第71話 怒り
精霊の後を追って森の中を全速力で飛び続けると要塞が見え始め、その要塞と対峙しているたくさんの兵士も見える。
要塞の中に囚われていると思われるメグ姉をどうやって助けようかと考えていると、要塞の上に人が現れた。
「ヴァルハーレン! この人質たちを殺されたくなかったら武器を捨てて降伏しろ!」
どうやら対峙している兵士は父の軍なんだなと思っていると、要塞の上に吊るされた2人の女性が掲げられる。
メグ姉ともう一人は知らない女性だ。彼女が僕の専属侍女だと言うジョセフィーナさんなんだろう。しかし2人は血まみれで……。
血だらけになったメグ姉の姿を見た瞬間、僕の中の何かが外れる。
メグ姉を早く助け出さなくてはと思った僕は、要塞に向かって一気に駆け出した。
『エディよ! それは無謀だぞ』
ヴァイスが何かを言ってるが耳には入ってこなかった。
要塞を守っている兵士に見つかったらしく、矢が放たれる。放たれた矢は体を掠め血が出てくるが、メグ姉の痛みに比べたら大したことはないはずだ! 今はそんなことを気にしている余裕はない。
糸の射程圏内に入ったところで、一気に要塞の上まで飛び上がり。駆け寄って来た兵士に直径1センチ、長さ10センチのタングステンを放つと、兵士は衝撃で弾け飛び、さらに後ろの壁にぶつかると壁が破壊された。
そして、メグ姉の下へ辿り着くと、風の魔法を付与させたミスリルの糸で、2人を吊ってある鎖を切った。落ちてきた2人を蔓で受け止め、今度は父がいるであろう兵士たちの近くに向かって飛んだ。
下りた所に父と思われる優しそうな人が駆けつけてきた。2人を託すことにしよう。
「この2人をお願いします。助けてあげて下さい」
「分かった! しかしエドワード、お前も怪我をしている。今すぐ治療を受けるんだ!」
「僕は大丈夫です。まだやることがありますから……」
要塞の方に体を向けた僕は、先ほど放ったタングステンの糸を無数出し、雷を付与して電気を流す。
タングステンは金に近い比重を持った重い金属だが、もう1つ金属の中で最も高い融点を持った金属でもある。
その融点は3380度、熱に強い特性を利用したのが、電球のフィラメントや電子レンジのマグネトロンだ。
したがって、高い融点をもったタングステンは、流された雷でも溶けることはなく、白く光り輝き始める。
そして、僕はおよそ3000度になったタングステンの糸を要塞に向かって放つ。
光り輝くタングステンは要塞を破壊し突き刺さった。すると、要塞を構成している石が溶け始め、炎を上げ始めた。
タングステンの糸だけでも十分要塞を破壊できるのだが、メグ姉を傷つけたやつらを許すつもりは微塵もない。
次に準備するのはマグネシウムの糸だ。マグネシウムはタングステンとは逆の特性を持つ金属、軽く、融点も650度と低い。そのマグネシウムの糸を炎の中に向けて撃ち込むと、あっという間にマグネシウムも炎を上げて燃え始める。
「炎を消すんだ! 水の魔術を使える者は消火を!」
敵兵が慌てて炎を消そうと、魔術などを使って水をかけて消火しようとする。
マグネシウムを打ち込んだのはコレが狙いで、燃焼中のマグネシウムに水をかけると、水を分解して水素と酸素を発生し、激しく燃焼して爆発するのだ。
兵士たちが水をかけた結果、マグネシウムはバチバチと音を立てて激しく燃焼し、暗くなりかけてた辺り一帯が、閃光弾でも放ったかのように真っ白になり、爆発を繰り返す。
要塞の中は爆発と火災で、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。既に要塞の出入り口はタングステンで塞いでおいたので、兵士たちは逃げることが出来ないし、絶対に逃がすつもりもない。要塞から飛び降りて逃げようとする兵士は、漏れなく用意した剣山の餌食に。
そんな中、メグ姉を傷つけ吊るし上げた将軍を見つける。まだ生きていたようだ。
止めを刺すために燃え盛る要塞へ、ガントレットに収納したグラウプニルを使ってジャンプした。さすがのジャイアントスパイダーの糸も、これだけの高温の中では使い物にはならなかったのだ。ちなみに、頭から直径1・5メートル、長さ1ミリのアイススライムの糸を被っていたため、暑さはあまり感じなかった。
「どこに逃げるつもりかな?」
火傷と爆発による衝撃でボロボロになった、将軍らしき人物を2人見つける。どっちがメグ姉を傷つけた犯人か判らないので、取りあえず2人の脚をタングステンの糸で打ち抜き、床に固定した。
「小僧、何のためにこんな事を!」
「メグ姉を傷つけたのはどっちかな?」
「「誰だそれは!?」」
「とぼけてるの? ほらさっき女性2人を掲げてたでしょ。アレをやったのはどっちかって聞いてるんだけど」
「お前はあの女の知り合いなのか、それなら俺は関係ない! 女をやったのはキンディノス卿だ、俺は関係ない助けてくれ!」
「ストラーナ卿、裏切るのか!」
「裏切るだと! 単独行動ばっかりしていた卿が悪いのだ、くだらない小細工ばかりするから、こうなるんだろうが!」
「そうか、あなたは関係ないんですね」
頭にタングステンを撃ち込んで黙らせた。
「なっ!?」
「さてキンなんとか、残ったのはお前だけだけど、女性を傷つけたのは、お前の趣味かブラウ伯爵の指示なのかどっちかな?」
「キンなんとかではない! ドミニク・キンディノスだ! ぐあぁ!」
もう片方の脚にタングステンを撃ち込む。
「キンなんとかの名前なんてどうでもいいよ。どうせ消えるんだし」
「お、俺の独断だ……他の兵士には関係ない……助けてやってもらえんか?」
「何言ってるの? 罪もない馬車の人たちを殺しておいて助けろって? そもそも、戦争を仕掛けてきたのはそっちなんでしょ?」
「……」
「安心していいよ! みんな仲良くここで消してあげるから。それでブラウ伯爵とはどんな関係なの?」
「言うと思うか! 俺を見くびるな!」
「どっちでもいいんだけどね。どうせ帝国とブラウ伯爵には消えてもらうし」
「帝国を消すだと! キサマは悪魔か!」
「仕掛けてきたのはそっちなのに酷いなー。キンなんとかにも家族がいるの? 大切な家族を傷つけられる気持ち分かる?」
「俺の親父はハリー・ヴァルハーレンに殺されたんだぞ、恨みを晴らしてなにが悪い! あっさり殺されやがるから、俺がどれだけ肩身の狭い思いをしたと思ってるんだ!」
「それは関係のない兵士以外の人間を、無駄に傷つける理由にはならないと思うよ。恨みを晴らしたいなら、直接父と戦えばよかったんじゃない?」
「な、何⁉ 父だと?」
「そうだよ、僕の名前はエドワード・ヴァルハーレン。ハリー・ヴァルハーレンの息子だよ。残念だったね。卑怯なことをしなければ、父様に討たれるだけだったのに。卑怯なことをしたため、その息子の僕にあっさり惨めに討たれるんだから、案外キンなんとかも似たもの親子なんじゃない?」
「……」
かなり悔しそうに僕を睨みつけているが、もうこの男に興味はない。
「まあいいや。これ以上は何も出てこなそうだし」
キンなんとかの頭にタングステンを撃ち込み、話を強制的に終了させた。
要塞の外に下りて最後の仕上げを始めよう。直径10センチ、長さ1メートルの炭化タングステンを要塞の上空に配置する。できるだけ上空に、たくさんの数を……。
頭がガンガンと割れそうなくらい痛い……意識も気を抜けば飛んでしまいそうだけど、なんとか堪える。魔力がもうないのかもしれないな。
『エディ! もう止めるのだ! もうとっくに限界は超えているぞ!』
ヴァイスが駆けつけてくれたようだ。
「大丈夫……もうちょっとで終わるから……」
限界まで配置したら、今度はできるだけ高速で発射させる。
着弾と同時に、地響きと轟音を伴い要塞は粉々に破壊され、その衝撃で近くにいた僕は飛ばされてしまうが、なぜだか体が思うように動かない……。
飛ばされ落下しているところを誰かに抱き留められた。
「無茶しすぎだよ。エドワード」
「父様……」
「まったく。せっかく無事に帰ってきたんだから、少しは頼って欲しかったかな?」
「ごめんなさい……」
「謝るのはもっと早く見つけてあげられなかった僕の方だよ。後は父親の僕に任せておきなさい」
優しく微笑む父様に安心した僕は頷くと、そのまま意識を失ってしまった。




