第85話 Side アルバン・ヴァルハーレン※
儂はアルバン・ヴァルハーレン、45歳だ。今日は孫であるエドワードの商会代表として来ているマーウォ殿、ローダウェイク商人ギルド長のレークスとともに王都で開かれるオークション会場に来ている。
「アルバン様、私まで特別席で良かったのかしら?」
マーウォ殿が質問してくる。マーウォ殿は姿形こそゴツイが心は乙女なんだそうだ……。孫のエドワードが普通に対応している以上、儂が狼狽えるわけにはいかない。今回一緒に行動することによってかなり慣れてきたように思うが、ゴツイ体で小さなアクセサリーを作っている光景は異様だ。
「うむ、儂の護衛も兼任しているという事にしておいたから問題ないわい」
特別席は個室になっていて盗聴対策もされている、公爵以上だけが座れる席だ。ブラウ伯爵は一般席の向かい側の貴族席に座って、こちらを恨めしそうに睨みつけている。
「私は初めて来たのですが、かなりの参加人数なのね」
「今回は目玉商品が2つもありますからな。そりゃあ賑わうわい」
レークスが答える。
「2つとも、エディちゃんが関連しているとは、さすが精霊に愛されているだけの事はあるわ」
「マーウォ殿、その精霊に愛されていると言うのはどういうことだ?」
「あら、エディちゃんから指輪の件は聞いてないの?」
マーウォ殿からマルグリット殿が左手の薬指にしている指輪の話を聞いて頭を抱える。
「精霊の件は分かったが、よりによって左手の薬指に贈るとは、意味を分かって贈ったのだろうか?」
「詳しくは知らないけど、多分知らないんじゃないのかしら? でもその指輪のおかげでメグちゃんは、生きているんだから取り上げないであげてね」
「もちろん、孫が自分で用意して贈った物を取り上げたりはせんが、精霊の力で斬撃を防ぐなんて聞いたこともないな」
「あら、私も初めてだから興味が尽きないわ」
「そのようなアクセサリーが作れるのなら、商人ギルドにも卸して欲しいですな」
「うむ、ある意味アーティファクトに属するレベルだからな。ジャイアントスパイダーの糸で作られた服もそうだが、孫が帰ってきた途端に、この忙しさはどういうことだ。息子に大公の座を譲って大正解だったぞ」
「5年前でしたか? 突如ハリー様に交代なされた時はびっくりいたしましたが。アルバン様が自由に動けるようになったのは、大きいですな」
「ハリーのやつはあまり裏工作が得意ではないからな。儂が動けるのは確かに有利だ」
会話をしているとオークションが始まり、次々と出品物が出てきては落札される。
「アウローラ王国金貨は最後だったな」
「その通りでございます。エドワード様のおかげで、ローダウェイク支部の格があがります」
「大公家だけではなく、ローダウェイク商人ギルドもきっと忙しくなるわよ」
「孫のアイディアを見ていると、おそらくそうなるであろうな」
そうこうしているうちに、オークションも終盤に入ると1つの絵画が出てくる。これはエドワードがセラータの町で見つけた、財宝の中にあったものだ。かなりの数があったので、エドワードに断って試しに出品してみたのだ。
「アルバン様、あの絵画が150年も前のものとは、随分と状態がよいのでビックリしましたな」
「うむ、儂も絵画には明るくないからな」
150年前の状態の良い絵画という事で、金額はどんどん上がり金貨1120枚で落札が決まった。
「ブラウのやつ、あんなものまで落札するのか」
「おそらく賄賂用ではないでしょうか? バーンシュタイン公爵が絵画を集めていると、聞いたことがございますので」
バーンシュタイン公爵は貴族派のトップで名をレイナード・バーンシュタインと言ういけ好かないヤツで、歳は52歳ぐらいだったはずだ。
「レイナードのやつ、なんでも燃やすのが趣味かと思っておったが、絵画なんか集めておるのか」
「なんでも画家を各地から集めて、描かせているという噂もお聞きしたことがございます」
「しかしブラウのやつはどれだけ稼いでおるのだ、アレを落札してさらにジャイアントスパイダーの糸とアウローラ王国金貨を本気で競り落とすつもりなのか?」
伯爵の収入となると低いもので年に金貨400ぐらい。多くなると金貨5000枚ぐらいの者もいる。かなり大型の要塞も短期間で用意していたことも考えると、そこまで経済状況が良いとは思えぬが。
「王都のギルドで確認したのですが、今回かなりの金を集めているようです。王都のギルドもかなりブラウ伯爵の手のものに浸食されていて、嘆かわしい限りでございますな」
エドワードも王都があまり良くない状況にあると言っておったが、王である我が兄はいったい何をしておるのだ。貴族同士が干渉してはいけない不文律があるとはいえ、王都のあの有様はなんとかならないものだろうか。昨日会ったコウサキ親子のような人たちも増えているとは、我が故郷として実に嘆かわしいことだ。
そしてオークションはついにジャイアントスパイダーの糸の順番がやってくる。
「よし、ここからが本番だ。防音の魔道具を切るから話す内容には注意するんだぞ」
「畏まりました」
「エディちゃんのおじい様、了解よ」
魔道具を切ると会場の熱気が伝わり。司会者の声も聞こえてくる。
「さあ、本日のオークション。残す商品は後2つ! オークションに出品されたのはなんと20年ぶりと言う、ジャイアントスパイダーの糸の登場です!」
歓声が沸き上がる。
「これだけの量があれば全てがジャイアントスパイダーシルク製の一着が出来ること間違いなし! 金貨500枚からのスタートです!」
「500枚!」
「600枚!」
金額がどんどん跳ね上がり。
「1000枚!」
「さあ! あっという間に金貨1000枚の大台に!」
金貨1000枚を入れたのはブラウ伯爵だ。
「1100枚!」
「1200枚!」
ここらで儂も参加しておくか。
「1500枚」
「おおっと! ここで一気に引き離しに来ました!」
「せっ、1700枚!」
ブラウ伯爵が上げてくる。
「2000枚」
儂もすかさず上げる。ブラウ伯爵の悔しそうな顔が滑稽だ。
「2200枚!」
ブラウ伯爵はまだ頑張れそうだな。
「2500枚」
儂が300枚上乗せすると、ブラウ伯爵が沈黙する。あれっ? 儂、失敗した? 思った瞬間。ブラウ伯爵は顔を真っ赤にして叫ぶ!
「きっ、金貨3000枚だ!」
バカなヤツだ。儂はコールするように司会者に合図する。
「なんと金貨3000枚にて落札決定! 凄い金額になりました! これは次の幻の一品にもさらに期待が持てます!」
ブラウ伯爵は、ざまあみろと言わんばかりの視線で儂を睨みつける。ざまあみろはお前なんだが、今言えないのは少し悔しい。
そして、最後のアウローラ王国金貨が運ばれてきた。
「さぁ最後に出てきましたのは、この世界でまだ5枚しか見つかっていないと言われているアウローラ王国金貨。何と今回その6枚目が発見されたのです!」
割れんばかりの歓声が上がる。
「今回、このアウローラ王国金貨の真贋を判定するにあたって、王家の協力を得て本物であることが証明されております!」
観客のテンションは一気に最高潮に。
「ヴァーヘイレム王国が建国される、遥か昔に栄えたと言われるアウローラ王国! その金貨を手にしたものが栄えるのは、ヴァーヘイレム王国の歴史が物語っております! 富と名声の象徴、アウローラ王国金貨! その気になる開始金額は金貨1000枚からのスタートです!」
「1000枚!」
「1500枚!」
「2000枚!」
開始早々一気に金額が跳ね上がる。
「2500枚!」
「2700枚!」
「3000枚!」
予定通りブラウ伯爵が入札に参加してきた。ブラウ伯爵が参加すると途端に何人か降りる。ブラウ伯爵に弱みでも握られているんだろう。しかしこの程度の金額で停滞されては困るので釣り上げることにする。
「金貨5000枚だ」
「おおっと! 一気に2000枚も上乗せしてきた! これで決まるのか!」
また、顔を真っ赤にして儂を睨みつけながらブラウ伯爵がさらに上げてくる。
「6000枚だ!」
「7000枚」
「8000枚だ!」
「1万枚」
儂が1万を提示すると。ブラウ伯爵はプルプル震えている。このまま泣いたらおもしろいのだが。
「い、1万3000枚!」
なんだその微妙な上げ幅は。
「金貨2万枚」
儂とブラウ伯爵の一騎討ちに、観客も固唾を呑んで見守る。
「に、2万3000枚だ!」
「2万5000枚」
ちょっとだけ上げ幅を下げて限界っぽさを出してみる。
ブラウ伯爵はニヤリと笑うと。
「3万枚だ!」
一気に5000枚も上げてきた。やはりこいつはバカだな。先代の伯爵ならこのようなミスは犯さぬのに。儂が司会者に終了の合図を送ると。
「オークション史上最高額の金貨3万枚にて落札決定しました!」
大歓声の中、ブラウ伯爵が勝ち誇った顔をする。儂は笑いをこらえるのに必死だった。
オークション会場を後にしようとすると声をかけられた。
「アルバン殿!」
「これはハットフィールド卿、久しぶりだな」
「イグルス帝国からの防衛、お見事でした。それとオークション、拝見させていただきましたが惜しかったですな!」
「ん? あれはまあ、あんなもんだろう。それよりどうした、卿がわざわざ儂に話しかけるとは珍しいの」
ハットフィールド公爵こと、ジェームス・ハットフィールド公爵は42歳と儂と歳が近い、よく意見が割れて幾度となく対立した人物だ。ジェームスは儂に近寄ると小声で話す。
「お孫殿のことで少し話があるのだが、時間をもらえんだろうか?」
立ち話をしていると目立つので、防音の魔道具がある談話室を借りることにした。
「それで孫のエドワードのことで、話があると言っておったが?」
ジェームスは突然立ち上がると頭を下げて謝りだす。
「エドワード殿に当家が大変失礼をしたようで、誠に申し訳なかった!」
「病気で寝込んでおったエドワードに対し、失礼をしたと言うのはどういうことだ?」
「俺が腹芸を苦手としている事を知っているだろ? 商人のエディ殿の件だ! 見るものが見ればすぐに分かる。ニルヴァ王国王族の外見をした者はこの国に1人しか考えられない」
「そうか、ジェームスは知っておったのだな」
「当然だ。当家が娘の恩人であるエドワード殿にとった対応は、決して許されないことだ。エドワード殿に謝罪の機会を設けてもらえないだろうか?」
「残念ながらその機会を設けるわけにはいかないな。そもそも今回の件は何が原因だと思っておるのだ?」
ジェームスは悔しそうに答える。
「そっ、それは俺が民との距離を誤った結果だと思っている」
「そうだ。昔、儂と散々対立した民との距離感についてだ。ジェームスの目指すものが、今回の不義を招いたわけという事だが」
「俺の考えが甘かったのは認める。助けてもらったお礼すらできてない、娘のためにも謝罪させてもらえぬか?」
「それは、ジェームスの娘のためであって、孫のエドワードには一切プラスにならんではないか。結局身内に甘いのは反省していないのと一緒だ、話にならんな。聞けばジェームスの娘も人の話を一切聞かずに話を進めると言うではないか。儂もこれ以上、孫を傷つけて欲しくないからの、悪いと思うなら今後関わらんでくれ!」
「そこをなんとか!」
「珍しく食い下がるではないか。派閥も違う故に会う機会も然う然うにないだろう。お互いに無かったこととするのが一番ではないか?」
「エドワード殿はそこまで我らのことを?」
「口には出さぬがかなり貴族に対して思うところがあるようでな、ジェームスも謝る暇などあるぐらいなら、自分の足元の町ぐらいしっかり管理せい。アルトゥーラは最悪の町だったそうだぞ」
「――!」
最後の一言はショックだったようだな。
「そうだな……まずは自分の周りを正してから、改めて判断を仰ぐとしよう。時間を取らせて悪かった」
「うむ、ジェームスも頑張るがよい」
そう言ってジェームスは去っていったのだった。
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アルバン・ヴァルハーレン、つまりおじい様のイメージ画像です。




