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11.悪魔の化けの皮

そもそも、人の心配をしている場合ではなかった。探索から帰ったばかりの俺のMP残は、ガソリンメーター3分の1を切っている。これが尽きれば、この雷地獄の中に生身で放り出されちまう。


ゆらゆらと虚しく揺れる交通安全のお守りが目に入る。そういえばこれ、MPの消費を半減にまで抑えてくれてるんだっけ。そこまで思い出して、俺はハッとする。


助手席前のグローブボックスを開け、そこにゴミのように放り投げたメモを取り出した。この世界に来る直前、ボーナス特典として貰ったアクセサリー達の簡単すぎる説明メモだ。



「埴輪人形型・動力還元装置」

所持金や魔力の帯びた物をMPに変換できます。

ストック可。ガソリンメーターが空になった際、自動で補充されます。



「MPに変換…これでガソリン入れれるってことだよな」


ダッシュボードでカタカタ笑ってるハニワを見る。付けて以降、ほぼ気にした事がなかった人形がここへ来てすげぇモンだったと判明する。にしても何わろてんねん。


助手席の足元に置きっぱなしになっていた布袋をひっくり返し、魔石を取り出す。探索で手に入れたドロップアイテムだ。

その中で1番小さなサイズのを5.6個選ぶ。無断でがめる事になるけど…ラスタさんには、後で詫びよう。


「つってもコレ…どうすんだ?」


ハニワ人形は手のひらほどもない大きさの、本当に何の変哲もないおもちゃだ。何処かに入れ込み口でもあるんだろうか。

小石サイズの魔石をつまみ上げウロウロさせていると、突然ハニワの大きく笑った口が、更にうにょーんと広がり穴になった。

突然の変化に「うわっ」と叫んで魔石を落としそうになる。まるで生きてるみたいだ。


キャスケットをかぶりカタカタ踊って笑いながら顎が外れるという、情報量の多い状態になったハニワ人形へ小粒の魔石を入れ込んだ。

これでMP切れを起こしてもハニワに入れた魔石で補充されるはずだ。


何だかさっきより踊りが早くなっている気がする。そんな風に思っていたその時、パッとまた景色が変わった。


日の光が眩しい。土砂降りの雨が降る真っ暗な場所から、辺りは穏やかな夕焼け空の草原となっていた。


呆気に取られて辺りを眺めるも、やはり誰もいない。ナビのマップにも変化はなし。やはりこの清々しい広大な景色はただの幻覚みたいだ。


「のどかになったな…」


あの雷以降、2人の様子が何も確認できない。どうなったんだろう、ラスタさんは無事だろうか。

地平線の向こうは山や森で、人影どころか魔物も動物も見当たらない。


俺はふと思いついて、ナビ画面を操作した。以前、ナビで「ベラトリア 出口」と設定すると少女ボスが候補に出てきた。という事は、場所だけでなく人を目的地にできたりするんじゃないか?


試しに「ラスタ」と入力してみる。

だが出たのは「候補が見つかりませんでした」の文字だった。うーん、やっぱり人は無理か。

続いて「ラスタ 現在地」と入れてみる。人はダメでも、場所として入力すればいけないだろうか。

結果は「候補が見つかりませんでした」。無茶振りだったようだ。そこまで便利ではないのだね。


仕方なくもう一度「ベラトリア 出口」で検索すると、以前と同じく3箇所の候補が示される。2つは魔境の端。そして1つは、自分の目と鼻の先だ。

それを選んで、案内開始をポチ。


「目的地を設定しました。ルート案内に従って、走行してください」


ナビにはしっかり曲がり角や十字路があるが、窓の外は開けた平原でしかない。ただただ穏やかな原っぱだ。ナビの地図との差違が不気味過ぎて、降りる気にはなれなかった。

ガソリンは、ハニワ人形を信じるしかない…。幻覚だと分かっている以上、ナビの地図が頼りだ。


地図にはルートのラインだけでなく、目的地への直線距離もさりげなく引かれている。見晴らしマックスな草原には道らしい道も遮蔽物となる建物もないのでその直線距離を追いたくなるが、ここはきちんとルートに従っとこう。無視して突っ切ったら現実の建物に正面衝突しました、なんて事になりかねない。

ナビ風に言うなら、「実際の標識には従わないで走行しましょう」てやつだ。


出発進行。

ナビ通りに進むだけだが側から見ると、綺麗な草原で無駄に曲がりまくるという奇妙な有様だ。車のCMかよ。

頭が混乱するので、外を見るのを止めた。前をろくに見ずナビ画面ばかり気にしながらの、完全な危険運転だ。違反切符待ったなし。

何もない気持ちのいい原っぱは思わずスピードを出したくなるが、我慢だ。


地図によれば、街の通りをいくつか越えただけの場所に少女ボスがいる。近いな。走り始めてすぐだが、もうナビが「この先目的地付近です」と言っている。


目視では何もない広々とした草原を、ナビ画面では大通りへと続くカーブを、粛々と曲がる。すると、それまで居なかったはずの人影が2つ、ぽつねんと現れた。


「あっ、いた!」


大と小の影は向かい合いじっとしてる。戦ってる雰囲気はなさそうだが、どうしたもんか。近づいて大丈夫なのか?


やがて2人の様子が変わらないのを見てとり、ソロソロと車を進める。夕日を浴びて佇むのは確かに少女ボスとラスタさんだ。

ラスタさんは肩から血が大きく広がっているが、剣を鞘に収めてる。険悪な空気は感じられなくホッとしたものの、先ほどの少女ボスの様子を思うと二の足を踏んでしまう。


「…ぬ。おい、ペテン師よ。そこにおるな?」


突如、しわがれた知らない声が上がり驚いた。誰だ?もう1人誰かいるなんて聞いてないぞ。

いや…この口調やペテン師という呼び方は、少女ボスだ。声がまるで老人だけど、どうしたんだ?


「姿はなくとも分かるぞ。逃げ出さなかったとは意外ではないか」


少女ボスは何も話していない。訝しんでよく見ると、足元の影に何か黒いものが蠢いているのに気づいた。ゲッ、何だあのクリーチャーは!?あいつが喋ってるんだ。


「シマヤ、いるのか。もう大丈夫だ」


ラスタさんは怪我を負ってはいるものの、いつも通りの落ち着いた様子だ。俺がビビリなのを散々目にした彼は察してくれたのか、そう声をかけた。


エンジンを切ろう。そこで初めて、ジリ貧だったガソリンメーターが大幅に回復してるのに気がついた。おお、やってくれたのか、ハニワよ。

ハニワを見ると、カタカタ動きが元の速さに戻っている。いい笑顔だ。


やっとこさ外に出る。草原の心地よい風が肌を撫でた。

寄っていって、ラスタさんに声をかける。


「その怪我、大丈夫ですか」

「うん。この程度で済んだ」


もっとひどい目にあうと思ってたらしい。じくじくと服に血のシミが広がって、見た目は立派な緊急事態だ。本人はのほほんとしている。

逆に少女ボスは、さっきから上の空というか様子が違う。いつもの偉そうにヘラヘラした態度とも、先ほどの冷たく恐ろしい様子でもない。どこか困ったように佇んでいる。

俺はここへ来て初めて、ラスタさんではなく少女ボスのほうが心配になった。

しかし、今はそれよりも凄く気になるものがあった。


「ほんに逃げ隠れだけは一級品だのう、そのスキルは。このわしでも気配しか追えぬとは」


西日が作り出す影から、目玉と口のお化けが生まれてこちらを見上げている。そいつは濁った目玉でこちらを見据えると大きな口を歪め、にいいと嗤った。楽しげな、人を食ったような笑いの形。


随分とおぞましい姿になってるが…まさかこいつは…


その瞬間、全ての景色が音もなくかき消えた。

穏やかで広大な草原も、吹き付ける風も、色づく西日もなくなり、整然と並んだいつもの街並みが戻っている。正確には、これも幻覚なのだろうけど。


燃えるような夕焼け空だけ、何故かそのまま上空に広がっていた。


「たまには風情を変えようかの。今日はこれでいくか」


そう上がった声は、しわがれた老人のようなものではない。目を向けると、少女ボスが空を見上げてウンウンと頷いている所だった。

足元の影にいたクリーチャーは、もういない。


しかし、何故だろう。あのクリーチャーが目の前の彼女なのだと俺には分かった。

それならさっきの、全く同じ見た目をしたあの子は誰だ?


「あ、あ、あの、今のは…」

「なんだ。これは仮の姿と以前言わなかったか?フフフ、そいつに尋ねてみよ。詳しいぞぅ」


恐る恐る聞いてみると、彼女はキラリと紫の瞳を輝かせてラスタさんの方へ顎をしゃくった。

意地悪をしてる時の笑顔だ。ラスタさんは無言である。


彼が詳しいってことは、知り合いなのかな?ずっと纏っていた仮の姿が、ラスタさんの知り合いだったという事か…。

これ、聞くに聞けないやつだ。


「えーと……怪我もしてるし、早いとこ戻りましょう。


そう言って車を出すと、2人はいつものように乗り込んだ。

よし。ナビと景色がちぐはぐじゃないぞ。さっきは少々酔いかけたので、ホッとする。


近場だと分かってるが、焦りのあまり帰り道はほとんど覚えていない。ためしに「コンビニ」といれてみたが、「候補が見つかりませんでした」と出てダメだった。そういやあれ、幻覚だもんね…。

試すこと数回、「ラスタ 拠点」と入れるとやっと元の場所に指定できた。よし、行こう。


「目的地を設定しました。ルート案内に従って、走行してください」

「フン、このクルマもまだまだだの。わしの()()()()を認識できんとは」

「まだまだこんびにとは呼べないって事だ」

「そうだ、お主。どうせスクロールの他にも色々隠し持っておるのだろう?今度こそわしのこんびにに並べさせろ」

「嫌だよ」


すっかりいつもの調子だ。一時はどうなるかと思ったし、謎が増えた気もするが…ひとまずはもとの2人に戻ってくれて良かった。

2人というか、少女ボスがだな。


「言っておくが、この剣ももう駄目だぞ。これはシマヤに渡すんだから」

「分かった分かった。同じことを何度もぬかさんでもよい。その代わりだな…」


えっ、いいの?

俺は驚いて助手席の少女ボスをチラ見した。

あんなに怒ってたのに…しかも元勇者のラスタさんじゃなく、ペテン師な俺が持っていくというのに、許してくれるのか。助かるけども、なぜ怒りをおさめたんだろう。


ひょっとして、彼女が怒り狂った理由は勇者の剣を取り返されるからではないのか?

初めから彼女は、あの剣自体に興味を持ってないようだった。今もそんなに気にしてなさそうだし。



『何しろここまで来れた者は、あやつとおぬししかおらん。わしの退屈さがいかばかりか、それで知れよう?』


『つまりはここを出ていくと……わしとやる気か?』



彼女の言動を思い浮かべてみると、ピーンときた。

あれ。まさか、このひと…


「もしかしてボスさんは、ラスタさんが出て行くかもしれないから怒ってたんですか?」


剣がどうこうではなく、話し相手であるラスタさんが居なくなろうとしているのに腹を立てていたという事では。なんだよ、寂しんぼかよ。


「ああ?何なのだ、いきなり。怒ってなどおらんわ」


いやいや、そりゃないでしょう。ブチギレてたでしょあなた。怖くて言えないけど。


「俺はここに居るよ」

「ふん!だからなんだ、このハゲ」

「どこがだ。禿げてない」


なーんだ。そういうことだったのか。

二人の仲に亀裂を入れてしまったのではという心配は、杞憂になったようだ。


ブロロロ、と車を進めて直ちに帰る。近場なのですぐ着いた。

少女ボスはラスタさんが隠し持っていたという(いつの間にか車の後部座席の下に隠してたらしい。知らなかった)マジックバックをひったくると、ムスッとしたまま店内に入っていった。テロローテロローン、と入店音が響く。


「俺、禿げてないよな?」


その姿を見送ってると、ラスタさんに思いもよらないことを聞かれた。真に受けてるよこの人…心配しなくても、アレただの悪口でしょ。


「フサフサですよ。それより怪我の手当てしましょう」

「もう済んだ。さっきクルマの中でポーションかけたから」


平気な顔で、まだ血まみれの肩をぐるぐる回している。そうか、良かったよ。手当しましょうとは言ったが、応急処置の仕方なんて俺は知らないのだ。


「これ」


すっ、と目の前に差し出されたのは、先ほどのスマートな剣。勇者の剣だ。

彼の持っていた槍や雷の剣もとても見事な造りをしていたが、この一振りも凄かった。見たこともないキラキラした白い金属でできている。宝石もくっついてる。


「すんごいですね…」

「改めて、よろしく頼む」

「は、はい」


ずしりとしたそれを受け取る。畏れ多いぞ。でも、預かるだけだ。目立たないよう、布で包んだ方が良いよな。

かっこいいから、たまに眺めさせてもらおう。


「お許しが出て良かったです」

「ああ。俺はあいつを倒す気も、出ていく気も全く無かったんだが。剣よりそっちを気にしてたとはな」

「いつも『退屈だ』って溢してたし…ラスタさんはきっとお気に入りの話し相手なんでしょうね」

「え?」


彼は無表情のまま、かすかに首を傾げる。


いやだって、そうじゃないとあんなに怒らないんじゃなかろうか。

現に俺が勇者の剣と一緒にここを脱出する気でいるのには、全然興味なさげだ。あんな反応をしたのは、ラスタさんにだけだぞ。


「本気で怒るほど、出ていかれたくないって事じゃないですか?」

「……どうだろう」


ラスタさんは無表情のままコンビニの方を向いた。中では少女ボスが肉まんを入れるケースに何かを詰め込んでいる。にっこにこだ。


「もしそうなら、複雑だ」


ポツリと呟いて、不意に彼の鉄面皮が崩れ去った。笑顔を見るのは初めてな気がする。


言葉通りの困ったような、寂しそうな笑顔だった。




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