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19.お騒がせ魔族の奔走

リヒャルトの宿願は、魔王の誕生だ。


新たな魔境をこの世に頂かんと、人間の国であるモストルデン王国に冒険者として居座り続けているのもそれが理由だった。


魔王が生まれる世には、常に7つの魔境が存在した。

それは世界に広く言い伝えられている事だった。7つの魔境が現れた時、魔族の中から強大な力を持つ「魔王」が生まれ、世界を支配するだろうと。


ところが現在確認されている魔境は、たったの4つだ。


ダンジョンは魔境の雛形として恐れられるものから、いつしか富を得るための手段にすり替わり、人間たちの営みを発展させていった。

魔境となり得る危険なダンジョンは枯らされ、有益なダンジョンは管理のもと生かされる。


リヒャルトは痛ましかった。本来の役割を全うできず、人間どもに飼いならされるダンジョン。こんな事では、いつまでたっても魔境が7つ揃う日は来やしない。


「それはそうさ。人間にしたら、魔王なんてごめん被る存在なんだから」

「なーにをのうのうと!」

「魔王だ勇者だと対立する時代は終わってしまったんだよ、リヒー。この数百年で、人と魔族は手を取り合う術を得た」

「愚かな事だ」

「僕はそうは思わないけど…そのダンジョンもどきについては教えてもらわないと。協力はするよ。レダート家としてではなく、もと学友としてね」

「よし!」


それまで浮かんでいたしかめ面が消え、満足そうな表情でニヤリと笑うとリヒャルトは立ち上がった。魔導のオーブをアイテムボックスへしまう。


「では2、3日したらまた来るぞ」

「あ、それで、君が拾ったという老人は今どこにやってるんだい?」

「ふん、勝手に逃がす気だな貴様?そうはいかんぞ」


イアニスが尋ねるが抜け目なく答えを拒否し、リヒャルトは人間狩りの準備を進めるため学舎を後にした。


イアニスはああ言っているが、彼の心中は分かっている。絶対に止めさせる気だ。人間の貴族などに成り下がった男は、イェゼロフやレダート領の人間どもを心底好いている。恩義があるのだとか。

人間相手に『恩義』だと!…本当にどうしようもないアホだ、アイツは。


まぁいい。どちらにせよダンジョンもどきの真偽を確かめるまでは、自分に付き合うしかないのだから。


「はああ~…本当にどうしようもないバカだなアイツ…」とイアニスが教室で一人呟いている事も知らず、リヒャルトは意気揚々と街へ繰り出した。

旅支度を済ませると最後に、酒瓶数本と適当な串焼きを入手する。近隣にある集落のボロ小屋へ放ってある高魔力ジジイのエサだ。


発見時、既に酔い潰れてたジジイは「ふおおあ~酒をもっとくれやぁ…zzz」と言っていた。これでもやっときゃ、文句あるまい。


ああ、それともう一匹……。()()()用に、りんごとトマトも要るな。



ーーー



それから2日後、二人は憐れな生贄探しを開始した。


「何なんだあんた、こっちは忙しいんだぞ!悪戯は他所をあたれ!」

「口答えをするな人間!ちゃっちい魔道具の修理屋など、お前の代わりにいくらでもおろうが。さっさと同行しろ!」

「なんだと、このクソ魔族が!」


初日にして3回、怒った街人から検兵への通報を受けた。イアニスからすれば、当然である。

リヒャルトが傍若無人に振る舞っては、イアニスが宥めて場を収めるというのを繰り返すこと半日。

これ以上、騒ぎになるのはまずい。


「なぁ、リヒャルト。街の人たちを標的に選ぶのは、割に合わないんじゃないか?魔力の高い者を狙うなら、ただの住人ではなく冒険者の方がよほど良いよ」

「ふん。お前は街の連中を守りたいだけだろう。だが、確かにそうだな。冒険者か…」


それなら街中で目立って支障をきたす事もなくなる。ここらの腕に自信のある冒険者は、人里離れた場所で依頼に勤しんでいるはずだ。ちょうど良い。


「ではいっそドルトナへでも向かうか。道中の冒険者どもを選定するとしよう」

「分かったよ……ドルトナなら、往復で4日か…。まぁ何とかなるな…」


こうして、二人は街の外へ出ることとなった。

街の外は辺鄙な平原と森が殆どで、村や集落は数えるほどしか無い。それでも二人にとっては慣れた土地だった。リヒャルトは冒険者だし、イアニスにとっても自領への帰り道だ。幾度となく行き来していた。


「それで?お目当ての人間を見つけてからその先はどうするんだい。そろそろ教えてくれよ」

「そうだな……まだ未報告のダンジョンがあって調査したいが人手が足りない、とでも言えば食いつくのではないか?」

「雑っ!…え、それ今考えたの?」

「フンッ、悪いか!囲い先は貴様が用意する筈だったのだから、貴様のせいなんだぞ!」

「それは失礼……」


イアニスは謝罪しながら、紙の切れ端に執事への言伝を記す。数日留守にする旨をしたためると、そばで待っていた従魔のキリに紙をくくりつける。


キリはトカゲの尾を持つ青い鳩で、ピジョニーという小型の魔物だ。「頼んだぞ」と声をかければ「クルルッポーッ(おまかせくだせぇっ)」と返事をして飛んでいく。連絡係としてレダート家で認知されているので、執事の元へ飛んで行っても騒ぎになる事はない。


「これでよし。…にしても、懐かしいな。学院の頃、こうして支度をしてダンジョンへ潜ったろう。覚えてるか?」


外壁を背に街道を歩きながら、イアニスは晴れた空を仰いで話しかけた。

学院はここから遠い王都にあって、側には大きなダンジョンがあった。授業の一環に低階層へ挑む事もあるくらいだ。


「覚えてる。あんなに苦労して手に入れたのがポーション2本だったからな」

「ははは、あの頃は低階層の立ち入りしか許可されてなかったのに、運が悪いよなぁ。高層に登ると、宝箱にトラップが仕掛けられるようになるらしいぞ」

「ああ、聞いた事がある。毒霧や矢が中から飛んでくるとか。そうやって力ある者を捕食し強くなっていけばゆくゆくは…」


そこまで言って、リヒャルトはため息をつく。本来ならそうやって、ダンジョンは魔境へと進化していくものなのに。

魔王が滅ぶと、後を追うようにそれまであった魔境は一つまた一つと消滅してしまった。今あるのは生き残った1つと、新たに生まれた3つだ。

そして5つ目以降が現れる兆しは、長らく無かった。


それもこれも人間どもが押さえ込んだせいで…といつもの恨みつらみを募らせながら、歩みを進める。だだっ広い野原に冒険者の姿はまだ確認できない。

イアニスはふと気になって、再びリヒャルトへ話を振る。


「学院の頃といえば、リヒーはその頃からダンジョンもどきを探していたのかい?ひょっとして」


気難しい癖強魔族のリヒャルトは学生時代、よく学院の図書室に一人籠っていた。授業にいなかった時すらあった。学院の図書室は一般ではお目にかかれないような、貴重な書物も置いてあるのだ。

案の定、リヒャルトは頷く。


「そうだ。お祖母様の話だけが頼りだったから、あそこで色々調べられたのは有意義だった」

「お祖母様はご息災かい?」

「当然だ」

「それは良かった。話の場所らしきものを発見した事は、伝えてあるのだよね?」

「あっ………」


神妙な顔で黙り込んでしまったリヒャルトに、イアニスは呆れた。今思いついてんのかあんた。


「わ、わ、忘れていたのではないっ。準備に忙しくて、報告を後に回しただけだ!」

「ハイハイ、嘘はいいからお祖母様に確かめてみなよ」

「わかっている…」


よし。これでリヒャルトの祖母から「それ違うよ」の返事が来れば、この暴走男も止まらざるを得ないだろう。こいつが街人に危害を加えないよう、あとは見張っておけばいい。冒険者はまぁ、最悪どうでもいいや。街人が無事ならそれで良し。

イアニスも温厚とはいえ魔族だ。自身の愛する家族や領民たち以外の人間には、無関心だった。無価値とすら思っている。

ドルトナへ着いたらすぐご家族と連絡を取るようにと友人へ念を押し、彼は幾分軽くなった足取りでを街道を行く。


そうして、てくてくと二人が旅に費やすこと丸2日。

道中冒険者と出会したのは3度で、結果的に彼らの仕事の邪魔をしただけとなった。


「おい、そこの魔法使い!このオーブを持ってみろ、貴様の魔力を測ってやる」

「え~?こわ~い、なぁにこの子?ダーリン、助けて♡」

「ああ、ハニー♡怖がらないで。きっと彼は…そう、健康診断の係員さんさ!僕たち愛し合う冒険者がずっと健康で仲良くできるようにと来てくれたのさ」

「え~?すご~い、とっても良い子ね、ダーリン♡でも街の中でやれば良いのに~」

「誰が係員さんだ、貴様らの健康なぞ知るか!そこまで相思相愛なら、片方と言わずまとめて同じ所へ送ってやるわ!」

「こら、やめろ!もう関わるなって!」


最初に出くわした男女の冒険者たちへ魔導のオーブを突き出すも、仲良しな二人はリヒャルト以上のウザさでもってそれを神回避した。

リヒャルトとイアニスがそそくさとその場を退散する時には、二人の冒険者の馴れ初めや、将来は子供を5人作り一緒に宿屋を経営するのだなど、聞いてもいない事を聞かされるのだった。


次に出会った冒険者は、典型的なゴロツキ風の3人組だった。


「ああん?何かと思えばチンケなガキどもが、何様だァ?」

「ひへへ。おい、魔族って魔石を落とすんだろう?その辺の魔物ぶっ殺すより余程金になんじゃねぇか?」

「おー、名案だ、おれは乗った」

「ギェ~ッヘッヘッ!覚悟しな!」


街から一歩外に出れば、こういう輩は幅を利かせやすい。

リヒャルトの氷魔法で動きを封じると、イアニスの従魔がチクッチクッチクッと麻痺毒を刺して無力化した。


「魔力は大したことないな…役立たずはいらん。ここに置いとくとしよう」

「ダメに決まってるだろう。こんな所に放っといたら、魔物の腹の中だよ」

「ハンッ、構うものか!」

「構え。バレたら冒険者なんかできなくなるぞ。とりあえず、魔除けの魔法陣までは連れてくしかないよ」

「……クソッ」


ゴロツキ3人は急に襲って来たのではなく、リヒャルトが魔導のオーブを掲げて偉そうに話しかけたからとった行動なのだ。その挙句無防備な状態で置き去りになど、さすがに非道すぎる。


意識をなくした大の男3人は、恐ろしく重かった。身体強化の魔法を己にかけてやっと運び出せたが、魔除けの魔法陣に辿り着くのにいつもの倍以上の時間を有した。

腹いせにリヒャルトはゴロツキ冒険者の手と足を氷でがっちり固定して魔法陣の上にほったらかすと、イアニスと二人立ち去った。


それから最後にお目にかかった4人組は物腰こそ柔らかいが、突然現れたリヒャルトたちを迷惑そうに睥睨した。


「お前が魔法使いだな。こいつを持って魔力を込めてみろ」

「それ、何ですか?身体に害はないんですか?何かあった場合、貴方たちはどう責任をとってくれますか?」

「つべこべ言うな!黙って速やかに、貴様の魔力量を測らせろ!」

「はぁ…何の権限があるんですか?それ、我々に何のメリットがあります?」


年若い神経質そうな冒険者たちは、金品を要求しない事、それが終わったら何もせずに立ち去る事を条件に魔導のオーブを試してくれた。

条件を呑むと、魔法使い以外にも剣士、斥候、槍士が何故かオーブに触れていく。一人で良いんだけど…律儀な子たちだ。


手に触れると、魔導のオーブは光を宿して彼らの魔力量や属性を示していった。

その結果、なんと魔法使いよりも斥候の方が魔力量が多い事が判明する。


「……」

「おかしくない?何でお前の方がこいつより魔力多いわけ?」

「いや、ほら。この間レベル上がって…だから誤差だよ、誤差」

「………」

「ま、まぁ?MP多いからって、魔法使いになれるわけじゃないしなっ」

「そうそう、おれ魔法の知識なんかねぇよ斥候だし」

「それもそうだな。うちの魔法職はお前しかいねぇよ、ウン」

「……なに気使ってんだ…」


すっかり険悪な雰囲気である。

思いもよらず若者たちの未来に不穏な陰を落としてしまった…。居た堪れなくなったイアニスだが、空気の読まないおバカが隣で追い討ちをかけてしまう。


「フン。揃いも揃って大したことのないやつらめ…こないだ拾った酔っ払いのジジイの方がよほどーー」

「時間を取らせてすまなかったね!では、約束通り我々はこれで!」


リヒャルトの口を大慌てで塞ぐと、スタコラサッサとその場を立ち去るのだった。



誤字報告ありがとうございました!

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