思ったが、イアニスは無言で肩をすくめるだけだ。
魔族が人間の貴族の家に養子として迎え入れられるというのは、よくある事なんだろうか。魔族も貴族も全く馴染みが無い俺には、ちんぷんかんぷんだ。
しかし受け入れた貴族がいるという事は、そういうもんなのかもしれない。
それからリヒャルトは目についた店で用紙を購入すると、冒険者ギルドへ足を運んだ。
確か「文を出す」とか言ってたよな。不思議に思いながら、昨日ぶりのギルドへ入る。中は相変わらず、のんびりしていた。
ベンチとテーブルが並ぶ一角へ着くと、リヒャルトはいそいそと手紙を書き始めた。親しい人への手紙なのか、刺々しい不機嫌面が少し和んでいる。
「手紙って、冒険者ギルドが運ぶもんなのか?」
彼が筆を走らせてる間、暇なのでイアニスへ不思議に思った事を尋ねてみると、彼は相変わらずの穏やかな口調で教えてくれた。
手紙や荷物などが国を超える場合、大手の商会でもない限りはギルドに頼むのが一般的だという。ギルドは国を越えて世界中に支部がある。届け先に一番近いギルドへ送られた後、そこから先は地域の配達業者が請け負うのだ。
「その配達業者は、ギルドと関係ない所なんだ?」
「そうだね。この街でいえば、郵便屋のモーラドが取り仕切っているかな」
聞けばそのモーラドさんとやらが束ねる配達業者は本人も含め職員全員が腕に覚えのある体育会系だという。やはり魔物の脅威と隣り合わせの職種らしい。
「ギルドからの依頼として配達を冒険者へ頼む場合もあるけど、トラブルがね……」
冒険者に荷物を頼むと、手紙が破れてたり物が盗られていたりという被害も出るみたいで、この辺りでは主にモーラド郵便局が頼られているという。
なんでも以前、子供からの手紙を楽しみにしている老夫婦が、保存状態が悪くインクが滲んで全く読めない手紙を冒険者に渡されたが、集落から自力で出られない為抗議する術を持たず、泣き寝入りをしたらしい。
それは気の毒だ…。
そんな冒険者ばかりじゃないけどね、とイアニスは教えてくれた。
そうか。だからこそ、ギルドで配達の依頼を受けられる人は限られてくるのかもな。少なくとも、ペーペーなEランクの俺が受けるのは難しいだろう。信頼が必要な仕事だ。
「配達料って、どうなるんだ?ギルドに支払うし、その先の業者にも払うって事だよな」
「勿論そうだよ。荷物によっては、護衛が必要になる場合だってある。そうなると更にかかるね」
「ふーん…」
この世界は手紙のやりとりでさえ一筋縄ではいかないようだ。さっきの話の老夫婦のように困っている人は、大勢いるのだろう。
国を跨いだ配達員……やっぱり需要ありそうじゃないか?何しろ俺には、車がある。ステルスモードで護衛要らず、目的地を設定すればそれでお終いな車が。
ふと気づけば、イアニスが考え込む俺を見てにこにこと微笑んでいた。菩薩様か。どうしたんだ、そんな顔して。
「いやぁ。なんだかイェゼロフの教え子たちを思い出しちゃって。あの子たちも今のあなたみたいに、それはもう色々聞いてくるんで、つい」
「お、教え子?」
「うん。街の子供たちに読み書きをね」
どうやら奉仕活動の一環で相手をしている子供たちと俺を重ねていたらしい。さすが貴族だ。資産家のチャリティー運動みたいなことしてるんだな。
「そんな歳で教師か。貴族も大変なんだな…君だって学校行ってるんじゃないの?」
「ははは。こう見えて51ですよ」
「51…?何が?」
「年齢が」
「は!?」
「魔族ですから。まぁ、僕もほんの10年ほど前に読み書きできるようになったばかりですけどね。平民だったんで」
やっぱり知らなかったんですね、とイアニスは楽しそうだ。その姿はどう見ても10代後半の若者である。
「おっどろいた…なんかすいません。魔族ってのを初めて見たもんで…」
「畏まらなくていいんですよ。人間には高齢でも、魔族としては子供みたいなものですから。精神年齢というのは、案外見た目に準じるもので」
「そ、そんなもん?」
「エルフもそう言いますよ」
「うるせー!さっきから気が散ってしょうがない!いい加減黙ってろ」
「因みにこいつは46歳です」
「うっっわ……マジか」
「何だその腹立たしい物言いは!」
46年も生きててこの非常識さ……。
確かにイアニスの言にも、一理あるのかもしれない。
「ところで、お名前をまだ聞いてませんでしたよね。伺っても?」
「あー、島屋です…」
そういや、名乗っていなかった。必要なさそうだけど、まぁ良いか。
「シマヤさんか…馴染みのない響きですね。ひょっとして、随分遠くから来られたんじゃないですか?」
「ええ、まぁ」
ふんふん、どうりで…、とイアニスは何やら思案顔だ。どうりで何だよ。意味深な。
「よし、終わった。出してくるぞ」
気まずくなっていると、どうやらリヒャルトが手紙を書き終えたようだ。もとの不機嫌面に戻っている。
「転移の便でね。何なら払うから」
「くだらん施しなど要るか。全く」
彼は何も無いところからすっと白い塊を取り出し、丁寧に折り畳まれた便箋へポンと封をした。封蝋だ。そんな物まで持ち歩いてたのか。
「…そのアイテムボックスってスキルは、マジックバックみたいなものだよな。珍しいの?」
一体どこから物を出してるのだろう。何が入ってたっけ?とかなりそうだ。普通のカバンですら、どこに鍵入れたっけとかなるのに…。
不思議に思ったままを口に出すと、リヒャルトとイアニスは無言で顔を見合わせた。ぽかんとしている。
「……本当にイェゼロフのクソガキどもみたいだな。何も知らんのか」
「魔族もマジックボックスのスキルも馴染みのない国かぁ…ふーん……どこだろうね?」
ああ、まずい。わりと常識的なスキルだったみたいだ。いらん事言ってしまった。
リヒャルトは単に呆れてるだけのようだが、イアニスの方は明らかに不審気だ。
不審そうにしながらも、イアニス先生は親切に教えてくれる。
アイテムボックスというスキルを持つのは大体100人に一人ほど。好きな時に好きなものを出し入れでき、不思議と持ち主は中にあるものを把握できるらしい。
「なんかこう…頭にリストみたいのが出るんだよね」
「へぇー…便利だなあ。何でも入るんですか?」
「容量次第ですね。あと、生き物は入れることができない」
「死体は入るぞ」
物騒なことを言い残して、リヒャルトは受付へ行ってしまった。それを笑いながら見届けて、イアニスは続ける。笑顔が怖いからやめて。
「容量はその人によってピンキリで、ポシェット1個分の者もいれば、城の倉庫数十軒分に相当するような者もいる」
何じゃそりゃ。そんな能力があって良いのかよ。
ただ、そこまでの規格外なアイテムボックスはごく稀で、国に一人いるかいないか。一般的に多いとされる容量は、せいぜい荷馬車数台分くらいだという。
「あのガキ…彼は、どれぐらいかな?あなたも持ってるんですよね」
リストが見えるというが、いまいち俺にはその感覚が分からなかった。
他の中身に混ざって、俺の荷物が迷子になったりしないよな?水とかかぶってびしょ濡れになってたらどうしてくれるんだ。
そう心配すると、イアニス先生はまた菩薩モードの微笑みを浮かべて答えた。見た目は高校生くらいなので、複雑だ。
「ハハハ、面白い事を言いますね。大丈夫。アイテムボックスの中で無くしたりはしないし、収容した時の状態が保たれているから壊れる事もない」
ただね、とイアニス先生は声を低くする。
「相手に容量うんぬんのことを尋ねるのは、控えた方がいい。便利なスキルだろう?容量が大きい者は、大抵それを誤魔化していますよ」
「そうなの?なんでまた」
「身を守るためです。悪い事を企む連中はどこにでもいるからね」
曰く、その能力を持ってると知った犯罪グループに騙されて利用され、救われない目に合う人もいるのだとか。
それは重大なプライバシーの侵害だな。なるほどねぇ、と頷いてると、イアニスは少し困ったように笑う。
「他人事みたいにしてるけど…あなたも気をつけた方がいいですよ。同じ理由で、魔力の多い人だって目をつけられますから」
「……今みたいに?」
「そうだねぇ。実際、とんだトラブルにあってるでしょう?」
あんたが言うかい。
鑑定アイテムを持ってウロウロしている怪しい二人組の台詞とは思えなかった。
「おい、出るぞ!くっちゃべってる時間があるなら、トイレを済ませておけ!」
全ての元凶であるリヒャルトが、戻って来るなりそう吼える。なんだよトイレて。お前はお前で、旅行先の担任教師か。
話を聞いていると、二人は東にあるイェゼロフの街から2日かけてやって来たらしい。野宿の長旅じゃないか。
休む間もなく出発なんて、大丈夫なのか?俺が心配する義理など無いので黙っているが、どうも二人は平気そうだ。
トイレをばっちり済ませた俺たちは、慌ただしい2度目の出発を果たす。門兵さん達の「あれ?もう行くの?」という不思議そうな顔に見送られ、原っぱに出るのだった。
ーーー
俺の本来の目的地は南だが、彼らは東へ向かうという。目指す集落は、街道沿いにある。
景色で気を紛らわせられたのは、最初のうちだけだった。履き慣れているとはいえ、こっちは革靴だ。たまにあるぬかるみを大きく避けながら、旅慣れた二人についていく。
まるで強歩大会だ。足が速いよあんたら。
「モタモタするな!日が暮れた中歩きたいのか?」
「無茶言うな…ハァ…もうちょいお慈悲を…ハァ」
「身体強化でもかけろ、それくらいできるだろう?そんな魔力があるなら」
「何それ、知らんわ…!」
辛さのあまり、頭の中の言葉をそのままポッと出してしまう。
本当なら今頃、車でブーンと移動してるはずなのに…。理不尽な目に悔しがっていると、急に身体が軽くなり驚いた。
「楽になりました?」
「う、うん…なにこれ…?」
「ちょこっとバフかけましたよ。さぁ行きましょう」
「バフ?え、魔法?…勝手に…」
「黙れ!さっさと歩け!」
この野郎。ちゃんと説明くらいしてくれ。
イアニスが見かねて勝手にかけた「身体強化」の魔法で、一時的に俺の能力は上昇しているらしい。確かに腕も足も、少しの力で一気に動く。
「後でバテない程度に、ほんの少しだけですからね」
「はぁ…そりゃどうも…」
はじめは複雑だったが、歩いてみると快適でありがたい。そう言うと、イアニスは再び菩薩モードで笑った。うーむ、完全に子供扱いされてる。
にしても、かなり便利な魔法だ。俺も使えるようになるかな?
聞くと、こういう支援や弱体化の魔法は属性に関わらず使える魔術で、自分にかけたり、ましてや他人にかけたりするには専門の教育・鍛錬が必要らしい。スクロールならば手軽に誰でも使用可能だけれど、やはり鍛錬を積んだ者と効果の差は雲泥だという。
魔法使いの鍛錬か。一体どんな事をするんだろう。
……やっぱり使えなくていいや。




