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15.気分はぼっちキャンプ

気をつけつつ走行するが、それからは人の気配は無かった。街道の伸びる森林を抜けると、またもや開けた原っぱに辿り着く。そうして、彼らの言った通り休憩ポイントを発見できた。

夕暮れの休憩所には馬が数匹繋がれており、人が行き来している。やはり冒険者風の人達だ。


俺はエンジンを止めて車を降り、布袋にラスタパンと水だけを詰めてロックした。スーッと消えていく。こうしておけば、何気に車がマジックバック代わりになるんだよな。手ぶらで楽チン。


てくてくと道伝いに、休憩所へ向かう。

まるでキャンプ地のようだ。焚き火の跡があちこちに残っている。六畳ほどもある魔法陣が一帯に数箇所描かれていた。その中心には魔力を込める魔石が地面に埋め込まれていて、それがスイッチになるらしい。


既に一つの魔法陣を使用している先客一向は、テキパキと野営の準備をしていた。

俺は毛布も火を起こす道具もないので、寒さに耐え切れなくなるまで休憩をしたら、彼らに見えないところで車を出して出発する。とにかく、できる限りMPの回復に努めよう。


ツルツルした白い魔石に手を当てて、魔力を込める。すると魔石が蛍光色にぽわわと光り、魔法陣にも光が灯った。これで良いのかな?

魔力回復の指輪をはめて、後はやることも無いので足を伸ばしてストレッチをした。ケツの痛みがしつこいよ。気をつけんと痔になるぞこれ。


とっぷりと日が暮れてきて、風が冷たい。

冒険者さんたちは5人組のムキムキなおっさん兄ちゃんたちで、目が合った時に会釈をしてそれきりだ。

会話の内容が漏れ聞こえてきて(決して聞き耳をたててた訳じゃないぞ。違いますとも)、どうやら魔物退治に来ているらしい。最初に会った3人組もそうだったのかな。

彼らは火を囲んで食事を始めた。いいなあ。俺も温かいもの飲みたい。あまりマジマジ見るのも失礼だからよく分からないけど、お湯を沸かして飲み、干し肉を食べてるようだ。


冒険者って、過酷な仕事だな。伝手どころか、身分証も戸籍も持たない俺はどんな仕事に就けるだろう。

この世界の言葉や文字に困る事はない。どうやら俺は読むだけでなく、書くこともできるようなのだ。普通に日本語を書こうとするだけで、さらさらと勝手に腕が別の文字を綴った。

その内、日本語が読めなくなったりするんだろうか。ミラーに下がっているお守りの「交通安全」だけは日本語で、あとは全て…ナビの文字も異世界語だ。


「お。でも日本語も書けるな…」


魔法陣の隅っこへ移動し、その辺に落ちていた枝で地面に落書きをしてみた。

「家内安全」「商売繁盛」「必勝祈願」「蒙古タンメン」と思いつくままの適当な日本語を意識して書く。すると、異世界の文字にはならなかった。不思議だ。


「現代の知識を活かして企業する、みたいな事できりゃ良いんだけど…そんなもん無いしなあ」


普通に大学を出て、普通に就職したサラリーマンである。異世界で無双できそうな、専門的な知識は一つも持っていない。正直、車がどういうメカニズムで動いているのかもよく知らなかった。

以前、少女ボスにコンビニのコーヒーメーカーの仕組みがどうなっているのかを尋ねられたが、曖昧にしか答えられず「訳もわからず使っておったのか?なんと怠惰な。本物の役立たずではないか」と罵られたのを思い出す。つらい。


俺にできる事といったら、車で比較的安全に長距離を移動できる、て所か…


そんな事を延々と考え込みながら、時間を過ごしていった。いつの間にやらウトウトしてたらしく、気がつくと身体が冷えて強張っていた。いかん、せっかく狭い車内で固まったのをほぐせたとこだったのに。

もう一度ストレッチをして、出発しよう。


ラスタパンと水をのみこんだら、一通り身体を伸ばして立ち上がる。日本語の落書きは足で慎重に消した。間違って魔法陣を消したり、何か変な影響を与えたりしたら大変だ。

空を仰げば、今日も星がでている。冒険者さんの焚き火や魔法陣の明りがあるからか、昨夜ほど満天とはいかない。


その場を離れて近くの木立へ入り、冒険者さんの目に触れてないのを確認したらキーを開けた。現れた車に入り込んで、エアコンの暖房を入れる。うーさむさむ。

ガソリンメーターは…よし、ほぼ満タン。寒い中待った甲斐があったぞ。これで、ドルトナに着くまでぶっ続けでステルスモードでいられる。


遂に着くぞ。ドルトナはどんな街だろう。



ーーー



島屋が布袋を担いで魔除けの魔法陣から立ち去ると、別の魔法陣で休息をとっていた冒険者の5人は顔を見合わせた。

夜の薄闇の中、焚き火に照らされた仲間たちの表情は皆困惑している。


「アレ、何だったと思う?」


今日1日頑張ってくれた馬の首を撫でながら、一人の細マッチョが口を開いた。


「調子こいた貴族の三男坊とか」

「物盗りにあったんじゃないか?」


ごろりと横になってくつろぐ無精髭マッチョと、弓の手入れをしているダンディマッチョがそう答えた。


不要なトラブルを避ける為、こういった道中で他人と無闇に接触しないのは、旅人の不文律のようなものだ。だが先ほどの男は、そんな物がなくても関わろうとは思えない風貌であった。


「見たことねぇ服だったなあ」

「服より、あの軽装だろ。あれじゃ街中で寝てる酔っ払いよ」

「流石にアイテムボックスなりあるだろう」

「にしてもな…胸当ての1つ、ランプの1つも持つだろう普通」

「やっぱ追い剥ぎか」


それにしては、呑気な様子であった。無闇な接触はしない代わりに、助けを求められれば可能な限り応えるのもまた、旅人間の習わしだ。

しかし、男は物珍しそうにこちらを覗くだけで何も言ってはこなかった。流石に魔法陣の側で何かガリガリ書き始めた時は止めようかと迷ったが、大人しく休んでいた。身体を伸ばしたりうたた寝したりと、悲壮感のかけらもない。


それがひどく不気味だった。

顔見知りでもなく、得体が知れず、そもそも無害だったとして手を差し伸べても、見返りを貰えそうな相手では無かった。追い剥ぎに会ったのなら無一文の筈で、支払い能力は期待できない。

関わらないのが正解だろう。


「どこに行った?」

「林の中に入ってたぞ」

「……見てくる」

「やめとけよ」「反対!」「放っとけ」


正義感のあるマッチョが腰を上げようとすると、口々に皆に止められた。


「首でも括ってたらどうする」

「ダメダメ、あそこまで怪しいやつ見た事ないよ」

「小便でもしてんだろ。まだ魔法陣がついてる。一晩ここで明かす筈だ」

「リック、罠かもしれない。危険な事はするな」


リーダーらしきマッチョに名前を呼ばれて諭された正義マッチョのリックは、「わかったよ…」と腰をおろす。

男は魔道具でも使ったのか、来て早々魔法陣を発動させていた。やはり旅慣れていない様子が伺える。

大抵は無駄な魔力消費を抑えるため、就寝時に発動させる。夜の見張り番が交代で少しずつ魔力を補充して、魔除けを持続させるのだ。

明るく光の宿り続ける魔法陣は、男が用を足したら戻ってくることを告げている。


ところが、それから時間が過ぎて夜も更け、そして日が昇っても、奇妙な男が戻ってくる事はなかった。


マッチョ冒険者たちは朝日を拝みながら、名も知らぬ男の運命に思いを馳せ、明日は我が身だと気を引き締めて今日も依頼をこなしていくのだった。


「ていうか、まだ魔法陣ついてるわ」

「どんだけ魔力込めたんだよ…」

「景気が良いんだか悪いんだか分からんな」



ーーー



短い休憩を挟みつつ、夜通し車を走らせた俺は車内で朝日を迎えた。眠い。

道中人は見ないが、魔物には遭遇した。ダスターウルフより一回りも二回りも小さいオオカミの魔物だ。ステルスなので、気づかれる事なく通り過ぎた。

もう一つあるという休憩ポイントには、気づかずスルーしてしまったみたいだ。MPの心配はないので、まぁいいか。


「およそ4キロメートル先、検問所です」


その音声に、俺はナビを見る。画面端に「6000G」と料金が表示されていた。街の通行料か?

ラスタさんから貰った路銀の中には硬貨も入ってた。確か大銀貨一枚が3000Gだったはず。青銅貨・銅貨・銀貨・金貨、白金貨…という単位で、その中でも大や小と細かく分かれるらしい。それがこの世界の通貨だ。


短い林道を突っ切ると、遠く左右に伸びる石壁が見えた。街の壁だ…良かった、たどり着けて。


「うわ、結構並んでる」


混む時間帯なのか、それとも常にこうなのか分からないが、街壁の門から人が10組ほど列を作っているのが見えた。


もうケツの痛みにうんざりしていた俺は、遠くに見渡せる検問所まで歩いて行くことにした。

何しろ見晴らしのいい原っぱなので、人のいる門の近くでは不用意に降りられない。突然ポンと車が現れたら、また怪しまれてしまうだろう。


袋には一応水とパン、硬貨と換金用のお宝を少しだけ入れる。持ち歩くのは怖かったが、硬貨は全て手元へ入れとくことにした。

布袋を肩にかけ、車を出てロックすると、門を目指して街道を歩きだした。



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