14.ついに地上へ
辺りはしんと静まりかえり、今度こそ一人きりだ。
お土産の念押しされたよ。
何やかやと最後は魔境のボスらしい事言ってた気がするけど…やっぱりお土産目当てで俺を見逃している説あるぞ。
大変ありがたいので、別にいいけど。
さて、どうしよう。
夜明けまで何時間もある。このまま一歩も進まず、何時間もステルスモードで夜明けを待つとしたら、MPは残らない。
ラスタさんから貰った魔石があるから、それも手ではあるけど…勿体無いよな。
その時、チラリと上から影がさした。
もとから暗いので本当に微かにだが、何か黒いものが上を横切ったような気がする。
俺は大慌てで車に飛び乗り、ステルスモードへ移行させた。
ワイバーンってやつか?確かミニサイズのドラゴンもどき、てラスタさんは言っていた。空から襲ってくると。
ステルスを解いてほんの少しお喋りしてる間に、寄って来たのかもしれない。
「もう、行っちまうか」
本当は日の昇っている時間にしたかったのだが…。こうなったら、仕方ない。
最悪、ナビの地図がある。ピピピと行く先を地図でなぞり地形を確認してみると、降りられそうな平坦な箇所はいくつかあった。よし、ひとまずそこを目指そう。
念の為、崖沿いにその場から離れる。周囲をよく確認してからすかさず代行モードでジズを選択。ショートカット欲しいな。パソコンじゃないんだから、そんな機能ないよな。
いざ行かん。ギアをAに入れて上昇開始。
たまに雲の塊っぽい輪郭が現れるだけで、上下左右真っ暗闇だ。こうこうと明るいナビ画面が、ひどく心強いものに思えた。
ある程度進んだので、ギアをD3へ下げて地上を目指す。とんでもなく長い下り坂を、ひたすらまっすぐ下っていくのと同じだ。
フロントミラーに映る荒野の地面が、その先に続く暗闇が、ぐんぐんと遠のいていく。ベラトリアの広大な大地が、夜の中へ霞んで見えなくなった。
さよなら、ラスタさんとボスさん。
こうしてみるとあなたたち、とんでもねー所に住んでるよ。
無言でハンドルを握ることしばし、突然その暗闇がサッと晴れた。
まるで目隠しを急に外されたかのように、何も見えなかった視界へ一気に景色が飛び込んできた。
谷間のラインが蛇のように伸びる地上と、満点の星空だ。
思わず、わああ、と感嘆の声が出る。
キラキラ瞬く光の粒たちが、空一面にどこまでも広がっている。あまりの綺麗さに、思わずアクセルから足を離してまじまじと見入ってしまう。宇宙にいるみたいだ。
星明かりに照らされて、荒涼とした岩肌の大地がくっきり見える。巨大な裂け目が脈々と伸びていて、谷底は水の無い河のようだ。
地上がこんなによく見えるなら、朝を待たなくて正解だったな。
こぼれ落ちそうなほどの満天の星空を、野郎一人で飛び続ける。非常にロマンティックだ。
眼下の景色が流れるように過ぎていくおかげで、かなりの速さで移動しているのが分かった。さっきまでの右も左も見えない真っ暗闇は何だったのか。
首を曲げて振り返ると、黒い壁のような巨大な暗雲が目に入りぎょっとした。美しい星空の中に不釣り合いな、威圧感たっぷりの黒い塊がドカンと浮かんでいる。いかにも魔境です、て見た目だ。
あの雲の中から、自分は飛び出して来たようだ。
それから程なくして、星空を眺めたりナビを眺めたりしている内に、谷地を抜けた。
谷間はなくなり、ぽつぽつと草木が現れ始める。さらに進んで行くと平坦な草原へ変わっていき、葉の生い茂る木立が池のように点在する原っぱへ辿り着いた。
「ガソリンが半分か…そろそろ降りないとな」
せっかく明るいのだし、相変わらず人気もない。ベラトリアにいた時は真っ赤に表示されていた地図も、魔境から出た今は緑色になっている。「遭難・死亡事故多発区域」から外れているのだろう。
ここからは、ガソリンをガンガン消費するステルスや代行をなるべく控えたい。空の旅は思った以上に楽しかったが、燃料切れの事も考えないと。
前進しながらゆっくり下降してく。さながら飛行機の着陸風景だった。地面がぐんぐんと近づいてきて、木立の葉っぱが夜風にそよいでるのも見てとれた。
「うおー、着いたぜ…」
草原の地面にドシリと着陸すると、思わずそう呟いた。肩の力が抜けていく。
車を止めて星空を仰げば、遥か向こうの上空に黒雲の塊が浮かんでいるのが見えた。ここからでもベラトリアを覆う雲が見えるのだ。
「あんな所から降りてきたのか…はは…」
やべえな、異世界自動車。思わず乾いた笑いが上がる。
こうして無事に地上へ降り立った途端、己の所業に改めて慄いてしまう。免許取り立てが初の公道で高速道路をかっ飛ばすような暴挙だよ……いや、確実にそれ以上だ。
辺りは上からも見えた林が所々に広がっている。控え目な木立だから、充分迂回できるだろう。
「ルートを変更しました。およそ6キロメートル先、右方向です」
どれどれ、所要時間は8時間強か。伸びたな。しかし、空路から陸路に切り替わったのだからこんなものよな。予想通りだ。
夜空は相変わらず、星がキラキラだ。先ほどは目につかなかった雲が、薄墨のように広がっている所もあるけれど、とてもよく晴れている。
ちょいと休憩しよう。見晴らしがいいから、急に襲われる心配は少ないはずだ。エンジンを切って、外に出る。
ぐーっと伸びをして、硬くなった体をほぐす。ケツが痛くて仕方なかった。
新鮮な空気だ。夜風が少し肌寒いが、すごく心地良い。ざわりざわりと草が風にそよぐ音と、何匹もの虫の声がする。魔境は虫の声なんてしなかったな。
持たせて貰った食料を取り出して飯にした。芋と乾燥させ粉にした葉っぱを練って作った、ラスタさんのパンだ。
瞬く星空をぼーっと眺めながら、車に寄りかかってパンをかじる。芋の味だ。塩や胡椒を欲しがったラスタさんの気持ちがよく分かる。
思った以上に空腹だったようだ。半分くらいにしておくつもりが、気がついたら一個丸々なくなっていた。
腹ごしらえが済み、ケツの痛みも治った。ここから先がこんなに穏やかな場所とは限らない。今の内にここでMPを回復させておこう。
うーっさむさむ、と車に入り、魔力回復の指輪をはめる。
ウトウトと微睡みながら車中で休み続け、気がつくと夜空の色がかすかに白んできた。星がさっきより減っている。
ほんの少しだが、ぐっすり眠れたみたいだ。エンジンをかけると、半分だったガソリンメーターが3分の2以上戻っている。よしよし。
「8時間か…休憩も入れたら、1日2日かかるよな」
ドルトナまでの地形を地図で確かめると、山を越えたり迂回したりするようだ。
ひとまずは、街道を見つけたい。話によると、街道沿いには魔物避けの術が施された休憩ポイントがあるらしい。
「うし、行くか」
ーーー
その後、モード無しの軽車両状態で進みながら、朝を迎えた。ガソリンの減りがエコだ。平和って素晴らしい。
本物の太陽の下、流れる景色を眺めながら車を走らせる。明るい中で見渡す草原は、実にのどかだった。何の心配もいらないただのピクニックで来られたら、どんなに良かったろう。
平原のように思えた草原は、思ったより起伏が激しくガタガタした。整備のせの字も無いので、人は全く通らないのだろう。鳥や猪っぽい生き物は何度か見かけた。
街道を見つけたのは、それからさらに進んで山や川が現れ始める頃だった。
本当に先が続いてるのか不安になるルートで山を登り、無事に越えたと思ったら今度は迂回路を辿る。
途中、小さな人型の魔物に出くわしフルスロットルで逃げ出すという場面もあった。きっとあれ、ゴブリンてやつだぞ。
ステルスになる間もなく慌てて逃げ出したが、追っては来なかった。あー、おっかねぇ。
キラーバットになって川を渡り、しばらく進んでから見つけたその街道は草地が踏みならされただけのもので、無人の簡素なゲートもあった。
まだ充分明るいが、日が傾きかけている。魔除けの結界は見つかるだろうか。ブロロロと走っていると、道の先に3つの人影が現れた。
ああ、人だ!人が歩いている。
第一村人発見の感動を味わっていると、人影の中の一人がこちらを振り返って固まった。エンジンの音を聞きつけたのだろう。
やべ、ぼーっとしてた。ステルスで隠れるべきだったのに。
後悔しても遅かった。3人組がこちらを向いて立ち尽くしている。思いっきり警戒しているのが、遠目でもわかった。いやそうなるよな。
トラブルは避けたい。でも人と話してみたい気もする。不用心だろうか。
とにかく、危ないから道から逸れよう。歩行者優先だ。道から外れた草地へ移動して、危険は無いぞと示すため3人に手を振りながら、ソロソロと進んでいく。
旅人の風貌をした3人組はそれぞれ盾や剣、魔法の杖らしき物を携え待ち構えている。きっと冒険者だ。最初にこちらに気がついた若い男は、頭に丸い動物の耳がある。うお!ケモミミだ。
「おい、一体そりゃ何だお前!?魔物かと思ったぞ!」
盾と剣を構えた大きなガタイのおっさんが、呆気に取られた顔で怒鳴った。
「すいません、俺の馬車です!撃たないでください!」
「馬車…?馬は?」
焦って咄嗟に出た言葉に、ローブをかぶり杖を持った女性が疑問を呈する。ごもっともです。
「キモ…なんか顔みたい…」
ケモミミマンが若干怯えたように顔をしかめ、俺の車の悪口を吐いた。何だとこの野郎。確かに車は顔っぽいけど、キモいは言い過ぎだろキモいは。
「あのう、ここで何してらっしゃるんですか?魔きょ…ダンジョンの帰りですか?」
3人は全く警戒を解かないが、攻撃してくるような素振りはなかった。それに少し安心して、俺は質問を投げかける。
「ダンジョン?この辺りにダンジョンなんか無いだろう。それよりあんた、何者だ?」
そうか。この辺、ダンジョン無いんだ。
こうなったら仕方ないので、白状するか。ここで別れればそれきりの人たちだ。知られた所で平気だろう。
「俺は遠方の田舎からやってきました。これは俺のスキルで、馬車みたいなもんです。魔物でも顔でもありません」
「……」「……」「……」
怪しまれているな、気まずい。何だか仕事の邪魔をしてる感満々だ。
俺は3人に魔物避けの結界の場所を尋ねた。ここからドルトナの街までの間に2ヶ所あるらしい。
「そんなモンで突撃してったら、他の旅人達が驚くぞ」
「そうですね、気をつけます。どうも、お騒がせしました」
愛想笑いで手を振って、脅かさないように徐行しその場を通り過ぎた。彼らが何を目的に来ているのか気になったが、あからさまに警戒しまくってる人にあれこれ聞くのも躊躇われた。
さいなら、お仕事お疲れ様です。
ブロロロと進むが、3人はまだ突っ立ってこちらを眺めている。
あの反応を見るに、やはりこの車は相当悪目立ちするな。次からは話しかけたりせず、しっかりステルスでやり過ごさなければ。