第76話 Aランクの商会
風呂から上がった僕は、部屋に戻ってきて、お風呂での出来事を思い出していた。
「僕って回復魔法も使えたんだな……」
『魔法だから使えてもおかしくはないだろう。エディの母は回復魔術が得意なら尚更だ』
「そういえば、そうだよね」
ステータスを長いこと見てなかったのを思い出して確認してみる。
【名前】エドワード・ヴァルハーレン
【種族】人間【性別】男【年齢】7歳
【LV】24
【HP】810
【MP】1365/1505
【ATK】700
【DEF】700
【INT】1080
【AGL】810
【能力】糸(Lv5)▼、魔(雷、氷、聖《New》)
【加護】モイライの加護▼、ミネルヴァの加護、フェンリルの加護
【従魔】ヴァイス
レベルが6つも上がっている。つまり、魔物以外でもレベルは上がるということだ。考えてみれば、騎士などは対人が主な仕事なんだから、当然と言えば当然のことだな。
風呂で使ったからだろうか、得意属性に聖属性が増えている。
氷属性はずっと母様の属性だと思っていたのだが、回復魔術が得意な母様の属性は『聖』属性だ。という事は『氷』属性は? という事になるが答えは簡単メグ姉だ。
カトリーヌさんは僕が赤ん坊の頃、メグ姉が自分の命を分け与えていたと言っていた。誰も言わないが要塞の時にもメグ姉が同じことをしたのではないかと思っている。要塞以降、メグ姉が離れていても、近くにいるような感覚が時々あるのだ。
今後も僕の命が危なければ、メグ姉は躊躇することなく命を削るだろう。そうならないように、僕はもっと強くならなければならない。
「エドワード様、晩餐の準備が整いましたので、ご案内いたします」
アスィミさんが呼びにきた。
「分かりました」
ヴァイスを連れて行くと、そこに用意されていたのは大きな円卓のテーブルだった。
その円卓に見知った顔を見つけた。
「レギンさんにマーウォさん!」
「おお! 小僧、回復してよかったな」
「エディちゃん、心配したわよ」
「ご心配おかけしました」
「儂らまで呼んでもらって悪いな」
父様から催促が入る。
「エドワード、積もる話は後にして、取りあえず座りなさい。エドワードが着席しないと料理が運べないよ」
「ごめんなさい」
慌てて席に座る。座ったのはメグ姉とカトリーヌさんの間だった。
「それでは、エドワードも着席したので始めましょうか。本日は家族とエドワードがコラビの町でお世話になった方々と一緒に、エドワードのお帰り会と快気祝いを兼ねて晩餐を用意しましたので、楽しんでください。後程、レギン殿には我が父の秘蔵の酒を出す予定ですので、そちらも楽しんでいただけると思うよ」
「おお! かたじけない」
「ハリー! いつの間に! まあ良いか、今日は飲むに相応しい日だ」
「それでは、みんな乾杯!」
『乾杯!』
晩餐会が始まると給仕の人たちが、慌ただしくも洗練された動きで料理などを運びこむ。大公家でもメイドの服はバラバラで、やはり、メイド服なんて物はないようだ。
ロブジョンさんの作った料理はどれも美味しく。となりの食いしん坊狼もウマウマ言いながら食べている。
本物の料理人はやっぱり違うな、少ない調味料でも美味しく仕上げている。
「あら、この味は初めて食べる味ね。とても美味しいわ」
食道楽のおばあ様が、醤油を使った料理に反応する。
「クロエ様、そちらはエドワード様から頂戴した、ショウユなる調味料を使った料理にございます。我が領名物の魚との相性が非常に良い調味料にございます」
「さすがは我が孫! そのショウユと言うのは初めて聞くね。どこの調味料だい?」
「おばあ様、アシハラ国と言う国で作られた調味料です」
「遥か西にあるという、幻の国の調味料かい? よく手に入ったね」
おばあ様はアシハラ国を知っているようだ。
「はい、なんでもアシハラ国では内乱が続いているらしく、たまたま落ち延びた親子と出会えたので、僕の商会で雇いました」
「ほう、エドワードの商会と言うとモイライ商会というやつかい?」
「はい、ご存知だったのですね」
「エドワードが中々目を覚まさないから、コラビから来た4人に色々聞いているわ。ハリー、秘蔵の酒を出す前に商会の話はしておくのよ」
「分かってます。エドワードやみんなも食べながら聞いて欲しい。と言っても後はエドワードの判断待ちなんだけどね」
「僕の判断ですか?」
「そうだよ。コラビで商売をしていた3人は、エドワードが提供したと言う素材が一番の目当てらしいよ。どんな素材かはエドワードの許可がないと話さないという事だから聞いてないが、エドワードの戦いを見たので大体の予想はつくけどね」
「そうじゃ小僧。一度でもアレを使ったらもう他の素材は扱う気が起きぬのだ」
「分かるわぁ、私もお別れ間際にあんなもの渡されたら、素材が無くなった時の絶望感が半端なかったんだから」
「私は元々、ヴァルハーレン領に移る準備してたのよ。エディ君の素材は誰にでも売ってよいものでもないしね」
なるほど、僕の作った素材を買い取ってくれる人は確かに必要だな。
「それでは、3人はヴァルハーレン領で、お店を開くという事なんですね?」
「最初はそのつもりだったのじゃが。クロエ様から良いアイデアをいただいての」
「そうよエディ君! 私たち3人をモイライ商会で雇ってちょうだい!」
「は?」
「つまり、提供したエディ君の素材を私たちが加工して売るってことよ! ナイスアイディアじゃない?」
興奮したマーウォさんは、やはり迫力が違うな。
「確認したいことがあるのですが、父様、僕は商会をこのまま続けても良いのですか?」
「もちろんだよ。もちろん跡取りとしての勉強もしてもらうけどね」
「それじゃあ3人に聞きます。3人とも商会を持っていると思うのですが、それはいいのですか?」
「もちろんよ。私たち3人共、元々作るの専門だから売るのは苦手なのよね。エディ君の下に入って作る方に専念させてもらった方が嬉しいわ」
「儂なんぞ元々、亜人という事でブラウ伯爵の罠に嵌められ、王都を追われた身だからの、小僧の下で働くのはメリットしかないぞ」
レギンさんもブラウ伯爵絡みだったのか……。
「エディ君にも多少はメリットあるわよ。私たちの商会を吸収した形にすればランクが上がるはずよ。エディ君はEランクだからAランクは厳しいかもしれないけれど、Bランクぐらいにはなれるはずよ」
そこで、おばあ様が話に入ってくる。
「なるほどBランクまで上がるのね。ハリー、大公家として保証人になればAランクまで行けるんじゃないかい?」
「そうですね、それで大丈夫だと思います」
「おばあ様はどうしてそこまで、ランクにこだわるのでしょうか?」
「エドワードを利用して悪いけど、ブラウ伯爵を追い詰めるためだよ」
「ブラウ伯爵をですか?」
とても興味ある話のようだ。
「要塞の件で何らかの罰は受けると思うけど、それでも致命的にはならない可能性もあるからね。やつの資金源を断つことが出来れば潰しやすいと思わないかい?」
「確かにそうですが、それとAランクがどう結びつくのでしょうか?」
「Aランクになれば、王室御用達の証が受け取れるのだ」
おじい様も話に入って来た。
「Aランクの商会さえあれば儂が王室御用達の証を取って来る。そうすれば少なくとも王国派の資金が、ブラウ伯爵に流れるのを阻止できる。それだけでも莫大な金額なのだ」
「なるほど、そうなのですね。元々、ブラウ伯爵には仕返しするつもりだったので。いいのですが、商売経験の浅い僕で大丈夫でしょうか?」
メグ姉が後ろから抱きしめてくれる。
「ほら、エディの悪い癖が出てるわ。なんでも1人で解決しようとしてはダメよ。なんでも相談するって約束したでしょ? お姉ちゃんもいるし、エディを愛してる家族もいるわ。きっと良いサポートを付けてもらえるはずだから、エディはアイディアを出せばいいのよ」
「メグ姉の言う通りだね。頑張るよ! でも目的は良い商品を売ることで、ブラウ伯爵はついでだからね」
「ブラウ伯爵がついでとは中々孫は肝が据わってるわね! アルバンの秘蔵の酒もっておいで!」
おばあ様の肝が一番据わってると思う。
秘蔵の酒が出てからは、酒の減るスピードが凄く、僕も少し飲んでみたが、よく分からなかった。
「そうだ!」
みんな僕の方を向く。
「おじい様、これってお酒としての価値はあるのでしょうか?」
セラータの町で発見した、ワイン樽と瓶のワインをリングから出す。
「なかなか年季の入ったワインだな……」
ワインを調べているおじい様がプルプル震えだした。トイレかな?
「コッ、コッ、コッ」
鶏のモノマネ? この世界に鶏はいないか。
「コッ、コッ、これは、『虹の雫』ぢぁないか!」
「「「「虹の雫だって!」」」」
レギンさん、おばあ様、父様とロブジョンさんが反応した。有名なのか?
「エドワードはこれをどこで!?」
「えっ、魔の森に飲み込まれたセラータって町にある、偉そうな人の屋敷の地下で見つけました」
『セラータ!』
今度はみんな反応した。セラータって有名なんだ。
「なるほど、セラータか。確かにあの町になら眠っていてもおかしくはない」
「おじい様、そのワインは有名なワインなんですか?」
「有名どころかオークションに出せば、これ1本で金貨2000枚が最低ラインだろう」
「金貨2000枚!」
金貨2000枚と言ったら1億円ぐらいか。そんなにやばいワインだったとは!
「樽の方は『大地の恵み』だな。これも希少価値が高い、オークションに出せば金貨1000枚からスタートだろう」
「へーそんな凄いワインだったんですね」
僕は虹の雫の瓶の口を風を付与したミスリルの糸で切って、おじい様のグラスに注ぐ。
そして、おばあ様、父様のグラスといった具合にみんなのグラスに注いで行く。
「みんなに行き渡ったね。乾杯!」
『……』
ん? みんな固まったままだな。
「ほら、父様! もう一度乾杯してください!」
「開けちゃったものはしょうがないね。みんな! エドワードからのプレゼントだ。乾杯!」
『乾杯!』
「あの、ハリー様。私や使用人までいただいて良いのでしょうか?」
ロブジョンさんが父様に確認している。
「エドワードはみんなで味わいたいみたいだからしょうがないね。酔っぱらって業務に支障がでないようにね」
「ありがとうございます!」
みんな美味しそうに飲んでいるなか、チビチビ飲んでいるおじい様を見つける。
「おじい様、美味しくないのですか?」
「エドワードか……美味しいに決まっとる。ただ少し大盤振る舞いしすぎではないのか?」
「うーん、元々あるはずのないものが飲めてラッキーじゃダメですか?」
「ダメではない! ダメではないのだが。少し惜しいではないか」
「でも、おじい様、飲んでみたかったんですよね?」
「そうだな。よし味わって飲むとするか」
そういって、おじい様は美味しそうにグラスを空けたのだった。
「孫が帰って来た上にこんな美味いワインまで飲めるとは、最高の日になったな」
その後、調子に乗ったおじい様は樽の方も開けてしまい、おばあ様に怒られてしまうのだった。




