12.お土産の催促はほどほどに
こうして、突然起きたゴタゴタは丸く収まった。
ハニワと魔石のおかげでガソリンメーターはだいぶ回復したが、フルではない。MPを完全に回復させたら、ついにこの魔境を出発する事にした。
決行日は明日だ。夜中に出発して、日の昇っている時間帯に地上を目指す。
日本にいた頃一度だけ夜の飛行機に乗ったことがあったが、窓の外が真っ暗で着陸間際になっても地面が見えずハラハラしたのをよく覚えている。あんな思いはしたくなかった。
「そうか。ダイコウはもういいのか?」
「はい、もう止めときます。いい加減怪我しそうだ」
ほかほかと湯気の上がるお茶を飲みながら、二人で色々と話をする。ラスタさんの淹れてくれるお茶も、これで飲みおさめだ。この金ピカゴブレットともお別れである。
ジズを代行できるようになった今、ドルトナへの所要時間は5時間弱になっていた。ハイスペック過ぎる。
これ以上欲をかいて、危険なレベル上げをする必要もないだろう。
「分かった。あとはドラグーンメイルでも、と思ってたんだが…シマヤがそう言うなら」
ラスタさんはどこか残念そう。いやいや、おかげさまで十分だから。
…ていうか、ドラグーンメイルにジズにヘルパピヨンって、覚えてるぞ。少女ボスがニヤニヤしながら立案した魔物狩りツアーと内容一緒だぞ。やっぱりスパルタじゃないか!
まあいいや。それは置いといて…。
5時間で到着するといっても、ジズになりっぱなしにはできない。街のそばにジズが出たとなれば、大騒ぎになるからだ。
「降りてしばらくは人気の無い谷だから平気だと思うが、街に近くなったら控えた方がいい」
「そうですか…」
この辺の地上は谷なんだな。ラスタさんは一体どうやって来たんだろう。
「あ、そうだ。すみません。俺さっき魔石を勝手に使わせて貰いました」
「魔石?」
ハニワ人形が魔石をMPに還元してくれる事を教えると、持ち合わせの魔石をいくつか融通してくれた。
「もともとあげるつもりでいた。ほら。これに色々見繕ってみたんだ」
そう言って、寝袋のような袋を俺に渡す。おわぁ!路銀!
ずしりとした布袋の中には、ミントグリーンの石が留まった魔力回復の指輪が3個、スクロールが20枚程、ポーション類が10本ずつ、そして詰めれるだけの金塊や宝飾品たちが入っている。
それとは別に、パンパンに魔石が詰まった巾着もくれた。
「お、多くないですか…?」
「問題ない。まだ欲しかったら言ってくれ」
ブンブンと勢いよく首を振る。「じゃあもう一袋ください」とか言ったら、平気でくれそうだ。
こんなに貰えるだけでも、どれだけホッとするか。暫くはこれで食い繋いでいける。ああ良かった。
「本当に、ありがとうございます」
大変ありがたく、受けとらせて頂きます。
何と、ラスタさんは餞別だと言ってお風呂を用意してくれるそうだ。サウナみたいなやつでなく、お湯を張るあのお風呂だ。ひゃっほい。風呂好き日本人、大歓喜である。
「思った以上に喜ぶな」
「命の洗濯です」
「そこまでか?」
「はい」
一人だと用意するのがめんどくさいから、あまりやらないらしい。
俺も面倒でシャワーだけの時とかはあったけど、濡らした布一枚で体を拭いて終わりというのは全く馴染みが無かった。だからこそありがたい。
隣の家へ移動すると、風呂場らしきタイル張りの部屋があって、大きな石作りの桶が置かれている。バスタブだ。
シンプルなバスタブを見ている俺に、ラスタさんは「はい」と何かを差し出した。
思わず受け取ったのは、短い杖。30センチくらいで、先端に拳ほどもある青い結晶がはめ込まれている。魔石かな。
「えっと…」
「ウォーターボールを撃てるマジックアイテムだ」
「こ、この中に撃っちゃっていいんですか?」
「どうぞ」
俺はバスタブめがけて杖をひょいと振る。
しかし、何も起こらなかった。悲しい。
「えーっと……」
「魔力を込めたか?」
そんな「電源入れたか?」みたいに言われても…。杖には勿論、スイッチなど付いてない。
そういえば、俺は魔力で車を動かしてるんだよな…しかし、車に乗っている時はただ運転しているだけで、魔力を使ってるなんて意識は毛ほどもないのだ。
困ったな。こうなったらもう、フィーリングでやるしかない。
伊達にマンガ大国、日本で25年生きてきたわけでない。魔法だの呪力だのオーラだのは、少年漫画で散々読んできた。こういうのはなんかアレだ、全身に巡らせてから、外に出すのだ。
子供の頃夢中になったマンガのシーンを参考に、イメージを膨らませる。全身に力が通うイメージ。それを右手と右手に持った杖へ巡らせるイメージ。
「ふんっ」
もう一度杖を振ると、結晶が光り輝いた。バスケットボールほどの水の球がその周りから生まれ、浴室の壁に勢いよく当たる。
やった!漫画オタクで良かった。
しかし、水の溜め方が意外だ。これって攻撃に使うものだよなきっと。
俺は狙いを定めて、バスタブの中へ水の球を繰り出す。バンッ、バンッと5・6回ほど撃って、何とか水がいい感じに溜まった。辺りはすっかりびしょ濡れだ。
「これくらいで大丈夫ですかね…とわっ!」
その時、指に衝撃が走って思わず奇声を上げる。見ると魔力回復の指輪が粉々に砕けていた。
今ので寿命だったようだ。
「凄いな。2、3日で使い潰せるものじゃないのに」
「えっ、すみません」
「責めてるんじゃない。シマヤの魔力量は凄いという話だよ。下手をしたら、魔族に間違われるかもな」
「魔族ぅ?」
魔族は、魔力に優れた種族で、魔物を使役したりヒト族には使えない魔法を使ったりできるらしい。魔物と同じく身体に魔石を有し恐れられて来たが、今では普通に人間の国でも暮らしている。
勇者がヒトや亜人種から出るのに対し、魔王は魔族から出るのだとか。
「フフフ!こんなしょぼいペテン師が魔族など、聞いて呆れるのう」
ひょい、と窓枠から身を乗り出して、少女ボスが現れた。どっから入ってんだ。
「ただのペテン師なら、ウォーターボールをこんなに何発も撃てないだろう」
「そんな事より、それも没収ぞ!」
「全部持っていく気かよ…」
「お主こそ、いくつ隠し持っておるのだ、いい加減にせんか!」
ラスタさんは苦々しげに呟くが、少女ボスは気にした風もなく一喝する。俺から杖を奪い取ると、さっさと行ってしまった。コンビニに戻ったのだろう。
「…そういや俺、魔法使えないはずなのにさっき撃てました」
「あれはそういう武器なんだ。水属性を持っていなくても、魔力を込めるだけで水魔法が使える」
曰く、スクロールのように人が魔法を込めて作り出した物を魔道具と呼び、その中でも古くから伝わる貴重な品をマジックアイテムと呼ぶらしい。マジックバックや今の杖がそうだ。
どちらも昔、ダンジョンで手に入ったと。一般人がお目にかかるものではなさそうだな。
さぁ、気を取り直して、風呂風呂。
ラスタさんがバスタブにはった水へ両手を突っ込むと、ジュワーと音が上がる。炎の魔法でお湯を沸かしているようだ。異世界の追い焚き式か。
湯加減を見たあと「じゃあ、ごゆっくり」と戻っていくラスタさんに礼を言って、風呂へ入り込んだ。一番風呂くれたよ。至れり尽くせりじゃないか。
ああぁ~、と喉の奥からオッサンの鳴き声が出る。控えめに言って、最高である。
「でも…浮かれちゃいられんのよな」
湯に浸かって体を伸ばしながら、ぼんやり考えに耽る。差し当たって明日の事を考えるだけでも、不安は大きかった。
無事に着けるだろうか。今まではそばにラスタさんがいてくれたが、彼らとはこのボスのエリアでお別れだ。
本音をいうと街の端まで着いて来てほしかったが、そうなればラスタさんの帰り道はまた1から魔境の攻略となってしまう。そんな事を頼めるわけがなかった。
とにかく、一人と一台でこの魔境を突っ切り、端を目指さなくてはならない。端にたどり着いたとして、そこから更に飛び立たないとならない。遥か下の地上まで。
「……生きのびるぞ…」
声に出して、自分を鼓舞してみた。
ドルトナへたどり着く。そうしたら宿を見つけて、ベッドでゆっくり休むのだ。足を伸ばして爆睡してやる。
俺はバシャバシャと音を立て顔を洗った。
ーーー
そうして、翌日となる。
夜までの時間、最後の手伝いとして色々申し出た。昨日の残り湯で洗濯をしたり、掃除をしたり。と言っても、幻覚越しの掃除に意味があるのか分からない。
空は茜色のままだ。少女ボスはまだ夕方の気分らしい。
即席で作った物干し台に洗濯物を干していると、その少女ボスがトコトコやって来た。
夕方だと乾きにくそうだから、ちょっと昼間のいい天気に戻してくれませんかね。怖くて頼めないけど。
「聞いたぞお主、やっと出ていくのか?ようやるの。せいぜいつまらん死に方をせんようにな」
ま、わしには死んでもらった方がラッキーだがの、とケラケラ笑っている。ラスタさんに対してはアレだったのに、俺にはコレである。
「それはそうとお主よ、外の世界へ行くのだろう?あやつに駄賃も貰っておったな。わしのしょっぴんぐもーるのために、色々と調達してもらうぞ」
ええ…何言ってんだ、このガキンチョ。
ていうかコンビニは?
「嫌とは言わせんぞ。その受け取った黄金の出所は何処じゃ?この偉大なるベラトリアへ還元する義務があろう」
されてるか?それ。100%誰かさんの欲望に注がれようとしてますけど…。
しかし、口答えしたら怒られそうだ。面倒なので「そうですねー」と曖昧にしといた。
「フフフ、話がわかるの。とにかく、服じゃ!服を山盛り買ってくるのだ。ここのドロップ品は服など出んからな」
「ああ、えーっと…」
ショッピングモールて、アパレルのテナント再現する気か?何百着要ると思ってんだ。
「あとは食い物。特に菓子だ!手始めにあのくれーぷとかいう、服を着たあいすを頼むぞ。あとはお主がよく飲んでおった黒い飲み物も…なんと言ったかの」
「…コーヒーですか?」
「おお、それそれ」
この世界、コーヒー豆なんてあんのかな。…割とありそう。コーヒー飲みたいな俺も。
「あとな、油をたっぷり持ってくるのだ!こんびにのふらいやーには油が必要だろう?」
コンビニもまだハマってるんかい。
俺はチラッと駅近にあったショッピングモールの中を思い出す。何でもあんだよな。食器とかの生活用品に文房具、アウトドアショップに百均まで……コンビニとはわけが違う。このままじゃ、収拾つかなくなるって。
「気が向かなくて悪かった」
天の声だ、助かった。振り向くと、畑の土をつけたラスタさんがパンパンに膨れた袋を抱えて立っている。
あ、その服も洗濯しましょうか。なんて思ってると、袋を渡される。
「うおっ、重!」
あまりの重さに取り落としてしまい、中身がこぼれ落ちた。転がったでっかい宝石のついた腕輪やピカピカのインゴットにぎょっとする。何コレ!?
「小麦粉も頼む。あ、できれば小麦の苗も欲しい。育つか試したいんだ。塩・胡椒と砂糖もぜひ」
「ええっ!?」
「おい、ケチくさいぞ。そんなんで足りるのか?」
「わかった、ちょっと待ってろ」
少女ボスだけでなくラスタさんまでそんなこと言い出した。適当にあしらう気でいた俺は、途端に慌てた。
ちょっと待ってよ。今からここを命がけで脱出するというのに、何でまたノコノコやって来ないといけないんだ。今生の別れでいる気だったぞ。俺は冒険者じゃないってば。
「そのクルマならできる」
「お主はしょぼいが、クルマがあろう」
「………」
財宝(買い物代金)が詰まった袋を3つも4つも持たされそうになったが、おかわりは何とか1つに留めてもらった。
この魔境に再び足を踏み入れるのは、はっきり言って嫌だ。二人には悪いけど、極力来たくないよ。
しかし、無かったことにするにはあまりにも大きな額を受け取っちまったな。
幸い「いつまでに」という指定はされなかったから…ひとまずは忘れよう。
勇者の剣の件もある。そっちが優先だろうし、お土産はいつかね、いつか。今は頭の隅へポイだ。そもそも無事でいられるかもわからないんだから…。
そうして思考放棄した俺は洗濯を終え、ラスタさんの畑の手伝いや飯の作り置きをして、束の間の穏やかな時を過ごした。
ラスタさんは元凄腕冒険者だ。今まで訪れて良かった土地や、近寄らない方がいい国などを簡単に教わる。よく覚えとかないと。
勇者だった頃の話は雷竜退治の事をチラッと聞いたきりで、とうとう何も語られなかった。しかし冒険者をしてた頃のエピソードは結構話してくれて、その時の彼は少し楽しそうに見えた。無表情だったが。
「街に入るには通行料がいる。クルマであちこちの国や街を訪れるなら、身分証を作っておくべきだ。大体の街は通行料を払わずに済む」
「どこで作るんですか?」
「手っ取り早いのは、冒険者ギルドに登録するのが良いと思う」
あとは町の役場なんかで発行してもらえるらしいが、戸籍的なものを照会するのに時間がかかるという。
俺に戸籍は無いし、税金も払ってない。そういう人は、やはり冒険者ギルドで登録をして、ギルドカードという物を貰うらしい。そんな身分証としての用途で、冒険者以外でもカードを持つ人は珍しくないそうだ。
やがて、ナビの時計が夜の1時に差し掛かる。
出発の時間だ。