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13.さらばベラトリア

「本当に、本当にお世話になりました…!」


車の前で、この世界に来て初めて言葉を交わした二人に深々と頭を下げる。

色んな事を教えてもらった。彼らに会えなければ、未だ右も左も分からなかっただろう。


「ありがとうごさいましたっ!お二人とも、お元気で」

「ドーモドーモ、というやつか。お主の故郷は変ちくりんなもんしかないの。覗いてて楽しかったぞ」

「…ああ、なるほど。シマヤの故郷の風習だったのか。その動きは」


感極まりかけてた気持ちが、スンと落ち着いてしまった。

そうか。お辞儀って思いっきり日本の文化だから、こっちの人は困惑するよな。気をつけよう。


「あー、えっとあの…お元気で」

「さっきも言うたぞ」

「ああ。シマヤも元気で。気をつけてな」


少女ボスはひらひらと手を振って、「服を忘れるでないぞ、油も、くれーぷもだぞ!」と念押ししてくる。ラスタさんは片手を差し出されたので、感謝を込めてその手を握った。

一生ファンです。ありがとう、ラスタさん。


昼にもうここには来たくないなどと思っていたくせに、この寂しさは何だろう。それくらいには、二人の側を心地よく感じていたようだ。


車に乗り込み、キーを回す。

少女ボスもラスタさんも、いつものように乗ってこない。ああ、本当に俺は一人になるのだ。


胸に込み上がるものを無視して、ナビを操作する。よし、ちゃんとドルトナ市街が目的地になってるな。

案内開始ボタンをポチ。


「目的地を設定しました。ルート案内に従って、走行してください」


振り返って、手を振る。少女ボスはさっさとコンビニに戻ったのか、もういない。ラスタさんが手を振りかえしてくれた。

Dにギアを入れてアクセルを踏んだ。見慣れた街並みを無言で進む。曲がり角を曲がるまで、ラスタさんが手を振っているのが見えた。


…さぁ、切り替えなくては。ボスのエリアまではステルスでも代行でもない。危険なよそ見運転はできないぞ。

以前教わったが、このベラトリアは4つのエリアに分かれている。街の中心から、ボスの支配する幻覚エリア、居住区エリア、塔や館のエリア、そして荒野のエリア。

今から目指すのは、その荒野エリアにあるベラトリアの端だ。


走行することしばし、見覚えのある広場へ出る。少女ボスに見つかり、声をかけられた広場だ。と言うことは、そろそろボスのエリアを抜けて魔物の湧く地点だ。

広場を進み通りへ抜けて、だんだんと夕暮れ空に暗雲が立ち込めてくる。道もガタガタしはじめ、建物も古く汚い。


「遭難・死亡事故多発区域です。ステルス運転モードへ移行します。車外へ出るときは安全を確認しましょう」


来たで、ゴーストタウン。空ももうすっかり真っ暗だ。

ナビ画面を確認すると、やはり覚えのある道を辿っていくようだ。知っている道だとホッとするな。レベル上げでよく通った。


ガシャンガシャンと音を立てて、向こうの通りをリビングメイルが行進している。

結局あいつらでレベル上げはしなかったな。それぞれが剣や弓、魔法を駆使し連携をとって襲ってくるので、さながら冒険者チームを相手にするような物らしい。そうなるとラスタさんでさえ、素人を庇いながら戦える相手ではないそうだ。恐ろしい。


そんな彼らを尻目に、着きました外壁門。

ナビをピコピコ操作して、代行リストからキラーバットを選択する。


「代行操縦運転モードへ移行します。車体のHPに注意し、安全を確認して走行してください」


視界が開けると、見上げるような巨大な入り口を低空飛行で進む。


「怖えーな…見つかりませんように」


本当はここを通らずに、外壁を飛び越えて行ければいいのだが、そうするとジズがすっ飛んできてしまう。

体の小さいキラーバットでなら見つからないかな?いやでも万一を思うと、やっぱりできない。


暗闇の中、ライトもないのに視界は良好だ。これはやはり、キラーバット目線で見ているということなのか。コウモリって超音波でものを感知してるんでなかったかな?


「コウモリじゃなくてキラーバットだもんな…う!?」


枝分かれした通路の向こうから、「ギィギィ」と甲高い鳴き声が聞こえる。ヤバい、鉢合わせそうだ。

ぶっ飛ばすしかない。暴力的な意味でなく、速度を上げるという意味で。


通路をアクセル全開で突っ走る。やはり察知されていたのか、わらわらとキラーバットの塊たちが追いかけて来るのが見えた。

いつかの悪夢の再来か。どちらに進めば出られるのか知っているので、何とか落ち着いて運転できる。あと少しだ。


狭くて暗い門の通路を抜け、塔や館の立ち並ぶ真ん中のエリアへ到着した。問答無用で付いてくるキラーバット達にほとんど追いつかれながらも、俺は車を止めてナビを操作する。今の自分はキラーバットサイズで、つまりわらわらと群れるこいつら1匹1匹が車ほどもある巨大コウモリに見えるのだった。吐きそう。

震える指で、ステルスモードを選択実行。


「ギィ!ギ!?」

「ギギーーッ!」


バンッ、ガツンッ、と車体に体当たりを喰らわせていたキラーバットたちが、一斉にすり抜けて至近距離を飛び交った。ゼロ距離に俺がいる事も知らず、車を見失って騒いでいる。

もうコウモリなんて大嫌いだ。


無事にステルスモードになった所で、ギーギー騒ぐコウモリ団子から離脱し先を進む。

ナビの示す先は、探索で足を踏み入れていない方向だった。ここからは未知の場所だ。


たまに思い出したように右折や左折指示を出すが、「この先しばらく道なりです」が主になる。大きな建築物が多いからだろうか。

ストーンゴーレムがSTの如く門に立ち塞がっているお屋敷を通り過ぎ、塔を見上げて頭をポリポリ掻くキュクロープスの横を通行する。ぎょろりとした一つ目が恐ろしいが、後ろから見ると案外愛嬌があるな。


「単調だなぁ…眠くなりそう」


出発から30分経ったろうか。流石にまだ眠くはならないが、いつ危険が降りかかってもおかしくないのに、何事も起こらない。ジリジリとした緊張をずっと持ち続けるのは、ひどく疲れた。


「運転ってやっぱ大変だ…」

「およそ600メートル先、検問所です」

「!?」


なんて思ってたらトラブル来たよ。何だよ検問所て!聞いてないぞ!

慌ててナビを見れば、見たことのないGというマークがこの先に出ていた。画面端に「料金・0G」と出ている。

Gって確か、こちらの通貨単位だ。少女ボスのコンビニの値札にあった。なんだ、無料かよ。


いく先に見えて来たのは、外壁だ。道の向こうに開けたスペースがあり、大きなアーチ型の門へと続いている。

あの門が検問所のようだ。壁があるって事はまさか、あの向こうが荒野エリアだろうか。


門の前で一旦Pへ入れて、あたりの様子を確認する。入り口広場は閑散としていて、魔物の姿はない。

キラーバットに追い回されたさっきの外壁は、奥行きがあり内部が入り組んだダンジョンのようになっていたが、ここはそうではないようだ。ナビの地図を見る限り、普通の壁一枚だな。


門はぴったりと閉じられており、傍に検問所みたいな窓口がある。

けど「すいませーん」なんて声をかけて魔物が出て来たらどうしよう。嫌すぎる。


散々迷った挙句、ステルスモードをほんの少しの間だけ解除してみたり検問所の中を覗いたりしたが、何の変化も起きなかった。中は無人だ。


門は閉ざされたままで、他に手はない。ジズって飛び越えることにした。

再び代行モードへ切り替える。ジズもキラーバットのように、夜目が効くようだ。ステルスで走ってた時より遥かに視界良好である。


「うわっ、何だあいつ…」


上空から外壁を越えると、外側の門の両脇に4・5メートルはあろうかという石像が2体立っていた。片方は狼で、片方がトカゲの石像はこちらをじっと見上げている。

動いてるぞ…あれもストーンゴーレムだろうか?やはりSTみたいに門を守っているな。


あんなのが門一枚隔ててすぐ近くに立ってたのか。絶対に通行料とか払っても無事に通してくれないだろ。


狼のゴーレムが追ってくる。怖ッ!周囲は荒れ果てた平地で、街中のように視界を遮ってくれる物がない。

できるだけ遠くに離れて着地し、ステルスモードへ変更。窓越しのぐにゃぐにゃと運転席の変化がおさまるのを、やきもきと待つ。早くしてくれ!

ナビ画面をタップしまくる。


「ステルス運転モードへ移行します。車外へ出るときは安全を確認しましょう」


すると土煙を上げて疾走していた狼ゴーレムが、戸惑ったように足を止めた。ふー、良かった。見失ってくれたようだ。

安堵の息を吐きながら、急いでその場を後にする。辺りを探るようにうろつきまわる狼くんだったが、やがてトボトボと踵を返し暗闇の中へ去っていった。

お仕事お疲れ様でした。


ドタバタ感慨もなく降り立ったが、ここが荒野のエリアみたいだ。

人工物に囲まれていた今までとは、一気に様子が変わってしまった。乾いてひび割れた地面がずっと続いて、上空はお馴染みの曇天。

ジズ状態が解除された今は視界が真っ暗で、それすらも見渡せない。背後には城壁があるはずだが遠のいたせいで暗闇に消えている。これではたちまち方向感覚を失くすだろう。


しかし、俺にはナビがある。


「この先、しばらく道なりです」


道はなくとも、道なりらしい。平坦だが頼りになる声に従い、とりあえずナビ画面のラインに沿って進む。


途中、ヘッドライトに照らされてヨタヨタと歩く人影を見つけ、慌てて寄ってみると剣持ち骸骨だった。なので即行で見捨てる。

ラスタさんに荒野エリアの魔物は下位アンデットとワイバーンだと聞いていたが、暗い上に遠目だと人間と見分けが付かない。


再び単調なドライブが続く。たまに見かけるのは、枯れた木や虚ろな動きの魔物。空を飛んでいるというワイバーンには、今の所遭遇してない。

ナビ案内のラインから逸れてるのに気づいては、慌ててハンドルを切るというのを何回かやっていると、荒野の終わりに着いた。実に何事もなく。

ステルスモードだから大丈夫なだけで、この荒野をアンデットに襲われながら進むのは、相当キツイのだろうな…。


地平線が、ぽっかりと途切れている。

アクセルから足を離し、ソロソロと徐行する。落っこちたら大変だ。何しろもう地面が終わって、奈落が黒々と広がっているからだ。

魔境の出口だ。


「本当に、浮いてるんだな…」


とにかく暗い、そして広い。どこまでも続いて見える真っ暗闇に恐怖を覚えた。吸い込まれそうだ。

そうだ、時間。今何時だろう。ナビの時計を見る。


2:26


俺は驚きで二度見する。何てこった。出発したのは確か、1時前だぞ。

たった1時間半しか経ってないの!?

そりゃサクサク進んでたけども…。てっきり何時間もかけて、夜が明ける頃に着くと踏んでいたのに。夜更けも夜更けだよ。


「おぅい、ペテン師や。姿を見せてみろ」

「ギャッ!」


その時、場違いなのんびりした声が暗闇から上がった。完全に不意をつかれた俺は驚愕で悲鳴を上げる。


そこには何と、少女ボスがぽつんと立っていた。暗闇を背に、同じ色の長い髪が風に靡いている。


姿を見せろて…大丈夫かな?アンデットが化けてるとかじゃないよな?いや、そんな魔物が出るとはラスタさんから聞いてない。


「おいコラ、さっさとせんか。感じ悪いのう。せっかく最後に挨拶くらいしてやろうと思うたのに、礼儀も知らんのか?」


腕を組んで顔をしかめた少女ボスが凄んでくる。怖い。そして偉そうだ。

そんな馴染みのある態度に後押しされ、俺は言われた通りステルスモードを解除した。恐る恐るドアを開け、満足そうに微笑む彼女へ声をかける。外は砂埃がすごい。


「つ、着いて来てたんですか」

「フフフ。おぬしが真にここを切り抜ける実力があるのか気になってな。コロッと逝くかと思ったんだがのう」


あ、そうですか…。自分でもひどくアッサリな、と今思っていた所だけどさ。

ひょっとして、服やらクレープやらに目がくらんだ少女ボスが融通してくれてたのか?と思ったが、彼女はそうでないと首を振った。


「あるじたるわしとて、所詮はこの魔境に生み出されし者だ。魔物を都合よく操ったりなどできぬわ」


へぇ、そうだったのか。魔境って不思議だな。

レベル上げで散々彼女に魔物をけしかけられた時のことを思い出す。言われてみれば、たいてい彼女もそいつから攻撃を受けてたっけ。大抵は「くすぐったいのう」と笑ってたけど。


「そうですか…あ、あの、色々お目溢しをありがとうございました」


幻覚の原っぱで見た、目玉のクリーチャーを思い出す。きっとあれが、この子の正体だったのだろう。上位悪魔なんだっけか。

その気になれば俺など、キュッと一捻りで殺せるはずだ。それなのにこうして見逃してくれようとしている。


…しているんだよな?

あれ、急に怖くなってきたぞ。まさかここで本性を現して襲って来たりしないよね?「馬鹿め!わしは悪魔だぞ!」とか言って。


「フフフ、急に神妙じゃの。どういたしまして、だ」


俺の心配をよそに、あっけらかんとそう返された。

本当に様子を見ていただけか。疑ってしまって、なんだか少しバツが悪い。


このひと、憎まれ口叩くわ悪ガキムーブするわ正体グロいわで怖かったけど…親切なんだよな。

ラスタさんとの喧嘩でブチ切れてた時ですら、俺に対して「死にたくなきゃすっこんでろ」て注意してくれてはいたのだ。ほんと怖かったけど。


「あの…どうして見逃してもらえるんですか?」


思わず聞いてしまった。余計な事をと思うが、やはり気になってしまう。


「ん?うーん、特に意味はない。その方が退屈じゃなさそうってとこかの、強いて言えば」


いや、軽いな。


「他者の命を奪いこのベラトリアへ取り込むのは、確かにわしらの存在意義よ。だがなぁ、あやつやお主のような…人間どもの記憶を見ておると、それが言うほど大義ある事とは思えなくての。それよりわしは、退屈が嫌いじゃ」


なんだか、全く悪魔らしくないとも、いかにも悪魔らしいとも思えるような理由だった。

俺は呆れつつもどこか納得してしまう。それで勇者とラスボスが一緒に暮らすなんて状況が生まれたのか。


少女ボスは何やら考えていたが、今度は小首を傾げて俺をまじまじと見上げた。


「ふぅむ、確かにお主は弱い。小癪な奴よと貶んでおったが…力ある者だけが魔境を制する資格を持つ、という考えは改めねばなるまい」


彼女はそう呟くと、ニタリと機嫌良さそうに笑った。出会った時と同じ笑顔だ。


「さらばだ、卑小な到達者よ」


おみやげ楽しみにしておるぞ、と言う声を残して、少女ボスは姿を消した。



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