第88話 空間収納庫
朝食後。料理長のロブジョンさんに、コウサキ親子を紹介して、味噌と醤油の保管場所を確保してもらったので、アキラさんが空間収納庫から出して並べている。
「空間収納庫に入れて置いたら時間が停止しているので、発酵は進まないんですよね?」
「その通りでござるな」
「なるほど。しかし、その時間が停止した空間収納庫は、料理人としてはぜひ欲しい能力ですな」
さすがロブジョンさん、時間停止型の空間収納庫の価値を分かっている。
「我々アシハラ国の人間は、生まれつき魔力が少ない故に収納量が小さいため、そこまで使い勝手の良いものではござらんのだが」
「生まれつき魔力が少ないんですか? 能力を使うのが大変そうですね」
「それがアシハラ国の人間が授かる能力は、魔力を消費しないものがほとんどなのです」
「そこまで違うと1つの種族だよね」
「確かにそう言われた方が、しっくりきますな」
話を聞いてビックリしたのだが、アシハラ国の人は【HP】、【AT】、【AGL】が高い代わりに【MP】、【DEF】が極端に低いらしい。
しかも、アシハラ国の人は【AGL】を素早さと理解しているみたいで、アシハラ国はこの世界では異質な独自の文化を歩んできたようだ。
「ところで、本当に醤油の作り方も教えてもらって大丈夫なんですか? 前にも言いましたが、作ってもらった中から売ってもらう形でもいいんですよ?」
「某もショウユ作りや、ミソ作りを専門でやりたいわけではなく、護衛の任をしっかり行いたいと考えております」
「そう言われると嬉しいけど」
「それに、エドワード殿に作り方をお渡しした方が、もっと良いものになるような気がするでござる。麹自体はまだ残っているので、そちらは妻の形見としてツムギに持たせておきますので、今回作った物はエドワード殿の自由にしていただけるとありがたいです」
「ツムギちゃんも、それで問題ないのかな?」
「エドワード様が作ったものの方が、美味しくなると思いますので大丈夫です」
うーん、美味しければいいのだろうか? オリジナルの麹が残っているのなら、遠慮なくもらっておくか。
「それじゃあ、有難くもらっておくね。ロブジョンさんは追加でこの材料を集めてもらえますか?」
以前、アキラさんにもらった、味噌と醤油づくり用の材料を書き出してもらった紙を渡す。
「大豆を大量に使うのですね。畏まりました」
「それと、追加で大麦もお願いします」
「大麦でございますか?」
「ええ、味噌に大麦を混ぜてみたいと思いまして。実験用なんで少量で構いませんよ」
「畏まりました。揃い次第お知らせいたします」
◆
調味料部屋を後にして、アキラさんたちと僕の部屋へ向かい、空間収納庫の練習を行う。
「それではエドワード殿、空間収納庫の訓練をいたしましょう」
「お願いします!」
「まず空間収納庫を使えるようにするためには、その力の流れを感じなければなりません」
ん? 力の流れって前に聞いたことあるな。
「もしかして、ダアトとかいうやつですか?」
「ダアト? 違いますな。我々はその流れをサメフと呼んでおりました」
「サメフですか」
どうやら違ったようだ。
「そのサメフを感じることが出来るようになると、空間収納庫が使えるようになります」
「へー。ツムギちゃんもそんな修行をしたんだね」
「はい、私は取得するのに1年ほどかかりました」
「1年! そんなに難しいんだね」
「エドワード殿ぐらい魔術が使えるのなら、習得はもっと早いと思います」
「そうかな?」
そう言われてツムギちゃんより時間かかったら、めっちゃ恥ずかしいじゃん。
「それでは訓練に移りましょう。まずサメフの位置ですがだいたい、鳩尾から性器に向かって流れている力のことになります」
「鳩尾から性器に向かって流れる力ですか?」
「左様でございます。瞑想してその流れを感じることが出来るようになれば、あとはイメージするだけで出し入れすることが可能となります」
「イメージするだけですか?」
「某の場合は大きな鞄をイメージしております。イメージは人それぞれ違うようですが、流れを感じ、イメージが一致することによって使用が可能となります」
「なるほど、収納のイメージが、魔術で言うところの呪文みたいなもんなんだね」
「その通りでござる」
「すぐには無理かもしれないけど、ちょっと心当たりがあるので、試しに瞑想してみるね」
早速、瞑想してみる。
アキラさんは知らないみたいだったが、エンシェントウルフに教えてもらったダアトを感じる練習のときと似ているなと感じた。
ダアトは意識すればいつでも感じることが出来るので、サメフも似たような感じではないかと考えているのだ。
アキラさんが言っていた、鳩尾辺りに集中して力を感じるか試してみると、鳩尾辺りに何かの力を感じることができ、やはりダアトと同じような感じだったことが分かる。
そうなると簡単なもので、性器までの流れを感じようとするだけで、流れを感知することができた。
そこで1つの疑問が生まれる。ダアトと同じような力だとすると、これは体中を回っているのではないだろうか?
物は試しと、性器まで流れた力をさらにたどると、足元まで流れているのを感じることができる。流れは足元から次には流れていないようだが、足元に流れ込んでくる別の力を感じる。その力はどうやら右足と左足から流れて来ているようだ。
そうやって順番に辿って行くと、力の出発点は頭であることが分かったのだが、ダアトからくる力とは別物のようだった。
取りあえず力を感じることはできたので瞑想をやめると、アキラさんとツグミちゃん、ジョセフィーナが驚いた顔で僕を見ている。
「えっと、どうしました?」
「エドワード様、お体は問題ないでしょうか? 痛い所はございませんか?」
ジョセフィーナが異様に心配しているな。
「大丈夫ですよ? どちらかと言うと調子良くなったような」
「瞑想の途中からエドワード様が光り輝いていました! 凄かったです!」
ツムギちゃんが何やら興奮している……光り輝くってどういうことだ?
「何やら瞑想の次元が違ったように感じましたが、サメフは無事に感じることができたようでござるな?」
「はい、なんとか感じることができました」
「それでは、早速イメージしてみてはどうでしょうか?」
「そうですね、やってみます」
まずはアキラさんが言っていた、鞄をイメージするが違うようだ。次に箱をイメージしてみるがこれも違うようだ。
うーん、どれも違うな。今度はいつも使っている収納のリングをイメージしてみるもダメだった。
「ダメだ、何をイメージしても開かないな。聞きたいんだけど、ツムギちゃんは何をイメージしたら開いたの?」
「私ですか? 私はよく物を包んで持ち運びしていた風呂敷ですね」
「風呂敷? そういうのでも開くんだね」
試しに風呂敷もイメージしてみるがダメだった。鞄、袋、箱、タンス、クローゼット全てダメだった。後は何が残ってるんだ……。
アイテムボックスみたいのだったら楽だったのに……と思った瞬間、目の前に画面が現れその画面はマス目に区切られている。
試しに収納リングから出した連接剣を入れてみると、マス目の1つに連接剣が納められる。
「できた……」
「「「エドワード様(殿)、おめでとうございます!」」」
「ありがとう。なんとか成功したよ」
「何をイメージしたのでござるか?」
「ステータスが表示される画面みたいなのだよ」
「そういうのは初めて聞くでござるな」
「やっぱり!? 収納できそうなものは片っ端からイメージしてみたんだけど、ダメだったんだよね」
「何はともあれ、まさか1回の瞑想で習得できるとは。こんなことなら王都で習得できましたな?」
「そう言われるとそうだね」
あの時は心にゆとりが無かったから、習得できなかったような気もするけどね。




