第68話 僕の名を呼ぶ人
「エドワード」
僕の本当の名を呼ぶその声は小さく、震えていました。
声のする方向を見上げるとそこには、髪は少し青みがかったアイスシルバー、瞳は薄いアイスブルー、僕と一緒の特徴を持った女性。
しかし、病気なんだろうか、顔や体はやせ細り、アイスブルーの瞳からは大粒の涙が溢れていた。
「エドワード」
彼女はもう一度僕の名を呼ぶ。やはり涙で声は震えかすれているが、今度は少し大きな声で。
「探しました」
彼女のその一言で僕の目からも涙が溢れてきた。
そうか……僕は……。
僕はこんなにも愛されていたのか……。
「お母さん!」
僕は彼女に飛び込むと、優しく抱き留めてくれたのだ。
僕たち親子は7年の歳月を埋めるかの如く、抱きしめ、涙を流す。
しばらく抱きしめあっていると、急に大声をあげて泣いてしまった自分が恥ずかしくなってきた。しかし、周りを見てみると、侍女らしき人や兵士たちまで泣いていることに気がつく。
こんなにも帰りを待ち望んでいる人たちがいたのに、疑い、寄り道ばかりしてしまった自分が情けなくなってきた。
「もっと……もっと早く来ることができたのに……ごめんなさい」
「エドワードが……エドワードが謝ることは何一つありません! もっと早く探し出せなかった母が悪いのです」
そう言ってもう一度僕を抱きしめてくれます。
そこへ、目を真っ赤にした兵士の人がやってきて。
「奥様、エドワード様を見つけられて本当に良かったです。しかしながら、この場所に長く留まるのは些か危険もございますので、取りあえずバーランスの町へ急ぎましょう。旦那様とローダウェイクにも伝令を飛ばしたく存じ上げます」
「アーダム隊長の言う通りね。このまま予定通りバーランスの町へ向かいます。エドワードもこっちへ」
「はい」
僕がヴァイスを抱きかかえ頭の上に乗せると、侍女の人が聞いてきた。
「エドワード様、今、頭の上に乗せたのは?」
「従魔のヴァイスです。僕の友達ですね」
『よろしくな』
「そうでございますか……」
どうしたんだろうか? モフモフしたいのかな?
そして、僕とお母さん、侍女の2人で馬車に乗り込むとバーランスの町へ向かって動き出す。
「エドワード、話したいことはたくさんあるのだけれど、これだけは今すぐに聞きたいことがあるの」
「なんでしょうか?」
「エドワードは7年もの間、どこにいたのかしら? 7年間、可能性のありそうな所は全て探したのに見つけられなかったのよ?」
「そうなんですね。諦めずに探していてくれてありがとうございます。僕はコラビと言う辺境の町に7年間いました」
「「「コラビですって!」」」
「はい、知ってますか?」
「なぜそんな遠いところに……そうだわ! ジョセフィーナと言う女性に会わなかったかしら?」
「ジョセフィーナさんですか? 聞いたことないですね」
「そう……きっとすれ違いになったのね。エドワードの専属侍女だった子で、エドワードを探すために魔の森沿いの町を全て探すと言って旅立っていたんだけど、少し前の手紙で最後の町であるコラビに向かうと書いてあったの……」
「えっ!? そうなんですか? 魔の森の中を通っていたからすれ違っちゃったのかな?」
「「「魔の森の中を!?」」」
「えっ? そうですけど」
「どうしてそんな危険な道を!?」
7年もの間、必死に探し回っていた人に嘘など吐けるはずもなく、正直に話すことにした。
「まず、最初に謝らなければならない事があります。お母さんを7年もの間、苦しめてしまってごめんなさい。僕はコラビの孤児院でマルグリットというシスターに命を救われて、大切に育ててもらったおかげで、幸せな7年間を過ごしていました……」
話に詰まると、優しく促します。
「ゆっくりでいいから続けていいのよ」
「はい、祝福の儀で家名があってそれがまだ残っていることが分かり、2つの可能性を考えました」
「なるほどね、普通に捜している可能性と、もう1つは暗殺するために捜している可能性だね?」
侍女の1人が答える。
「はい。最初のケースはまずないだろうと思って行動していたので、人に見つかりにくい魔の森を移動していました」
「エドワード。先ほども言いましたが、あなたが謝ることは何一つありません。あなたが幸せに暮らせていた事は、私たちにとっても救いになります。あなたが生きていることは分かっていてもどんな状況下に置かれているかまでは分かりません。あなたが辛い目に遭っていないかというのが、一番の心配事でしたから」
どうして生きていることが分かっていたのだろうか?
「お母さんは僕が死んでいるとは考えなかったのですか?」
「実は最初エドワードが攫われてしばらくは諦めもしましたが、ショックで寝たきりになってからね。エドワードと見えない糸で繋がっているのが感じ取れるようになったのよ。それでエドワードがまだ生きていることが分かるようになったのよ」
見えない糸って僕の能力に関係あるのだろうか?
「岩に隠れていたのが分かったのも、その見えない糸の繋がりなんですか?」
「それは母親の勘ね」
「母親の勘ってそんな正確なんですか!?」
そう言えば前にメグ姉もお姉ちゃんの勘がどうとか言ってたような。
「エドワード様、母親の勘というのも間違いではありませんが、奥様の場合、血筋というのも関係しております」
「血筋ですか?」
「そうよ、ニルヴァ王国の王族にはステータスに出てない能力を持った人が多いのよ」
「お母さんのは勘が鋭い能力を持っているということなんですか?」
「正確には勘だけではないのだけど、大体そんな感じよ」
それにしても、もう1人の侍女さん、さっきからずっと泣いてるんですけど皆スルーなんだな。
「しかし、暗殺を警戒するだけでは、魔の森を通る理由にはちょっと弱いですね」
「それは……それは僕の能力に関係するんですけど……」
「エドワードの能力?」
「はい。僕の能力は『糸』なんです」
「「「糸?」」」
ガントレットから糸を出して見せる。
「糸を自由自在に操ることができるので、平地より高い木があるところの方が早く移動できるのです。魔の森も浅い所なら木の上までくる魔物が少ないので比較的安全に移動できるのです」
「変わった能力ね」
「マルグリット……メグ姉と呼んでたのでそう呼びますが、メグ姉が教会で調べた限りでは、おそらく前例はない能力だそうです」
「凄いわ! さすがはハリーと私の子ね!」
「それにしても、そのマルグリットさんにはお礼しなくちゃならないわね」
「それが……ヴァルハーレン領へ来ることになっています」
「どういうことかしら?」
捨てられていた前提で動いてたので、メグ姉と合流して旅へ出ることになっていたのを説明した。
「なるほどマルグリットさんはハーフエルフで、住みやすい町を探しているという事で合っているかしら?」
「はい。僕の護衛をしてもらいながら住みやすい町を探して、ゆくゆくは商会の店舗を出すつもりでした」
「だったら問題ないわね。マルグリットさんもヴァルハーレン領に住んでもらえばいいのよ」
「えっ!? でもそれじゃあ」
「人種差別の事を気にしているのなら大丈夫よ。ヴァルハーレン領ならどの町でも住みやすいはずよ。ローダウェイク城で働いているメイドにも亜人がいるし、今から行くバーランスの町にもたくさんの人がいるから楽しみにしてなさい。いっその事、お城に住んでもらえばエドワードの心配事もなくなるし解決じゃない?」
「奥様、勝手に決められては……」
「あら? ハリーが反対するとでも?」
「そういえば問題なさそうですね」
問題ないみたいだ。
何よりメグ姉と一緒に居られるのは一番嬉しいことだ。
「それにしても、どうやってエドワード様がコラビの町に行ったのでしょうか? それだけが解りかねます」
美人な侍女さん。コレットさんが考えている。
「確かにそうね。マルグリットさんに拾ってもらったのはコラビなのよね?」
「そうです。ここから話すのは旅で明らかになったのですけど、信じてもらえるかが難しくて」
「あら、エドワードの言う事を信じないわけないじゃない。エドワードは答えを知ってるのね?」
「はい。僕が最初いた場所はヴァルハーレン領近くの魔の森の中の盗賊の砦らしいです」
「「「――!」」」
「その場所を知っているみたいですね。盗賊の砦の中にどうしていたのかは分かりませんが、その砦を潰した……エンシェントウルフが僕を見つけコラビの町まで運びメグ姉に預けたみたいです」
「どうしてそんなことが分かるのかしら?」
「エンシェントウルフ、本人から聞いたからです」
「「「――!」」」
「それでコラビの町にいたのね。納得したわ」
「信じてくれるのですか?」
「当たり前じゃない。それに私に嘘は通じないからね」
「奥様の話は本当でございます」
「奥様は嘘を見破る能力も持ってますから、エドワード様も注意した方がいいですよ」
コレットさんと、ずっと泣いてた方の侍女メリッサさんが注意してくるが、顔を何かで拭いたほうがいいですよ。それにしても、お母さんの勘は嘘も見破るのか……。
「メリッサったらエドワードを脅すなんて酷いわ」
「脅してなんてないですぅ」
急にバカっぽくなった!
「ほらメリッサ。エドワード様にバカが移ったら旦那様に切られるぞ」
「奥様にコレットさんも意地悪ですぅ!」
馬車の中にメリッサさんの叫び声がこだましたのだった。




