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2.異世界仕様の中古車

空は分厚い暗雲に覆われている。紫がかった、おどろおどろしい雲だ。あまりに暗いので夜だとばかり思っていたが、これでは星一つ望めそうにない。


街を血管のように巡る大通りと、更にそこから枝分かれし入り乱れる路地。そのどれもが朽ち果ててガタガタだ。

そんな道を進み始めて、15分ほど経過した。


「ギャーーーッ!」


俺は叫び倒しで、すっかり喉を涸らしている。

ゴーストタウンには、街を徘徊している怪物たちがいた。モンスターだ。やはり異世界。

熊のようにでかい犬の群れや、ガシャガシャとうるさく動く鎧の群れが、走る車のすぐ傍にいる。サファリパークのツアーよろしく大迫力だ。


そいつらには、車の姿もエンジン音も感じられないらしい。たぶん、ナビの言っていた「ステルスモード」とやらのお陰だろう。

しかしステルス過ぎるのか、明らかに車にぶつかる距離なのに、霞のように通り抜ける。接触事故のオンパレードだ。恐ろしさでいちいち悲鳴をあげてしまう。


「ギャッ!……早く、たどり着かないと、ヒエッ!…ガス欠になったら詰む…ッ!」


デカ犬たちのギラギラした赤い目や凶悪な牙が嫌でも目の前を通過していく中、ハンドルにしがみついて進んでいく。

15分足らずしか進んでいないのに、もうガソリンメーターがじわじわ減り始めている。こんな中、ガス欠で動けなくなったらどうなるか、考えたくもない。


かと言って、最短距離で目的地へ向かえる訳でもないのだった。


「まもなく、右方向です」


直進すれば済む道を、ナビは何度か迂回させる。それもそのはずだ。ことさら屈強そうな、いかにも「ボスです」というモンスターが鎮座しているのだから。


崩れて傾いた尖塔に止まり、ギョロリと街を見下ろしている怪鳥のモンスター。長い飾り羽が垂れ落ちる頭部は鷹で、しかし足と胴体はがっしりしている。とんでもない巨体だ。俺が正面衝突したトラックくらいある。


「ギュォォォォッ!」

「ひぃぃっ」


ナビはこいつを大回りで避けるくせに、犬や鎧には迂回指示をしない。…恐らくこの巨鳥モンスターは、ステルスで安全に通過できる相手ではないのだ。

というわけで、喜んで従います。右折右折。

現実でナビを使っていた時は、誘導を無視した方がかえって良かったりする時もあるけれど…流石に今、そんな気は起きない。


ここが現代では考えられない、ファンタジー世界である事は確定した。

貰い事故で日本から爪弾きされた俺は、ここで第二の人生を送らなきゃいけないのか……こんなバケモンがわんさかの場所で。

なにもこんな所に放りださなくてもいいじゃないか。村の近くとか森とか、もっと無難な場所にしてほしい。せめてコミュニケーションが取れる者に会わせて欲しい。

こんな所で1人寂しく、どうやって生きていけというんだ。


「およそ600メートル先、左方向です。その先、目的地付近です」


きた!やっと到着だ。街の中心部に来たようだ。


「よ、良かった。もう犬も鎧もワシも見たくね~」


もう何でもいいから、モンスターのいない所で息をつきたかった。ブロロロと車を進める。

道には朽ちた建物の倒壊物が至る所に転がっている。中には大岩のように横たわっているのもあったが、モンスター達と同じですり抜けて通ることができた。今の所、タイヤも全然無事のようだ。


こんな所に車ごと放り出されると言われた時は、ふざけんなこのおっさんと思ったが…‥(今でもかなり思ってはいるけど)中古の軽をステルスなスーパーカーに改造してくれたのはありがたい。あいつがこの車をファンタジー仕様にしてくれなかったら、とっくに俺は死んでいたはずだ。もうちょい燃費良くして欲しかったけど…元は中古車だしな。


大通りを曲がって暫くすると、ひらけた場所にたどり着いた。円形の広場だ。

それと同時に、どんよりと紫がかった暗雲に覆われた空から、日の光がさしてくる。なんか晴れてきた。


「目的地付近です。ルート案内を終了します」


は!?


いきなりの突き放しに俺は飛び上がる。出たよ、カーナビあるある・突然の案内終了(ほっぽり出し)。なに終了しとんねん、何処に出口あんねん!


広場をキョロキョロと見回す。朽ちた街並みの中に、それらしいものは無い。なんにも無い!

隠されているんだろうか。そうなったら、いよいよ外に出ないと……

冗談じゃない。しかし、いつまでもこうしてはいられない。じんわりと嫌な汗が吹き出る。


日がさして明るくなった広場に、モンスターの姿は無し。俺はソロソロと車を進め、見晴らしの良い広場の中寄りで停車した。

ままよ…ままよ…と唱えながら、エンジンを切る。

しんと降りる静寂。犬の呻き声や、鎧の擦れる音は聞こえないな。


さてどうしよう、と思ってふと、助手席のダンボールが目に留まる。


「ボーナスだっけ。…確認しとくか」


車のカーナビ同様、おっさんがつけてくれたもの。命を守るのに必要な、重要なブツの可能性大だ。

膝の上で開封。

入っていたのは最近見覚えのあるもので、驚きの声が出た。


「どうして、こんなもんが…」


それは先日、車を買ったと知らせた家族から送られたものだった。仕送りの米とかと一緒に入ってた、いわゆるアクセサリーだ。


交通安全のお守り。近所の神社のやつ。


猫のぬいぐるみ型箱ティッシュカバー。実家の愛猫、ハチワレのピコにそっくりだ。


ソーラーで動く首振り人形。キャスケットをかぶった、何だこれ…ハニワ?がニッカニカで笑ってる。


そして、初心者マークのステッカー。見つけた途端「いや、持ってるし」と心の中でつっこんだのをよく覚えてる。


何だよこれ。どうしてこんなものが、転生先でボーナス扱いされてんだ。

プルプル甘えるピコに首ったけな親父。お守りを買いに神社へ足を運び、帰りにお気に入りの店でパンケーキを平らげたであろうお袋。首都高なんかもバンバン通い、未だにペーパーの俺を嘲笑っていた弟。


いかん、ストップだ。


これ以上思い出したら、ホームシックで大変な事になる。今そんな場合じゃないのに。

出てきた4つを眺め、助手席に並べてく。そうして、箱の底にあるメモを発見した。



「ピコくん型・車検受付口」

車体の不具合改善、改良を行えます。

有料。500G~


「交通安全のお守り」

スキル使用時、消費MP半減。

(MPはガソリンメーターで確認できます)

携帯時、回避上昇。


「埴輪人形型・動力還元装置」

所持金や魔力の帯びた物をMPに変換できます。

ストック可。ガソリンメーターが空になった際、自動で補充されます。



どうやら、ボーナスについての説明書きのようだ。実家から送られてきた物まで、すっかり異世界仕様になってら。


「車検……有料500G……Gって、円?このティッシュカバーに払うのか?てか、車検って……」


無意識に口元を押さえながら、メモの文字を辿る。

MPはわかる。RPGお馴染み、魔法を撃つのに使うポイント。しかし俺にはそんなの無いぞ。ついでにRPGの世界に車検があるとも思えない。


「くそっ、何もわかんねえ!」


癇癪を起こしメモをフロントガラスへ投げつける。

このままだと、大の男が声を上げて泣きそうだ。

俺は気を紛らそうとお守りを鷲掴み、フロントミラーにくくりつける。助手席のフロントガラス側へ、ピコのティッシュカバーを寝かせ、すぐそばにハニワをくっつける。ニカニカ、カタカタしてる。何わろてんねん。


あとはステッカーか。

そういや、メモにはなんの説明もなかった。これだけは、本当にただのステッカーのようだ。


「…この世界には、これが初心者マークってわかるやつは1人もいないんだろうな…」


未熟者だぞ、気をつけて、と周囲に認知してもらう為の……俺の世界のマーク。

なんとなく、付けておきたかった。


ステッカーを握り締め、再び周りを注意深く見回す。やはりモンスターの気配はない。大丈夫かな。


「よし、こいつを貼って…」


意を決して、ドアを押し開けた。日のさし始めた広場に初めて降り立つ。


「ほう。やぁっと姿を現しおった」

「ッヒィ!!?」


誰かいる!

ドアを閉める間もなく上がった声に、俺の心臓は全身ごと跳ね上がった。


そこにいたのは、小柄な少女だった。

中学生くらいだろうか。とても綺麗な女の子だ。背中まで流れる艶やかな黒髪に、白い肌。深い紫の瞳が楽しげに輝いて、こちらを向いている。

そんな美少女が、車の屋根に危なげなくポンと立っているのは異様な光景だ。


「おや。魔力はそこそこあるようじゃが、なんと非力な。よくぞここまで辿り着いたの、褒めてやろう」

「あ、あ……どうも…」


こんな場所にたった一人でいる丸腰の美少女が、只者のわけがない。思わずジリジリと後ずさってしまう。


「それで?今までどうやってわしの目を掻い潜っておったのだ。この箱か?何だコレは、部屋か?ホレホレ、種明かしせんか」


少女は流れるような動作で屋根に腰掛け、脚を組んだ。興味深々といった楽しそうな顔つきは年相応に見えて、おかげで俺は少しだけ落ち着きを取り戻す。


「これは、あの、自動車っていう乗り物です。俺もよく分からんのだけど…コレで隠れながら移動できるみたいで」

「ほう、乗り物とな。特殊スキルかマジックアイテムだとばかり思ったわ。外の世には妙ちきりんな物があるのだなぁ」


ペシペシと手のひらで屋根を叩いて、感心したように少女は言う。

正体不明だが、今のところ普通に受け答えしてくれる。ひょっとして、本当にただの女の子なのか?近くに親がいるのかも。

そう思い始めた矢先に、少女の口からとんでもない言葉が発される。


「して、到達者よ。こそこそ隠れるのをやめたという事は、このわしに挑み討ち滅ぼす手段が他にあるのかな?」

「へ?」


挑むって、この子に?

何を言ってるか分からず狼狽える俺の様子を前に、少女は楽しげな笑みを深めた。


「ベラトリア最奥が主は今、目の前におるぞ、卑小な冒険者よ。何処からでもかかってくるが良い」


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