第95話 木工職人
モイライ商会をオープンさせるために動きながら、木工職人を探していたエミリアさんが来たとのことで応接室に向かう。
応接室に入るとエミリアさんの隣に12歳ぐらいの女の子が2人座っている。顔は全く同じに見えるが後ろで1つに編み込んだ長い髪の色と、瞳の色が違う、1人はダークグリーンの髪にペリドットのような鮮やかなグリーンの瞳が特徴で、もう1人はワインレッドの髪にウルフェナイトのようなオレンジ色の瞳が特徴だ。
「エミリアさん、その2人がもしかして?」
「モイライ商会に入ってくれそうな木工職人を見つけたので連れて来たのですが、条件もございましたので確認しに来ました」
やはり2人の女の子が木工職人のようだ。
「そちらの2人がそうなんですね?」
「そうです。私の隣に座っているのが姉のリュング、その隣が妹のロヴンになります」
「ん、リュング」
「妹のロヴンです。よろしくお願いします」
2人が答える。緑の子が姉のリュングで、赤の子が妹のロヴンだそうだ。若干不安だがエミリアさんを信じることにして話を進める。
「ヴァルハーレン大公家嫡男のエドワード・ヴァルハーレンです。モイライ商会の会頭ではエディと名乗っています」
2人は少し驚いた顔をするが頷いた。
「それでエミリアさん、2人の条件とは何でしょうか?」
「2人一緒に雇うというのが条件なんですけど」
「2人一緒にですか? 木工職人が2人になっても問題ないですよ」
「それが違うのです。木工職人をやっているのは姉のリュングで、妹は鍛冶師なんです」
「鍛冶師ですか?」
「小型の武器から金物まで幅広く作っています! どうかお姉ちゃんと一緒に雇ってください!」
小型の武器から金物まで幅広くだと! これはレギンさんに頼みづらい、調理器具を作ってもらうチャンスではないのか!? レギンさんは現在、モイライ商会向けの武器と父様から頼まれた武器の製作で非常に忙しいのだ。しかし、だからと言って勝手に鍛冶師を追加してしまうのも違うような気がするな……。
「2人は今まではどうしていたのです?」
「なかなか2人で雇ってくれる所がなくて、下請けのさらに下請けなどをして何とか生活していました」
「では、エミリアさんはどうしてこの2人を?」
「エドワード様は、先日箱を2つ発注しましたよね?」
「ええ、よく知ってますね」
「その箱を作ったのが彼女たちなんです」
「えっ! そうなんですか? 箱を持ってきた人は男の人だったけど……なるほど、ギルド経由で依頼した工房から話が回ってきたのですね?」
「私が調べたところ、エドワード様の依頼が回ってきた工房の下請けの下請けの下請が彼女たちでした」
「3つも下! ずいぶんと中抜きされてたんですね。こういう事ってよくあるんですかね?」
「そうですね、今回のようなケースは稀ですが、工房を持てない職人たちが複数の工房の下請けをすることは、よくある話ですね」
なるほど、自分で仕事を取ってこれない職人にとって、複数の工房の下請けをすることはメリットになるわけだ。
「あの箱を彼女たちが作ったというなら、腕の方は問題なさそうですが……アスィミ。レギンさんを呼んできてもらえるかな?」
「畏まりました」
アスィミがレギンさんを呼びに行くが、双子の姉妹は不安そうな顔をしている。
「ああ、ごめん。2人のことは雇いたいと思ってるんだけど。既に鍛冶師が1人いるから了解を取っておきたいと思ってね。鍛冶の設備を使うのだったら許可が必要でしょ?」
「そうでございましたね。エドワード様の商会には既にドワーフの鍛冶師が所属されています」
「「ドワーフ!?」」
2人共、ドワーフの鍛冶師と聞いてビックリしている。
「レギンさんって言うんだけどね。いつも僕の注文以上の物を作ってくれる凄い鍛冶師だよ」
「「レギン!?」」
2人共、レギンという名前に反応している。レギンさんって有名なのかな?
しばらくするとアスィミが戻ってきた。
「エドワード様、レギン様をお連れいたしました」
「ありがとう」
「どうした小僧、何か作りたいものでもできたのか?」
レギンさんは室内に入ってくると双子を見てビックリする。
「リュングに、ロヴン! 何故お前たちがここに!?」
「「レギンおじさん!」」
えっ!? 知り合いなの?
3人は抱き合い再会を喜んでいるみたいだ。双子の姉妹は涙を流しているな。
双子の姉妹が落ち着くのを待ってから声をかける。
「レギンさん、2人は知り合いだったんですね?」
「うむ、妹の娘だ」
「妹の娘!?」
ん!? 妹の娘ということは彼女たちって……。
「2人はドワーフだったの!?」
「なんじゃ、見て分からなかったのか?」
「はい、僕よりちょっとだけ年上の女の子かと……」
「わははは、2人共40歳を超えておるぞ」
ドワーフの寿命は250歳ぐらい。2人は人間で言うと18歳~20歳ぐらいだそうなのだが、見た目はどう見ても12歳ぐらいだ。
2人はレギンさんの姪ということになるのだが、お父さんは以前にレギンさんから聞いた亡くなった友人だそうだ。友人が亡くなった際、妹さんに責められて里を出たらしい。
「それでレギンさんの妹さんは、レギンさんを責めたことを悔いて2人を連れて探す旅に出たけど、途中で病にかかって亡くなってしまったという事かな?」
「ん」
「それであってます」
姉は随分と口数が少ないな。僕の周りだけでも旅に出て病にかかるパターンが多いのだが、割とこの世界ではポピュラーな話らしく、旅先で病気にかかると医者にかかることも出来ず、そのまま亡くなる確率が高いそうだ。
「お母さんは、おじさんに出会えたら、謝りたかったと最後まで言っていました」
「……」
「う~ん、そうなってくると2人はお母さんの伝言を伝えられたことになるんだけど。うちで働く件はどうなるんだろう?」
「どういうことでしょうか?」
妹が聞いてくる。
「結構2人で頑張ってきたんだと思うんだけど、お母さんの伝言を伝え終わった今なら。里に帰る選択肢もあるのかなって」
「元々私たちの父は少し変わっていて里では浮いていたのです。母が亡くなってしまった今、帰るところがもうありません。雇っていただけないでしょうか? レギンおじさんが一緒ならさらに嬉しいです」
「小僧いったいどういう事だ?」
レギンさんにこれまでの経緯を説明する。
「なるほど、リュングはやはり火の魔術が扱えなんだか」
「ん」
「どういうことですか?」
「そうじゃな、大体のドワーフは鍛冶に適した能力を持つことが出来るのだが、その中でも鍛冶に必要な火の魔術はドワーフなら誰でも使えるのだ」
「そうだったんですね、リュングさんはその火の魔術を使えないから木工職人を?」
「ん」
「お姉ちゃん、それじゃ分からないでしょ? お姉ちゃん木を自由自在に加工することができるんです」
「ほう、父親に似てまた変わった能力じゃな」
「ん、私スゴイ」
「なるほど、自由自在に操ることができるから、木の板が綺麗に曲がっていたんだね!」
「そう」
この世界の木工技術が凄かったわけじゃなかったという事か。残念だけどリュングさんが色々加工してくれるのはありがたい。姉のリュングさんが木を加工して妹のロヴンさんが金物などを……。
「もしかしてロヴンさんは金属の形を変えることができる?」
「なに!? 小僧それは本当か?」
「どうしてそう思いましたか?」
ロヴンさんが質問してくる。
「前に依頼した箱のヒンジなどの金具には見事な装飾を施してありました。通常ああいった物は鋳物で作るのでしょうが、今にして思えば鋳物にしては出来がよかったです。二人の合作だと考えれば納得がいきますね」
「凄い推理です。エドワード様が仰る通り私は金属を加工することができます。ただ……」
「魔力の消費の関係で長くは無理なんだね?」
「その通りです。なぜ分かるのですか?」
「僕の能力が糸を自由に操ることが出来る能力だからさ」
「糸をですか?」
「そうこんな感じで」
リングから出した糸を操ってみせる。
「ん、仲間」
「それで、二人をモイライ商会で雇いたいと思うんだけど、レギンさんはどうかな?」
「アイツと妹の忘れ形見だ、そうしてもらえると助かるがいいのか?」
「レギンさんの手伝いも出来そうだし。作って欲しい調理道具などいっぱいあるんだよね」
「なに! 小僧の調理道具なら何より優先させるぞ」
「実はモイライ商会がオープンするまで、依頼を増やさないようにエミリアに止められてるんだ」
「当然です! レギンさんの武器はモイライ商会の目玉の1つです! オープンするまでは遠慮して下さい」
「そうだったな。パーティー前にオープンするように、大公殿にも言われているからな」
「当然です! ローダウェイクに来た他の貴族を驚かせるのが、モイライ商会最大の仕事です!」
「分かってるって、2人を雇って、頼むからいいでしょ?」
「うむ、そういう事なら儂からも頼む。2人を雇ってくれれば儂が責任もって教えるぞ」
「「レギンおじさん。ありがとう」」
「それじゃあ、2人ともこれからよろしくね」
「ん、よろしく」
「エドワード様、よろしくお願いいたします」
「エミリアさんも、ありがとうございました」
「レギンさんの姪だったとは予想外でしたが。エドワード様に喜んでもらえて良かったです。もっとモイライ商会の商品を増やす方向でお願いします」
さすがエミリアさん。抜け目がないな。
「それじゃあ、アスィミ。二人の部屋をお願いできるかな?」
「すでに、メイド長のハンナさんが、指示を出しておりましたので今日からでも大丈夫です」
さすがはメイド長のハンナさん。仕事が早いというか先読みしすぎて逆に怖い。
何はともあれ、木工職人が確保できたのだった。




